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11-4

ー/ー



 見たこともない豪華な和の一室で、俺は柔らかな羽毛布団に寝かされていた。鼻に抜けるイ草の香りが、日本人の遺伝子に刺さるのか心地良い。窓の外ではオレンジの明かりに、ご立派な日本庭園が浮かび上がっている。
 まず間違いなく、俺たちのシェアハウスではない。考えられるとすれば武蔵の実家だが、奴の拠点は東京だ。意識のない人間を抱えて、そんな長距離を移動するとは思えねぇ。

「金剛山の近くにある旅館だよ。武蔵さんが昨日、押さえてくれていたんだ」

 困惑する俺の意を汲み取ったのか、安芸が説明してくれた。なんでもメストのアジトに乗り込む俺たちが、万が一負傷した時のことを考えて用意したのだとか。部屋のデカさから考えて、武蔵は端から純と駆けつけるつもりでいたのだろう。
 ……なら、できればメストとの交戦中に来てほしかったよな。後から聞いた話だと、花見シーズンで新幹線が激混みだったらしいが。

「ったく、馬鹿か君は!? あんな短時間で心体増強(モジュレーション)を連発するなんて、本っ当どうかしてるよ!」
「あぁん!?」

 呆れ顔で説教を垂れる安芸に、俺はいつもの如く噛みついた。すると奴の隣から鼻で笑った近江が加担する。

「日向の馬鹿は今に始まったことじゃないだろ、安芸」
「あぁそうだった。日向は()()をトレーニング中だもんね」
「……テメェら、言わせておけば」

 安芸はいつかの近江のように、頭をコツコツと指先で叩く。言いたい放題の二人に青筋を立てた拳を握るが、俺を挟んで奴らの対面にいた和泉が「まぁまぁ!」と止めに入った。

「良かった、日向君が無事で。でもあんまり無茶しないで、皆で心配したんだから」
「よく言うぜ、お前が一番死にかけてただろうが。……体は大丈夫なのか?」

 命に危険の及ぶ(ちょう)3度の心体増強(モジュレーション)を使い、死の淵を彷徨った和泉だったが、奇跡的な生還を果たした。しかし目覚めた直後、今度は越後の刃に捕らわれた。一番心身に負担がかかったのは間違いなく和泉だ。
 越後が付けやがった傷は残っているが、メストとの戦いの傷はクラシック療法を行ったのか、落ち着いているように見える。すると、予想を肯定するように和泉は小さく頷いた。

「安静にしてれば大丈夫。ごめんなさい、私こそ心配かけて。でも私だって日向君や安芸君、近江君を守りたかったの。これだけは信じて」

 アイツの真っ直ぐすぎる瞳が、俺たち三人を貫く。
 ……んな目ぇされたら、何も言えなくなるだろうが。

「それから皆の過去のことも、何も知らなくてごめんなさい。和矢君と広君は、いま正にその最中にいるんだよね……」
「和泉は何も悪くない、これは僕らが乗り越えなきゃならない試練だ。謝るべきは僕らのほうだよ。君のためとはいえ、隠しごとなんかして……ごめん、和泉」

 だだっ広い和室に春の夜風が吹き込み、俺たちの髪を緩やかに巻き上げる。本当は、知られたくなかった話を暴露され、俺たちは和泉にどんな顔をすりゃいいのか分からなかった。安芸なんて胸の内の殆どを打ち明けちまってるしな。
 そんな互いに謝ってばかりの俺たちに我慢できなくなったのか、隣の部屋から大きな咳払いと軽快に手を叩く音が響いた。

「はいはい。そろそろ辛気臭いのはやめて、ゆっくりしませんか?」

 振り返ると、そこには囲炉裏を囲んだ武蔵と純がいた。……囲炉裏まであんのかよ、この部屋。
 炉の中央では鉄製のヤカンから湯気が出ており、二人はその湯から作ったであろう茶を嗜んでいた。熱いのか、純がやたらフーフーしてやがる。

「折角この旅館にひとつしかない『離れ』を取ったんですから、他人の目を気にせず休んでくださいよ。頑張ってくれた君たちへの、僕からのご褒美です。無事に音も回収できたようですし」

 なるほど、部屋にしちゃデカいと思ったら『離れ』だったのか。あまりの豪華さに料金のことが頭を過ぎったが、ご褒美というのだから費用は全て武蔵の奢りだろう。なら有り難く楽しまなきゃ、大損っつーもんだよな。

 ……って、いやいやちょっと待て!?

「おい、このまま全員で泊まる気かよ!?」
「もちろん、そのつもりですが?」
「あのな! 俺らはともかく、ヤローばっかの中に和泉ひとりはマズイだろ!? 大体、和泉だって不安に決まって――」
「日向……そのクダリなら、もう僕が武蔵さんにやってる。和泉は僕らのこと信用してるから構わないってさ」

 半ば(やつ)れ顔の安芸が口を挟さみ、それを受けて和泉が和かに微笑んでうなづく。いや〝ウン〟じゃねぇし、もうちと危機感持ってくれよ……。思わず俺はガックリと項垂れた。
 広間の一角には、小上がりになった襖付き四畳半の茶室があり、和泉にはそこを使わせると武蔵は言う。「そうゆう問題じゃねぇ!」と更に反発したかったが、その前にまた別の奴が会話に割り込んできやがった。

「さっきからウッセーら、あっぱったれが。あのマヌケ面のせいで気持ちワリィんだっけさ、こっちはよ」
「Ooh……、マヌケ面とは僕のコトですカ~?」

 泣き顔の純を含め一斉に声のほうへ目をやると、布団に横たわる越後の姿があった。こっちに背を向けていて表情は見えないが、大層ご機嫌ナナメということは分かる。

「なんだ、テメェもいたのか」
「俺だって、お前らとなんかいたかねぇっけさ。けどよ、お前らはデカブツ相手に苦戦してただけで、メストの変な機械ブッ壊したのは俺様だぜ? 感謝されても文句言われる筋合いはねぇら」

 相変わらずの物言いが癪に障る。確かに、和泉によれば安芸たちが機械を壊した時、まだ音の奪取はできていなかった。その後いつのタイミングかは分からねぇが、奪われた4音は元に戻っていた。
 越後の話が本当なら、恐らく奴らは音の周波数を下げる装置と、音を回収する装置を分けていたと推測される。それに越後が現れなければ、俺と近江は仲良く洞窟で生き埋めになっていたはずだ。

 脱出した後の出来事は絶対に許せねぇが、越後が今回の作戦に貢献したことは事実である。つまり奴にも武蔵の褒美を得る権利はあるわけだ。

 ――それは理解する。理解はする、が。

「どうも納得できねぇ~……」
「やめとけ、日向。それ以上は労力のムダだ」

 ぼやく俺の肩をそっと引いて制し、近江が小さく溜め息を吐いた。



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 見たこともない豪華な和の一室で、俺は柔らかな羽毛布団に寝かされていた。鼻に抜けるイ草の香りが、日本人の遺伝子に刺さるのか心地良い。窓の外ではオレンジの明かりに、ご立派な日本庭園が浮かび上がっている。
 まず間違いなく、俺たちのシェアハウスではない。考えられるとすれば武蔵の実家だが、奴の拠点は東京だ。意識のない人間を抱えて、そんな長距離を移動するとは思えねぇ。
「金剛山の近くにある旅館だよ。武蔵さんが昨日、押さえてくれていたんだ」
 困惑する俺の意を汲み取ったのか、安芸が説明してくれた。なんでもメストのアジトに乗り込む俺たちが、万が一負傷した時のことを考えて用意したのだとか。部屋のデカさから考えて、武蔵は端から純と駆けつけるつもりでいたのだろう。
 ……なら、できればメストとの交戦中に来てほしかったよな。後から聞いた話だと、花見シーズンで新幹線が激混みだったらしいが。
「ったく、馬鹿か君は!? あんな短時間で|心体増強《モジュレーション》を連発するなんて、本っ当どうかしてるよ!」
「あぁん!?」
 呆れ顔で説教を垂れる安芸に、俺はいつもの如く噛みついた。すると奴の隣から鼻で笑った近江が加担する。
「日向の馬鹿は今に始まったことじゃないだろ、安芸」
「あぁそうだった。日向は|コ《・》|コ《・》をトレーニング中だもんね」
「……テメェら、言わせておけば」
 安芸はいつかの近江のように、頭をコツコツと指先で叩く。言いたい放題の二人に青筋を立てた拳を握るが、俺を挟んで奴らの対面にいた和泉が「まぁまぁ!」と止めに入った。
「良かった、日向君が無事で。でもあんまり無茶しないで、皆で心配したんだから」
「よく言うぜ、お前が一番死にかけてただろうが。……体は大丈夫なのか?」
 命に危険の及ぶ|長《ちょう》3度の|心体増強《モジュレーション》を使い、死の淵を彷徨った和泉だったが、奇跡的な生還を果たした。しかし目覚めた直後、今度は越後の刃に捕らわれた。一番心身に負担がかかったのは間違いなく和泉だ。
 越後が付けやがった傷は残っているが、メストとの戦いの傷はクラシック療法を行ったのか、落ち着いているように見える。すると、予想を肯定するように和泉は小さく頷いた。
「安静にしてれば大丈夫。ごめんなさい、私こそ心配かけて。でも私だって日向君や安芸君、近江君を守りたかったの。これだけは信じて」
 アイツの真っ直ぐすぎる瞳が、俺たち三人を貫く。
 ……んな目ぇされたら、何も言えなくなるだろうが。
「それから皆の過去のことも、何も知らなくてごめんなさい。和矢君と広君は、いま正にその最中にいるんだよね……」
「和泉は何も悪くない、これは僕らが乗り越えなきゃならない試練だ。謝るべきは僕らのほうだよ。君のためとはいえ、隠しごとなんかして……ごめん、和泉」
 だだっ広い和室に春の夜風が吹き込み、俺たちの髪を緩やかに巻き上げる。本当は、知られたくなかった話を暴露され、俺たちは和泉にどんな顔をすりゃいいのか分からなかった。安芸なんて胸の内の殆どを打ち明けちまってるしな。
 そんな互いに謝ってばかりの俺たちに我慢できなくなったのか、隣の部屋から大きな咳払いと軽快に手を叩く音が響いた。
「はいはい。そろそろ辛気臭いのはやめて、ゆっくりしませんか?」
 振り返ると、そこには囲炉裏を囲んだ武蔵と純がいた。……囲炉裏まであんのかよ、この部屋。
 炉の中央では鉄製のヤカンから湯気が出ており、二人はその湯から作ったであろう茶を嗜んでいた。熱いのか、純がやたらフーフーしてやがる。
「折角この旅館にひとつしかない『離れ』を取ったんですから、他人の目を気にせず休んでくださいよ。頑張ってくれた君たちへの、僕からのご褒美です。無事に音も回収できたようですし」
 なるほど、部屋にしちゃデカいと思ったら『離れ』だったのか。あまりの豪華さに料金のことが頭を過ぎったが、ご褒美というのだから費用は全て武蔵の奢りだろう。なら有り難く楽しまなきゃ、大損っつーもんだよな。
 ……って、いやいやちょっと待て!?
「おい、このまま全員で泊まる気かよ!?」
「もちろん、そのつもりですが?」
「あのな! 俺らはともかく、ヤローばっかの中に和泉ひとりはマズイだろ!? 大体、和泉だって不安に決まって――」
「日向……そのクダリなら、もう僕が武蔵さんにやってる。和泉は僕らのこと信用してるから構わないってさ」
 半ば|窶《やつ》れ顔の安芸が口を挟さみ、それを受けて和泉が和かに微笑んでうなづく。いや〝ウン〟じゃねぇし、もうちと危機感持ってくれよ……。思わず俺はガックリと項垂れた。
 広間の一角には、小上がりになった襖付き四畳半の茶室があり、和泉にはそこを使わせると武蔵は言う。「そうゆう問題じゃねぇ!」と更に反発したかったが、その前にまた別の奴が会話に割り込んできやがった。
「さっきからウッセーら、あっぱったれが。あのマヌケ面のせいで気持ちワリィんだっけさ、こっちはよ」
「Ooh……、マヌケ面とは僕のコトですカ~?」
 泣き顔の純を含め一斉に声のほうへ目をやると、布団に横たわる越後の姿があった。こっちに背を向けていて表情は見えないが、大層ご機嫌ナナメということは分かる。
「なんだ、テメェもいたのか」
「俺だって、お前らとなんかいたかねぇっけさ。けどよ、お前らはデカブツ相手に苦戦してただけで、メストの変な機械ブッ壊したのは俺様だぜ? 感謝されても文句言われる筋合いはねぇら」
 相変わらずの物言いが癪に障る。確かに、和泉によれば安芸たちが機械を壊した時、まだ音の奪取はできていなかった。その後いつのタイミングかは分からねぇが、奪われた4音は元に戻っていた。
 越後の話が本当なら、恐らく奴らは音の周波数を下げる装置と、音を回収する装置を分けていたと推測される。それに越後が現れなければ、俺と近江は仲良く洞窟で生き埋めになっていたはずだ。
 脱出した後の出来事は絶対に許せねぇが、越後が今回の作戦に貢献したことは事実である。つまり奴にも武蔵の褒美を得る権利はあるわけだ。
 ――それは理解する。理解はする、が。
「どうも納得できねぇ~……」
「やめとけ、日向。それ以上は労力のムダだ」
 ぼやく俺の肩をそっと引いて制し、近江が小さく溜め息を吐いた。