止めなきゃ、皆を。もう仲間割れする姿は見たくない。
それに私は知るべきだ。皆に起きた出来事を、知ってきちんと受け止めるべき。
越後さんに喉を圧迫されていて苦しいけれど、私は絞り出すように声を上げた。
「いっ……いいよ、安芸君。教えて、皆が経験して、きたことを。私が知らない、
記憶回復の、秘密を」
私の言葉に安芸君は勿論、彼の後ろにいる日向君も悲痛の表情を浮べた。彼らの『語りたくない』という感情は、それだけで伝わる。彼らは何より私が傷つくのを恐れてくれている。
「和泉ッ……、でも」
「私は、大丈夫、だから」
「
総長サマがいいっつってんだろ。教えてやれっけさ、安芸クン」
まるで鼻歌でも歌い出しそうなほど、越後さんは楽しそうに安芸君を煽った。
彼は奥歯を噛みしめ、一度俯く。そして拳をキュッと握りしめた。
すると葛藤に苦しむ彼へ〝待った〟をかけるように、そっと肩へ手を置く人物がいた。
「安芸、俺が言う」
ザリ、という砂利を踏みしめる音を立て、安芸君の前に出たのは意外にも近江君だった。三白眼が真っ直ぐに私たちを捕らえると、緊迫した空気に越後さんは、私を拘束する槍を持つ手に再度力を加えた。
近江君は一度大きな深呼吸をし、今度は私だけに視線を向けた。「覚悟して聞け」という彼なりの優しさだ。
「俺たちは……、周りから異質な存在として扱われてきたんだ。前世の記憶を取り戻した、幼少期からずっとな」
ある者は親や兄弟から。またある者は、友人から。
〝前世を語る不気味な異端児〟として、いじめ、暴力、迫害を受けてきた。
近江君のバリトンボイスが、静かにそう続けた。
「俺たちが持つ前世の記憶は、あまりにも鮮明すぎた。だからこそ周りの奴らは気味が悪かったんだろうな。だが当時の俺たちはまだ、そんなことを理解するには幼すぎたんだ」
彼の話を聞くほどに、私の頭の中は真っ白になっていった。
考えてみれば分かることだった。前世の記憶なんて持っている人間は、あまりに稀だ。時折ドキュメンタリなんかで世界にはそうゆう人もいると聞くこともあるけど、皆は前世を赤裸々に語ることができてしまう。
幼い子供がそれを口にすれば、周りの大人はどうかしてしまったと感じるのも無理はない。でも彼らにしてみれば、全て事実を語っているのだ。嘘を言っているわけではないのに、信じてもらうことも叶わず、異端のレッテルを貼られていく。
それがどんなに辛く、悲しいことか……想像するだけでも苦しくなる。
彼らはその経験を、物心ついたばかりの年頃から、有無を言わさずに負わされてきたのだ。
「それだけじゃねぇ。記憶が戻ってから、メストは俺らの気配察知して、容赦なく襲ってきたっけさ。子供の俺らに戦う力あると思うら? ……だが、戦うしかなかったんだぜ。自分守るためになぁ?」
近江君の話では足りないと言わんばかりに、越後さんが自ら話し始めた。私の首筋を捕らえていた刃を一瞬離すも、今度は柄の部分で堅く締め上げられ、思わず呻き声を上げる。「やめろ!」という近江君の声が聞こえた。
それに構うことなく、越後さんは私の耳元に口を寄せて、怒りを滲ませた震える声で続けた。
「前世のアンタには、生まれ変わりの俺らがそうして苦労することなんて、想像もできなかったろうさ。でもアンタが黒使逃さなきゃ、こんな目に遭う必要もなく、普通の暮らしができたはずら。全っ部、お前が悪いんだぜ。なのに自分は何も知らず、のうのうと生きてきました〜、だと? ふざけんのも大概にしろやッ!?」
耳元で響く悲痛な叫びに胸が押し潰されて、目から自然と涙が零れた。彼の怒りは最もだ。
〝和泉様ばっかりズルいのだッ!〟
初めて会った時の、広君の言葉が脳裏に蘇る。広君と和矢君はきっと、正にその渦中へ身を置いている最中なのだろう。河原から日向君が私を連れ出している間に、安芸君は二人にそのことを言わないよう忠告していたんだ。
今ならあの時の広君の絶望的な気持ちがよく分かる。彼らは望んでブリッランテとして生まれてきたわけではない。なのに突然記憶が戻り、周りからは軽蔑され、孤独な戦いを強いられるのだ。そんな理不尽を押しつけられた彼らの苦悩は、計り知れない。
私は嫌われて当然の存在だ。
私自身は関係ないだなんて、苦労してきた皆に言えるわけがない。その上、自分はその苦労すら知らないだなんて。
「じゃあ皆、本当は私を恨んで……?」
越後さんの言うとおり、前世の私が黒使をきちんと封印できていれば、今頃皆は普通の人として――。
「ッ、違う!! 僕たちは、皆ずっと君に救われて生きてきたんだ!」
その時、代弁していた近江君を押しのけて、声を張り上げたのは安芸君だった。
彼の目が赤らんでいるように見えるのは夕日のせいだろうか。
「確かに僕たちは、望んでもない理不尽を強いられてきたよ!? 楽器や武器を扱うことだって、自分の意思に反することで不安を感じるメンバーがほとんどだったろう。僕だって自分の運命を何度も憎んださ」
「ふん。ホラみろ、お前だって憎んでたんだっけ――」
鼻で笑う越後さんの言葉に被せて、安芸君は「けどッ!」と叫ぶ。
「前世の和泉はきっと、生まれ変わりの僕たちが苦しむことを分かっていたはずだ! 黒使を封印できなかった尻拭いをさせることに、彼女が何とも思わないはずないだろう!? でなければ幼い僕らの夢に、度々彼女が現れる理由なんてないじゃないか!」
安芸君は言う。絶望の淵に追いやられた時、決まって〝私〟が夢の中に出てくるのだと。そしてヴァイオリンでいつものガヴォットを奏でるのだと。あの曲は前世の私もよく弾いていたと、以前に日向君が教えてくれた。
孤独な幼い彼らを優しく抱擁する、唯一の癒やしであった私の音を、彼らはいつしか『守るべき音』と認識するようになった。今度は自分たちが救う番なのだ、と。
もちろん彼女は〝私〟ではなく〝前世の私〟だ。――でも私にも分かる。安芸君が言うように前世の私は、彼らが苦しむことを分かっていて、彼女の力で夢に現れ皆を癒やしたんだ。もし私にも記憶が戻っていれば、きっと同じようにヴァイオリンを奏でただろう。
何故なら彼女も私も、皆のことが大好きだから。