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第14話 想いの暴走

ー/ー



 上層部が出ていった後、会議室には蓮華の七人が残っている。

「まったく……現役を退くと途端に現場に厳しくなりやがる。大砲なんざ、使ってなんぼだろうに。置いてあるだけじゃ、宝の持ち腐れだ」

「ねえ、麻乃の様子はどうなの? 斬られたっていうじゃない」

 徳丸が憤慨してつぶやき、麻乃と同じ女隊長である第六部隊隊長の中村巧(なかむらたくみ)が、心配そうに修治に問いかけた。鴇汰もそこは気になっていて、つい聞き耳を立ててしまう。

「左肩をやられていた。出血が多かったからか、敵が撤退した後砂浜で倒れていた。それ以外は問題なさそうだ」

 修治が答えると巧は、よかった、と小さくつぶやき、両手で顔を撫でた。

「まあ、麻乃のことだから、すぐに回復するだろうさ。これまでのほとんどを無傷でやってきたんだ。たまにはゆっくりするのもいいだろう」

 徳丸の言葉に巧や穂高が頷いている。
 大した怪我ではないとわかっていても、一人でも欠けることで気持ちが沈む。それが麻乃だと、鴇汰にとってはことさらだ。同じ蓮華の仲間として心配するのは当然だと自分に言い聞かせても、胸の奥の重苦しさは消えない。

 麻乃が倒れている姿が頭から離れず、あの青白い顔が脳裏に焼き付いて仕方がない。なぜこれほどまでに動揺しているのか、それは単に鴇汰が麻乃に対して想いを寄せているから。だからこそ、麻乃の身に何かあったらと考えると、居ても立ってもいられなくなる。

「でもさっきは、まだ意識が戻ってなかったんだぜ。もしかしたら今も……」

 勢いよく立ち上がった鴇汰は、修治に詰め寄るとその胸ぐらを掴んだ。

「大体、なんだってあんなことになったんだよ! あんた、一緒に出ていたんじゃないのか? あんたが付いていながら、なんで麻乃があんな怪我……どうして守ってやらなかったんだ! あんた一体何をしてたんだよ!」

 鴇汰の勢いに全員が驚いて押し黙り、会議室が静まり返った。
 空気が張り詰めているのが、鴇汰自身にもわかる。
 修治は軽くため息をつき、面倒くさそうに胸元を掴む鴇汰の手を払いのけた。

「おまえ、何か勘違いしてないか? 確かに俺は一緒に出ていたがな、それは麻乃を守るためじゃない。だいいち、麻乃はあれでも蓮華の一人なんだぞ」

「そんなことはわかってるよ!」

「それに忘れているのかもしれないが、剣術の腕前なら五指に入る手練れだ。それを俺は戦闘のたびに庇い立てして戦わなきゃならないのか?」

 頭では修治の言うことが正しいとわかっている。でも、理性と感情が真っ向から対立して、どうしようもない苛立ちが込み上げてくる。麻乃が傷ついたことへの怒りなのか、それとも自分が何もできなかったことへの憤りなのか、もはや区別がつかない。ただ、誰かを責めずにはいられない衝動に駆られていた。

「それは……」

「俺たちは蓮華の印を授かったときから、国を守るために命を落とすかもしれないってのを、覚悟の上で戦ってるんじゃないのか?」

「そんなこと、俺だってわかって――」

「修治の言っていることが正論だな。鴇汰、おまえ今、冷静じゃねえな? 今日はもういいから、帰って寝てろ」

 まるで子どもに言い聞かせるような口調で徳丸に言われ、グッと言葉に詰まった。
 修治の言うことがもっともだと、鴇汰も頭では理解している。

 それでも、麻乃のことが気になって仕方がない。同じ蓮華の仲間だから心配するのは当然だ、そう自分に言い聞かせても、心の奥で疼く麻乃への気持ちが感情を激しく揺さぶってくる。今も麻乃が一人で苦しんでいるかもしれないと思うと、じっとしていられなくなる。

「だけど、あんな傷……あいつ女なのに……嫁のもらい手がなくなったりでもしたら……」

 思わず口をついて出た言葉にハッとした。修治以外の全員が、唖然とした顔で鴇汰を見ている。しまった、と思った瞬間、顔が熱くなるのを感じた。自分でも何を言っているのかわからない。麻乃のことを思うあまり、とんでもない言葉が勝手に出てしまった。

 嫁のもらい手?
 こんなときになぜそんなことを?

 混乱する頭で必死に言い訳を探そうとするが、周りの視線が痛くて思考がまとまらない。机に頬づえをついたままの巧が呆れた顔で鴇汰を睨んできた。

「あんたねえ、こんなときに一体何を言ってんのさ?」

「いや、違う! 俺が言いたいのはそんなことじゃなくて!」

 慌ててほかの言葉を探したけれど、焦りで思考が追いついていかない。
 ポン、と肩を叩かれて振り返ると、岱胡が意味深な笑みを浮かべ、頷きながら言った。

「鴇汰さん、言いたいこと、っつーか、気持ちはわかりますけどね、浮気は駄目っスよ、浮気は」

「はぁ? 浮気? 何を言ってんだおまえ――」

「まあまあ、みなまで言わずとも、わかってますって」

 岱胡はさらにポンポンと、鴇汰の肩を叩く。
 周囲を見ると、梁瀬はニヤついた顔で、巧と穂高は相変わらず呆気に取られた表情だ。
 修治の冷ややかな視線が妙に痛い。

「だから――!」

「鴇汰! いいから今日は帰れ!」

 徳丸が今度はきつい口調で言い放った。
 それ以上、返す言葉が見つけられず、鴇汰はジレンマに押し潰されそうになりながら、ギュッと拳を握りしめた。
 なぜこんなに苦しいのか。なぜこんなに混乱しているのか。麻乃のことが心配なのは確かだが、それだけでは説明がつかない感情の嵐が心の中で渦巻いている。

「わかりました。今日は帰って寝ます」

 会議室の扉を開け、出ていこうとした背中を、修治の声が追ってきた。

「鴇汰、あいつが行き遅れたら、そのときは俺が責任を取る。それで文句はないだろう? このことでは、もう口を挟むな。大きなお世話だ」

「そんなら文句はねーよ! 大きな世話を焼いて悪かったな!」

 カッとして振り返り、修治を睨んで怒鳴ると、後ろ手に思い切り、扉を閉めた。
 廊下へ出ると、ワーッと頭を掻きむしり、それでも気が収まらずに壁を蹴りつけた。

 胸の奥で抑えきれない感情がくすぶっている。怒りなのか、不安なのか、それとも麻乃を愛おしいと思うからなのか。ただ一つ確かなのは、近ごろ麻乃のことになると、自分が普通ではいられなくなるということだった。鴇汰は考えることを放棄したかった。今はただ、この胸の奥の重苦しさから逃れたかった。


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 上層部が出ていった後、会議室には蓮華の七人が残っている。
「まったく……現役を退くと途端に現場に厳しくなりやがる。大砲なんざ、使ってなんぼだろうに。置いてあるだけじゃ、宝の持ち腐れだ」
「ねえ、麻乃の様子はどうなの? 斬られたっていうじゃない」
 徳丸が憤慨してつぶやき、麻乃と同じ女隊長である第六部隊隊長の|中村巧《なかむらたくみ》が、心配そうに修治に問いかけた。鴇汰もそこは気になっていて、つい聞き耳を立ててしまう。
「左肩をやられていた。出血が多かったからか、敵が撤退した後砂浜で倒れていた。それ以外は問題なさそうだ」
 修治が答えると巧は、よかった、と小さくつぶやき、両手で顔を撫でた。
「まあ、麻乃のことだから、すぐに回復するだろうさ。これまでのほとんどを無傷でやってきたんだ。たまにはゆっくりするのもいいだろう」
 徳丸の言葉に巧や穂高が頷いている。
 大した怪我ではないとわかっていても、一人でも欠けることで気持ちが沈む。それが麻乃だと、鴇汰にとってはことさらだ。同じ蓮華の仲間として心配するのは当然だと自分に言い聞かせても、胸の奥の重苦しさは消えない。
 麻乃が倒れている姿が頭から離れず、あの青白い顔が脳裏に焼き付いて仕方がない。なぜこれほどまでに動揺しているのか、それは単に鴇汰が麻乃に対して想いを寄せているから。だからこそ、麻乃の身に何かあったらと考えると、居ても立ってもいられなくなる。
「でもさっきは、まだ意識が戻ってなかったんだぜ。もしかしたら今も……」
 勢いよく立ち上がった鴇汰は、修治に詰め寄るとその胸ぐらを掴んだ。
「大体、なんだってあんなことになったんだよ! あんた、一緒に出ていたんじゃないのか? あんたが付いていながら、なんで麻乃があんな怪我……どうして守ってやらなかったんだ! あんた一体何をしてたんだよ!」
 鴇汰の勢いに全員が驚いて押し黙り、会議室が静まり返った。
 空気が張り詰めているのが、鴇汰自身にもわかる。
 修治は軽くため息をつき、面倒くさそうに胸元を掴む鴇汰の手を払いのけた。
「おまえ、何か勘違いしてないか? 確かに俺は一緒に出ていたがな、それは麻乃を守るためじゃない。だいいち、麻乃はあれでも蓮華の一人なんだぞ」
「そんなことはわかってるよ!」
「それに忘れているのかもしれないが、剣術の腕前なら五指に入る手練れだ。それを俺は戦闘のたびに庇い立てして戦わなきゃならないのか?」
 頭では修治の言うことが正しいとわかっている。でも、理性と感情が真っ向から対立して、どうしようもない苛立ちが込み上げてくる。麻乃が傷ついたことへの怒りなのか、それとも自分が何もできなかったことへの憤りなのか、もはや区別がつかない。ただ、誰かを責めずにはいられない衝動に駆られていた。
「それは……」
「俺たちは蓮華の印を授かったときから、国を守るために命を落とすかもしれないってのを、覚悟の上で戦ってるんじゃないのか?」
「そんなこと、俺だってわかって――」
「修治の言っていることが正論だな。鴇汰、おまえ今、冷静じゃねえな? 今日はもういいから、帰って寝てろ」
 まるで子どもに言い聞かせるような口調で徳丸に言われ、グッと言葉に詰まった。
 修治の言うことがもっともだと、鴇汰も頭では理解している。
 それでも、麻乃のことが気になって仕方がない。同じ蓮華の仲間だから心配するのは当然だ、そう自分に言い聞かせても、心の奥で疼く麻乃への気持ちが感情を激しく揺さぶってくる。今も麻乃が一人で苦しんでいるかもしれないと思うと、じっとしていられなくなる。
「だけど、あんな傷……あいつ女なのに……嫁のもらい手がなくなったりでもしたら……」
 思わず口をついて出た言葉にハッとした。修治以外の全員が、唖然とした顔で鴇汰を見ている。しまった、と思った瞬間、顔が熱くなるのを感じた。自分でも何を言っているのかわからない。麻乃のことを思うあまり、とんでもない言葉が勝手に出てしまった。
 嫁のもらい手?
 こんなときになぜそんなことを?
 混乱する頭で必死に言い訳を探そうとするが、周りの視線が痛くて思考がまとまらない。机に頬づえをついたままの巧が呆れた顔で鴇汰を睨んできた。
「あんたねえ、こんなときに一体何を言ってんのさ?」
「いや、違う! 俺が言いたいのはそんなことじゃなくて!」
 慌ててほかの言葉を探したけれど、焦りで思考が追いついていかない。
 ポン、と肩を叩かれて振り返ると、岱胡が意味深な笑みを浮かべ、頷きながら言った。
「鴇汰さん、言いたいこと、っつーか、気持ちはわかりますけどね、浮気は駄目っスよ、浮気は」
「はぁ? 浮気? 何を言ってんだおまえ――」
「まあまあ、みなまで言わずとも、わかってますって」
 岱胡はさらにポンポンと、鴇汰の肩を叩く。
 周囲を見ると、梁瀬はニヤついた顔で、巧と穂高は相変わらず呆気に取られた表情だ。
 修治の冷ややかな視線が妙に痛い。
「だから――!」
「鴇汰! いいから今日は帰れ!」
 徳丸が今度はきつい口調で言い放った。
 それ以上、返す言葉が見つけられず、鴇汰はジレンマに押し潰されそうになりながら、ギュッと拳を握りしめた。
 なぜこんなに苦しいのか。なぜこんなに混乱しているのか。麻乃のことが心配なのは確かだが、それだけでは説明がつかない感情の嵐が心の中で渦巻いている。
「わかりました。今日は帰って寝ます」
 会議室の扉を開け、出ていこうとした背中を、修治の声が追ってきた。
「鴇汰、あいつが行き遅れたら、そのときは俺が責任を取る。それで文句はないだろう? このことでは、もう口を挟むな。大きなお世話だ」
「そんなら文句はねーよ! 大きな世話を焼いて悪かったな!」
 カッとして振り返り、修治を睨んで怒鳴ると、後ろ手に思い切り、扉を閉めた。
 廊下へ出ると、ワーッと頭を掻きむしり、それでも気が収まらずに壁を蹴りつけた。
 胸の奥で抑えきれない感情がくすぶっている。怒りなのか、不安なのか、それとも麻乃を愛おしいと思うからなのか。ただ一つ確かなのは、近ごろ麻乃のことになると、自分が普通ではいられなくなるということだった。鴇汰は考えることを放棄したかった。今はただ、この胸の奥の重苦しさから逃れたかった。