「行ってらっしゃい、詩織くん」
「車には気を付けるんだよ」
「……はい、行ってきます」
とある家の玄関口。穏やかな声音、笑顔で送り出す女性と男性に一人の少年、詩織は感情の乗らない声、暗い表情で返した。
詩織の返事に二人は一瞬、悲しげに顔を歪めたものの、すぐにまた笑顔に戻し、こちらに背を向けて歩く少年を手を振って見送った。
喧嘩をした、という訳でも仲が悪い、という事でもない。
まだ、彼が遠慮をしていると言った方がまだ正しいだろうか。
それでも、夫婦はそれを気にする事なく、これからも変わらず接していくと決めている。
あの子、詩織が心の傷が癒え、今までのように明るく振る舞えるように……。
◆◆◆
詩織は初めから、こんなに暗い性格だった訳ではない。
家族と暮らし、学校に通い、友達にも恵まれた何処にでもいる普通の少年。
そんな当たり前の日常が壊されたのは、数カ月前の事だった。
ある日の夕方、詩織は親に頼まれて買い物に行く事になった。
「面倒くさいな……」と冗談交じりに呟き、それに母達が「悪かった」と返し、お互いに笑い合った事を、今もしっかりと覚えている。
そして、それが詩織が家族と交わした最後のやり取りだった。
買い物を終え、詩織が目にしたのは炎に包まれた家。
押さえつけられ、何事かを喚く誰か。
それが無差別放火犯と知ったのは、それから少し後の事だった。
覚えているのは火に包まれた家に入ろうとして何人かに押さえつけられた時の事までと、その後……、病院のベッドで近くに住んでいる親戚、檜山夫婦が泣きそうな覗き込んでいるところまで。
そこから先も、実はあまり覚えていない。
全てを喪って今に至るまで、毎日何があったかを少し覚えている程度だ。
「………………………」
自然と立ち止まり、詩織は周囲を見渡す。
見える景色、人、全てがセピア色に見えた。
本当に色が見えない訳じゃない。だというのに、全てがセピアにしか映らなかった。
興味が無くなったのか、それともそんな景色を見て嫌気が差したのか、詩織は俯いてまた歩き出した。
「どうして…………」
言葉が漏れる。
泣きたいくらい辛い。けれど、その肝心な涙すら出てこない。
「どうして僕だけ……生きているんだろう…………」
そう呟いた小さな言葉は誰に聞かれるでもなく、虚しく静寂に溶け、消えていった。