見たこともない豪華な和の一室で、俺は柔らかな羽毛布団に寝かされていた。鼻に抜けるイ草の香りが、日本人の遺伝子に刺さるのか心地良い。窓の外ではオレンジの明かりに、ご立派な日本庭園が浮かび上がっている。
まず間違いなく、俺たちのシェアハウスではない。考えられるとすれば武蔵の実家だが、奴の拠点は東京だ。意識のない人間を抱えて、そんな長距離を移動するとは思えねぇ。
「金剛山の近くにある旅館だよ。武蔵さんが昨日、押さえてくれていたんだ」
困惑する俺の意を汲み取ったのか、安芸が説明してくれた。なんでもメストのアジトに乗り込む俺たちが、万が一負傷した時のことを考えて用意したのだとか。部屋のデカさから考えて、武蔵は端から純と駆けつけるつもりでいたのだろう。
……なら、できればメストとの交戦中に来てほしかったよな。後から聞いた話だと、花見シーズンで新幹線が激混みだったらしいが。
「ったく、馬鹿か君は!? あんな短時間で
心体増強を連発するなんて、本っ当どうかしてるよ!」
「あぁん!?」
呆れ顔で説教を垂れる安芸に、俺はいつもの如く噛みついた。すると奴の隣から鼻で笑った近江が加担する。
「日向の馬鹿は今に始まったことじゃないだろ、安芸」
「あぁそうだった。日向は
ココをトレーニング中だもんね」
「……テメェら、言わせておけば」
安芸はいつかの近江のように、頭をコツコツと指先で叩く。言いたい放題の二人に青筋を立てた拳を握るが、俺を挟んで奴らの対面にいた和泉が「まぁまぁ!」と止めに入った。
「良かった、日向君が無事で。でもあんまり無茶しないで、皆で心配したんだから」
「よく言うぜ、お前が一番死にかけてただろうが。……体は大丈夫なのか?」
命に危険の及ぶ
長3度の
心体増強を使い、死の淵を彷徨った和泉だったが、奇跡的な生還を果たした。しかし目覚めた直後、今度は越後の刃に捕らわれた。一番心身に負担がかかったのは間違いなく和泉だ。
越後が付けやがった傷は残っているが、メストとの戦いの傷はクラシック療法を行ったのか、落ち着いているように見える。すると、予想を肯定するように和泉は小さく頷いた。
「安静にしてれば大丈夫。ごめんなさい、私こそ心配かけて。でも私だって日向君や安芸君、近江君を守りたかったの。これだけは信じて」
アイツの真っ直ぐすぎる瞳が、俺たち三人を貫く。
……んな目ぇされたら、何も言えなくなるだろうが。
「それから皆の過去のことも、何も知らなくてごめんなさい。和矢君と広君は、いま正にその最中にいるんだよね……」
「和泉は何も悪くない、これは僕らが乗り越えなきゃならない試練だ。謝るべきは僕らのほうだよ。君のためとはいえ、隠しごとなんかして……ごめん、和泉」
だだっ広い和室に春の夜風が吹き込み、俺たちの髪を緩やかに巻き上げる。本当は、知られたくなかった話を暴露され、俺たちは和泉にどんな顔をすりゃいいのか分からなかった。安芸なんて胸の内の殆どを打ち明けちまってるしな。
そんな互いに謝ってばかりの俺たちに我慢できなくなったのか、隣の部屋から大きな咳払いと軽快に手を叩く音が響いた。
「はいはい。そろそろ辛気臭いのはやめて、ゆっくりしませんか?」
振り返ると、そこには囲炉裏を囲んだ武蔵と純がいた。……囲炉裏まであんのかよ、この部屋。
炉の中央では鉄製のヤカンから湯気が出ており、二人はその湯から作ったであろう茶を嗜んでいた。熱いのか、純がやたらフーフーしてやがる。
「折角この旅館にひとつしかない『離れ』を取ったんですから、他人の目を気にせず休んでくださいよ。頑張ってくれた君たちへの、僕からのご褒美です。無事に音も回収できたようですし」
なるほど、部屋にしちゃデカいと思ったら『離れ』だったのか。あまりの豪華さに料金のことが頭を過ぎったが、ご褒美というのだから費用は全て武蔵の奢りだろう。なら有り難く楽しまなきゃ、大損っつーもんだよな。
……って、いやいやちょっと待て!?
「おい、このまま全員で泊まる気かよ!?」
「もちろん、そのつもりですが?」
「あのな! 俺らはともかく、ヤローばっかの中に和泉ひとりはマズイだろ!? 大体、和泉だって不安に決まって――」
「日向……そのクダリなら、もう僕が武蔵さんにやってる。和泉は僕らのこと信用してるから構わないってさ」
半ば
窶れ顔の安芸が口を挟さみ、それを受けて和泉が和かに微笑んでうなづく。いや〝ウン〟じゃねぇし、もうちと危機感持ってくれよ……。思わず俺はガックリと項垂れた。
広間の一角には、小上がりになった襖付き四畳半の茶室があり、和泉にはそこを使わせると武蔵は言う。「そうゆう問題じゃねぇ!」と更に反発したかったが、その前にまた別の奴が会話に割り込んできやがった。
「さっきからウッセーら、あっぱったれが。あのマヌケ面のせいで気持ちワリィんだっけさ、こっちはよ」
「Ooh……、マヌケ面とは僕のコトですカ~?」
泣き顔の純を含め一斉に声のほうへ目をやると、布団に横たわる越後の姿があった。こっちに背を向けていて表情は見えないが、大層ご機嫌ナナメということは分かる。
「なんだ、テメェもいたのか」
「俺だって、お前らとなんかいたかねぇっけさ。けどよ、お前らはデカブツ相手に苦戦してただけで、メストの変な機械ブッ壊したのは俺様だぜ? 感謝されても文句言われる筋合いはねぇら」
相変わらずの物言いが癪に障る。確かに、和泉によれば安芸たちが機械を壊した時、まだ音の奪取はできていなかった。その後いつのタイミングかは分からねぇが、奪われた4音は元に戻っていた。
越後の話が本当なら、恐らく奴らは音の周波数を下げる装置と、音を回収する装置を分けていたと推測される。それに越後が現れなければ、俺と近江は仲良く洞窟で生き埋めになっていたはずだ。
脱出した後の出来事は絶対に許せねぇが、越後が今回の作戦に貢献したことは事実である。つまり奴にも武蔵の褒美を得る権利はあるわけだ。
――それは理解する。理解はする、が。
「どうも納得できねぇ~……」
「やめとけ、日向。それ以上は労力のムダだ」
ぼやく俺の肩をそっと引いて制し、近江が小さく溜め息を吐いた。