夜明け前の冷気が、骨まで染みていた。
東門の下、俺たちは集まっていた。空には|痣《あざ》のような雲が垂れ込め、風がマントの|裾《すそ》をはためかせる。砦の淀んだ息——|酸《す》えたエールと湿った寝具、そして腐った|残飯《ざんぱん》の臭い——を、狭い路地から運び出していた。
門が|唸《うな》りながら開く。死にかけた獣の|呻《うめ》き声のようだった。
ボーリンはすでに門の外にいた。泥だらけの道の向こうをうかがっている。俺は地図の写しを彼に渡した。
キールは足を交互に動かし、手を丸めて息を吹きかけ、腰の剣をやや大げさな動作で調整していた。「まあ、心配すんなって、エララ。この俺がいるんだ、ちょいと散歩して、約束の酒でも|奢《おご》ってやるさ。なあ?」
エララは、医療袋の確認から顔を上げなかった。「前に言ったはずよ、キール。私は泳げない男に興味はない、と」
門の横の石にもたれていたライラが、短く鋭い笑い声を上げた。「はっ! なんだお前、カナヅチだったのか。……ちっ、先に知ってりゃ、とっくにどっかの小川にでも突き落としてやったのによ」
キールは顔を赤くして口ごもった。
エララの視線が、俺の手袋をした左手に向けられた。何も言わず、ただ袋をしっかりと固定した。
俺はかすかにうなずいた。
* * *
門をくぐった。風が変わった。砦の淀みが背中に落ち、前からは土と草の腐った匂いが来る。泥だらけの道。濃く、まとわりつく泥がブーツに吸い付き、一歩ごとに体温を奪っていく。
一時間も歩いた頃、道が急に下る区間に達した。濁った雨水が道を|寸断《すんだん》し、泥の沼と化している。中央は|膝《ひざ》までありそうだ。俺とボーリンは端を偵察し、諦めて渡った。冷たさがすぐに革越しに突き刺さる。ライラは|嫌悪《けんお》を隠さずに続いた。エララはスカートを高く上げ、少し|躊躇《ちゅうちょ》してから慎重に足を踏み入れた。
だが、キールはぴたりと足を止めた。その顔から血の気が引いている。
「嘘だろ、あの泥を見ろよ」彼はつぶやいた。声が|上擦《うわず》っている。茶色い水を覗き込み、泥の中から何かが飛び出してくるのを本気で警戒している。「ひどい有様だ。たぶん……回り道があるんじゃないか?」
半分渡ったライラが、鼻で笑って振り返った。「ぐずぐずしてると、本物の化け物に足首を食われるぞ。さっさと渡れ、坊や」
キールは|唾《つば》を飲み、神経質に目を動かす。恐る恐る一歩踏み入れると、凍るような水がブーツに流れ込み、鋭く息を吸って後ずさった。目に見えて震えている。
「おい、キール」俺は、感情を殺した声で呼びかけた。「端を通れ。そっちのほうが浅い」
キールは最終的に自分を奮い立たせて渡りきった。歯をガチガチ鳴らし、水から出るまで|悪態《あくたい》をつき続けていた。
* * *
道が登り始めた。泥が岩に変わり、足場が硬くなる。左手に、浅い|渓谷《けいこく》が口を開けていた。幅は馬車一台分もない。両側の崖が迫り、上から|灌木《かんぼく》が垂れ下がって暗い。古い道標が半分、泥に埋まっている。文字は読めない。
足が止まった。
(——塵渓)
十五年前。商団の護衛。俺の情報で近道を選んだ。こんな谷だった。こんな幅。両側が崖で、逃げ場がない。
|伏兵《ふくへい》は崖の上にいた。
商人の夫婦が死んだ。男は妻を|庇《かば》おうとして背中に矢を受けた。女はその隣で——
俺の情報だった。俺が選んだ道だった。
荷台の裏に、娘がいた。十三。手の中に、川原の石を握りしめていた。
足が止まっていた。どれくらいそうしていたか分からない。
誰も何も聞かなかった。
足が動いた。渓谷が後ろへ流れていく。
ライラは前を歩いている。革紐に通された川石が、歩くたびに背中で揺れていた。
* * *
臭い——足が止まった。
道の脇に、小さな|棘山羊《とげやぎ》が横たわっている。
エララはしゃがみ込んだ。慎重な距離は保っている。毛皮の下、皮膚が青白く|変色《へんしょく》している。甘い|腐敗臭《ふはいしゅう》が鼻を突いた。
「聖蝕《せいしょく》ね」
俺は彼女の横にしゃがみ、|死骸《しがい》を|吟味《ぎんみ》した。「ああ。間違いない」
「でも、この痩せ方……|急性《きゅうせい》じゃないわね。毛もまだらに抜けてる」エララは眉をひそめ、俺を見た。「|慢性曝露《まんせいばくろ》?」
「水だ」俺は立ち上がり、視線を岩だらけの斜面に向けた。「上のどこかに欠片が埋まってる。最近の揺れで岩が割れて、毒が水に垂れ落ちた。こいつは、それを何週間も飲み続けたんだろう」
「|文献《ぶんけん》では、そこまで離れた|水源《すいげん》への|汚染《おせん》は稀だと……」
「稀だが、ある。死体が出るまで誰も気づかねえのが、一番|厄介《やっかい》なところだ」
「触らない方がいい」ライラが言った。死骸から目を離さない。「……ここ、氷を吸ってるみたいに冷たい」
キールは、目に見えて唾を飲んだ。目を見開いて、死骸を見つめている。「女神様……」
ボーリンが初めて口を開いた。「もし水が汚染されているなら……」
「水は手持ち分だけだ。この辺の川には手を出すな。いいな?」俺は順番に一人一人を見た。「それから、|目眩《めまい》、|幻覚《げんかく》、|鼻血《はなぢ》……どれか一つでも兆候が出たら、即座に言え。隠すな」
胃の底が冷たくなった。
俺は腰のナイフを抜き、山羊の|頭蓋《ずがい》に突き立てた。乾いた音。引き抜き、泥で拭う。
ライラの目が細まった。「……なんだ、それ。もう死んでるだろ」
「気にするな。|欠片狩《かけらが》りの古い習慣だ」
ナイフを|鞘《さや》に戻す。
* * *
山の冷気を|滲《にじ》み出す|巨岩《きょがん》の陰に身を寄せ、マントを引き裂くような風からかろうじて身を守る。湿った小枝は頑固に煙を上げるばかりだったが、ボーリンが黙って差し出した乾いた|糞《ふん》と|苔《こけ》のおかげで、弱々しい火が生まれた。木のように硬い乾燥肉と、ぬるい|穀物粥《こくもつがゆ》。誰も口を開かなかった。
「なあ、エララ」キールが、全員に聞こえるくらいの独り言をつぶやいた。「俺たちが結婚したら、あんたの作る飯はもうちっと柔らかいといいんだが。こんな石みたいな肉じゃ、愛も冷めちまう」
エララは、粥をかき混ぜる手も止めずに答えた。声も風のように刺した。「心配無用よ、キール。あなたは、私の愛の温もりを感じる前に、この干し肉で|窒息死《ちっそくし》するから」
* * *
見張りを組み、装備を固定する。俺は弱い炎を見つめていた。聖蝕が冷たく脈打つ。
キールが少し離れて座り、剣を音もなく|研《と》いでいた。あの特徴的な|籠手鍔《こてつば》——|匠王国《しょうおうこく》製の名品だ。キールの他の|粗野《そや》な装備と比べると、場違いなほど上等に見える。
火の光の中で、キールは小さな|砥石《といし》を持ち、ゆっくりと、|寸分《すんぶん》の狂いもなく刃に沿って引いていた。石が|鋼《はがね》を擦る音は静かで規則正しく、風の唸りの中でほとんど祈りのように響く。一つ一つの動きに無駄がない。終わると、同じ|細心《さいしん》の注意で刃を拭き、静かに|鞘《さや》へと収めた。
キールは顔を上げ、俺の目を捉えた。
「……そんなに見つめられると、照れるぜ、アーレン」
俺はただ唸り、火に視線を戻した。
(怖がっているのだろう。いいことだ)