10-15
ー/ー 遠退きそうになる意識を必死にたぐり寄せ、離すもんかとしがみつく。鉛のように体はズッシリと重いが、ロングソードを杖にして支えながら何とか立ち上がった。途端、猛烈な吐き気に襲われ胃液ごと吐き出す。
近江は大丈夫か? 共に倒れたであろう相方が心配になり、過呼吸を繰り返しながら探す。
霞む視界の中で見つけたアイツの姿は、馬乗り状態の商の下にあり、残された右腕の大鎌に首を狙われていた。今はまだ歯を食いしばってサーベルで防いでいるが、鋭い刃の距離は確実に近づいている。アイツの体力も既に限界を超えているはずだ。
「お、み……ぐぁっ」
応戦に向かおうとするが、覚束ない足取りが言うことを聞きやしねぇ。一歩踏み出した瞬間に膝から崩れ、支えにしていた剣が乾いた音を立てて倒れた。血や汗や唾液やらがポタポタと岩肌に落ちてはシミを作る。貧血か目眩までしてきやがった。
冗談じゃねぇ。もう少し堪えろよ、俺の体! 安芸が確実に和泉を連れ出すまで、敵を食い止めるって格好つけたのはテメェだろ!
死ぬならちゃんと、奴の動きを封じてから死にやがれ……ッ!
意識が自分へと集中していたせいか、俺は周りへの警戒心が散漫になっていた。
……だから気付かなかった。背後に近づいていた〝奴〟の気配に。
「ぁんだよ。心体増強でその程度っけさ? ……笑わせんなよ、お前ら」
「ッ!?」
呆れたような声と砂利を踏み潰す音に、俺は四つん這いの状態から顔を後ろに向けた。
目が霞んでよく見えないが、そこにいたのは長身で金髪の男だった。柄の長い棒状の何かを担ぐように手にしており、俺を見下ろしている。
見知らぬ男だ。……が、いつもの如く、俺はコイツを知っている。
何故ここにいるかはさて置き、今頃になっての登場とはイケ好かねぇヤローだ。
「テメ……」
「ガキはイイコで寝てろっけさ、こんな訳わかんねぇ迷路に連れ込みやがって……。お前らには聞きてぇことがあっから、くたばるんじゃねぇら」
ふざけんな、勝手に入ってきたのはテメェのほうだろうが。そうツッコみたかったが言い返す余裕はない。
奴は転がっている俺の横を通り過ぎ、担いでいた棒を右手に握り直しながら揚々と商の元へ向かっていった。あのヤロ、商が五音衆だって分かってんのか?
だがこちらの不安とは裏腹に男は軽く跳び上がると、近江との攻防を続けていた商の背に棒もとい槍を掲げて、横一線に切り裂いた。その隙に近江は鎌を打ち返し、最後の力を振り絞って商の下から脱出を図った。
尻尾が暴れ二人を猛撃する。しかし男は動じることなく狙いを定めたように槍を投げつけると、尾の先端近くに突き刺さって岩肌に固定してしまった。奴の動体視力が商を上回っている。
「がほっ……くそ、何だアイツ」
「ギュラァアアア……ッ!」
悔しそうに地を這いながら、近江も朦朧と男を見つめた。
商の不気味な雄叫びにも奴は薄ら笑いを浮べて楽しそうだ。
「気持ち悪ぃツラしてやがってよ。この越後様が直々に相手してやるっけさ、蛇野郎!」
独特な方言混じりの台詞を吐き、尾を縦に引き裂きながら槍を抜いた男――越後は再び高く跳躍した。軽やかな身のこなしでバランスを取りながら回転を繰り返し、槍を大きく振りかぶって商へと迫る。
「だぁりゃぁあああッ!」
「ッシャァアアアア!!」
1打目は右腕の鎌によって制止。間髪入れずに越後は身を翻して2打目に上腕へ乱れ打ちを炸裂した。怯んだところで今度は正面へ飛び移ると、涎を垂れ流し続けていた奴の大口に向かって一太刀。口が裂かれた商は奇声を上げながら、それでも右手による強烈な突きを放ち、越後の体を吹き飛ばした。
一瞬鈍い呻き声は聞こえたが、越後は受け身を取りつつ岩壁へ垂直に足を着けて勢いを殺し、地上へ舞い戻った。口端に滲んだ血を拭い取り、再び笑みを浮べる。
「散々暗ぇとこ彷徨った挙げ句、アジトのくせして雑魚ばっかでつまんなかったけどよ……ちったぁ骨のある奴いて安心したっけさ。なら、もうちょい楽しませてもらうぜ!」
頭上で槍を振り回して静止し、越後は駆け足で商へ迫る。対する商も越後の気迫に右腕の大鎌を構えて対峙する。
あれだけの負傷を受け全身が己の黒い血で染まっているというのに、奴はいつまで動き続けるのか。しかし呼吸は荒く瞳孔も開ききっていて、〝俺たちを殺す〟という精神力だけで立っている印象だ。精神が肉体を凌駕した奴ほど厄介な相手はいない。
それが分かっているのかは知らねぇが、越後は何度目かの跳躍を魅せると、躊躇する様子もなくあの言葉を口にした。
「心体増強、短3度ッ!」
「な、にぃ……!?」
俺たちからは消えかかっている金のオーラが、越後の体を包み込む。途端、より素早さを増した奴は商の周りを縦横無尽に飛び回り、敵の目を撹乱し始めた。その間も奴の巨体には細かい斬撃が入れられている。
負けじと大鎌を振り回すも、越後に当たっているようには見えない。数秒間の高速移動の後、堪えきれず大きく振りかぶった商の右脇に現れた越後は、唸り声を上げて体を回転させ槍を奴の右腕の付け根に切り込んだ。
「ギャッ!? シャァアアア!!!」
「まだまだぁ!」
ボトリと無残に吹き飛ぶ右腕。これで奴は近江が落とした左腕に続き、右腕の大鎌も失った。
越後の攻撃は止まらない。両腕のない商の胸辺りに舞い降りた男は、そのまま槍を突き立てて奴を後方へ押し倒す。元より近江が膝に斬撃を与えていたこともあって、商の体は地響きと共に簡単に転がった。更に越後は無様に放り出された奴の太ももへ、目一杯の力を込めて槍を振り下ろす。
残虐な光景に思わず目を塞いだ。あの細い槍で、越後は商の両足まで切断した。
心体増強を使っているといえ、何つー馬鹿力してんだ。
あっという間に商を制圧した越後は、返り血で真っ黒に染まりながら奴の前へ降り立った。満足そうな微笑みを浮べて商を見上げる越後。それだけであの男の冷徹さは伝わる。
漆黒の雨を背景に奴は俺を振り返った。絵に描いたようなドヤ顔でムカついたが、相変わらず体は言うことを聞かない。
しかし次の瞬間、越後の姿は目の前から忽然と消えた。
代わりに視界へ飛び込んだのは、大きく膨れ上がった商の姿だった。
近江は大丈夫か? 共に倒れたであろう相方が心配になり、過呼吸を繰り返しながら探す。
霞む視界の中で見つけたアイツの姿は、馬乗り状態の商の下にあり、残された右腕の大鎌に首を狙われていた。今はまだ歯を食いしばってサーベルで防いでいるが、鋭い刃の距離は確実に近づいている。アイツの体力も既に限界を超えているはずだ。
「お、み……ぐぁっ」
応戦に向かおうとするが、覚束ない足取りが言うことを聞きやしねぇ。一歩踏み出した瞬間に膝から崩れ、支えにしていた剣が乾いた音を立てて倒れた。血や汗や唾液やらがポタポタと岩肌に落ちてはシミを作る。貧血か目眩までしてきやがった。
冗談じゃねぇ。もう少し堪えろよ、俺の体! 安芸が確実に和泉を連れ出すまで、敵を食い止めるって格好つけたのはテメェだろ!
死ぬならちゃんと、奴の動きを封じてから死にやがれ……ッ!
意識が自分へと集中していたせいか、俺は周りへの警戒心が散漫になっていた。
……だから気付かなかった。背後に近づいていた〝奴〟の気配に。
「ぁんだよ。心体増強でその程度っけさ? ……笑わせんなよ、お前ら」
「ッ!?」
呆れたような声と砂利を踏み潰す音に、俺は四つん這いの状態から顔を後ろに向けた。
目が霞んでよく見えないが、そこにいたのは長身で金髪の男だった。柄の長い棒状の何かを担ぐように手にしており、俺を見下ろしている。
見知らぬ男だ。……が、いつもの如く、俺はコイツを知っている。
何故ここにいるかはさて置き、今頃になっての登場とはイケ好かねぇヤローだ。
「テメ……」
「ガキはイイコで寝てろっけさ、こんな訳わかんねぇ迷路に連れ込みやがって……。お前らには聞きてぇことがあっから、くたばるんじゃねぇら」
ふざけんな、勝手に入ってきたのはテメェのほうだろうが。そうツッコみたかったが言い返す余裕はない。
奴は転がっている俺の横を通り過ぎ、担いでいた棒を右手に握り直しながら揚々と商の元へ向かっていった。あのヤロ、商が五音衆だって分かってんのか?
だがこちらの不安とは裏腹に男は軽く跳び上がると、近江との攻防を続けていた商の背に棒もとい槍を掲げて、横一線に切り裂いた。その隙に近江は鎌を打ち返し、最後の力を振り絞って商の下から脱出を図った。
尻尾が暴れ二人を猛撃する。しかし男は動じることなく狙いを定めたように槍を投げつけると、尾の先端近くに突き刺さって岩肌に固定してしまった。奴の動体視力が商を上回っている。
「がほっ……くそ、何だアイツ」
「ギュラァアアア……ッ!」
悔しそうに地を這いながら、近江も朦朧と男を見つめた。
商の不気味な雄叫びにも奴は薄ら笑いを浮べて楽しそうだ。
「気持ち悪ぃツラしてやがってよ。この越後様が直々に相手してやるっけさ、蛇野郎!」
独特な方言混じりの台詞を吐き、尾を縦に引き裂きながら槍を抜いた男――越後は再び高く跳躍した。軽やかな身のこなしでバランスを取りながら回転を繰り返し、槍を大きく振りかぶって商へと迫る。
「だぁりゃぁあああッ!」
「ッシャァアアアア!!」
1打目は右腕の鎌によって制止。間髪入れずに越後は身を翻して2打目に上腕へ乱れ打ちを炸裂した。怯んだところで今度は正面へ飛び移ると、涎を垂れ流し続けていた奴の大口に向かって一太刀。口が裂かれた商は奇声を上げながら、それでも右手による強烈な突きを放ち、越後の体を吹き飛ばした。
一瞬鈍い呻き声は聞こえたが、越後は受け身を取りつつ岩壁へ垂直に足を着けて勢いを殺し、地上へ舞い戻った。口端に滲んだ血を拭い取り、再び笑みを浮べる。
「散々暗ぇとこ彷徨った挙げ句、アジトのくせして雑魚ばっかでつまんなかったけどよ……ちったぁ骨のある奴いて安心したっけさ。なら、もうちょい楽しませてもらうぜ!」
頭上で槍を振り回して静止し、越後は駆け足で商へ迫る。対する商も越後の気迫に右腕の大鎌を構えて対峙する。
あれだけの負傷を受け全身が己の黒い血で染まっているというのに、奴はいつまで動き続けるのか。しかし呼吸は荒く瞳孔も開ききっていて、〝俺たちを殺す〟という精神力だけで立っている印象だ。精神が肉体を凌駕した奴ほど厄介な相手はいない。
それが分かっているのかは知らねぇが、越後は何度目かの跳躍を魅せると、躊躇する様子もなくあの言葉を口にした。
「心体増強、短3度ッ!」
「な、にぃ……!?」
俺たちからは消えかかっている金のオーラが、越後の体を包み込む。途端、より素早さを増した奴は商の周りを縦横無尽に飛び回り、敵の目を撹乱し始めた。その間も奴の巨体には細かい斬撃が入れられている。
負けじと大鎌を振り回すも、越後に当たっているようには見えない。数秒間の高速移動の後、堪えきれず大きく振りかぶった商の右脇に現れた越後は、唸り声を上げて体を回転させ槍を奴の右腕の付け根に切り込んだ。
「ギャッ!? シャァアアア!!!」
「まだまだぁ!」
ボトリと無残に吹き飛ぶ右腕。これで奴は近江が落とした左腕に続き、右腕の大鎌も失った。
越後の攻撃は止まらない。両腕のない商の胸辺りに舞い降りた男は、そのまま槍を突き立てて奴を後方へ押し倒す。元より近江が膝に斬撃を与えていたこともあって、商の体は地響きと共に簡単に転がった。更に越後は無様に放り出された奴の太ももへ、目一杯の力を込めて槍を振り下ろす。
残虐な光景に思わず目を塞いだ。あの細い槍で、越後は商の両足まで切断した。
心体増強を使っているといえ、何つー馬鹿力してんだ。
あっという間に商を制圧した越後は、返り血で真っ黒に染まりながら奴の前へ降り立った。満足そうな微笑みを浮べて商を見上げる越後。それだけであの男の冷徹さは伝わる。
漆黒の雨を背景に奴は俺を振り返った。絵に描いたようなドヤ顔でムカついたが、相変わらず体は言うことを聞かない。
しかし次の瞬間、越後の姿は目の前から忽然と消えた。
代わりに視界へ飛び込んだのは、大きく膨れ上がった商の姿だった。
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