約三万年から一万五千年前の古代の遺物。それらには数種類の色があった。
黒、白銀、そしてその中間の灰色。概ねその三種であり、硬さも形も、そしてかつての用途もそれぞれ違っていた。
途方もない年月を耐え抜いたものすら、現在では殆どが何の役にも立たないガラクタだった。多くの遺物は長い時間の中で風化して土に還り、あるいは岩と化し、その岩すらもまた風化して土に戻り、最初から存在すらしなかったものになっていく。
その悠久の時に耐え、奇跡的に形を保った遺物でさえ、周囲の風化した残骸に飲み込まれて見えなくなってしまう。海の遺物もまた、壮大な自然のサイクルの中にその身を隠されていくのだ。
十数年もの間、その特異な目利きで集め続けたヤードですら、手に入れることができた『本当に役に立つ』遺物は、たったの百個余りしかなかった。
そして、流石のヤードの眼をもってしても、そこまでの途方もない自然のサイクルまでは、まだ想像できてはいなかった。
今日は早朝の漁が終わり、父親は街に魚を売りに行っている。ヤードは今、手に入れた遺物の中で一番硬い『白銀』を道具として使い、『灰色と黒の破片』をガリガリと削って、せっせとナイフを作っているところだった。
ヤードには、明確な考えがあった。
まず、作ったこの作品(武器)を売る。売る場所は決まっている。もう何回も父親のジェイと一緒に魚を売りに行った、あのフォルの街だ。
そして、売りに行ったついでに、なるべく山に近い場所で例の『コア』をかざし、目的地の場所をはっきりと特定すること。
『絶対防壁』までの距離は、ここからだと近そうに見えて、実は途方もなく遠い。
山が大き過ぎて、錯覚で近く見えるのだそうだ。それは、父ジェイの昔話からそれとなく聞き出していた。とても半日やそこらで辿り着けるような場所ではないらしい。
(お金を得て、両親を安心させ、絶対に信頼を勝ち取らなければ……!)
そうでなければ、旅になんか出させてもらえない。
そう固く決意しながら、ヤードは今日も秘密の小屋で、せっせと売り物のナイフを削り出すのだった。
ヤードは、遺物を選別する対象のランク(幅)を大きく拡げていた。
前までは、選別に選別を繰り返して「あまり使えない」と判断したものは、惜しげもなく海に放り投げていた。だが、今は違う。軍資金を稼ぐために、とにかく売る『数』を増やす必要があったからだ。
そう、ヤードは秘密の小屋で、遺物ナイフの『量産体制』に入っていたのである。
父親のジェイと一緒に漁に出ては、その足で一緒に街へ魚を売りに行き、親父の目を盗んでこっそりとナイフを売り捌く。
この世界の通貨の種類は、こうだ。
銅貨である十ポインが、現在の約十円の価値。そこから百ポイン硬貨が百円、五百ポイン硬貨が五百円、千ポイン硬貨が千円、一万ポイン硬貨が一万円と続く。
しかし、ここから先は硬貨の呼び方そのものが変わる。
辺境の庶民が殆ど見ることのない『デナリ銀貨』が十万円相当。
そして最後に、『アウレ金貨』が百万円相当。これに至っては、漁村の村人たちにとっては存在すら知らないような、ほぼ伝説やおとぎ話のようなお金であった。
魚の値段は、小さい魚が約三百ポイン、大きい魚になると千ポイン位にはなった。それを一回の市場で二十匹ほど持っていくから、ジェイの漁はそれだけでも結構な稼ぎだ。
そして、ヤードがこっそり売る遺物ナイフは、一本五百ポインで売れていた。
ヤードはもう何回も市場に通い、行きつけの鍛冶屋や商店とすっかり顔なじみになっていた。
「おっ、ヤード! 今日も持ってきてくれたのか?」
「うん、おっちゃん。今日はちょっと刃渡りの大きいやつだよ。これだったら大きい魚も捌けるし、羊の解体とか色々使えるよ」
「おお、どれどれ、見せてみな……。こりゃいいな! 最近なお前さんの持ってきてくれるナイフが、飛ぶように売れてな。『在庫はないか』って、隣町からも俺のとこに買いに来るんだよ。もしまた作ったら持ってきな、俺が買ってあげるからさ」
「うん、わかった。ありがとう! そんじゃ、父ちゃんが心配するから帰るね」
「おう、わかったわかった。親父さんにもよろしく言っといてな!」
そう言って、ヤードは父親のジェイのところに戻る。
ジェイはもう、店を離れるヤードを咎めることはなかった。そう、父親も知っていたのだ。息子の尋常ではない腕前と、実際にどれだけのお金を稼いでいるかを。
ヤードはナイフを売ったお金の、実に三分の二を家に入れていた。もちろんそのことで、厳しい母親のルーシも、もうヤードにはほぼ何も言わなくなっていた。ヤードの家族は、いつの間にか村でも一番裕福な家庭に変わりつつあったのだ。
◇ ◇ ◇
ある日、父親と一緒に海へ漁に出ていた時のこと。
ヤードは背後で網を引く父親の背中をちらっと見て、また正面に向き直って網を投げた。そして、前を向いたまま父親に話しかけた。
「父ちゃん」
「おう、どうしたヤード」
「俺さ……旅に出たいんだ。そして、この腕一本で物を売りながら、世界中を旅してみたいんだ」
ジェイはもう薄々気づいていた。いや、とうの昔に覚悟していたのだ。いつか息子が、そう言い出すんじゃないかと。
「……ああ、わかってるぞ。ヤード、お前ももうすぐしたら十六だ。この村じゃ、十六と言えばもう大人の扱いだ。母ちゃんには、俺から話しておく」
「父ちゃん……。でも、まだ出発はしないよ。まだ準備とかするからね」
「ああ、そうか。準備ができたら出発するんだな」
「うん。それに、その前にちょっとやりたいこともあるしね」
「やりたいこと?」
「ちょっと、あの『絶対防壁』の中腹に用があってね」
「……そうか。わかった」
「ヤード。もうお前は、自分の旅の準備の方に集中していいぞ」
網を引き上げながら、父ちゃん――ジェイが唐突に言った。
「漁は俺一人で大丈夫だ。それに、お前がナイフを売った金を入れてくれてるからな。もう食うに困らない以上に、金は貯まってる。だから、漁のことはもう心配するな」
「……わかった。ありがとう、父ちゃん」
「明日、一人で街に行ってきてもいいかな?」
「ん? なんか売りに行くのか。行ってきていいさ」
「うん、ありがとう。俺、行ってくるよ」
ヤードは手元の網をたぐりながら続ける。
「明日、街に大きな『商団』が来るらしいんだ。金物屋のおっちゃんが言ってた」
「ああ、そうか。なんか魚を買ってく客のおばちゃんも言ってたな。でっかい商団が来るらしいって」
「そこで、もし売れそうなら……俺が結構大事にしているものを、一個売ろうと思うんだ」
ピタリ、とジェイの手が止まった。
「……ああ、そうか。売ってもいいのか? お前がずっと大事にしてたやつだろ?」
「うん。これは、どうしても必要なお金なんだ。……でも、高く売れないかもしれない。それはわからないけど」
「そうだな。高く売れるといいな」
潮風が、二人の頬を優しく撫でる。今日は、すこぶるほどの凪だ。
お互いに背中を向け合わせたまま、親と子は、背中越しに静かに語り合っていた。
そしてまた、二人は息を合わせて網を打つ。
バシャァァァンッ!!
「おっ、ヤード! ほら、また遺物が引っかかったぞ! こいつはいい! ガハハ」
魚と石を選り分け、魚は食料桶に放り投げ、船底に網の切れ端を束ねたものを敷き、その上に石を置く。船底を傷つけないためだ。
「父ちゃん、ありがとう! 割っていい?」
「おう、割れ割れ! いいもんが出てくるかもしれんぞ!」
ガハハと、父親ジェイは豪快に笑う。
ヤードが硬い殻を叩き割ると、中からくすんだ色の破片が顔を出した。
「それ結構いいんじゃねえか?」ジェイが言う。
「うん、そこそこのやつだね」
「これで、今日帰ったらまたナイフを作るよ」
「そうだな。いっぱい作って、いっぱい売れるといいなガハハ」
しばらく漁を続けて、大きい魚が数匹と、中ぐらいのやつが二十匹捕れた。
「さあ、そろそろ帰ろうか。母ちゃんが心配するからな」
ジェイの言葉にヤードが空を見上げると、太陽はちょうど真上にあった。
「……うん、帰ろう」
家に帰って、倉庫に網と道具を仕舞い、家に入る。
「お帰り、ヤード。良いもん獲れた?」
姉のリヴが話しかける。
もう既にヤードは、大人として家族にしっかりと認められ、大人としての信頼を勝ち取っていたのだ。
母親のルーシは、台所にいた。背中を向けたまま、振り向かない。
その肩が心なしか震えて、揺れている。
「母ちゃん、ただいま!」
ヤードはそう言うと、あえて見ないよう母親に背を向けた。
先に帰っていた父親も、テーブルでいつものように、街から仕入れた酒をチビチビやっている。
「父ちゃん、小屋行ってくる!」
「ああ、行ってきな。飯には帰ってこいよ」
「うん、わかった」
そう言って、ヤードは小屋に歩いて向かった。
小屋に入って、明り取りの窓板をつっかえ棒で支える。
「さて」と一息ついて、ヤードはあの長年お世話になっていた、組み立て式の、使い古して布もヨレヨレになっている『疑似変態覗きシミュレーション(のカカシ)』に目をやる。
(……そろそろ処分を、しなければな)
ヤードは流石に、もう何回も仰向けで突撃して、この疑似的なものでは満足できなくなっていた。そう、飽きていたのである。
そして、まだ脳裏に焼き付いている『あの女性のパンツ』を、これから確かめにいける。もうすぐ行けることに、心底、興奮し歓喜していた。
それを想像するだけで、また、ハァハァと息が荒くなる。
(何色だろう……ハァハァ……早く見たい……ハァハァ……)
ヤードは、超想像力の能力者だった。いや、ただの健全なスケベであった。が、それがヤードの最強の原動力でもあった。
一通り一人の『ハァハァ時間』を楽しむと、ふと冷静に考える。
前からヤードには、一つの懸念もあった。そもそも、ただの布なら長い年月の間に早い段階で風化して、なくなっているはずだ。
もしかしたら、何も着てない状態……全裸!!?
(……いや、違う。それはそれで……ん、いや違う! ぜひ着ていてほしい! 着ていてもらわなきゃ、ロマンがない!!)
一人で変態的なこだわりを、ブツブツと唱える。
(うん、きっとなにかの、特別な超素材でできているはずだ……!)
そう自分に言い聞かせて無理やり納得すると、ヤードはまた、せっせと売るためのナイフを削り出すのだった。
五本ほどナイフが出来上がり、今日のナイフ作りに満足したヤードは、それらをまとめ、用意していた背負い袋の中に布でくるんで詰めた。
そして、それと平行して作っていた、ヤードの特別な『十個の白銀遺物』のうちの三つを、そっと取り出した。
それは、ペンダント、指輪、そしてネックレスだった。鎖には、遺物から出てきた黒色の鎖を使っている。
ペンダントの先には、ヤードが黒の遺物の『爪』を使って、白銀の小さな石を絶対に落ちないようにしっかりと叩き締めたものが付いている。
ネックレスは、白銀の鎖の周りに、黒光りするキラキラとしたひし形の飾りが等間隔で飾り付けられていた。
指輪は、発掘した石の中からそのまま出てきたものだ。派手な飾りはないが、綺麗な花を思わせるような精巧な模様が施されていた。
ペンダントは、父親のジェイに。
指輪は、母親のルーシに。
ネックレスは、もうすぐ嫁に行く予定の姉、リヴに。
三つの遺物が持つ効果は皆同じだが、それは凄まじいものだった。
一つは、怪我の治りを異常に早めること。
そして極めつけは、風邪をひかないばかりか、あらゆる病原菌を完全に無効化するというものだった。
小屋を片付け、宝箱から小さめのヤード手製の蓋付きの木箱を三つ取り出す。布の箱の底に布の切れ端を敷き、一つ一つ丁寧に、父親達へのプレゼントを入れた。まるで、今までの家族への感謝をかみしめるように。
「やっぱり、こういうの、渡すときって雰囲気もだいじだよな」
ヤードはスケベな反面、粋な男であった。
「ヤード! ご飯よ!」
姉のリヴが外から声をかける。けしてガチャっとドアを開ける無粋な事はしない。姉のリヴももうすぐ嫁にいく、十七歳といえばこの村の中ではすっかり大人の部類だ。弟の城にズカズカはいることはなくなっていた。
「うん、わかった、すぐ行く!」
卓と、家族の笑い声。
木箱をまとめて巾着に入れ、それを持って家に入る。
父親のジェイは相変わらずチビチビと酒をやっている。姉ちゃんも、母ちゃんと一緒に料理を運んでいるところだった。
ヤードは、おもむろにいつもの自分の指定席に座り、父親のジェイに話しかける。
「父ちゃん。俺、明日街に行くって言ってたじゃん?」
「おう、言ってたな」
「二日ぐらい、街に滞在したいんだ」
ジェイは言う。
「あー、商団絡みか? おう、がんばっていっぱい売って来い! ガハハッ!」
ジェイは、いつも以上に大きな声で笑った。
料理を運び終え、母親と姉もテーブルにつく。
「ヤード……いくらお前がもう大人になったって言っても、やっぱり母ちゃん心配だよ……」
母親のルーシは涙ぐむ。
「母ちゃん。まだすぐ旅に出るわけじゃないから、泣かないで」
「ああ、わかってるさ……」
そう言って、ルーシは涙を拭う。
すると、姉のリヴが明るい声を出した。
「ヤード! 街から帰る時に、あのほら、前お菓子あったじゃん、焼き菓子かな? あれ、お土産に買ってきて!」
「あんたリヴ、相変わらずだね」
母親のルーシも思わず笑う。
「おう、俺も酒を頼むわ! ガハハッ!」
そんな二人をルーシがたしなめる。
「あんたたちは、全く相変わらずだね」
そう言って、またみんなで温かく笑い合った。
ワイワイ言いながらご飯を食べ終わり、母親のルーシが食器を洗い場に持って行くため席を立とうとしたときに、ヤードが切り出す。
父親のジェイも、酒が回ったこともありすっかり上機嫌だ。ヤードはそれを微笑ましくチラッと横目で見ながら言った。
「父ちゃん、母ちゃん、姉ちゃん。僕、みんなにプレゼントを作ったんだ! 少しそのまま席にいて!」
「おお、そりゃ楽しみだな! ガハハッ!」とジェイは言う。
ヤードは足元から巾着を取り出してテーブルに置き、巾着の口を大きく開く。
そして、箱の蓋に『父ちゃんへ』と彫られている木箱をジェイの前に、『母ちゃんへ』と彫られているものをルーシの前に、最後に『姉ちゃんへ』と彫られているものをリヴの前に渡した。
「なんだいなんだい、そんなに改まって」
そう言いながらも、ルーシはとても嬉しそうだ。
「開けてみて!」
「おおっ! ペンダントじゃねーか!」
ジェイは早速、首からペンダントを下げた。ツルツルの白銀の石を、黒い遺物の爪で叩き締めた代物だ。
ヤードは言う。「父ちゃん、それ、漁の邪魔にならないよう、ぶらぶらしないように鎖を短くしてるからね」
ジェイは胸元を見て、「おう、こりゃかっこいいな! どうだい、ルーシ、ますます男前になっただろ! ガハハッ! ありがとよヤード、肌身離さずつけとくぞ!」と大笑いした。
「あら……!! 綺麗な指輪だねえ……」
ルーシはうっとりと、小指につけた花のような綺麗な紋様の入った指輪を眺める。
「ずっと、つけとくよ。ありがとね、ヤード。こんなに素敵なものをさ」
問題は姉ちゃんである。
箱から取り出すと、大声で「きゃーーー!! 綺麗綺麗綺麗!! ありがとう、ヤード!!」と言って、首にネックレスをつけて家中をくるくる走り回っている。もうすぐ嫁に行くというのに、まだ精神年齢は子供である。
そして、ヤードにガバッと抱きつき、「ありがとうヤード!」と言ってほっぺたにキスしようとしてくる。
「やめろよ〜、姉ちゃん〜!」
ヤードは照れながらも、みんながこんなに喜んでくれていることに、心底喜んだ。