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#141 神聖水 (テルサ視点)

ー/ー



「見て。今まさに聖水を作っている所よ」


 源泉の周りに白衣の薬師や聖魔術師たちが集まって、何やら大型の魔導具を操作していた。
 あの魔導具を用いて溢れ出る光の魔素(マナ)を吸収して魔力に変換、魔法技術で加工した特殊水に付与する、というのが聖水の製作工程だ。


 死体に掛ければ浄化されてアンデッド化を予防し、アンデッドに浴びせれば硫酸の如くその身を融かし、武具に染み込ませればアンデッドへの特効を付与し、快癒魔導薬(ヒール・ポーション)よりも優れた効能を持つ神聖魔導薬(セイクリッド・ポーション)の調合素材になったりと、聖水の用途は多岐に(わた)る。


「そちらでは(もっぱ)ら『太陽水』という名で呼ばれるそうだけど、聖水自体は東大陸でも作られているのよね?」
「仰る通り。ですがこの『サウルの唇』で作るものに比べて品質も生産量も遥かに劣る上、現在のような『邪神の息吹』の時代になれば、それらの源泉からも瘴気が出てしまって生産が途絶えてしまうのです」


『サウルの唇』だけは『邪神の息吹』の時代でも瘴気を一切放出せず、絶えず純粋な光属性魔素(マナ)を放出し続けてきたため、聖水の安定的な生産が行われ、レカンのような交易商人を通して東大陸にも多く輸出されて教団の財政を大いに潤してきた。


 余談だが、西大陸には『リュミスの(あぎと)』という、光属性に特化した『サウルの唇』とは真逆の、闇属性魔素(マナ)に特化した超巨大源泉もあるそうだ。


「『聖女』様、お願い致します」
「ええ」


 バスタブ大の容器に溜めた出来立ての聖水を、薬師と聖魔術師たちが丁重に運んで来る。


「何を為されるのですか?」
「まあ見ていて」


 まず『サウルの唇』から得た光属性魔素(マナ)を取り込んで、体内で魔力に変換する。
 魔法の才能は『魔力変換力』『魔力保有力』『魔力放出力』の三要素から成るが、私はその全てに於いてこの世界の人間を超越しており、吸収した魔素(マナ)から魔力を生み出す『魔力変換力』は、同じ属性であれば倍率は飛躍的に上がる。
 そうして練り上げた魔力を、シーツやテーブルクロスを敷くようなイメージで意識を集中、大容器内に満ちる聖水に注ぎ込む。


「完成よ」


 数秒後、大容器内の聖水は、先程よりも格段に強い煌めきを放っていた。
 作業に当たっていた者たちがそれを丁寧に小瓶に注ぎ込んでいく。


「テルサ様、これは……!? 聖水に一体何を……?」
「私の『旭日』を用いて新開発した上級聖水──名付けて『神聖水』よ」


 聖魔術師から受け取った小瓶をレカンに見せ付け、手渡す。


「神聖水……確かに従来の聖水よりも(まばゆ)い光を帯びていますが、肝心の効果は?」
「何とびっくり、従来品の十倍以上よ。死体やアンデッドに浴びせたり、光属性魔法の増強、神聖魔導薬(セイクリッド・ポーション)に用いた時の効果──全ての用途に於いてね」
「じゅ、十倍……!」


 聖水はアンデッドを融かす効果を持つものの、一瓶分浴びせただけでは完全に倒し切れないケースも少なくないのだが、この神聖水であれば話は別。
 捕獲した中級以下のアンデッドに効果実験を行った所、ほんのスプーン一杯分を振り掛けただけで、ゾンビやゴーストといった下級アンデッドならば即死、瓶半分程度でもバンシーやグールといった中級アンデッドでさえ、殺虫剤を噴き掛けられたゴキブリの如く悶絶してイチコロだった。
 捕獲困難な上級アンデッドにはまだ試せていないが、次の遠征先で遭遇するのは間違い無く、その時にでも検証すればいい。


 神聖水を大量に生産して実戦投入すれば、遠征の難度は格段に下がり、ウィルドゥ領で体験したような苦戦には至らないと思われる。
 初代『聖女』の時代に聖水の強化に成功したという記録は無く、当時の技術が不足していたというのもあるようだが、どうやら同じ光の極大魔力『旭日』でも、私のものは初代のそれを大きく上回っているようだ。


「テルサ様、この神聖水、是非このレカンに売っては頂けないでしょうか……!?」


 これまでに栄耀教会から東大陸へ輸出していた従来の聖水でさえ、高品質かつ安定的な生産量故に飛ぶように売れていたのだから、その上位互換と聞いて商魂を刺激されない訳が無い。
 商人の眼が激しく燃え上がっていた。


「ごめんなさいね。神聖水は教団内で試験的に使っている段階で、まだ外部に提供する目途(めど)は立っていないの」
「然様でございますか……」
「そうガッカリしないで。時期が来たらあなたの商会に優先的に回して貰うよう、私から教皇様にお願いしておくわ」
「おおっ……感謝申し上げます……!」


 有力な交易商人であるレカンは東大陸とを結ぶ重要なパイプ、友好的な関係を築いておきたい。
 先行投資は重要だ。


「この神聖水を用いれば……もしやあの伝説の秘薬も作れるのでは……」


 半透明の小瓶の中で煌めく神聖水を凝視しながら、レカンがブツブツと独り言を漏らす。


「伝説の秘薬?」
「し、失礼、聞こえてしまいましたか……」


 慌てて口を(つぐ)むレカンだったが、聞こえた単語は私の興味を刺激した。


「今までに聞いた話から判断する限り、魔法学は西大陸の方が進んでいるけど、医学や薬学に関しては東大陸の方が先を行っているようね。その東大陸の様々な薬に精通しているあなたが伝説と評するほどの秘薬……是非聞かせて貰えないかしら?」
「い、いえ、申し訳ありませんが、これは言えません。何卒お忘れ下さい……!」


 パンドラの箱や鶴の恩返しのように、駄目と禁じられることで(かえ)って欲求や関心を刺激される心理現象──確かこれをカリギュラ効果と言うのだったか。
 今まで気前良く私の質問に答えてくれたレカンが、こうも狼狽して頑なに口を閉ざすということは、その伝説の秘薬とやらは相当な代物と考えて間違い無い。


「どうしても教えてくれないの?」


 身を屈めて、悲しそうな表情と上目遣いでお願いしてみる。


「これは我が国の機密でして、如何にテルサ様と言えども、他国の方にお話しする訳には……」
「じゃあ、情報料はその神聖水だと言ったら?」


 彼が手にした小瓶を指差してやると、うっ、とレカンが迷いの呻きを発する。


「神聖水は確かに魅力的ですが、むむ……しかし……」
「プラス四本、合計五本を前払いでどう?」
「ぐっ……」


 やはり商人に対しては、情よりも利で訴える方が効果的だ。


「……承知しました。皇帝陛下や教皇猊下にも秘密にしてきたのですが、『聖女』様直々のお頼みとあれば特別にお話ししましょう」


 十秒ほど悩んだ末に、根負けしたレカンが首を縦に振った。


「嬉しいわ。どうもありがとう」
「ただし申し上げた通り、これはスェンシール帝国の機密。どこか別の、二人切りになれる場所でお話ししたいのですが……」
「ええ勿論」


 約束通り神聖水の小瓶を更に四本渡してから、私たちは『日輪の眼』を出て最初の応接室へ戻った。


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「見て。今まさに聖水を作っている所よ」
 源泉の周りに白衣の薬師や聖魔術師たちが集まって、何やら大型の魔導具を操作していた。
 あの魔導具を用いて溢れ出る光の|魔素《マナ》を吸収して魔力に変換、魔法技術で加工した特殊水に付与する、というのが聖水の製作工程だ。
 死体に掛ければ浄化されてアンデッド化を予防し、アンデッドに浴びせれば硫酸の如くその身を融かし、武具に染み込ませればアンデッドへの特効を付与し、|快癒魔導薬《ヒール・ポーション》よりも優れた効能を持つ|神聖魔導薬《セイクリッド・ポーション》の調合素材になったりと、聖水の用途は多岐に|亘《わた》る。
「そちらでは|専《もっぱ》ら『太陽水』という名で呼ばれるそうだけど、聖水自体は東大陸でも作られているのよね?」
「仰る通り。ですがこの『サウルの唇』で作るものに比べて品質も生産量も遥かに劣る上、現在のような『邪神の息吹』の時代になれば、それらの源泉からも瘴気が出てしまって生産が途絶えてしまうのです」
『サウルの唇』だけは『邪神の息吹』の時代でも瘴気を一切放出せず、絶えず純粋な光属性|魔素《マナ》を放出し続けてきたため、聖水の安定的な生産が行われ、レカンのような交易商人を通して東大陸にも多く輸出されて教団の財政を大いに潤してきた。
 余談だが、西大陸には『リュミスの|咢《あぎと》』という、光属性に特化した『サウルの唇』とは真逆の、闇属性|魔素《マナ》に特化した超巨大源泉もあるそうだ。
「『聖女』様、お願い致します」
「ええ」
 バスタブ大の容器に溜めた出来立ての聖水を、薬師と聖魔術師たちが丁重に運んで来る。
「何を為されるのですか?」
「まあ見ていて」
 まず『サウルの唇』から得た光属性|魔素《マナ》を取り込んで、体内で魔力に変換する。
 魔法の才能は『魔力変換力』『魔力保有力』『魔力放出力』の三要素から成るが、私はその全てに於いてこの世界の人間を超越しており、吸収した|魔素《マナ》から魔力を生み出す『魔力変換力』は、同じ属性であれば倍率は飛躍的に上がる。
 そうして練り上げた魔力を、シーツやテーブルクロスを敷くようなイメージで意識を集中、大容器内に満ちる聖水に注ぎ込む。
「完成よ」
 数秒後、大容器内の聖水は、先程よりも格段に強い煌めきを放っていた。
 作業に当たっていた者たちがそれを丁寧に小瓶に注ぎ込んでいく。
「テルサ様、これは……!? 聖水に一体何を……?」
「私の『旭日』を用いて新開発した上級聖水──名付けて『神聖水』よ」
 聖魔術師から受け取った小瓶をレカンに見せ付け、手渡す。
「神聖水……確かに従来の聖水よりも|眩《まばゆ》い光を帯びていますが、肝心の効果は?」
「何とびっくり、従来品の十倍以上よ。死体やアンデッドに浴びせたり、光属性魔法の増強、|神聖魔導薬《セイクリッド・ポーション》に用いた時の効果──全ての用途に於いてね」
「じゅ、十倍……!」
 聖水はアンデッドを融かす効果を持つものの、一瓶分浴びせただけでは完全に倒し切れないケースも少なくないのだが、この神聖水であれば話は別。
 捕獲した中級以下のアンデッドに効果実験を行った所、ほんのスプーン一杯分を振り掛けただけで、ゾンビやゴーストといった下級アンデッドならば即死、瓶半分程度でもバンシーやグールといった中級アンデッドでさえ、殺虫剤を噴き掛けられたゴキブリの如く悶絶してイチコロだった。
 捕獲困難な上級アンデッドにはまだ試せていないが、次の遠征先で遭遇するのは間違い無く、その時にでも検証すればいい。
 神聖水を大量に生産して実戦投入すれば、遠征の難度は格段に下がり、ウィルドゥ領で体験したような苦戦には至らないと思われる。
 初代『聖女』の時代に聖水の強化に成功したという記録は無く、当時の技術が不足していたというのもあるようだが、どうやら同じ光の極大魔力『旭日』でも、私のものは初代のそれを大きく上回っているようだ。
「テルサ様、この神聖水、是非このレカンに売っては頂けないでしょうか……!?」
 これまでに栄耀教会から東大陸へ輸出していた従来の聖水でさえ、高品質かつ安定的な生産量故に飛ぶように売れていたのだから、その上位互換と聞いて商魂を刺激されない訳が無い。
 商人の眼が激しく燃え上がっていた。
「ごめんなさいね。神聖水は教団内で試験的に使っている段階で、まだ外部に提供する|目途《めど》は立っていないの」
「然様でございますか……」
「そうガッカリしないで。時期が来たらあなたの商会に優先的に回して貰うよう、私から教皇様にお願いしておくわ」
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 有力な交易商人であるレカンは東大陸とを結ぶ重要なパイプ、友好的な関係を築いておきたい。
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「この神聖水を用いれば……もしやあの伝説の秘薬も作れるのでは……」
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「い、いえ、申し訳ありませんが、これは言えません。何卒お忘れ下さい……!」
 パンドラの箱や鶴の恩返しのように、駄目と禁じられることで|却《かえ》って欲求や関心を刺激される心理現象──確かこれをカリギュラ効果と言うのだったか。
 今まで気前良く私の質問に答えてくれたレカンが、こうも狼狽して頑なに口を閉ざすということは、その伝説の秘薬とやらは相当な代物と考えて間違い無い。
「どうしても教えてくれないの?」
 身を屈めて、悲しそうな表情と上目遣いでお願いしてみる。
「これは我が国の機密でして、如何にテルサ様と言えども、他国の方にお話しする訳には……」
「じゃあ、情報料はその神聖水だと言ったら?」
 彼が手にした小瓶を指差してやると、うっ、とレカンが迷いの呻きを発する。
「神聖水は確かに魅力的ですが、むむ……しかし……」
「プラス四本、合計五本を前払いでどう?」
「ぐっ……」
 やはり商人に対しては、情よりも利で訴える方が効果的だ。
「……承知しました。皇帝陛下や教皇猊下にも秘密にしてきたのですが、『聖女』様直々のお頼みとあれば特別にお話ししましょう」
 十秒ほど悩んだ末に、根負けしたレカンが首を縦に振った。
「嬉しいわ。どうもありがとう」
「ただし申し上げた通り、これはスェンシール帝国の機密。どこか別の、二人切りになれる場所でお話ししたいのですが……」
「ええ勿論」
 約束通り神聖水の小瓶を更に四本渡してから、私たちは『日輪の眼』を出て最初の応接室へ戻った。