第2話:蝕まれた男
ー/ー 冒険者の砦——現在
女神たちが堕ち、砕け散ってから約1820年後
* * *
暗い。
蝋燭が一本、窓枠の上で痩せた炎を灯している。蝋が垂れて木を焦がした跡が、何層にも重なっていた。
ライラの手が、俺の腹を滑った。指先が冷たい。
壁の染みが目に入る。天井まで這っている。雨漏りか、カビか。階下から腐った樽の酸っぱい臭いが、薄い床板を通して昇ってくる。
彼女の手が、下に降りた。俺の体はもう応えていた。
彼女が跨った。
ベッドが鳴った。木枠の継ぎ目がずれる、あの聞き慣れた音。こいつはいつか俺たちの下で折れる。膝が俺の脇腹に食い込む。腰を降ろした。
「——ン……」
喉の奥で潰したような声が、腹に響いた。俺は彼女の腰を掴んだ。指がその柔らかな肉感に深く沈み込む。
彼女が動いた。ゆっくりと。前に傾ぐたびに、蝋燭の光が鎖骨の窪みに溜まった汗を光らせた。
ベッドが鳴る。ギシ。ギシ。
俺は片手を彼女の後頭部に回し、陽に灼けた麦わらのような金髪を掴んだ。根元から。引いた。首が仰け反る。蝋燭の光が首筋の腱を浮かび上がらせた。
「ッ——ァ……ン……」
汗の匂い。煙の匂い。安エールが染みた髪の匂い。その下に、彼女自身の匂い。
川石が胸の上で揺れていた。擦り切れた革紐に通された丸い石が、彼女が動くたびに俺の肌を叩く。冷たい。
(……まだあの石かよ)
腰を突き上げた。彼女の指が俺の肩に食い込んだ。
爪が皮膚を裂いた。
彼女の胸が俺の胸に押しつけられ、心臓の鼓動が肋骨越しに伝わってくる。天井の染みが視界の端で揺れる。
ギシ。ギシ。ギシ。
速くなった。呼吸が荒い。俺のも。彼女のも。彼女の腹が俺の上で痙攣している。髪を握った手に力を入れた。もう片方の手で腰骨を押さえつけた。
「ン——ッ、ァ——」
いつもより、強く俺を掴んでいる。爪が肩の肉に埋まっている。痛い。
彼女が先に震えた。全身が硬直し、膝が俺の脇腹を締めつけた。喉の奥で、何かが詰まる音がした。顔を俺の首筋に埋めた。
俺もすぐ後に。目の裏が白くなり、背骨の底から熱が駆け上がった。ベッドの木枠が一際大きく軋み、どこかで継ぎ目が外れる音がした。
* * *
天井の染みを見ていた。彼女は俺の胸に頬を預けたまま動かない。息が鎖骨にかかる。川石が二人の間に挟まって、肋骨に冷たく押し当てられていた。
蝋燭がまだ燃えている。階下で、何かが倒れる鈍い音。酔い潰れた誰かが椅子から落ちたのだろう。
彼女の指が、俺の左手に触れた。
震えていた。俺の手が。
止まらない。
「前より酷くなってる」
「寒さのせいだろ」
「嘘つき」
しばらく、そのままだった。
それからライラは身を起こした。俺の上から降り、床に落ちた肌着を拾い、頭からかぶる。背中が見えた。肩甲骨の間に古い傷跡。蝋燭の光が、背骨の稜線をなぞっていた。立ち上がり、革鎧の紐に手をかける。
「蝕止めは」
「……二週間分」
革紐を締める手が、一瞬止まった。見えた。
「金になる話がある。聞く?」
* * *
「東の峠の話」
俺も着替えながら聞いた。汗の冷えた肌にリネンが張りつく。手袋を嵌める。震えが、革の下に隠れた。
「ギルドで聞いた。巡回隊も避けてるってさ」
「巡回隊が?」
「ああ。空気が硝子みたいに脆くて、肌を何かが這うような気がするって。静かすぎて、何もかもが止まっちまったみたいだって」
(巡回隊が避ける場所——)危険。つまり、金になるかもしれない。
「他には?」
「たぶん、ただの神経過敏と悪いエールのせいさ」肩をすくめた。川石が揺れた。「でも……気になった。ここの掲示板を眺めてるよりはマシだろ」
「降りるか」
「ボーリンと他の連中が何か聞いてないか確かめよう」
* * *
階段は十二段。三段目と七段目が特にひどく軋む。最後の段を降りた時、冷たい空気が首筋の汗に触れた。酸っぱいエール、床板に染みた泥、消えかけの炉の灰。誰かがテーブルに突っ伏して寝ている。涎が木目に沿って垂れていた。
ライラは俺の三歩先を歩いていた。
キールとエララは、すでに奥の隅のテーブルにいた。キールは赤ら顔で、すでに半ば酔っている。
「……まともな契約が一つもねえ! ネズミの皮剥ぎと肥溜めの見張りだけだ!」
錫の杯を叩きつけ、エールを飛び散らせた。
エララは彼の横で静かに座り、粘つくテーブルの上に広げた清潔な布の上で、医療器具を丹念に磨いていた。銀の耳飾りがランプの光を鈍く弾く。聖庁都の紋章。あの街から何で逃げてきたのか、俺は聞いたことがない。聞く気もない。
「アーレン! ライラ! やっと来たか!」キールが怒鳴り、さらにエールをこぼした。「何か見つけたか? それとも俺たち勇者は、糞荷車の見張りのままか?」
「最近まともな仕事があったか? 一つもねえだろ」
俺は短く答え、ライラの横のベンチに腰を下ろした。エールの杯を引き寄せる。左手が震えた。杯の中身が揺れる。
キールの目がそこに留まった。
「おい、アーレン。そっちの方がよっぽど問題じゃねえか」顎で俺の手を指した。「エララ、お前の薬草でどうにかならんのか? あれだけ持ってるんだからよ」
エララは手を止めなかった。メスの刃を布で拭きながら、冷たく答える。
「蝕止めは薬草では作れない。魔族の血が要る」
「魔族の——」キールが口を開けた。
「それに」エララは続けた。「仮に血が手に入ったとして、精製の術式を知っているのは聖庁都の巫女だけ。私の手には余る」
キールは口をつぐんだ。
「……高えわけだ」
「ああ。高い」
俺はエールを飲んだ。苦い。薄い。
「やっぱりな!」キールは再び杯を叩きつけた。テーブルが揺れ、エララの道具が跳ねる。メスがチンキ剤の小瓶に当たり、危うく倒れそうになった。エララは素早く手を伸ばし、小瓶を掴んだ。氷のような視線でキールを射抜く。
「いい加減にしなさい、この酔っ払い」
低く、張り詰めた声だった。キールはニヤリと笑う。
「おいおい、美人にしてはずいぶん口が悪いじゃないか」
「なら、もう一度私の道具に触れてみなさい。次の薬に『間違えて』影蔭草を混ぜてやる。お前の内臓がさぞ『美しい』ことになるでしょうね」
キールの顔から笑みが消えた。
その時、ボーリンが音もなく俺の隣の席に滑り込む。油紙の包みをエララの近くに置いた。「薬草だ」エララはそれを取り上げる。「今回は良質?」ボーリンは短くうなずく。「十分だ」
ライラがカウンターへ向かった。
「おいグロク、てめえのションベンが入ってねえ酒は無えのか?」
山のような親父が、ニヤリと笑った。「ライラみたいな上等な女には、特別なのを隠してある。高くて、硬くて、可愛い口専用の逸品だ」
ライラの唇に薄笑いが浮かぶ。彼女は少し身を乗り出した。「へえ、四十年ものの枯れた樽か。中身はとっくに酢になってんじゃないの」
バーテンダーが大声で笑った。「ハッ! 失せろ、ライラ。エールが欲しいのか欲しくないのか?」
俺は鼻から息を吐いた。その時、喧騒の向こうから、砥石で擦るようなしわがれ声が響いた。
「——三日前だ。東の尾根の近くでな。何かを感じた」
酒場のざわめきが、一瞬止んだ。
「空気が薄くなった。寒さで歯が痛んだ。すべてが……止まった」
ヨルンの視線は遠い。焦点が合っていない。
「鳥もいない。虫も鳴かねえ。ただ沈黙。骨の髄まで染みるような、おかしな種類の沈黙だ。ギルドの巡回隊は今、あの尾根を避けてるって話だ」
俺はボーリンと視線を交わした。東の峠——巡回隊が逃げ出すほどの場所が、ただの噂話で済むか。これは金になる。俺は身を乗り出した。ボーリンは短くうなずいた。
「幽霊になる手っ取り早い方法みたいだな」キールは言った。口調は軽いが、目がちらりと俺を見た。「だが、巡回隊が怖がってるなら、ギルドは調査に高く払うかもしれねえ」
エララは薬草から顔を上げた。目が細くなった。
「脆い空気? 奇妙な臭い? ……聖穢の兆候かも——」
胸が締め付けられた。欠片——本物なら、王国が殺し合うほどの値がつく。
(銀貨。それだけだ。あと数ヶ月、息ができればいい)
「危険なのは分かってる」俺は仲間たちの目を見た。「降りたいなら、それでいい。だが、俺にはもう選択肢がねえ。噂が本当なら、ギルドは依頼を出す。たぶん偵察だ。それだけでもそこそこの金になる。もし欠片だったら……かなりの金だ」
「明日ギルドに行く。これが本物か確かめる。誰か来るか?」
沈黙。誰も断らない。
やがて、エールを持って戻ってきたライラが肩をすくめた。「ここで腐って死ぬよりはマシさ」
キールは一拍おいて、ただうなずいた。エララはため息をつき、薬草をしまい始めた。ボーリンだけが、まっすぐ俺を見た。「ギルドの依頼書を見てからだ。そこから危険度を測る」
(五人か)
* * *
目を開けた。壁が濡れていた。砦の石壁から滲み出すカビのような湿り気。体の芯が軋む。
俺とボーリンはギルドホールへ向かった。他の者たちとは、後で合流する手筈だ。
泥。寒さ。いつもの砦だ。
道と呼べるものは泥沼に消えていた。タールのように濃く、粘つく茶色。荷車が刻んだ深い轍は、悪臭を放つ水の溝と化している。ブーツが水しぶきを上げ、冷たい泥が熱を奪っていく。道行く連中、誰も目を合わせない。泥色の服、泥色の顔。
カァン……カァン……
かつて市場だった方角から、鍛冶の音。一軒だけ、まだ火が生きてる。熱い金属の匂いが、腐臭の中で妙に懐かしい。
ギルドホールの重い扉を押し開けた。煤と汗の臭い。空気が肺にまとわりつく。壁一面の掲示板。傷んだ羊皮紙が、端から端まで貼り付けられている。護衛依頼、変異獣の賞金首、必死の申し出。冒険者たちが集まっている。擦り切れた革、錆びた鎖帷子。小声で情報を交換し、互いを値踏みしていた。
書記官は、受付の後ろに座っていた。髭はきちんと整えられ、ベストはインクで汚れている。目は死んだ魚のように、光を映さない。
「昨夜、ある噂を聞いた」俺は荒い声で切り出した。書記官はゆっくりと顔を上げたが、その目は虚ろなままだ。「東の峠の向こうだ。奇妙な光、死んだような静寂、巡回隊も避けている。——聖穢の兆候だ」
書記官の指が止まった。ほんの一瞬。
「その話はあんたが初めてじゃない」一拍置いて彼は言った。声は、乾いた羊皮紙をめくるようにざらついている。「それで?」
書記官は瞬きすると、カウンターの下から厚い書類の束を引き出した。「報告はいくつか受けている。だが未確認だ。ギルドは確証なしに正式な依頼は掲示しない」
「だが、何かをまとめているはずだ」ボーリンが静かに口を挟んだ。
書記官は疲れたようにうなずき、二人の間で視線を動かした。「内容は偵察。洞窟の測量と、『神の欠片』の探索。……あれば、だがな」
左手が跳ねた。手袋の中で。
彼は特定の羊皮紙を指で叩いた。「まだ本決まりではない。斥候の帰還を待っている。今日の午後には準備できるはずだ」
「報酬は?」
「詳細な地域測量で銀貨五十枚。神の欠片を発見して位置を記録すれば、さらに百枚」書記官は間を置いた。「完全な回収任務になればもっと出る。だがそれは全く別の仕事で、伴う危険も比べ物にならん」
(五十枚……!)
心臓が跳ねた。頭蓋の奥が、鈍く脈打っている。
(山分けしても、数週間はこの震えを止められる……!)
手が手袋の中で震える。俺は身を乗り出し、声を落とした。「俺たちが受ける。最初の権利は俺たちだ。ここで待つ」
書記官の視線が俺の手袋をした左手に留まった。
「正午過ぎに戻ってこい」彼はついに言った。「依頼が上がれば、あんたたちのものだ」
「峠が開く直前から続いてる話だ」ボーリンが静かに言った。書記官にではない。俺に。
書記官は興味を失ったようにうなずき、書類作業に戻った。
「いや、俺が残る」
俺は眉を上げた。
「俺たちがいなければ、他の誰かがこの仕事を持っていく。それだけだ」ボーリンは書記官を見据えたまま述べた。「お前は行け。休め。他の連中にも知らせろ。俺が誰も割り込ませない」
反論しかけた。だが、膝が重い。視界の端がちらついている。
「すまんな……ボーリン」
* * *
正午過ぎにギルドホールに戻ると、ボーリンが歩哨のように書記官の机の近くに立っている。俺の目を捉え、ほとんど分からないほど小さくうなずいた。
書記官はさらに憔悴した様子で、ため息をつく。「依頼が上がった。東の峠の偵察任務だ」親指で掲示板の方を指した。そこには新しい、急いで走り書きされた羊皮紙が掛かっている。「詳細は記録済みだ。あんたたちのものだ」
俺は掲示板へ向かう。東の峠。偵察。測量。神の欠片の可能性。標準ギルド料金。書記官が差し出した鈍い炭の筆記具で、仲間たちの名前を署名した。羊皮紙を擦る炭の音が、妙に大きく響く。
* * *
ライラは隣で眠っている。呼吸が深い。背中がこちらを向いていた。
左手が震えている。手袋は外してある。暗闇の中で、指が勝手に痙攣するのを見ていた。
二週間分。山分けした報酬で、もう少し延ばせるかもしれない。延ばせなければ——
考えるな。
明日は峠だ。
女神たちが堕ち、砕け散ってから約1820年後
* * *
暗い。
蝋燭が一本、窓枠の上で痩せた炎を灯している。蝋が垂れて木を焦がした跡が、何層にも重なっていた。
ライラの手が、俺の腹を滑った。指先が冷たい。
壁の染みが目に入る。天井まで這っている。雨漏りか、カビか。階下から腐った樽の酸っぱい臭いが、薄い床板を通して昇ってくる。
彼女の手が、下に降りた。俺の体はもう応えていた。
彼女が跨った。
ベッドが鳴った。木枠の継ぎ目がずれる、あの聞き慣れた音。こいつはいつか俺たちの下で折れる。膝が俺の脇腹に食い込む。腰を降ろした。
「——ン……」
喉の奥で潰したような声が、腹に響いた。俺は彼女の腰を掴んだ。指がその柔らかな肉感に深く沈み込む。
彼女が動いた。ゆっくりと。前に傾ぐたびに、蝋燭の光が鎖骨の窪みに溜まった汗を光らせた。
ベッドが鳴る。ギシ。ギシ。
俺は片手を彼女の後頭部に回し、陽に灼けた麦わらのような金髪を掴んだ。根元から。引いた。首が仰け反る。蝋燭の光が首筋の腱を浮かび上がらせた。
「ッ——ァ……ン……」
汗の匂い。煙の匂い。安エールが染みた髪の匂い。その下に、彼女自身の匂い。
川石が胸の上で揺れていた。擦り切れた革紐に通された丸い石が、彼女が動くたびに俺の肌を叩く。冷たい。
(……まだあの石かよ)
腰を突き上げた。彼女の指が俺の肩に食い込んだ。
爪が皮膚を裂いた。
彼女の胸が俺の胸に押しつけられ、心臓の鼓動が肋骨越しに伝わってくる。天井の染みが視界の端で揺れる。
ギシ。ギシ。ギシ。
速くなった。呼吸が荒い。俺のも。彼女のも。彼女の腹が俺の上で痙攣している。髪を握った手に力を入れた。もう片方の手で腰骨を押さえつけた。
「ン——ッ、ァ——」
いつもより、強く俺を掴んでいる。爪が肩の肉に埋まっている。痛い。
彼女が先に震えた。全身が硬直し、膝が俺の脇腹を締めつけた。喉の奥で、何かが詰まる音がした。顔を俺の首筋に埋めた。
俺もすぐ後に。目の裏が白くなり、背骨の底から熱が駆け上がった。ベッドの木枠が一際大きく軋み、どこかで継ぎ目が外れる音がした。
* * *
天井の染みを見ていた。彼女は俺の胸に頬を預けたまま動かない。息が鎖骨にかかる。川石が二人の間に挟まって、肋骨に冷たく押し当てられていた。
蝋燭がまだ燃えている。階下で、何かが倒れる鈍い音。酔い潰れた誰かが椅子から落ちたのだろう。
彼女の指が、俺の左手に触れた。
震えていた。俺の手が。
止まらない。
「前より酷くなってる」
「寒さのせいだろ」
「嘘つき」
しばらく、そのままだった。
それからライラは身を起こした。俺の上から降り、床に落ちた肌着を拾い、頭からかぶる。背中が見えた。肩甲骨の間に古い傷跡。蝋燭の光が、背骨の稜線をなぞっていた。立ち上がり、革鎧の紐に手をかける。
「蝕止めは」
「……二週間分」
革紐を締める手が、一瞬止まった。見えた。
「金になる話がある。聞く?」
* * *
「東の峠の話」
俺も着替えながら聞いた。汗の冷えた肌にリネンが張りつく。手袋を嵌める。震えが、革の下に隠れた。
「ギルドで聞いた。巡回隊も避けてるってさ」
「巡回隊が?」
「ああ。空気が硝子みたいに脆くて、肌を何かが這うような気がするって。静かすぎて、何もかもが止まっちまったみたいだって」
(巡回隊が避ける場所——)危険。つまり、金になるかもしれない。
「他には?」
「たぶん、ただの神経過敏と悪いエールのせいさ」肩をすくめた。川石が揺れた。「でも……気になった。ここの掲示板を眺めてるよりはマシだろ」
「降りるか」
「ボーリンと他の連中が何か聞いてないか確かめよう」
* * *
階段は十二段。三段目と七段目が特にひどく軋む。最後の段を降りた時、冷たい空気が首筋の汗に触れた。酸っぱいエール、床板に染みた泥、消えかけの炉の灰。誰かがテーブルに突っ伏して寝ている。涎が木目に沿って垂れていた。
ライラは俺の三歩先を歩いていた。
キールとエララは、すでに奥の隅のテーブルにいた。キールは赤ら顔で、すでに半ば酔っている。
「……まともな契約が一つもねえ! ネズミの皮剥ぎと肥溜めの見張りだけだ!」
錫の杯を叩きつけ、エールを飛び散らせた。
エララは彼の横で静かに座り、粘つくテーブルの上に広げた清潔な布の上で、医療器具を丹念に磨いていた。銀の耳飾りがランプの光を鈍く弾く。聖庁都の紋章。あの街から何で逃げてきたのか、俺は聞いたことがない。聞く気もない。
「アーレン! ライラ! やっと来たか!」キールが怒鳴り、さらにエールをこぼした。「何か見つけたか? それとも俺たち勇者は、糞荷車の見張りのままか?」
「最近まともな仕事があったか? 一つもねえだろ」
俺は短く答え、ライラの横のベンチに腰を下ろした。エールの杯を引き寄せる。左手が震えた。杯の中身が揺れる。
キールの目がそこに留まった。
「おい、アーレン。そっちの方がよっぽど問題じゃねえか」顎で俺の手を指した。「エララ、お前の薬草でどうにかならんのか? あれだけ持ってるんだからよ」
エララは手を止めなかった。メスの刃を布で拭きながら、冷たく答える。
「蝕止めは薬草では作れない。魔族の血が要る」
「魔族の——」キールが口を開けた。
「それに」エララは続けた。「仮に血が手に入ったとして、精製の術式を知っているのは聖庁都の巫女だけ。私の手には余る」
キールは口をつぐんだ。
「……高えわけだ」
「ああ。高い」
俺はエールを飲んだ。苦い。薄い。
「やっぱりな!」キールは再び杯を叩きつけた。テーブルが揺れ、エララの道具が跳ねる。メスがチンキ剤の小瓶に当たり、危うく倒れそうになった。エララは素早く手を伸ばし、小瓶を掴んだ。氷のような視線でキールを射抜く。
「いい加減にしなさい、この酔っ払い」
低く、張り詰めた声だった。キールはニヤリと笑う。
「おいおい、美人にしてはずいぶん口が悪いじゃないか」
「なら、もう一度私の道具に触れてみなさい。次の薬に『間違えて』影蔭草を混ぜてやる。お前の内臓がさぞ『美しい』ことになるでしょうね」
キールの顔から笑みが消えた。
その時、ボーリンが音もなく俺の隣の席に滑り込む。油紙の包みをエララの近くに置いた。「薬草だ」エララはそれを取り上げる。「今回は良質?」ボーリンは短くうなずく。「十分だ」
ライラがカウンターへ向かった。
「おいグロク、てめえのションベンが入ってねえ酒は無えのか?」
山のような親父が、ニヤリと笑った。「ライラみたいな上等な女には、特別なのを隠してある。高くて、硬くて、可愛い口専用の逸品だ」
ライラの唇に薄笑いが浮かぶ。彼女は少し身を乗り出した。「へえ、四十年ものの枯れた樽か。中身はとっくに酢になってんじゃないの」
バーテンダーが大声で笑った。「ハッ! 失せろ、ライラ。エールが欲しいのか欲しくないのか?」
俺は鼻から息を吐いた。その時、喧騒の向こうから、砥石で擦るようなしわがれ声が響いた。
「——三日前だ。東の尾根の近くでな。何かを感じた」
酒場のざわめきが、一瞬止んだ。
「空気が薄くなった。寒さで歯が痛んだ。すべてが……止まった」
ヨルンの視線は遠い。焦点が合っていない。
「鳥もいない。虫も鳴かねえ。ただ沈黙。骨の髄まで染みるような、おかしな種類の沈黙だ。ギルドの巡回隊は今、あの尾根を避けてるって話だ」
俺はボーリンと視線を交わした。東の峠——巡回隊が逃げ出すほどの場所が、ただの噂話で済むか。これは金になる。俺は身を乗り出した。ボーリンは短くうなずいた。
「幽霊になる手っ取り早い方法みたいだな」キールは言った。口調は軽いが、目がちらりと俺を見た。「だが、巡回隊が怖がってるなら、ギルドは調査に高く払うかもしれねえ」
エララは薬草から顔を上げた。目が細くなった。
「脆い空気? 奇妙な臭い? ……聖穢の兆候かも——」
胸が締め付けられた。欠片——本物なら、王国が殺し合うほどの値がつく。
(銀貨。それだけだ。あと数ヶ月、息ができればいい)
「危険なのは分かってる」俺は仲間たちの目を見た。「降りたいなら、それでいい。だが、俺にはもう選択肢がねえ。噂が本当なら、ギルドは依頼を出す。たぶん偵察だ。それだけでもそこそこの金になる。もし欠片だったら……かなりの金だ」
「明日ギルドに行く。これが本物か確かめる。誰か来るか?」
沈黙。誰も断らない。
やがて、エールを持って戻ってきたライラが肩をすくめた。「ここで腐って死ぬよりはマシさ」
キールは一拍おいて、ただうなずいた。エララはため息をつき、薬草をしまい始めた。ボーリンだけが、まっすぐ俺を見た。「ギルドの依頼書を見てからだ。そこから危険度を測る」
(五人か)
* * *
目を開けた。壁が濡れていた。砦の石壁から滲み出すカビのような湿り気。体の芯が軋む。
俺とボーリンはギルドホールへ向かった。他の者たちとは、後で合流する手筈だ。
泥。寒さ。いつもの砦だ。
道と呼べるものは泥沼に消えていた。タールのように濃く、粘つく茶色。荷車が刻んだ深い轍は、悪臭を放つ水の溝と化している。ブーツが水しぶきを上げ、冷たい泥が熱を奪っていく。道行く連中、誰も目を合わせない。泥色の服、泥色の顔。
カァン……カァン……
かつて市場だった方角から、鍛冶の音。一軒だけ、まだ火が生きてる。熱い金属の匂いが、腐臭の中で妙に懐かしい。
ギルドホールの重い扉を押し開けた。煤と汗の臭い。空気が肺にまとわりつく。壁一面の掲示板。傷んだ羊皮紙が、端から端まで貼り付けられている。護衛依頼、変異獣の賞金首、必死の申し出。冒険者たちが集まっている。擦り切れた革、錆びた鎖帷子。小声で情報を交換し、互いを値踏みしていた。
書記官は、受付の後ろに座っていた。髭はきちんと整えられ、ベストはインクで汚れている。目は死んだ魚のように、光を映さない。
「昨夜、ある噂を聞いた」俺は荒い声で切り出した。書記官はゆっくりと顔を上げたが、その目は虚ろなままだ。「東の峠の向こうだ。奇妙な光、死んだような静寂、巡回隊も避けている。——聖穢の兆候だ」
書記官の指が止まった。ほんの一瞬。
「その話はあんたが初めてじゃない」一拍置いて彼は言った。声は、乾いた羊皮紙をめくるようにざらついている。「それで?」
書記官は瞬きすると、カウンターの下から厚い書類の束を引き出した。「報告はいくつか受けている。だが未確認だ。ギルドは確証なしに正式な依頼は掲示しない」
「だが、何かをまとめているはずだ」ボーリンが静かに口を挟んだ。
書記官は疲れたようにうなずき、二人の間で視線を動かした。「内容は偵察。洞窟の測量と、『神の欠片』の探索。……あれば、だがな」
左手が跳ねた。手袋の中で。
彼は特定の羊皮紙を指で叩いた。「まだ本決まりではない。斥候の帰還を待っている。今日の午後には準備できるはずだ」
「報酬は?」
「詳細な地域測量で銀貨五十枚。神の欠片を発見して位置を記録すれば、さらに百枚」書記官は間を置いた。「完全な回収任務になればもっと出る。だがそれは全く別の仕事で、伴う危険も比べ物にならん」
(五十枚……!)
心臓が跳ねた。頭蓋の奥が、鈍く脈打っている。
(山分けしても、数週間はこの震えを止められる……!)
手が手袋の中で震える。俺は身を乗り出し、声を落とした。「俺たちが受ける。最初の権利は俺たちだ。ここで待つ」
書記官の視線が俺の手袋をした左手に留まった。
「正午過ぎに戻ってこい」彼はついに言った。「依頼が上がれば、あんたたちのものだ」
「峠が開く直前から続いてる話だ」ボーリンが静かに言った。書記官にではない。俺に。
書記官は興味を失ったようにうなずき、書類作業に戻った。
「いや、俺が残る」
俺は眉を上げた。
「俺たちがいなければ、他の誰かがこの仕事を持っていく。それだけだ」ボーリンは書記官を見据えたまま述べた。「お前は行け。休め。他の連中にも知らせろ。俺が誰も割り込ませない」
反論しかけた。だが、膝が重い。視界の端がちらついている。
「すまんな……ボーリン」
* * *
正午過ぎにギルドホールに戻ると、ボーリンが歩哨のように書記官の机の近くに立っている。俺の目を捉え、ほとんど分からないほど小さくうなずいた。
書記官はさらに憔悴した様子で、ため息をつく。「依頼が上がった。東の峠の偵察任務だ」親指で掲示板の方を指した。そこには新しい、急いで走り書きされた羊皮紙が掛かっている。「詳細は記録済みだ。あんたたちのものだ」
俺は掲示板へ向かう。東の峠。偵察。測量。神の欠片の可能性。標準ギルド料金。書記官が差し出した鈍い炭の筆記具で、仲間たちの名前を署名した。羊皮紙を擦る炭の音が、妙に大きく響く。
* * *
ライラは隣で眠っている。呼吸が深い。背中がこちらを向いていた。
左手が震えている。手袋は外してある。暗闇の中で、指が勝手に痙攣するのを見ていた。
二週間分。山分けした報酬で、もう少し延ばせるかもしれない。延ばせなければ——
考えるな。
明日は峠だ。
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