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11-1

ー/ー



 何度も運命を呪った。
 何度も何度も、過去の自分を憎んだ。

 まだ幼い自分が、初めて武器を使って得体の知れない何かを殺した時、切り裂いた肉の感触が忘れられなかった。周りの人間が全員敵に見えて、誰一人として信用もできない。
 たった一人で全てを抱え、辛くて、苦しくて、誰か助けてほしいと嘆く日々。

 そんな時、決まって貴女が夢に現れた。
 檜皮色の艶やかな髪を靡かせながら、身にまとった純白の衣装に負けないほど、清らかで一点の淀みもない水の流るるような旋律を奏でる女性。

 その人は本来、憎むべき人だった。自分たちが苦しんでいる原因は彼女にあるから。
 でも……彼女が奏でる調べだけが、唯一の癒やしだった。その音を聞いている時間は、心の底からの安らぎを感じることができた。奇しくも憎むべき彼女の存在だけが、自分たちの救いの歌姫(ディーヴァ)だったのだ。

 それなら。
 運命に抗えないのなら、この音色を守ろうと思った。

 何度も自分を救ってくれた貴女を、今度は自分が守る番だ。きっと彼女も苦しみに耐えながら、自分たちとの再会を待ち望んでいるはずだから。

「待っていてください、和泉様。必ず会いに行きますから」

 ――何があっても戦い続けるんだ。いつか迎えるであろう〝その日〟を信じて。




 西日を背に、見知らぬ男の体温と興奮気味の息づかいを感じる。

 何が起こったのか状況はよく飲み込めていないけれど、正面で唖然と私を見つめている日向君たちの表情と、何より自分に向けられた冷たい刃の感触が、最悪の場面であることを告げている。
 前世の私のお陰で、死の淵から戻ったばかりの自分は、体も思うように動かすことができずにいた。折角、皆で無事を喜んでいた矢先、こんなことになるなんて……!

「この女、記憶回復(アウフレーベント)の洗礼を受けてねぇって……マジなんら?」

 そう言い放ったオレンジメッシュの金髪男を前に、日向君たちは硬直した。私もその意味が分からず、首を僅かに男の方へ傾ける。――最も、槍の刃に押さえられてるから、微々たる動きだけど。

「なぁ、黙ってねぇで答えろや。知ってんだぜ、コイツに前世の記憶がねぇことぐらいよ」
「……やっぱり。俺たちのことをコソコソ嗅ぎ回っていたのはお前だな、越後」

 男の様子を伺いながら、ようやく声を発したのは日向君だった。そういえば商と最初に対峙した後から、誰かが私たちを監視していると彼らは言っていた。
 その正体がどうやらこの男だったらしい。ここにいるのも、私たちの後を付けてきたからということ。

 日向君が呼んだ〝越後〟という名前と、男の口調に僅かに混じる訛りから推測するに、この人は恐らく新潟出身の私たちの仲間だろう。
 ……だとすれば、尚更どうして? 〝洗礼〟と言っていたけど、彼も武蔵さんみたいに私たちの何かを試しているのだろうか。

「フン、やっと気づいたんかよ。最初はお前らの実力を先に見るためだったんだっけさ。まさか記憶回復(アウフレーベント)を受けてねぇヤツがいると気づいた時は、腰が抜けるか思ったわ。しかもそれが全ての根源の和泉だらぁ? ……笑わせんじゃねぇぜッ!」

 次第に語尾を強めて興奮し始めた越後さんは、握っていた槍に力を込めて更に私の拘束力を上げた。今にも肌に食い込みそうな刀身が、背筋を一気に凍らせる。私が弱っていなかったとしても、この男を押し返すのは不可能と思えるほど、圧倒的なパワーを感じた。

「やめろ! 今すぐ和泉を離しやがれッ!!」
「ヤなこった、お前ら俺様に刃向かえる状況じゃねぇっけさ?」
「――――ッ……!」

 越後さんの咆哮と共に、首筋に僅かな痛みが走る。
 この人、本気だ。それが分かった日向君も、苦虫を噛み潰したような表情を浮べた。
 
 彼は私についての何かを知りたがっている。記憶回復(アウフレーベント)は、転生した私たちが前世の記憶を取り戻すように、前世で受けたとされる儀式だ。でも私だけにはそれが施されていなかったのか、今も記憶は戻っていない。
 この越後さんの言葉をそのまま解釈するなら、記憶回復(アウフレーベント)によって皆何らかの影響を受けてるってことになる。でもそんな話、今まで皆からは一度も聞かされていない。

 もし越後さんの話が本当なら、聞かされていない理由は手に取るように分かる。
 ――私のため、だ。彼らは私のために、敢えてそれを隠している。

「……近江、動けるか?」
「愚問だ、お前とは体の作りが違う」

 睨みを利かせながら、日向君は近江君と腰を低く落とした。どうやら二人で越後さんを押さえるために、飛びかかろうとしているようだ。
 でもそんな彼らの前に一歩出て、腕を差し伸べたのは安芸君だった。制するような行動に、二人は彼を不服そうに見上げた。

「やめなよ、君たちだってまだ心体増強(モジュレーション)の反響が残ってるだろう。今の状態じゃ越後さんには勝てないよ。……何より、和泉の身の安全が保証できない」
「安芸ッ、んなこた分かって――!」

 反論しようとした日向君だったけれど、安芸君の横顔を目にして彼は言葉を飲んだ。目に静かな怒りを宿した、その表情に。

「越後さん。その憤りは、僕らにならいくらぶつけて頂いても構いません。……ですが今の和泉には関係のないことです、彼女を今すぐに解放してください」

 交渉人として私たちの中では一番の適役である安芸君は、会話での解決を試み始めた。落ち着いた口調ではあるけれど、それでもいつもの余裕をそこには感じられず、私には節々が震えているように聞こえた。

「あぁん?」
「お願いします。どうか彼女を、巻き込まないでください」

 越後さんの挑発にも動じず、深々と頭を下げる安芸君。私のためにそこまでする彼の姿に、胸の奥が酷くざわついた。
 そんな安芸君を見て、越後さんはわざとらしい大きな溜め息を吐く。

「ったく。お前らの和泉サマ至上主義は、相っ変わらず現世でも健在っけさな。……っつーことはコイツに教えてねぇんだら? 今まで俺らが、どんな目に遭ってきたかってのをよ」
「ッ、越後!!」

 ついに安芸君が声を荒げて、噛みつくように越後さんを見上げた。一触即発の状況に、これ以上私が黙っているわけにはいかない。

 そう、それをきっと私は知るべきなんだ。
 私と違い、幼い頃からブリッランテとして生きてきた、彼らの過去を。



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 何度も運命を呪った。
 何度も何度も、過去の自分を憎んだ。
 まだ幼い自分が、初めて武器を使って得体の知れない何かを殺した時、切り裂いた肉の感触が忘れられなかった。周りの人間が全員敵に見えて、誰一人として信用もできない。
 たった一人で全てを抱え、辛くて、苦しくて、誰か助けてほしいと嘆く日々。
 そんな時、決まって貴女が夢に現れた。
 檜皮色の艶やかな髪を靡かせながら、身にまとった純白の衣装に負けないほど、清らかで一点の淀みもない水の流るるような旋律を奏でる女性。
 その人は本来、憎むべき人だった。自分たちが苦しんでいる原因は彼女にあるから。
 でも……彼女が奏でる調べだけが、唯一の癒やしだった。その音を聞いている時間は、心の底からの安らぎを感じることができた。奇しくも憎むべき彼女の存在だけが、自分たちの救いの|歌姫《ディーヴァ》だったのだ。
 それなら。
 運命に抗えないのなら、この音色を守ろうと思った。
 何度も自分を救ってくれた貴女を、今度は自分が守る番だ。きっと彼女も苦しみに耐えながら、自分たちとの再会を待ち望んでいるはずだから。
「待っていてください、和泉様。必ず会いに行きますから」
 ――何があっても戦い続けるんだ。いつか迎えるであろう〝その日〟を信じて。
 西日を背に、見知らぬ男の体温と興奮気味の息づかいを感じる。
 何が起こったのか状況はよく飲み込めていないけれど、正面で唖然と私を見つめている日向君たちの表情と、何より自分に向けられた冷たい刃の感触が、最悪の場面であることを告げている。
 前世の私のお陰で、死の淵から戻ったばかりの自分は、体も思うように動かすことができずにいた。折角、皆で無事を喜んでいた矢先、こんなことになるなんて……!
「この女、|記憶回復《アウフレーベント》の洗礼を受けてねぇって……マジなんら?」
 そう言い放ったオレンジメッシュの金髪男を前に、日向君たちは硬直した。私もその意味が分からず、首を僅かに男の方へ傾ける。――最も、槍の刃に押さえられてるから、微々たる動きだけど。
「なぁ、黙ってねぇで答えろや。知ってんだぜ、コイツに前世の記憶がねぇことぐらいよ」
「……やっぱり。俺たちのことをコソコソ嗅ぎ回っていたのはお前だな、越後」
 男の様子を伺いながら、ようやく声を発したのは日向君だった。そういえば商と最初に対峙した後から、誰かが私たちを監視していると彼らは言っていた。
 その正体がどうやらこの男だったらしい。ここにいるのも、私たちの後を付けてきたからということ。
 日向君が呼んだ〝越後〟という名前と、男の口調に僅かに混じる訛りから推測するに、この人は恐らく新潟出身の私たちの仲間だろう。
 ……だとすれば、尚更どうして? 〝洗礼〟と言っていたけど、彼も武蔵さんみたいに私たちの何かを試しているのだろうか。
「フン、やっと気づいたんかよ。最初はお前らの実力を先に見るためだったんだっけさ。まさか|記憶回復《アウフレーベント》を受けてねぇヤツがいると気づいた時は、腰が抜けるか思ったわ。しかもそれが全ての根源の和泉だらぁ? ……笑わせんじゃねぇぜッ!」
 次第に語尾を強めて興奮し始めた越後さんは、握っていた槍に力を込めて更に私の拘束力を上げた。今にも肌に食い込みそうな刀身が、背筋を一気に凍らせる。私が弱っていなかったとしても、この男を押し返すのは不可能と思えるほど、圧倒的なパワーを感じた。
「やめろ! 今すぐ和泉を離しやがれッ!!」
「ヤなこった、お前ら俺様に刃向かえる状況じゃねぇっけさ?」
「――――ッ……!」
 越後さんの咆哮と共に、首筋に僅かな痛みが走る。
 この人、本気だ。それが分かった日向君も、苦虫を噛み潰したような表情を浮べた。
 彼は私についての何かを知りたがっている。|記憶回復《アウフレーベント》は、転生した私たちが前世の記憶を取り戻すように、前世で受けたとされる儀式だ。でも私だけにはそれが施されていなかったのか、今も記憶は戻っていない。
 この越後さんの言葉をそのまま解釈するなら、|記憶回復《アウフレーベント》によって皆何らかの影響を受けてるってことになる。でもそんな話、今まで皆からは一度も聞かされていない。
 もし越後さんの話が本当なら、聞かされていない理由は手に取るように分かる。
 ――私のため、だ。彼らは私のために、敢えてそれを隠している。
「……近江、動けるか?」
「愚問だ、お前とは体の作りが違う」
 睨みを利かせながら、日向君は近江君と腰を低く落とした。どうやら二人で越後さんを押さえるために、飛びかかろうとしているようだ。
 でもそんな彼らの前に一歩出て、腕を差し伸べたのは安芸君だった。制するような行動に、二人は彼を不服そうに見上げた。
「やめなよ、君たちだってまだ|心体増強《モジュレーション》の反響が残ってるだろう。今の状態じゃ越後さんには勝てないよ。……何より、和泉の身の安全が保証できない」
「安芸ッ、んなこた分かって――!」
 反論しようとした日向君だったけれど、安芸君の横顔を目にして彼は言葉を飲んだ。目に静かな怒りを宿した、その表情に。
「越後さん。その憤りは、僕らにならいくらぶつけて頂いても構いません。……ですが今の和泉には関係のないことです、彼女を今すぐに解放してください」
 交渉人として私たちの中では一番の適役である安芸君は、会話での解決を試み始めた。落ち着いた口調ではあるけれど、それでもいつもの余裕をそこには感じられず、私には節々が震えているように聞こえた。
「あぁん?」
「お願いします。どうか彼女を、巻き込まないでください」
 越後さんの挑発にも動じず、深々と頭を下げる安芸君。私のためにそこまでする彼の姿に、胸の奥が酷くざわついた。
 そんな安芸君を見て、越後さんはわざとらしい大きな溜め息を吐く。
「ったく。お前らの和泉サマ至上主義は、相っ変わらず現世でも健在っけさな。……っつーことはコイツに教えてねぇんだら? 今まで俺らが、どんな目に遭ってきたかってのをよ」
「ッ、越後!!」
 ついに安芸君が声を荒げて、噛みつくように越後さんを見上げた。一触即発の状況に、これ以上私が黙っているわけにはいかない。
 そう、それをきっと私は知るべきなんだ。
 私と違い、幼い頃からブリッランテとして生きてきた、彼らの過去を。