俺に考えがある、そう言ったお兄は、その次の日から姿を消した。
お母さんたちも心配している様子はないし、お母さんとお父さんには事情を話してあるんだろう。……あたしにだって、話しておいてくれてもいいじゃん。
部活から帰ってきた観月は、夕飯の時間までお兄がいなくなったことに気付いてなかったようで、夕飯の後に珍しくあたしの部屋にやってきた。
「……アンタ、何でそんな平気そうなの? 兄さんいなくなって、何も思わないの?」
言葉自体はいつものように刺々しいけど、声が震えている。明らかに動揺していた。
「平気じゃないよ。まさかここまでやるなんて……」
「何か知ってるの? 全部話しなさいよ。何でいなくなっちゃったの……兄さん」
さっきまで怒っていたかと思えば、すぐに泣きそうになる。相当メンタルが参っているようだった。たしかにこれなら、観月も本当のことを話してくれるかもしれない。これが、兄さんの考え。
すると、観月はおもむろに電話をかけ始めた。
「あ、兄さん! 今どこにいるんですか? 何で帰ってこないんです?」
通話相手はお兄らしい。あたしは横から観月のケータイを奪い取って、スピーカーホンに切り替える。
『お前たちがちゃんと話し合って決着付けるまで、俺は帰らない。お前たちの間にある溝は、どう考えても俺が原因だ。観月、ちゃんと本当のことを星羅には話してやれ』
「そうしたら、帰ってきてくれる?」
『ああ、ちゃんと二人の間で話がまとまったらな。星羅にも確認するからな? 適当言うなよ?』
半ば脅迫気味に、観月に本当のことを話させるつもりだったらしい。これに、観月はどう反応するだろうか。
「わかった。ちゃんと話をします。だから、ちゃんと終わったら、必ず帰ってきてくださいね?」
『わかってるよ。それに、心配すんなって。モモちゃん家に泊まってるから、野宿してるわけじゃないしな。じゃあ、決着ついたらまた連絡くれ』
そう言って、お兄は通話を切った。
……モモちゃんって、誰?
「……モモちゃんって、誰?」
観月も同じことを思ったらしい。すぐにまた電話を掛け直すが、繋がることはなかった。
「ねえ、星羅。モモちゃんって、誰か知ってる? 何で兄さんは、わたしたちを置いて他の女のところに行ったの?」
「知らない。観月がそんなんだからでしょ。いい加減にしなよ。何を隠してるの?」
あたしがそれを言うと、観月は嘲るように声を低くして笑う。何がおかしいの。
「アンタ、本っ当に何もわかってないんだね。その分だと、先に正直になるのはアンタの方だよ、星羅」
「どういうこと? あたしは別に、隠してることなんて」
「本当に? ならどうして、嘘をついたの?」
嘘をついた。何のこと、ととぼけるのは簡単だ。でも、あたしがそれをやってしまったら、観月も本当のことを話さない。せっかくお兄が作ってくれた機会を台無しにしてしまう。
「……わかった。話せばいいんでしょ。本当のこと。お兄もいないしね」
今思えば、お兄も気付いていたのかもしれない。観月になら、あたしも本当のことを話せるかもしれないと、こんなことを考え付いたのかもしれない。