10-12
ー/ー 和泉と安芸を追いかけようとした商に、足元の岩肌を剣で叩いて小石をぶちかます。奴は怯む前に例によって尻尾でカウンターを図ってきたが、近江に掴まれて飛び退いたことで大事には至らなかった。洞窟内は奴が食らわせた突きによって、そこら中が穴だらけで足場が悪い。
ここから先へは行かせない、とばかりに商を睨みつける。背中も頭も猛烈に痛むが、そんなことはどうでも良かった。
「悪ぃな、近江。こんな無茶に付き合わせてよ」
「別に。俺は最初から、無謀でも乗り込む気だったし」
今から自分の身がどうなるか分からないのに、俺の心は清々しいままに晴れやかだった。安芸に任せれば、きっと和泉は大丈夫だ。これで安心して暴れられる。もう商がふざけた声で咆えても、ビビリもしなかった。
「でも、いいのかよ。アイツ〝絶対に、皆で帰ろうね〟って言ってたぜ」
「……そうか」
〝私は仲間と一緒に笑って生きたい!〟
あぁ、アイツはメストとの交渉でもそう言っていた。
恨むなら俺だけを恨んでくれ、和泉。
目を閉じれば、お前の奏でるバッハのガヴォットが聞こえてくる。楽団の練習室で、一人それを弾いていたお前を見た時、胸の奥が熱くなって息を飲んだ。
覚えてないと言われたのは無性に腹が立ったが、初めから前世の記憶なんて必要なかったんだ。んなもんなくたって、お前はちゃんと俺たちについてきてくれた。突き抜ける真っ直ぐな眼差しと、心を映したままの澄んだ音で包み込んで。
和泉だけは、絶対に死なせない。
アイツの眼差しも、音も、俺が守る。
「死ぬつもりはねぇが……。最悪そん時ゃ、あの世で一緒に謝ってくれよな」
「あん? お前は土下座だろ、アホ日向」
その返しにムカついて肩口を殴りつける。当然睨まれたが、すぐにお互い笑う。
蜷局を巻いて目の前に迫った商を見上げ、剣を強く握った。
――和泉を頼んだぞ、安芸。
「心体増強、短3度……ッ!!」
◇
音回収装置の部屋まであと200メートルほどという時だった。坑道が交差する場所で、横道から走ってきた誰かと盛大にぶつかった。お互い先を急いでいたせいで、まともに前を見ていなかったのが運の尽きだ。
「ッ~~~~! 誰だ、鈍臭い奴め!」
「……悪かったな。私だが?」
男勝りな口調とその声色で、相手が誰かはすぐに分かった。最も、その前に私は彼女の臙脂色の髪を目にしていたわけだが。
噛みついた人物が主であると分かるや否や、彼女は顔面を真っ青にして飛び上がり、一瞬にしてひれ伏せた。
「あああ暗里様ッ! もも申し訳ございません……!!」
面白いくらいの慌てように、私は深く溜め息を吐き、後ろに付いていた宮は頭を抱えた。頭に血が上ると見境なくなるのが玉にキズだが、誰に似たのやら。
「顔を上げよ、徴。緊急事態だ、見逃してやろう」
「あ、ありがとうございます……!」
「それより、お前は今までどこにいた?」
私としては衝突したことより、彼女が定位置に戻っていないほうが問題だった。折角安堵した表情をまた強ばらせた徴は、アワアワと商を解放した後のことを話し始めた。
「いや、だって! 商の奴、大洞穴と全然違う方向に行こうとするんですよ!? 私がケツ叩いて強制連行しなければ、今頃奴に全て破壊されてますって……!」
必死に弁解する徴。当然だ、返答によっては私に消されかねない。
しかし確かにあの商が、真っ直ぐ大洞穴まで辿り着くなど困難だったろう。私とて鬼ではない、彼女の苦労は認めてやらねば。
……暴れる蛇人間を、尻叩きしながら散歩する徴は、さぞ見物であったろうが。
「暗里様、どうかご寛大なる処置を。徴は確実に任務を遂行しただけにございます」
「分かっている。宮まで頭を下げるな、相変わらず徴に甘い奴め」
私に処罰を与える気がないと悟ると、徴は嬉しそうに私を見上げた。
その様子を見て、宮が安堵の溜め息を吐く。
「良かったね、チーちゃん」
「クッ、だからチーちゃんはヤメろ!」
そしてお決まりの漫才付きである。
否、遊んでいる場合か。事態は一刻を争っているのだ。
その時、私の耳にはとんでもないものが聞こえてきた。それは本来であれば聞こえてはいけないはずの、音。
「まさか……!?」
「暗里様? いかが――」
宮が言い切る前に、私は彼らを置いて全力で走り始めた。蛇行する坑道を抜け、薄明かりが漏れる洞窟の入り口が見えてくる。飛び込むように洞穴へ入ると、中は悲惨な状態だった。
待機していた手下は一人残らず切り裂かれ、死体となって転がっている。
見事なまでに破壊された音回収装置からは、小さな火柱と煙が上がっていた。
やられた。回収した音が、再び世に解き放たれた。
周波数変換機に続き、音回収装置までも……。折角4つまで回収できたというに!
「っ、これは……!?」
遅れて到着した宮と徴も、洞穴を覗いて息を飲んだ。
二人を責めたとて仕方ない、これは私の失態。だがあの方の復活が、己のせいで再び遠ざかっていく。
黒使様。暗里は、まだ貴方に会えぬのですか。
「まだ近くに犯人がいるやも知れません。探して息の根を止めましょう」
「良い、お前たちは戦うなと言っておろうが。それより脱出するほうが先決だ、直にこの金剛玄洞は全て崩壊する。和泉を逃した残りの仲間など、商の餌食となるか、瓦礫の下敷きとなるまで」
張り裂けそうな思いを押し殺し、冷静を装って二人に指示をする。奴らの抹殺に向かった手下どもは捨て置き、他の手下や残った必要機材は救出せねば。
こんなところで負けて堪るか。私は何度でも立ち上がるぞ。
黒使様のためならば、何度でも!
脱出の準備は宮たちに任せ、私は別部屋へと移動した。そこには、ある人物を監禁してある。
壁に括り付けられ、口が聞けぬように布を噛ませられたその者は、入ってきた私を見るなりキツく睨みつけた。
「喜べ、お前たちの力の秘密を手に入れたぞ。ようやくお前を使える時が来た」
今回の騒ぎで、唯一これが功績といっても過言ではない。
奴は何かを叫んでいたが、暴れられても厄介なので構わず腹を殴って意識を奪う。とりあえず、コイツも連れて行かねばなるまいからな。
そうだ、私にはまだ奥の手がある。
「面白くなるのは、まだここからであろう?」
なぁ……、伊予。
ここから先へは行かせない、とばかりに商を睨みつける。背中も頭も猛烈に痛むが、そんなことはどうでも良かった。
「悪ぃな、近江。こんな無茶に付き合わせてよ」
「別に。俺は最初から、無謀でも乗り込む気だったし」
今から自分の身がどうなるか分からないのに、俺の心は清々しいままに晴れやかだった。安芸に任せれば、きっと和泉は大丈夫だ。これで安心して暴れられる。もう商がふざけた声で咆えても、ビビリもしなかった。
「でも、いいのかよ。アイツ〝絶対に、皆で帰ろうね〟って言ってたぜ」
「……そうか」
〝私は仲間と一緒に笑って生きたい!〟
あぁ、アイツはメストとの交渉でもそう言っていた。
恨むなら俺だけを恨んでくれ、和泉。
目を閉じれば、お前の奏でるバッハのガヴォットが聞こえてくる。楽団の練習室で、一人それを弾いていたお前を見た時、胸の奥が熱くなって息を飲んだ。
覚えてないと言われたのは無性に腹が立ったが、初めから前世の記憶なんて必要なかったんだ。んなもんなくたって、お前はちゃんと俺たちについてきてくれた。突き抜ける真っ直ぐな眼差しと、心を映したままの澄んだ音で包み込んで。
和泉だけは、絶対に死なせない。
アイツの眼差しも、音も、俺が守る。
「死ぬつもりはねぇが……。最悪そん時ゃ、あの世で一緒に謝ってくれよな」
「あん? お前は土下座だろ、アホ日向」
その返しにムカついて肩口を殴りつける。当然睨まれたが、すぐにお互い笑う。
蜷局を巻いて目の前に迫った商を見上げ、剣を強く握った。
――和泉を頼んだぞ、安芸。
「心体増強、短3度……ッ!!」
◇
音回収装置の部屋まであと200メートルほどという時だった。坑道が交差する場所で、横道から走ってきた誰かと盛大にぶつかった。お互い先を急いでいたせいで、まともに前を見ていなかったのが運の尽きだ。
「ッ~~~~! 誰だ、鈍臭い奴め!」
「……悪かったな。私だが?」
男勝りな口調とその声色で、相手が誰かはすぐに分かった。最も、その前に私は彼女の臙脂色の髪を目にしていたわけだが。
噛みついた人物が主であると分かるや否や、彼女は顔面を真っ青にして飛び上がり、一瞬にしてひれ伏せた。
「あああ暗里様ッ! もも申し訳ございません……!!」
面白いくらいの慌てように、私は深く溜め息を吐き、後ろに付いていた宮は頭を抱えた。頭に血が上ると見境なくなるのが玉にキズだが、誰に似たのやら。
「顔を上げよ、徴。緊急事態だ、見逃してやろう」
「あ、ありがとうございます……!」
「それより、お前は今までどこにいた?」
私としては衝突したことより、彼女が定位置に戻っていないほうが問題だった。折角安堵した表情をまた強ばらせた徴は、アワアワと商を解放した後のことを話し始めた。
「いや、だって! 商の奴、大洞穴と全然違う方向に行こうとするんですよ!? 私がケツ叩いて強制連行しなければ、今頃奴に全て破壊されてますって……!」
必死に弁解する徴。当然だ、返答によっては私に消されかねない。
しかし確かにあの商が、真っ直ぐ大洞穴まで辿り着くなど困難だったろう。私とて鬼ではない、彼女の苦労は認めてやらねば。
……暴れる蛇人間を、尻叩きしながら散歩する徴は、さぞ見物であったろうが。
「暗里様、どうかご寛大なる処置を。徴は確実に任務を遂行しただけにございます」
「分かっている。宮まで頭を下げるな、相変わらず徴に甘い奴め」
私に処罰を与える気がないと悟ると、徴は嬉しそうに私を見上げた。
その様子を見て、宮が安堵の溜め息を吐く。
「良かったね、チーちゃん」
「クッ、だからチーちゃんはヤメろ!」
そしてお決まりの漫才付きである。
否、遊んでいる場合か。事態は一刻を争っているのだ。
その時、私の耳にはとんでもないものが聞こえてきた。それは本来であれば聞こえてはいけないはずの、音。
「まさか……!?」
「暗里様? いかが――」
宮が言い切る前に、私は彼らを置いて全力で走り始めた。蛇行する坑道を抜け、薄明かりが漏れる洞窟の入り口が見えてくる。飛び込むように洞穴へ入ると、中は悲惨な状態だった。
待機していた手下は一人残らず切り裂かれ、死体となって転がっている。
見事なまでに破壊された音回収装置からは、小さな火柱と煙が上がっていた。
やられた。回収した音が、再び世に解き放たれた。
周波数変換機に続き、音回収装置までも……。折角4つまで回収できたというに!
「っ、これは……!?」
遅れて到着した宮と徴も、洞穴を覗いて息を飲んだ。
二人を責めたとて仕方ない、これは私の失態。だがあの方の復活が、己のせいで再び遠ざかっていく。
黒使様。暗里は、まだ貴方に会えぬのですか。
「まだ近くに犯人がいるやも知れません。探して息の根を止めましょう」
「良い、お前たちは戦うなと言っておろうが。それより脱出するほうが先決だ、直にこの金剛玄洞は全て崩壊する。和泉を逃した残りの仲間など、商の餌食となるか、瓦礫の下敷きとなるまで」
張り裂けそうな思いを押し殺し、冷静を装って二人に指示をする。奴らの抹殺に向かった手下どもは捨て置き、他の手下や残った必要機材は救出せねば。
こんなところで負けて堪るか。私は何度でも立ち上がるぞ。
黒使様のためならば、何度でも!
脱出の準備は宮たちに任せ、私は別部屋へと移動した。そこには、ある人物を監禁してある。
壁に括り付けられ、口が聞けぬように布を噛ませられたその者は、入ってきた私を見るなりキツく睨みつけた。
「喜べ、お前たちの力の秘密を手に入れたぞ。ようやくお前を使える時が来た」
今回の騒ぎで、唯一これが功績といっても過言ではない。
奴は何かを叫んでいたが、暴れられても厄介なので構わず腹を殴って意識を奪う。とりあえず、コイツも連れて行かねばなるまいからな。
そうだ、私にはまだ奥の手がある。
「面白くなるのは、まだここからであろう?」
なぁ……、伊予。
みんなのリアクション
まだリアクションはありません。最初の一歩を踏み出しましょう!
おすすめ作品を読み込み中です…
作者の他の作品
この作者の他作品はありません。
この作品と似た作品
似た傾向の作品は見つかりませんでした。
この作品を読んだ人が読んでいる作品
読者の傾向からおすすめできる作品がありませんでした。
おすすめ作品は現在準備中です。
おすすめ作品の取得に失敗しました。時間をおいて再度お試しください。