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エピソード0序章

ー/ー



夜の街の裏側。

 ネオンの光は表通りだけを照らし、その裏にある路地裏は湿った空気に包まれていた。
 壁には古びたポスターが重なり、ゴミ袋が無造作に積まれている。

 その路地を一人の男が歩いていた。

 黒亀 迅彼の名前だ。黒亀 迅

 タバコに火を付けながら、気だるそうに歩く。

 「……まったく」

 小さくため息をついた。

 「急に呼び出しやがって」

 迅の視線の先には、古びたバーがあった。
 看板の電球はいくつか切れ、かろうじて営業していることだけが分かる。

 「玲奈のやつ……まともな用事だった試しがないんだよな」

 そう呟きながら、迅は扉を押し開けた。

 カラン、と鈴が鳴る。

 バーのカウンター奥から声が飛んできた。

 体格のいい女性の格好をした男性が、腰に手を当ててこちらを見ている。

 鬼灯 薫この店のママだ。

 「あら、迅ちゃんいらっしゃい上の子
 どうにかしてちょうだいよ
 何かいいことあったのかずっと上の階が騒がしいのよ」

 迅は肩をすくめる。

 「アイツに何言っても無駄なのはママも知ってるだろ?」

 「そうは言うけど私の言葉じゃ聞いてくれないのよ
 お願い、いうこと聞いてくれるなら一杯奢るから」

 迅は一瞬だけ考え、ため息をついた。

 「わかったよ...俺もアイツに文句言いたいことあるから
 一瞬騒がしくなるけど静かにはなると思う」

 ママは嬉しそうに笑った。

 「流石!迅ちゃん頼れる男は素敵よ!」

 迅は軽く手を振り、店の奥へ向かった。

 この店は一階がBAR。
 そして二階に探偵事務所がある。

 もっとも――
 その探偵事務所がまともに機能しているかどうかは怪しいが。

 階段を上がると、すでに上から音が聞こえてきた。

 ドサッ。

 ガサガサ。

 そして、ぶつぶつと呟く声。

 迅は眉をひそめた。

 「……やっぱりか」

 扉を開ける。

 そこには本や依頼の資料、いつから溜まっているか分からない
 ゴミで散らかっている部屋が広がっていた。

 床はほとんど見えない。

 その中心で、ぶつぶつとつぶやきながら
 うろつく女性の姿が目に入った。

 深海玲奈。深海 玲奈

 迅が入ったことにまだ気づいていないようで、
 完全に自分の世界に入り込んでいる。

 迅はわざと扉をノックした。

 コン、コン。

 「随分と散らかってるようだな?
 いつから片付けてないんだ?玲奈さんよ?」

 玲奈は一度こちらを見る。

 だが思考を止めることなく、再びぶつぶつと呟き始めた。

 「オイ?呼んどいて無視か?」

 玲奈は淡々と言う。

 「来たのは見ればわかるわ、いちいち反応するのはコスパが悪いじゃない」

 迅は眉をひそめる。

 「人間関係をコスパで推し測るな
 だから友人が少ないんだろ」

 玲奈は軽く笑った。

 「あら?友人なら目の前にいるじゃない」

 迅はため息をつく。

 「そうですか、なら友人から一言ママがうるさいから少し静かにしてくれってよ
 一応ママの優しさでこの部屋安く使わせてもらってんだからそこは配慮してやれよ」

 玲奈は首を傾げた。

 「あら、そんなにうるさくしてたかしら?」

 「ここに入る前から足音と何か崩れる音がしてたぞ
 お前考え事してると周り見えなくなるだろ?」

 玲奈は胸を張る。

 「そんなことないわよ
 ちゃんとあなたが来たことに気づいたじゃない」

 「言い訳はいいから一旦うろつくのやめてくれ」

 「それもそうね」

 区切りがよかったのだろう。

 玲奈は奥のデスクへ向かい、素直に椅子へ座った。

 迅はそれを確認すると、床に散らばったゴミを拾い始めた。

 「それにしてもお前今日は何の用事だ?
 毎回言ってるが急に呼ばれても来れないタイミングだって
 あるんだぞ」

 玲奈は肩をすくめた。

 「毎回そう言ってるわね、それで実際に来なかったこと一回もないじゃない
 彼女もいなければ私同様友人も少ないんだし」

 「お前が毎回急に呼び出すから俺のプライベートが自動的に消費されてるんだよ」

 「それは言い訳ね」

 図星ではあるが、
 こいつに言われると妙にムカつく。

 迅はため息をついた。

 「…そんなことはどうでもいい、急に呼び出した要件を述べろ」

 玲奈は机の上の雑誌を掴み、迅へ投げた。

 「あなたこの記事を見たことあるかしら?」

 机の上には、よくある週刊誌が置かれていた。

 迅はそれを拾い上げる。

 (それにしても、コイツこんなの見るのかよ。意外とミーハーと言うか)

 「これがどうした?」

 玲奈は指を差す。

 「その雑誌の39ページを見なさい今すぐに」

 迅はページを開く。

 そこに書かれていたのは
 ある宗教団体の記事だった。

 慈善活動。
 募金活動。
 地域清掃。

 市民に寄り添う優しい団体。

 ごく普通の記事だ。

 迅は首を傾げた。

 「これがどうした?雑誌に載せるにはありきたりな気がするが」

 玲奈はため息をついた。

 「気づかないの?あなたは何を見てるのかしら?」

 迅は雑誌を見直す。

 「いや、これのどこにお前が興味を引く内容が書いてあるんだ?
 なんだお前とうとう神様にすがりたくなるようなことでもあったのか?」

 玲奈は鼻で笑う。

 「神様?笑えるわね私が神に懇願することなんて無いわ!
 こう見えて完璧と言わざる負えないと自負しているのだから」

 迅は黙る。

 それは否定できない。

 玲奈は頭がいい。
 見た目も整えれば、かなりの美人だ。

 ただ――
 本人がまったく気にしていないだけだ。

 昔もらった探偵衣装を何故かずっと着続けている。

 迅は雑誌を閉じる。

 「それはいいからこれがどうしたんだ?」

 玲奈は写真を指差した。

 「はぁー、写真を見なさい」

 そこに写っていたのは
 宗教団体が子供達と募金活動をする姿や
 公園でゴミ拾いをしている姿だった。

 迅は言う。

 「これって宗教団体なのか?どっかの教会の孤児院にしか見えないんだが」

 玲奈は頷く。

 「そこの教団は子供達を神の使いだとか言って大事に育てたり教養を教えているらしいわ」

 迅は肩をすくめた。

 「これのどこがおかしいんだ?この国が子供が明らかに少なくなっているのは確かだし
 その結果子供を崇めるような宗教が生まれても仕方ないだろ」

 玲奈は写真の右上を指した。

 「その写真の右上に映ってるのをよく見なさい」

 迅は目を細める。

 子供が大人に手を引かれて
 車に乗るように見える。

 だが小さくて画質も悪い。

 はっきりとは分からない。

 「これがどうした?」

 玲奈は言った。

 「明らかにおかしくないかしら?」

 迅は呆れる。

 「どこが明らかなんだ?この写真だけで何をお前は何を見出してんだよ」

 玲奈はゆっくり言った。

 「この写真の2人どうも乗せてあげてるというよりは
 無理やり乗せてるように見えるのよね
 彼女の顔も周りに比べて不安そうに見えるしね」

 迅は首を振る。

 「そのこじつけはどこから来るんだよ、それだったら
 ボランティア活動中に体調が悪くなって乗せてるかもしれないだろ」

 その瞬間。

 玲奈が机を叩いた。

 「これは事件の匂いがするわ!」

 玲奈は目を輝かせてそう述べた。

 迅は深くため息をつく。

 どうやら今回も――
 面倒な事件に巻き込まれそうだった。




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夜の街の裏側。
 ネオンの光は表通りだけを照らし、その裏にある路地裏は湿った空気に包まれていた。
 壁には古びたポスターが重なり、ゴミ袋が無造作に積まれている。
 その路地を一人の男が歩いていた。
 黒亀 迅彼の名前だ。
 タバコに火を付けながら、気だるそうに歩く。
 「……まったく」
 小さくため息をついた。
 「急に呼び出しやがって」
 迅の視線の先には、古びたバーがあった。
 看板の電球はいくつか切れ、かろうじて営業していることだけが分かる。
 「玲奈のやつ……まともな用事だった試しがないんだよな」
 そう呟きながら、迅は扉を押し開けた。
 カラン、と鈴が鳴る。
 バーのカウンター奥から声が飛んできた。
 体格のいい女性の格好をした男性が、腰に手を当ててこちらを見ている。
 鬼灯 薫この店のママだ。
 「あら、迅ちゃんいらっしゃい上の子
 どうにかしてちょうだいよ
 何かいいことあったのかずっと上の階が騒がしいのよ」
 迅は肩をすくめる。
 「アイツに何言っても無駄なのはママも知ってるだろ?」
 「そうは言うけど私の言葉じゃ聞いてくれないのよ
 お願い、いうこと聞いてくれるなら一杯奢るから」
 迅は一瞬だけ考え、ため息をついた。
 「わかったよ...俺もアイツに文句言いたいことあるから
 一瞬騒がしくなるけど静かにはなると思う」
 ママは嬉しそうに笑った。
 「流石!迅ちゃん頼れる男は素敵よ!」
 迅は軽く手を振り、店の奥へ向かった。
 この店は一階がBAR。
 そして二階に探偵事務所がある。
 もっとも――
 その探偵事務所がまともに機能しているかどうかは怪しいが。
 階段を上がると、すでに上から音が聞こえてきた。
 ドサッ。
 ガサガサ。
 そして、ぶつぶつと呟く声。
 迅は眉をひそめた。
 「……やっぱりか」
 扉を開ける。
 そこには本や依頼の資料、いつから溜まっているか分からない
 ゴミで散らかっている部屋が広がっていた。
 床はほとんど見えない。
 その中心で、ぶつぶつとつぶやきながら
 うろつく女性の姿が目に入った。
 深海玲奈。
 迅が入ったことにまだ気づいていないようで、
 完全に自分の世界に入り込んでいる。
 迅はわざと扉をノックした。
 コン、コン。
 「随分と散らかってるようだな?
 いつから片付けてないんだ?玲奈さんよ?」
 玲奈は一度こちらを見る。
 だが思考を止めることなく、再びぶつぶつと呟き始めた。
 「オイ?呼んどいて無視か?」
 玲奈は淡々と言う。
 「来たのは見ればわかるわ、いちいち反応するのはコスパが悪いじゃない」
 迅は眉をひそめる。
 「人間関係をコスパで推し測るな
 だから友人が少ないんだろ」
 玲奈は軽く笑った。
 「あら?友人なら目の前にいるじゃない」
 迅はため息をつく。
 「そうですか、なら友人から一言ママがうるさいから少し静かにしてくれってよ
 一応ママの優しさでこの部屋安く使わせてもらってんだからそこは配慮してやれよ」
 玲奈は首を傾げた。
 「あら、そんなにうるさくしてたかしら?」
 「ここに入る前から足音と何か崩れる音がしてたぞ
 お前考え事してると周り見えなくなるだろ?」
 玲奈は胸を張る。
 「そんなことないわよ
 ちゃんとあなたが来たことに気づいたじゃない」
 「言い訳はいいから一旦うろつくのやめてくれ」
 「それもそうね」
 区切りがよかったのだろう。
 玲奈は奥のデスクへ向かい、素直に椅子へ座った。
 迅はそれを確認すると、床に散らばったゴミを拾い始めた。
 「それにしてもお前今日は何の用事だ?
 毎回言ってるが急に呼ばれても来れないタイミングだって
 あるんだぞ」
 玲奈は肩をすくめた。
 「毎回そう言ってるわね、それで実際に来なかったこと一回もないじゃない
 彼女もいなければ私同様友人も少ないんだし」
 「お前が毎回急に呼び出すから俺のプライベートが自動的に消費されてるんだよ」
 「それは言い訳ね」
 図星ではあるが、
 こいつに言われると妙にムカつく。
 迅はため息をついた。
 「…そんなことはどうでもいい、急に呼び出した要件を述べろ」
 玲奈は机の上の雑誌を掴み、迅へ投げた。
 「あなたこの記事を見たことあるかしら?」
 机の上には、よくある週刊誌が置かれていた。
 迅はそれを拾い上げる。
 (それにしても、コイツこんなの見るのかよ。意外とミーハーと言うか)
 「これがどうした?」
 玲奈は指を差す。
 「その雑誌の39ページを見なさい今すぐに」
 迅はページを開く。
 そこに書かれていたのは
 ある宗教団体の記事だった。
 慈善活動。
 募金活動。
 地域清掃。
 市民に寄り添う優しい団体。
 ごく普通の記事だ。
 迅は首を傾げた。
 「これがどうした?雑誌に載せるにはありきたりな気がするが」
 玲奈はため息をついた。
 「気づかないの?あなたは何を見てるのかしら?」
 迅は雑誌を見直す。
 「いや、これのどこにお前が興味を引く内容が書いてあるんだ?
 なんだお前とうとう神様にすがりたくなるようなことでもあったのか?」
 玲奈は鼻で笑う。
 「神様?笑えるわね私が神に懇願することなんて無いわ!
 こう見えて完璧と言わざる負えないと自負しているのだから」
 迅は黙る。
 それは否定できない。
 玲奈は頭がいい。
 見た目も整えれば、かなりの美人だ。
 ただ――
 本人がまったく気にしていないだけだ。
 昔もらった探偵衣装を何故かずっと着続けている。
 迅は雑誌を閉じる。
 「それはいいからこれがどうしたんだ?」
 玲奈は写真を指差した。
 「はぁー、写真を見なさい」
 そこに写っていたのは
 宗教団体が子供達と募金活動をする姿や
 公園でゴミ拾いをしている姿だった。
 迅は言う。
 「これって宗教団体なのか?どっかの教会の孤児院にしか見えないんだが」
 玲奈は頷く。
 「そこの教団は子供達を神の使いだとか言って大事に育てたり教養を教えているらしいわ」
 迅は肩をすくめた。
 「これのどこがおかしいんだ?この国が子供が明らかに少なくなっているのは確かだし
 その結果子供を崇めるような宗教が生まれても仕方ないだろ」
 玲奈は写真の右上を指した。
 「その写真の右上に映ってるのをよく見なさい」
 迅は目を細める。
 子供が大人に手を引かれて
 車に乗るように見える。
 だが小さくて画質も悪い。
 はっきりとは分からない。
 「これがどうした?」
 玲奈は言った。
 「明らかにおかしくないかしら?」
 迅は呆れる。
 「どこが明らかなんだ?この写真だけで何をお前は何を見出してんだよ」
 玲奈はゆっくり言った。
 「この写真の2人どうも乗せてあげてるというよりは
 無理やり乗せてるように見えるのよね
 彼女の顔も周りに比べて不安そうに見えるしね」
 迅は首を振る。
 「そのこじつけはどこから来るんだよ、それだったら
 ボランティア活動中に体調が悪くなって乗せてるかもしれないだろ」
 その瞬間。
 玲奈が机を叩いた。
 「これは事件の匂いがするわ!」
 玲奈は目を輝かせてそう述べた。
 迅は深くため息をつく。
 どうやら今回も――
 面倒な事件に巻き込まれそうだった。