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11-8

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 男勝りで逞しくて、表情豊かな人柄の母は、近所でも美人だと評判だった。
 僕は母似であり、幼い頃によく女の子と間違えられたことを覚えている。

 驚くべきは、3歳で前世の記憶を取り戻した僕の話を、当たり前のように信じてくれたこと。同じ話をすると幼稚園では笑われたのに、それを聞いた母は「笑われたぐらいが何だい、武蔵は和泉様を守るんだろ? ならメソメソしてないで、笑った奴らを見返すくらい強くなりな!」と叱咤するくらい。
 夢で和泉様に会えなかった日は「じゃあ、母さんが代わりに武蔵を元気づけなきゃ」とガヴォットを弾いてくれた。トランペットを買ってもらった時なんて、自分で吹けるようになれと〝ちょーっと厳しめ〟のレッスンをされたものだ。

 さすがに5歳で既に武器化して戦っていることまでは明かさなかったが、彼女はとにかく僕の一番の良き理解者であった。

 そんな母の唯一の弱点は昔から体が弱かったこと。病気に負けたくないという反発心から、あの健気な性格が生まれたのだろう。
 しかし次第に寝込むことが多くなり、僕が小学1年生の時に亡くなった。僕にとって偉大なる存在だった母との別れは、あまりに急で大きな衝撃を受けた。

 現実を受け入れられないまま、父との二人暮らしが始まる。母と違い、何でこんな奴と結婚したのかと幼いながら不思議に思うほど、父は寡黙で自分を出さない人だった。時折僕がトランペットでガヴォットを吹くと、軽い視線を感じるくらい。
 もちろん母と同等の愛を、父から与えられることなど、あるはずもない。ブリッランテの話なんてしようものなら「そんなものは、まやかしだ」と相手にすらしてもらえない。今ならそれが普通の人間の反応なんだと思えるが、幼い僕には失意でしかなかった。

 そんな時、蘇るのはやはり母の言葉だ。

〝メソメソしてないで、笑った奴らを見返すくらい強くなりな!〟

 僕は前世で副長だった。仲間の先導者となり、和泉様を支えなければならない存在。
 だから自分の父ですらも見返せるように、誰よりも強くならなければ。そうすればきっと父も僕を認めてくれると考えた。

「きっかけはクラス内のグループリーダーに選ばれたことですかね。頼られたことが嬉しくて、責任を果たさねばと奮闘した結果、そうゆう役目が向いている奴と周りが認識したのです。それからは学級委員はもちろん、高学年に上がると児童会長も務めました。副長として周りを引っ張っていける人間にならなくてはと、必死に行動していましたよ」

 思いがけず始まった僕の昔話を、和泉ちゃんは椅子の上なのに正座して真剣に聞いている。――彼女の他に、途中から感じている3つの気配には、気づかないフリ。
 グラスの中に映り込んだ月が、あの頃の心境を表すように揺らめく。その様子に苦笑して喉を日本酒で潤すと、僕は続きを語り始めた。

 無論、頑張ったのはリーダーシップだけではない。リーダーは頭が良いものだというイメージから勉学にも励んだ。トランペットの練習だって欠かさなかったし、身体と斧の扱いもこっそり鍛錬し続けてきた。
 そうして『理想の自分像』を磨き上げるほど、周りは「さすが武蔵君だね」と褒めてくれる。頼られれば頼られるほど、僕も「任せてよ」と何でも引き受けるようになる。〝出来る男〟は、母から譲り受けた甘いマスクもあって女の子に大層モテた。

 でも一部の男子からは妬まれたりして、自分の正義をぶつけてよく喧嘩をするようになった。始まりの口喧嘩を論破し、今後は暴力に走る相手を鮮やかに制す。「覚えてろよ!」なんて定番の捨て台詞を吐いて逃げ出していく彼らを見て、僕はいつも得意げに笑っていた。彼らに勝つことで『理想の自分像』へ近づいているように思えたから。

 父には「ガキが正義を履き違えるな」とよく怒られた。何をしても父だけは僕を褒めてくれなかった。
 でも母が望んだように強くなった僕は、自分の成長に心底酔いしれていた。

「ここまではイキって残念な勘違いをしている、ただの思春期男児の話です。……でも僕は、自分がただの副長ではなく〝ブリッランテの副長〟であることを、よく理解していませんでした」
「……メストの存在、ですか」
「えぇ。前々から闇犬に襲撃されることはありましたが、奴らは副長である僕を早めに消し去りたかったのです。だから闇犬よりも強い刺客を差し向けました」

 6年生にもなれば、児童会長という肩書きもあってか、かなり目立つ存在になっていた。そんな僕が数人の女の子と下校していた、ある日のこと。

『助けて、武蔵君……!』

 一人の男子が血相を変えて僕の前に飛び込んできた。話を聞くと同校と隣町校の同級生が、近くの公園で喧嘩をしているらしい。
 児童会長には皆を守る責任があるはず。そう思った僕は女の子たちに別れを告げ、彼の案内でその公園へ急いだ。

 ところが公園に着いても、それらしき人影はどこにもなかった。もう喧嘩を止めて帰ってしまったのだろうか。不思議に思っていたが、腕に鈍い痛みが走った刹那に体が吹き飛んだ。

『――――!?』
『バーカ、喧嘩なんて嘘だよ。そう言えばお前、絶対に来ると思った』

 その声は僕に助けを求めたあの男子だった。気づけば僕の周りを五人の同級生が囲んでおり、一人だけ太くて丈夫そうな木の棍棒を握っていた。
 殴られた腕が赤く腫れ上がるが、折れてはいない。ここはまず冷静に彼らの狙いを探ろうと判断した。

『……へぇ、今日はまた物騒なモノを持ってるじゃないか』
『まぁな。なんかお前、体を傷つけられてもすぐに治るらしいじゃん。面白そうだからコレで試させてくれよ』

 不敵に笑う彼の言葉に背筋が凍りついた。確かにクラシック療法はもう使えたが、変化(ヴァリエ)をしなければ機能しない。それ以前に、この能力のことは誰にも話していないはず。

『誰だ……。誰から聞いた!?』
『知らないオニーサンからさ、この棒も一緒にな。全身真っ黒な服着て、すっげーキモかったけど』

 『な?』と同意を求められた周りの子たちも、楽しそうに頷き合う。

 瞬間、僕にはすぐに分かった。その黒い服を着た男はメストの刺客であると。
 奴は僕に隙を作らせるため、彼らに悪知恵を吹き込んだのだ――。



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 男勝りで逞しくて、表情豊かな人柄の母は、近所でも美人だと評判だった。
 僕は母似であり、幼い頃によく女の子と間違えられたことを覚えている。
 驚くべきは、3歳で前世の記憶を取り戻した僕の話を、当たり前のように信じてくれたこと。同じ話をすると幼稚園では笑われたのに、それを聞いた母は「笑われたぐらいが何だい、武蔵は和泉様を守るんだろ? ならメソメソしてないで、笑った奴らを見返すくらい強くなりな!」と叱咤するくらい。
 夢で和泉様に会えなかった日は「じゃあ、母さんが代わりに武蔵を元気づけなきゃ」とガヴォットを弾いてくれた。トランペットを買ってもらった時なんて、自分で吹けるようになれと〝ちょーっと厳しめ〟のレッスンをされたものだ。
 さすがに5歳で既に武器化して戦っていることまでは明かさなかったが、彼女はとにかく僕の一番の良き理解者であった。
 そんな母の唯一の弱点は昔から体が弱かったこと。病気に負けたくないという反発心から、あの健気な性格が生まれたのだろう。
 しかし次第に寝込むことが多くなり、僕が小学1年生の時に亡くなった。僕にとって偉大なる存在だった母との別れは、あまりに急で大きな衝撃を受けた。
 現実を受け入れられないまま、父との二人暮らしが始まる。母と違い、何でこんな奴と結婚したのかと幼いながら不思議に思うほど、父は寡黙で自分を出さない人だった。時折僕がトランペットでガヴォットを吹くと、軽い視線を感じるくらい。
 もちろん母と同等の愛を、父から与えられることなど、あるはずもない。ブリッランテの話なんてしようものなら「そんなものは、まやかしだ」と相手にすらしてもらえない。今ならそれが普通の人間の反応なんだと思えるが、幼い僕には失意でしかなかった。
 そんな時、蘇るのはやはり母の言葉だ。
〝メソメソしてないで、笑った奴らを見返すくらい強くなりな!〟
 僕は前世で副長だった。仲間の先導者となり、和泉様を支えなければならない存在。
 だから自分の父ですらも見返せるように、誰よりも強くならなければ。そうすればきっと父も僕を認めてくれると考えた。
「きっかけはクラス内のグループリーダーに選ばれたことですかね。頼られたことが嬉しくて、責任を果たさねばと奮闘した結果、そうゆう役目が向いている奴と周りが認識したのです。それからは学級委員はもちろん、高学年に上がると児童会長も務めました。副長として周りを引っ張っていける人間にならなくてはと、必死に行動していましたよ」
 思いがけず始まった僕の昔話を、和泉ちゃんは椅子の上なのに正座して真剣に聞いている。――彼女の他に、途中から感じている3つの気配には、気づかないフリ。
 グラスの中に映り込んだ月が、あの頃の心境を表すように揺らめく。その様子に苦笑して喉を日本酒で潤すと、僕は続きを語り始めた。
 無論、頑張ったのはリーダーシップだけではない。リーダーは頭が良いものだというイメージから勉学にも励んだ。トランペットの練習だって欠かさなかったし、身体と斧の扱いもこっそり鍛錬し続けてきた。
 そうして『理想の自分像』を磨き上げるほど、周りは「さすが武蔵君だね」と褒めてくれる。頼られれば頼られるほど、僕も「任せてよ」と何でも引き受けるようになる。〝出来る男〟は、母から譲り受けた甘いマスクもあって女の子に大層モテた。
 でも一部の男子からは妬まれたりして、自分の正義をぶつけてよく喧嘩をするようになった。始まりの口喧嘩を論破し、今後は暴力に走る相手を鮮やかに制す。「覚えてろよ!」なんて定番の捨て台詞を吐いて逃げ出していく彼らを見て、僕はいつも得意げに笑っていた。彼らに勝つことで『理想の自分像』へ近づいているように思えたから。
 父には「ガキが正義を履き違えるな」とよく怒られた。何をしても父だけは僕を褒めてくれなかった。
 でも母が望んだように強くなった僕は、自分の成長に心底酔いしれていた。
「ここまではイキって残念な勘違いをしている、ただの思春期男児の話です。……でも僕は、自分がただの副長ではなく〝ブリッランテの副長〟であることを、よく理解していませんでした」
「……メストの存在、ですか」
「えぇ。前々から闇犬に襲撃されることはありましたが、奴らは副長である僕を早めに消し去りたかったのです。だから闇犬よりも強い刺客を差し向けました」
 6年生にもなれば、児童会長という肩書きもあってか、かなり目立つ存在になっていた。そんな僕が数人の女の子と下校していた、ある日のこと。
『助けて、武蔵君……!』
 一人の男子が血相を変えて僕の前に飛び込んできた。話を聞くと同校と隣町校の同級生が、近くの公園で喧嘩をしているらしい。
 児童会長には皆を守る責任があるはず。そう思った僕は女の子たちに別れを告げ、彼の案内でその公園へ急いだ。
 ところが公園に着いても、それらしき人影はどこにもなかった。もう喧嘩を止めて帰ってしまったのだろうか。不思議に思っていたが、腕に鈍い痛みが走った刹那に体が吹き飛んだ。
『――――!?』
『バーカ、喧嘩なんて嘘だよ。そう言えばお前、絶対に来ると思った』
 その声は僕に助けを求めたあの男子だった。気づけば僕の周りを五人の同級生が囲んでおり、一人だけ太くて丈夫そうな木の棍棒を握っていた。
 殴られた腕が赤く腫れ上がるが、折れてはいない。ここはまず冷静に彼らの狙いを探ろうと判断した。
『……へぇ、今日はまた物騒なモノを持ってるじゃないか』
『まぁな。なんかお前、体を傷つけられてもすぐに治るらしいじゃん。面白そうだからコレで試させてくれよ』
 不敵に笑う彼の言葉に背筋が凍りついた。確かにクラシック療法はもう使えたが、|変化《ヴァリエ》をしなければ機能しない。それ以前に、この能力のことは誰にも話していないはず。
『誰だ……。誰から聞いた!?』
『知らないオニーサンからさ、この棒も一緒にな。全身真っ黒な服着て、すっげーキモかったけど』
 『な?』と同意を求められた周りの子たちも、楽しそうに頷き合う。
 瞬間、僕にはすぐに分かった。その黒い服を着た男はメストの刺客であると。
 奴は僕に隙を作らせるため、彼らに悪知恵を吹き込んだのだ――。