日向君と安芸君の声が聞こえる。二人が皆で一緒に帰る願いを諦めないでくれている。それはとても嬉しいことだし、ものすごくありがたかった。
でも私が目覚めても、また彼らの足を引っ張ることにならないだろうか。今回だって音の回収を目的としていたはずなのに、結局総長の私を守るため、皆に辛い選択をさせてしまった。
私のせいで誰かが危険な目にあうのは、もう嫌だ。
そんな存在ならいっそ〝彼女〟に……。
「あ、あのっ!」
私は暗闇に向かって呼びかけた。無論、暗闇自体にではなく、姿が見えない声の正体に、だ。
この声が誰かを私は知っている。穏やかで凜として、芯のある強い女性の声。
「貴女は……。貴女は前世の私、ですよね?」
その問いに声は反応を示さなかった。もう消えてしまったのだろうか?
「もし貴女が私の中に眠っている〝前世の私〟の魂なら……お願いです! 私ではなく、貴女が代わりに〝私〟として目覚めてもらえませんか!?」
自分でもとんでもないことを言っているのは分かっている。でも、そのほうが彼らにとっても幸せであろうと思った。
彼女も私であることに違いはないわけだし、恐らく前世の私は今の私よりずっと強くて頭もいい。ヴァイオリンの腕だって確かなのだから、楽団にも迷惑はかからない。私が目覚めても迷惑をかけるくらいなら、彼女を復活させるほうが皆のためにもなるだろう。
――彼女なら総長として、彼らを地獄ではなく、音楽の溢れる明るい未来に導いてくれる。
熱心な問いかけにも暗闇は沈黙を守り、ただ静寂だけが辺りを包んでいた。
やっぱりもう消えちゃったのかな……。
すると突然、目の前に一筋の光が降りてきて、たちまち輝度を増し闇を照らした。
目が眩むほどの輝きに思わず瞼を閉じる。暫くして次第に光が弱まってきたことを感じ、私は恐る恐る再び目を開いた。
『貴女……、本当にそう思っているのですか?』
淡い光りを放って目の前に立っていたのは
私だった。
……否、彼女は〝前世の〟私。
私よりちょっと大人に見える彼女は、くすみのない純白に空色のアクセントカラーをあしらった衣装に包まれていて、正しく〝総長〟の名に相応しい出で立ちだった。
この人が、
国守護楽団総長・和泉――。
「えっと……あの……」
『もう一度聞きます。貴女、本当にそう思っているのですか?』
口調こそ穏やかだけれど、彼女はどこか怒っているように見えた。当たり前か、私が科せられた責任を全部彼女に押しつけて、自分は逃げようとしているのだから。
『確かに怒っていますが、そうではありません。和泉、彼らが貴女を守るのは〝自分が総長であるから〟と言いましたね? 果たして本当にそうでしょうか』
私には彼女が言っている意味が分からなかった。ブリッランテには封印術を扱える総長が欠かせない。だから日向君も安芸君も近江君も、私を守ることを使命としている。それの何が違うというのだろうか。
『そうですね、それもひとつの理由であることは確かです。ですが彼らは決して、貴女が〝総長〟であるから命がけで守っているのではありません』
私が総長だから、守っているのではない?
じゃあもしかして、私の中に眠っている〝
前世〟を守るために……!?
『それも違います。どうやら、私に似て卑屈な面があるようですね、貴女は』
「……え? えぇ!? いっ和泉……さんが、ですか!?」
彼女のほうが少し年上っぽいので、一応〝さん〟を付けてみる。何だかものすごく変な感じだ。
私と一緒で卑屈だなんて、そんな風には全然見えなかった。でももしそうなら、前世からは性格も引き継ぐってこと?
『いいえ。
転生者は
前世の完全な再来ではありませんから、全く別の人格です。とはいえ、多少通ずる部分はあるのでしょう。……でも心配ありません。卑屈な部分はきっと、
誰かが支えてくれるでしょうから』
意味深な言葉に首をかしげていると、彼女は小さく咳払いをした。
『話を戻します、分かりやすく質問を変えましょう。どうして貴女は命を危険に晒す
心体増強を使ったのですか?』
上手く答えを見出せない私に気を使って、彼女は新たな質問を投げかけた。正直、この問いにも後ろめたさを感じる。だって現にこうして死にかけて、余計に皆へ迷惑をかけてしまっているから。
でも、これは結果の話だ。彼女が聞きたいのは私が
心体増強を使った理由である。その答えだけは明確に言える。
仲間を助けたいから。私のために命を賭けて戦う皆を、守りたかったからだと。
『そうです。でも命を捧げる必要があったのでしょうか? 彼らは仲間である前に、赤の他人ではありませんか』
「ち、違います! 彼らはかけがえのない大切な存在です。絶対に失いたくなかった。だから私は――」
そうだ。私は彼を――日向君を失いたくなかったから、安芸君の優しさを裏切ってまで
心体増強を使ったんだ。もちろん、安芸君と近江君も彼と同じくらい大切な友達だけど、日向君は私にとって特別で、絶対に失ってはいけない人だと思ったから。
彼の言葉の続きが知りたかった。
彼ともっと話がしたかった。
今だって、彼の温もりがこの手に残っている。
『えぇ。前世を知らない貴女にとって他人でしかなかった彼らが、今や必要不可欠な存在となっている。それは彼らにとっても同じです。〝工藤和泉〟という存在だからこそ、命がけで守ろうとしている。彼らが守りたいのは〝総長の貴女〟でも〝前世の
貴女〟でもありません。〝あなた自身〟なのです』
〝わたし自身〟だから……それが、彼らが私を守る理由。
瞬間、冷たい闇に陽の光が差し、空気を一変させた。まるで彼に包まれているように、穏やかで、温かい。
『
前世が代わりに目覚めるなど有り得ないこと。皆が待っているのは他の誰でもない、貴女なのですから。……さぁ、もう早くお行きなさい』
そう言って彼女に背中を押されると、体がふわりと浮かんで、私たちの音色へ導かれるように舞い上がった。
帰れるんだ、私。大切な仲間、大切な人の元に。……帰ってもいいんだね。
「和泉さんっ、また会えますか……!?」
私の問いに、霞みゆく彼女は優しく微笑み、首を横に振った。
最後に何かを言っていたけれど、その声はもう届かなかった。