ロールプレイというものは、自分の役割を演じることだ。
ただ普通に振る舞うだけでは足りない。
そのキャラクターが“そこに存在している”と、他人に納得させてこそ意味がある。
しっくりくる感覚を、言葉と態度で伝える――それがロールプレイだ。
俺は学生時代、キャラのロールプレイが結構得意だった。
熱血系勇者、冷酷系ラスボス、実力主義の異種族とか、ほとんど演じ切れてしまって、いつの間にか『|演者《ロープレ》のスター』なんて呼ばれるようになっていた。
何事もやってみなきゃ、自分の才能を知るときが来ないってことだと、再認識したのだった。
さて、そろそろ接触しに来ると思うんだけど……。
《どうしてそんなに余裕そうなんですか?》
別に余裕なわけじゃないけどね。
初めての会話くらい順調にスタートしたいからね。
《あまり威圧しすぎないでくださいよ》
……|善処《ぜんしょ》するわ。
「……ここか?」
「そうだ。この周辺の魔力がケタ違いだから、神樹がいるとギルマスが言ってたろうが」
「あのデカい木とかじゃないか? 魔力もめっちゃ多いと思うけど――」
何者か……複数人が堂々と話している。
おそらく八人だな。
この中で一番魔力が多そうなのは一人。他の七人は似たような量だ。
――よし! ここで、ロールを発動する時。
《頑張ってください》
おうよ! では、行って参る!
『何者だ』
声は、喉を震わせて発したわけじゃない。
枝葉を揺らしたわけでも、風を起こしたわけでもない。
それでも――
八人の足が、同時に止まった。
「……ッ!?」
誰かが息を呑む音がした。
剣の柄に手をかける者、反射的に魔力を練り始める者。
だが、誰も攻撃には移らない。
それもそのはずだ。
声は“聞こえた”というより、頭の内側に直接、落ちてきたのだから。
スキル『念話』を使ってみたけど、口を使わないから木の状態でも会話ができる。便利だ。
「今の……誰の声だ?」
「周囲に人影はない。だが……」
一番魔力の濃い男が、一歩前に出る。
年齢は三十代後半。
歴戦の冒険者特有の、無駄のない立ち姿をしている。
「――我々は、カルミリス王国|組合支部《ギルド》の依頼を受けた冒険者だ」
落ち着いた声だった。
恐怖を隠すというより、制御している。
悪くないと思う。
第一印象としては、合格点だ。
『ほう……名乗らずに、用件だけを告げるか』
少しだけ、威圧を混ぜてみる。
ほんの”疑問を聞く”程度の威圧。
空気が、きしりと鳴った。
「……っ!」
後ろの二人が、思わず後退する。
だが、先頭の男は踏みとどまった。
「失礼した。俺はダーガス。ここにいる七人は、俺の仲間だ」
……よしよし。
ちゃんと訂正できるタイプだな。
『それで――何の用だ、人の子よ』
あくまで、対等ではない。
だが、一方的な敵対でもない。
“神樹”として、ちょうどいい距離感。それを意識して話せ!
ダーガスは一瞬だけ視線を巡らせ、やがて俺が“本体”として意識している幹を|見据《みす》えた。
「――話がしたい」
短く、率直な言葉。
「我々がこれ以上踏み込むべきかを、そして、現状の困難を打破してくれるのかを判断するために」
……なるほど。
これは、思っていたより――
ずっと、話が早そうだ。
《いい感じじゃないですか》
だろ?
初手は成功だ。
『いいだろう』
枝葉が、静かに揺れる。
『ならば問おう。――お前たちは、“敵”として来たのか?』
この問いに、即答はなかった。
ダーガスは一度、仲間たちの方へ振り返る。
七人の視線が交錯し、やがて彼は小さく息を吐いた。
「……正直に言おう」
一歩、前へ踏み込む。
「我々は、敵にも味方にもなり得る立場だ」
空気が、わずかに張り詰める。
「ギルドは危険を|測る《・・》組織だ。討伐、交渉、封鎖――選択肢は常に複数ある」
つまり、と俺は理解する。
神樹が人の脅威となるなら排除対象。
制御――対話可能なら、交渉対象。
実に|人間《おれら》らしい考えだ。
「だが――」
ダーガスは、視線を逸らさず続けた。
「俺個人としては、敵対したいとは思っていない」
『……ほう』
「話が通じる存在なら、なおさらだ」
……なるほどな。
この男、ただの武闘派じゃない。
判断役を任されるだけの理由がある。
《どうします?》
内心で問いかけられる。
さて。
ここで威圧を強めるのは簡単だ。
だが、それじゃ強者――“神樹”としては二流。小物へと成り下がってしまう。
俺は、枝葉の揺れを止めた。
『よい答えだ、人の子』
威圧を、完全に引っ込める。
『ならば、次は我が答えを示そう』
――交渉の主導権は、こちらにあることを忘れさせない。
『我は、この地を脅かす存在ではない』
この森は俺の誕生の地であり、故郷だ。だが、その地を領土とする国に関しては――
『ただし――力を貸すことは、別の話だ』
八人の視線が、一斉に引き締まった。
「……条件がある、ということか」
ダーガスが、短く問う。
『理解が早い』
少しだけ、声に笑みを含める。
もちろん、本当に笑っているわけじゃない。
“そう聞こえるように演じている”だけだ。
『条件を提示する』
空気が、重くなる。
『一つ。我が存在を、“資源”として扱うな』
ざわり、と人間側が微かに動く。
『利用するな。我は兵器でも、加護装置でもない。交渉相手として、対等に扱え』
ダーガスは、無言で頷いた。
『二つ』
少しだけ、声の温度を落とす。
『迷宮に存在する、“異常な存在”について』
ダーガスの目が、鋭くなる。
『情報を、隠すな。王国が知ること、ギルドが掴んだこと、全てを我にも共有せよ。それができぬなら――』
言葉を、途中で切る。
続きを想像させる沈黙。
『力は、貸さぬ』
沈黙が、落ちた。
重い。
だが、理不尽ではない。
「……確認させてくれ」
ダーガスが、ゆっくり口を開く。
「その条件を飲めば――貴方は、我々に“何を”してくれる?」
いい質問だ。
俺は、わずかに魔力を解放した。
地面の奥深くで、何かが脈動する。
『迷宮に干渉しよう。魔物の異常強化を抑制し、主を超えた存在に対抗するための“場”を整える』
直接討伐ではない。
だが、戦局を覆すには十分。
『勝つかどうかは、お前たち次第だ』
少しだけ、威厳を強める。
『我は――可能性だけを与える』
ダーガスは、数秒、黙ったまま立っていた。
そして――
「……ギルドに持ち帰る」
そう言って、剣を地に突き、深く頭を下げた。
「だが、俺個人としては――その条件、妥当だと思う。では、また後日|連絡《コンタクト》を取らせていただきますよ」
……よし。
《完全に主導権取れてますよ》
だろ?
これはもう、交渉成立一歩手前だ。
《バッチリ振る舞えてました!》
よっしゃ――ってまだだな。ダーガスたちに聞かれたら印象が変わってしまう。
ダーガスたちが森から出るのを完全に確認してから、この嬉しい気持ちを開放するのだった。