#140 交易商人レカン (テルサ視点)
ー/ー 新生児エクノーラの洗礼を終えた、その数時間後のこと。
「どうかしら?」
私の身は今、煌びやかな東大陸風の華麗な衣装で飾られていた。
「まるで我が国の姫君を想わせる、気品に満ちた御姿でございます」
目の前には先日の舞踏会で見かけた、スェンシール帝国の交易商人との会談中だ。
その代表者がスェンシール皇室の御用商人としても活躍する彼、スンジャイ・レカン。
時の人である『聖女』様に是非一度お目通りを、と以前から要望していたそうだが、ラモン教皇の許可が下りず舞踏会でも近付くことが叶わなかった訳だが、今日は私の方から客人として招待した。
「美しい衣服は、相応しい方を飾ってこそ価値ある光を放つもの。何卒お納め下さい」
別に私に贈る目的で特別に用意した品ではなく、どこかの貴族令嬢にでも高く売り付ける予定だったのだろうが、『聖女』という稀代の人物に招かれて面会が実現した以上、気前良く献上して投資に回した方が将来の利益に繋がると考えたに違い無い。
「どうもありがとう。とても嬉しいわ」
「お気に召されたようで何よりでございます。他にも何かご所望の品があれば何なりと」
服や宝飾品の類にも興味はあるが、真っ先に思い浮かんだのは──
「実は先日、そちらに居るザッキスに娘が生まれて、つい先程洗礼の儀が行われたの。彼は優秀な聖騎士で護衛の任も立派に務めてくれているから、日頃の感謝と今後の期待も込めて、私からお祝い品を贈ろうと考えているのだけれど、何を贈れば喜んで貰えるのか見当も付かなくて……」
私の口から出された意外な提案に、ザッキスがハッと眼を丸くした。
彼に出産祝いを贈れば、彼と妻エニーシャは勿論、ラモン教皇やオーレン大司教からも感謝され、レカンに対しても『聖女』の懐の広さをアピールできる。
身近な者たちに好印象を植え付けておいて損にはなるまい。
「でしたら、薬や栄養豊富な食材など如何でしょうか? 我が国では出産祝いの贈答品にそれらを選ぶことが多いのです」
「薬と食材?」
「産後は母子共に体が弱く、些細な病で命を落としてしまうことも珍しくありません。『邪神の息吹』が猛威を振るう時代ならば尚のこと。私にも下に弟妹が五人居たのですが、その内の二人は生まれて間も無く流行病で亡くなり、母も末子を産んだ後に亡くなってしまいました」
「それはお気の毒ね」
帝都エルザンパールの付近には源泉は無く、地脈も既に私が浄化して辺りの『邪神の息吹』は鎮められたが、それでもこの世界の医療や衛生の水準は現代日本に比べれば遥かに劣り、体の弱い者がコロリと病死することも多々ある。
「でも、それなら治癒や回復の魔法で済む話じゃないかしら? 栄耀教会の十八番よ」
「無論それも一つの手段ではありますが、体が出来上がっていない幼児に対しての魔法効果は負担になりますし、副作用を引き起こす場合もあります。病弱の幼い皇子を救おうとした快癒術師が、回復魔法が原因で死なせてしまって処刑されたという話もあるくらいですから」
毒と薬は紙一重、魔法に於いてもそれは同じ。
「こちらなど如何でしょうか? 龍牙人参と万年霊草の根など、東大陸の薬用植物を用いた滋養強壮薬でございます」
持参した箱の中から、レカンが薬用小瓶を数本取り出して並べる。
「それは魔導薬ではないのよね?」
「ご安心下さい、魔法効果を伴わない通常の薬です。我が国の宮廷薬師も用いておりますので、効能は確かですし、量を分ければ乳幼児でも問題無く服用できます」
漢方薬の素材として朝鮮人参や葛根が有名だが、この薬の原料はそれに類するものなのかも知れない。
「ということだけどザッキス、どうかしら?」
「今の所エクノーラに健康の異常は見られませんが、備えあれば憂い無し。テルサ様のご厚意、有り難く受け取らせて頂きます」
病気も戦いも、先んじて準備を整え有利な条件を揃えた方が勝つ。
有事になってから慌てて対策を練り始めるようでは全く遅い。
「他に何かございますか?」
「今は特に思い付かないわね。ただ、そちらの国や東大陸のお話には興味があるわ。聞かせて貰って構わないかしら?」
「ええ、喜んで。私も『聖女』様のこれまでのご活躍や『旭日』、異なる世界についてもお聞かせ頂きたく存じます」
情報も立派な商品。
東大陸の国際情勢やスェンシール帝国の支配体制や政策、地理、経済、文化、食生活、それから両大陸の往来に使われる航路や航海の様子などなど、レカンは私の質問にスラスラと応じてくれた。
「それにしても、テルサ様は知識欲が旺盛と言いますか、学ぶことにとても熱心であらせられますな」
「好きだからというのもあるけれど、私はこの世界に召喚されてまだ日が浅く力にも目覚めたばかり。未熟者だからこそ、もっと成長しなくてはならないと考えているの」
「実に天晴な向上心ですな。うちの若い連中に見習わせたいくらいです」
一切の娯楽が許されない境遇に生まれたため、学業くらいしか没頭できるものが無く、そのお陰で成績も常に上位だったが、元の世界では磨いた知性を活かす機会はほとんど無かった。
もう下を向いて生きたりはしない。
この世界では常に上を目指していたい。
「『聖女』のことはスェンシール帝国にも伝わっているのかしら?」
「テルサ様のことは、まだ指導者層か、我々のような渡航者の間でしか知られていないかと。三百年前の初代様の伝説は有名なのですが、あまりにも現実離れしているが故に、多くの者はお伽話の類と捉えています。恥ずかしながら、かく言う私も海を渡る以前はそうでした」
「そうね。私も同じ立場なら疑ったでしょうね」
弱小だった当時のウルヴァルゼ王国が『邪神の息吹』を克服、強大なラッセウム帝国を破って西大陸一の大帝国へ伸し上がった厳然たる事実があるのだから、両大陸を往来していた者ならば、早い段階から伝説が事実だと確信していたはずだ。
私の方もレカンの望み通り、元の世界のことや『聖女』としての活動などについても語って聞かせた。
勿論、栄耀教会に都合の悪いことや、私の弱みに繋がるようなこと──カグヤの存在などは胸に秘めておく。
「宜しければ一度、テルサ様の『旭日』を拝見させて頂けないでしょうか?」
「そう言うと思って、実演の場を設けているわ。場所を移しましょう」
聖宮殿を出てレカンを案内した先は、聳え立つ巨大な記念塔。
太陽を模した、常に光を放つその建造物の名は──
「何と『日輪の眼』ですか……」
三百年前に築かれ、現在まで続く栄耀教会の権威と繁栄の象徴として有名な『日輪の眼』だが、実は巨大な魔導建築で、これ自体に何らかの機能が備わっているらしいのだが、機密中の機密らしく、ラモン教皇に尋ねても明かしてはくれなかった。
レカンを案内した先は『日輪の眼』の第一階層。
この上にも更にまだ階層があり、制御を担う中枢部など『日輪の眼』の機密はそこに隠されているようだが、教皇の許可が無い者は私を含めて立ち入りを禁じられている。
「これは、光の魔素の源泉……!?」
地面にぽっかりと空いた、神々しい煌めきが沸々と湧き上がる大穴を目の当たりにした彼が、感嘆の息を漏らす。
「もしや、これがあの噂に名高い『サウルの唇』でございますか……!?」
「その通りよ。実際に拝むのは初めてでしょう?」
光属性魔素に特化した、通称『サウルの唇』と呼ばれるこの巨大源泉は、西大陸で最も知名度の高い源泉であり、この『日輪の眼』のエネルギー源だ。
「宜しいのでしょうか? 外部の者である私がこのような神聖な場所を訪れて……」
「大丈夫よ。ちゃんと教皇様の許可は得ているから」
ここサウレス=サンジョーレ曙光島が栄耀教会の総本山になった理由が、まさにこれだ。
ウルヴァルゼ王国の建国より更に昔、サウレス湾に浮かぶこの島で『サウルの唇』を研究していた大魔術師ジョルダーノ・サンジョーレが聖水を発明、アンデッドに怯える弱き民を救済する組織を結成したのが、栄耀教会の興りと聞いている。
救済の理念から発足した聖なる教団が、弱者から搾取する悪徳教団へと堕落してしまって、教祖ジョルダーノもさぞ嘆いているに違いないが、何事も老いて腐っていくのが世の常だ。
「どうかしら?」
私の身は今、煌びやかな東大陸風の華麗な衣装で飾られていた。
「まるで我が国の姫君を想わせる、気品に満ちた御姿でございます」
目の前には先日の舞踏会で見かけた、スェンシール帝国の交易商人との会談中だ。
その代表者がスェンシール皇室の御用商人としても活躍する彼、スンジャイ・レカン。
時の人である『聖女』様に是非一度お目通りを、と以前から要望していたそうだが、ラモン教皇の許可が下りず舞踏会でも近付くことが叶わなかった訳だが、今日は私の方から客人として招待した。
「美しい衣服は、相応しい方を飾ってこそ価値ある光を放つもの。何卒お納め下さい」
別に私に贈る目的で特別に用意した品ではなく、どこかの貴族令嬢にでも高く売り付ける予定だったのだろうが、『聖女』という稀代の人物に招かれて面会が実現した以上、気前良く献上して投資に回した方が将来の利益に繋がると考えたに違い無い。
「どうもありがとう。とても嬉しいわ」
「お気に召されたようで何よりでございます。他にも何かご所望の品があれば何なりと」
服や宝飾品の類にも興味はあるが、真っ先に思い浮かんだのは──
「実は先日、そちらに居るザッキスに娘が生まれて、つい先程洗礼の儀が行われたの。彼は優秀な聖騎士で護衛の任も立派に務めてくれているから、日頃の感謝と今後の期待も込めて、私からお祝い品を贈ろうと考えているのだけれど、何を贈れば喜んで貰えるのか見当も付かなくて……」
私の口から出された意外な提案に、ザッキスがハッと眼を丸くした。
彼に出産祝いを贈れば、彼と妻エニーシャは勿論、ラモン教皇やオーレン大司教からも感謝され、レカンに対しても『聖女』の懐の広さをアピールできる。
身近な者たちに好印象を植え付けておいて損にはなるまい。
「でしたら、薬や栄養豊富な食材など如何でしょうか? 我が国では出産祝いの贈答品にそれらを選ぶことが多いのです」
「薬と食材?」
「産後は母子共に体が弱く、些細な病で命を落としてしまうことも珍しくありません。『邪神の息吹』が猛威を振るう時代ならば尚のこと。私にも下に弟妹が五人居たのですが、その内の二人は生まれて間も無く流行病で亡くなり、母も末子を産んだ後に亡くなってしまいました」
「それはお気の毒ね」
帝都エルザンパールの付近には源泉は無く、地脈も既に私が浄化して辺りの『邪神の息吹』は鎮められたが、それでもこの世界の医療や衛生の水準は現代日本に比べれば遥かに劣り、体の弱い者がコロリと病死することも多々ある。
「でも、それなら治癒や回復の魔法で済む話じゃないかしら? 栄耀教会の十八番よ」
「無論それも一つの手段ではありますが、体が出来上がっていない幼児に対しての魔法効果は負担になりますし、副作用を引き起こす場合もあります。病弱の幼い皇子を救おうとした快癒術師が、回復魔法が原因で死なせてしまって処刑されたという話もあるくらいですから」
毒と薬は紙一重、魔法に於いてもそれは同じ。
「こちらなど如何でしょうか? 龍牙人参と万年霊草の根など、東大陸の薬用植物を用いた滋養強壮薬でございます」
持参した箱の中から、レカンが薬用小瓶を数本取り出して並べる。
「それは魔導薬ではないのよね?」
「ご安心下さい、魔法効果を伴わない通常の薬です。我が国の宮廷薬師も用いておりますので、効能は確かですし、量を分ければ乳幼児でも問題無く服用できます」
漢方薬の素材として朝鮮人参や葛根が有名だが、この薬の原料はそれに類するものなのかも知れない。
「ということだけどザッキス、どうかしら?」
「今の所エクノーラに健康の異常は見られませんが、備えあれば憂い無し。テルサ様のご厚意、有り難く受け取らせて頂きます」
病気も戦いも、先んじて準備を整え有利な条件を揃えた方が勝つ。
有事になってから慌てて対策を練り始めるようでは全く遅い。
「他に何かございますか?」
「今は特に思い付かないわね。ただ、そちらの国や東大陸のお話には興味があるわ。聞かせて貰って構わないかしら?」
「ええ、喜んで。私も『聖女』様のこれまでのご活躍や『旭日』、異なる世界についてもお聞かせ頂きたく存じます」
情報も立派な商品。
東大陸の国際情勢やスェンシール帝国の支配体制や政策、地理、経済、文化、食生活、それから両大陸の往来に使われる航路や航海の様子などなど、レカンは私の質問にスラスラと応じてくれた。
「それにしても、テルサ様は知識欲が旺盛と言いますか、学ぶことにとても熱心であらせられますな」
「好きだからというのもあるけれど、私はこの世界に召喚されてまだ日が浅く力にも目覚めたばかり。未熟者だからこそ、もっと成長しなくてはならないと考えているの」
「実に天晴な向上心ですな。うちの若い連中に見習わせたいくらいです」
一切の娯楽が許されない境遇に生まれたため、学業くらいしか没頭できるものが無く、そのお陰で成績も常に上位だったが、元の世界では磨いた知性を活かす機会はほとんど無かった。
もう下を向いて生きたりはしない。
この世界では常に上を目指していたい。
「『聖女』のことはスェンシール帝国にも伝わっているのかしら?」
「テルサ様のことは、まだ指導者層か、我々のような渡航者の間でしか知られていないかと。三百年前の初代様の伝説は有名なのですが、あまりにも現実離れしているが故に、多くの者はお伽話の類と捉えています。恥ずかしながら、かく言う私も海を渡る以前はそうでした」
「そうね。私も同じ立場なら疑ったでしょうね」
弱小だった当時のウルヴァルゼ王国が『邪神の息吹』を克服、強大なラッセウム帝国を破って西大陸一の大帝国へ伸し上がった厳然たる事実があるのだから、両大陸を往来していた者ならば、早い段階から伝説が事実だと確信していたはずだ。
私の方もレカンの望み通り、元の世界のことや『聖女』としての活動などについても語って聞かせた。
勿論、栄耀教会に都合の悪いことや、私の弱みに繋がるようなこと──カグヤの存在などは胸に秘めておく。
「宜しければ一度、テルサ様の『旭日』を拝見させて頂けないでしょうか?」
「そう言うと思って、実演の場を設けているわ。場所を移しましょう」
聖宮殿を出てレカンを案内した先は、聳え立つ巨大な記念塔。
太陽を模した、常に光を放つその建造物の名は──
「何と『日輪の眼』ですか……」
三百年前に築かれ、現在まで続く栄耀教会の権威と繁栄の象徴として有名な『日輪の眼』だが、実は巨大な魔導建築で、これ自体に何らかの機能が備わっているらしいのだが、機密中の機密らしく、ラモン教皇に尋ねても明かしてはくれなかった。
レカンを案内した先は『日輪の眼』の第一階層。
この上にも更にまだ階層があり、制御を担う中枢部など『日輪の眼』の機密はそこに隠されているようだが、教皇の許可が無い者は私を含めて立ち入りを禁じられている。
「これは、光の魔素の源泉……!?」
地面にぽっかりと空いた、神々しい煌めきが沸々と湧き上がる大穴を目の当たりにした彼が、感嘆の息を漏らす。
「もしや、これがあの噂に名高い『サウルの唇』でございますか……!?」
「その通りよ。実際に拝むのは初めてでしょう?」
光属性魔素に特化した、通称『サウルの唇』と呼ばれるこの巨大源泉は、西大陸で最も知名度の高い源泉であり、この『日輪の眼』のエネルギー源だ。
「宜しいのでしょうか? 外部の者である私がこのような神聖な場所を訪れて……」
「大丈夫よ。ちゃんと教皇様の許可は得ているから」
ここサウレス=サンジョーレ曙光島が栄耀教会の総本山になった理由が、まさにこれだ。
ウルヴァルゼ王国の建国より更に昔、サウレス湾に浮かぶこの島で『サウルの唇』を研究していた大魔術師ジョルダーノ・サンジョーレが聖水を発明、アンデッドに怯える弱き民を救済する組織を結成したのが、栄耀教会の興りと聞いている。
救済の理念から発足した聖なる教団が、弱者から搾取する悪徳教団へと堕落してしまって、教祖ジョルダーノもさぞ嘆いているに違いないが、何事も老いて腐っていくのが世の常だ。
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