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ー/ー



 庵は、少しだけおとなになりました。
 庵は最近、お姉さまと一緒にお勉強をするようになりました。お勉強を教えてくれるときのお母さまはいつもよりこわいお母さまになるので、庵はお勉強があまり好きではありません。でも、お勉強が終わったあとに出されるおやつを楽しみに庵はお勉強を頑張ります。
 庵は今日、久しぶりに森でリンくんと会いました。今日はお勉強がお休みの日だったので、この日会おうねと前から二人で決めておいたのです。
 二人はかくれんぼをして遊びました。相変わらず、リンくんは隠れるのが上手です。
「どこに行ったのか、本当にわからなくなっちゃう」
 庵は結局リンくんを見つけられず、疲れて丸太に座っていたところへ後ろから肩をたたかれました。リンくんは笑いながら言います。
「ぼくの特技なのかも」
「かくれんぼが?」
「うん。誰にも気づかれずに、こっそり姿を消すのが」
 嫌な特技。庵が言うと、リンくんはおかしそうに笑います。でも、だからきっと大人や他の子に気づかれず、こんなところまで一人で来れてるんだろうなと庵は妙に納得してしまいます。
 少しおとなになった庵は、世界のことが前よりいくらかわかるようになってきました。自分たち種族のことや、リンくんのことも。
 リンくんはおそらく「ニンゲン」と呼ばれる存在なのだろうと庵は思っています。お母さまやお姉さま、そして庵と違って、リンくんには目が二つしかありません。そういう姿をしたものをニンゲンと呼ぶのだと、お勉強の時間にお母さまが言っていました。
 この世界にはニンゲンがたくさん住んでいるのだそうです。反対に、庵たちのような姿をしたものは世界に少ししか数がいません。ニンゲンは自分たちと違う姿をしたものを嫌い、憎む生き物。お母さまはそういうニンゲンたちの元から庵たちを連れて逃げてきたのだそうです。一緒に逃げた仲間は他にもいましたが、途中でニンゲンたちに殺されてしまいました。そうして森の奥に小さな家を建て、ニンゲンたちに見つからないようひっそりと暮らしているのです。
 その話を聞いたとき、庵はとても不思議に思いました。お母さまの話を聞く限り、ニンゲンと庵たちとの違いは額にもう一つ目がついているかどうかだけなのです。庵には、それは些細な違いのように思えました。どうしてたったそれだけのことで自分たちがいじめられたり仲間外れにされなければならないのか、庵にはよくわかりません。それをおかあさまに言うと、お母さまはどこか悲しそうに「そうね」と首を振るのでした。
 リンくんは、庵をいじめるようなことはしません。それどころか、庵とお友だちになってくれました。そういうニンゲンは、お母さまの話の中には出てきませんでした。
「リンくんって、ほんとにニンゲンなの?」
「どっちでもいいよ。ぼくはぼくで、いおちゃんはいおちゃんなんだから」
 庵が訊くと、リンくんはそう答えます。
 前に一度お話して以来、庵はお姉さまにリンくんの話をしていません。お母さまにも。二人は、リンくんがもう庵の中から消えたものと思っているようです。
 リンくんが自分の想像のお友だちではないことを庵はもう知っています。自分だけがもつ不思議な力のことに、少し前から庵は気が付いているのでした。
 庵の頭の中にはときどき、未来の映像が浮かびます。少し前まで庵は、それはただの自分の想像なのだと思っていました。ところがそうではないようなのでした。庵の三つめの目は、時折り未来の出来事を見るようなのです。リンくんとまだ出会う前に、彼の姿が庵の頭の中に浮かんだのもそのためでした。近い将来出会うお友だちの姿を庵の目は見ていたのです。
「いおちゃん、次は何をして遊ぶ?」
 リンくんが立ち上がり、言います。
「ひさしぶりに、おにごっこしよ。リンくんがオニね」
 そう言って、庵は駆け出しました。え、まってよー、とリンくんもそれを走って追いかけます。
 リンくんは庵の想像のお友だちではありませんでした。
 けれどそう遠くない将来、二人が会えなくなることを庵は知っています。
 庵の頭の中には、ある映像が浮かんでいました。ある日、森の向こうからやってきたニンゲンたちに庵たちの家が見つかってしまいます。庵たちはそのニンゲンたちに捕まり、殺されてしまうのです。庵の見た未来は必ず訪れます。その運命からは決して逃れることができません。
「あっ!」
 太い枝に躓いて、庵は転んでしまいました。後からやってきたリンくんが、慌てて庵の元に駆け付けます。
「いおちゃん、大丈夫!?」
「うん、大丈夫。えへへ、ひさしぶりに走ったから、なんか足がもつれちゃった」
 リンくんが手を差し出します。その手を庵はしっかりと握りました。
 庵の頭の中に浮かぶ、もう一つの映像があります。それは、リンくんの将来の姿でした。おとなになったリンくんは、庵たちのような目に遭うひとをなくすために小さな会社を立ち上げます。世界中の色々なところを飛び回り、そういうひとたちを救う活動をしているのです。
 やっぱり、リンくんはアルカナマントだ。
 そう思うと庵はなんだか嬉しくなり、自然と笑みがこぼれるのでした。
「いおちゃん、どうして笑ってるの?」
「ううん、何でもない」
 わたしもおとなになって、リンくんと一緒に海に行きたかったなあ。
 庵の目には、おとなになった自分の姿は映りません。
「リンくん、今日はこのまま森の中をお散歩しよう」
「うん、いいけど……足、大丈夫?」
「うん」
 二人は手を繋ぎ、並んで森の中を歩きます。
 リンくんの手は温かく、針金の指輪がときどきちくちくするのが、庵には不思議と心地よいのでした。


(了)




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 庵は、少しだけおとなになりました。
 庵は最近、お姉さまと一緒にお勉強をするようになりました。お勉強を教えてくれるときのお母さまはいつもよりこわいお母さまになるので、庵はお勉強があまり好きではありません。でも、お勉強が終わったあとに出されるおやつを楽しみに庵はお勉強を頑張ります。
 庵は今日、久しぶりに森でリンくんと会いました。今日はお勉強がお休みの日だったので、この日会おうねと前から二人で決めておいたのです。
 二人はかくれんぼをして遊びました。相変わらず、リンくんは隠れるのが上手です。
「どこに行ったのか、本当にわからなくなっちゃう」
 庵は結局リンくんを見つけられず、疲れて丸太に座っていたところへ後ろから肩をたたかれました。リンくんは笑いながら言います。
「ぼくの特技なのかも」
「かくれんぼが?」
「うん。誰にも気づかれずに、こっそり姿を消すのが」
 嫌な特技。庵が言うと、リンくんはおかしそうに笑います。でも、だからきっと大人や他の子に気づかれず、こんなところまで一人で来れてるんだろうなと庵は妙に納得してしまいます。
 少しおとなになった庵は、世界のことが前よりいくらかわかるようになってきました。自分たち種族のことや、リンくんのことも。
 リンくんはおそらく「ニンゲン」と呼ばれる存在なのだろうと庵は思っています。お母さまやお姉さま、そして庵と違って、リンくんには目が二つしかありません。そういう姿をしたものをニンゲンと呼ぶのだと、お勉強の時間にお母さまが言っていました。
 この世界にはニンゲンがたくさん住んでいるのだそうです。反対に、庵たちのような姿をしたものは世界に少ししか数がいません。ニンゲンは自分たちと違う姿をしたものを嫌い、憎む生き物。お母さまはそういうニンゲンたちの元から庵たちを連れて逃げてきたのだそうです。一緒に逃げた仲間は他にもいましたが、途中でニンゲンたちに殺されてしまいました。そうして森の奥に小さな家を建て、ニンゲンたちに見つからないようひっそりと暮らしているのです。
 その話を聞いたとき、庵はとても不思議に思いました。お母さまの話を聞く限り、ニンゲンと庵たちとの違いは額にもう一つ目がついているかどうかだけなのです。庵には、それは些細な違いのように思えました。どうしてたったそれだけのことで自分たちがいじめられたり仲間外れにされなければならないのか、庵にはよくわかりません。それをおかあさまに言うと、お母さまはどこか悲しそうに「そうね」と首を振るのでした。
 リンくんは、庵をいじめるようなことはしません。それどころか、庵とお友だちになってくれました。そういうニンゲンは、お母さまの話の中には出てきませんでした。
「リンくんって、ほんとにニンゲンなの?」
「どっちでもいいよ。ぼくはぼくで、いおちゃんはいおちゃんなんだから」
 庵が訊くと、リンくんはそう答えます。
 前に一度お話して以来、庵はお姉さまにリンくんの話をしていません。お母さまにも。二人は、リンくんがもう庵の中から消えたものと思っているようです。
 リンくんが自分の想像のお友だちではないことを庵はもう知っています。自分だけがもつ不思議な力のことに、少し前から庵は気が付いているのでした。
 庵の頭の中にはときどき、未来の映像が浮かびます。少し前まで庵は、それはただの自分の想像なのだと思っていました。ところがそうではないようなのでした。庵の三つめの目は、時折り未来の出来事を見るようなのです。リンくんとまだ出会う前に、彼の姿が庵の頭の中に浮かんだのもそのためでした。近い将来出会うお友だちの姿を庵の目は見ていたのです。
「いおちゃん、次は何をして遊ぶ?」
 リンくんが立ち上がり、言います。
「ひさしぶりに、おにごっこしよ。リンくんがオニね」
 そう言って、庵は駆け出しました。え、まってよー、とリンくんもそれを走って追いかけます。
 リンくんは庵の想像のお友だちではありませんでした。
 けれどそう遠くない将来、二人が会えなくなることを庵は知っています。
 庵の頭の中には、ある映像が浮かんでいました。ある日、森の向こうからやってきたニンゲンたちに庵たちの家が見つかってしまいます。庵たちはそのニンゲンたちに捕まり、殺されてしまうのです。庵の見た未来は必ず訪れます。その運命からは決して逃れることができません。
「あっ!」
 太い枝に躓いて、庵は転んでしまいました。後からやってきたリンくんが、慌てて庵の元に駆け付けます。
「いおちゃん、大丈夫!?」
「うん、大丈夫。えへへ、ひさしぶりに走ったから、なんか足がもつれちゃった」
 リンくんが手を差し出します。その手を庵はしっかりと握りました。
 庵の頭の中に浮かぶ、もう一つの映像があります。それは、リンくんの将来の姿でした。おとなになったリンくんは、庵たちのような目に遭うひとをなくすために小さな会社を立ち上げます。世界中の色々なところを飛び回り、そういうひとたちを救う活動をしているのです。
 やっぱり、リンくんはアルカナマントだ。
 そう思うと庵はなんだか嬉しくなり、自然と笑みがこぼれるのでした。
「いおちゃん、どうして笑ってるの?」
「ううん、何でもない」
 わたしもおとなになって、リンくんと一緒に海に行きたかったなあ。
 庵の目には、おとなになった自分の姿は映りません。
「リンくん、今日はこのまま森の中をお散歩しよう」
「うん、いいけど……足、大丈夫?」
「うん」
 二人は手を繋ぎ、並んで森の中を歩きます。
 リンくんの手は温かく、針金の指輪がときどきちくちくするのが、庵には不思議と心地よいのでした。
(了)


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