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10-11

ー/ー



 静寂に包まれた洞窟内。
 低い呻き声を上げながら、巨体が再び私たちをゆっくり振り返る。

 安芸君にあの生物が商だと伝えると、彼はひどく衝撃を受けていた。ずっと動向を気にしていた商が、まさか改造されるとは想定していなかったのだろう。
 商は蜷局(とぐろ)を巻くように地を這って私たちを包囲し、鋭い爪を立てた突きを繰り出した。刹那、安芸君が私を抱えて宙に舞い、難を逃れる。粉砕された地面には、大きな穴が空いていた。

 より強敵と化した商を見下ろし、安芸君は歯噛みした。

「マズいな……。和泉はこの洞穴の特質に気づいてるよね?」
「え? うん、ここは――っ、きゃああ!」

 会話の隙も与えぬと言わんばかりに、商が先回りして拳を炸裂。でも安芸君が素早く私を抱えたまま飛び退いて、徐々に商との距離を空けていった。私は再度、彼の質問に答える。

「ここは〝音〟が反響しない。もしかして、それが何か……?」

 安芸君の腕の中から恐る恐る伺うと、少し雑気味に着地した彼は私をそっと離し、小さく頷いた。いつも冷静な彼から、余裕が消えている。

 これだけ広い空間で激しい動きをすれば、通常なら音がもっと響くはず。でもここは、音の輪郭が尖ったようにはっきりと鳴るだけで、すぐ消えてしまうのだ。まるで空間へ吸い込まれるように。

「ブリッランテの力は『音』が要なんだ。でもその音が、周囲の岩壁に全て吸収されてしまっている。よって僕たちは、本来の力を発揮できないんだよ」

 しかもこの場所は、地上の音も届かぬ地下。おまけに基本となる4音は敵の手中にある。だから日向君たちは全力を出せず、商に押されているのだ。私の矢が通用しないのも、そもそも乏しい攻撃力が更に下がっているからだった。

「僕もトレーニングしていなければ、君を抱えて逃げることはできなかったよ」
「そんな……、じゃあどうすれば?」

 私の悲痛な声に、安芸君は悩むように眉を潜めてしまった。彼のレイピアを握る右手に力が込められる。
 どうする、なんて愚問だ。ここから脱出しない限り、商を倒すなんて不可能なのは明白だった。

 その時。近くで瓦礫が崩れ落ちて、僅かに舞う砂埃の中から、薄茶の前髪を赤く染めた〝彼〟が姿を現した。

「がはっ……! 〝じゃあどうすれば〟――お前はその答えを知ってるだろ、安芸」
「日向君!」

 額から血を滴らせながら、絞り出すような声で語りかけ、日向君は安芸君を見つめていた。彼がロングソードを杖代わりにして立ち上がろうとするので、慌てて支える。
 剣を握る手や腕、足も痣だらけだ。こんな痛々しい姿、見ているだけで辛い。

「……断る」
「ッ分かるだろ! もう()()しかねぇんだよ!」

 安芸君の返答に、日向君は声を荒げた。私には二人の会話の内容が分からず、ただ彼らの顔を交互に見ることしかできなかった。
 でも、それが決して名案でないことは、安芸君の苦しそうな表情が物語っている。……嫌な予感しかしない。

 そんな中、商がまた呻き声を上げ始めた。よく見ればミシミシと両腕が裂け、何かが生えようとしている。この期に及んで、まだ変形しようというの?
 メストの手下は、いつの間にか安芸君と近江君が殆ど片付けてしまって、数人しか残っていない。その僅かな手下たちも、第三形態へ移ろうとする商の様子に、悲鳴を上げて退散していく。

 腕から生えた鋭利な切っ先が、松明の明かりで黒光る。
 あれは、彼が使っていた大鎌。

「ギシャァッ! シャ……、シャギュ……ッ、ギュラァアアア!!」

 咆哮にはもはや、蛇らしさすら感じられない。巨大な殺人兵器と化した商は、左右前後に体をくねらせ、不気味な残像を見せながら私たちへと迫った。今度は蛇酔拳の動きだ。更にスピードも上がっている。
 あっという間に目の前へ詰め寄った商は、得意の突きを繰り出した。私は再び安芸君に抱えられ、日向君も自力で飛び上がって回避する。でも日向君の着地を狙って、商は大きく腕を振り、生やした鎌の刃で光の線を描いた。

 咄嗟に日向君はロングソードで防御し、何とか胴体の切断を免れた。
 とはいえ、彼は歯を食いしばって商の圧倒的なパワーに堪えている。

「はぁあああッ!」

 そこへ安芸君がレイピアを構えて突進。商の脇腹へ刺突を食らわせた。しかし彼は蚊にでも刺されたような平然とした表情で、空いていた左手で安芸君をいとも簡単になぎ払った。

「ッ、わぁあっ」
「ぐっ……、安芸!」
「安芸君ッ!」

 無我夢中で飛んできた安芸君を受けるも、衝撃に堪えられず、二人でそのまま岩壁へ突っ込んだ。背中に激痛が走り、声も出ない。

「い、ず……み? ッごめん、大丈夫!?」

 安芸君の腕に優しく起こされながら、私は何とか頷いた。彼は悲痛な表情を浮べると、悔しそうに商と日向君を振り返る。

 状況はどう見ても最悪だ。簡単に事が進むと思っていなかったけど、こんなに追い詰められるなんて。
 責任は私にある。何とか皆を助けなきゃいけないのに、追い打ちをかけるように日向君の悲鳴が聞こえた。鎌との攻防に堪えていた彼だったけど、商の尻尾で鞭のように弾き飛ばされたのだ。

 でも彼は岩壁に突っ込まなかった。
 誰かが受け止め、私と違ってその手前で完全停止していたから。

「近江、無事だったか」

 安芸君が呟く。
 近江君から離れ、フラつきながらも自力で立った日向君。彼は近江君と顔を合わせた後、突然声を張り上げた。

「行けぇッ、安芸! 今すぐに!」

 その言葉に、安芸君が肩を震わせて反応を示す。私は不安げに彼を見上げた。
 表情は見えない。

「早く、頼む! 頼むから……、頼むから行ってくれ! 安芸――ッ!!」
「……っく!」

 必死の懇願に、安芸君は意を決したような声を上げ、何故か私を抱え上げた。そして二人とは真逆の、洞窟の入り口へと走り始める。

 ……何処へ行くの?
 どうして、二人は一緒じゃないの……!?

「あ、き君……嫌、だ。……イヤ」

 拒絶をしても彼は止らなかった。
 どんどん二人から離れていく私は、安芸君の腕から身を乗り出して彼らを見た。

 商の前に堂々と立ちはだかる日向君と近江君。
 二人がやろうとしていることは、安易に想像できる。

「いやっ。おーみ君、ひゅーがく……。日向君――ッ!」

 叫び声は響かず、二人の姿はついに見えなくなった。



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 静寂に包まれた洞窟内。
 低い呻き声を上げながら、巨体が再び私たちをゆっくり振り返る。
 安芸君にあの生物が商だと伝えると、彼はひどく衝撃を受けていた。ずっと動向を気にしていた商が、まさか改造されるとは想定していなかったのだろう。
 商は|蜷局《とぐろ》を巻くように地を這って私たちを包囲し、鋭い爪を立てた突きを繰り出した。刹那、安芸君が私を抱えて宙に舞い、難を逃れる。粉砕された地面には、大きな穴が空いていた。
 より強敵と化した商を見下ろし、安芸君は歯噛みした。
「マズいな……。和泉はこの洞穴の特質に気づいてるよね?」
「え? うん、ここは――っ、きゃああ!」
 会話の隙も与えぬと言わんばかりに、商が先回りして拳を炸裂。でも安芸君が素早く私を抱えたまま飛び退いて、徐々に商との距離を空けていった。私は再度、彼の質問に答える。
「ここは〝音〟が反響しない。もしかして、それが何か……?」
 安芸君の腕の中から恐る恐る伺うと、少し雑気味に着地した彼は私をそっと離し、小さく頷いた。いつも冷静な彼から、余裕が消えている。
 これだけ広い空間で激しい動きをすれば、通常なら音がもっと響くはず。でもここは、音の輪郭が尖ったようにはっきりと鳴るだけで、すぐ消えてしまうのだ。まるで空間へ吸い込まれるように。
「ブリッランテの力は『音』が要なんだ。でもその音が、周囲の岩壁に全て吸収されてしまっている。よって僕たちは、本来の力を発揮できないんだよ」
 しかもこの場所は、地上の音も届かぬ地下。おまけに基本となる4音は敵の手中にある。だから日向君たちは全力を出せず、商に押されているのだ。私の矢が通用しないのも、そもそも乏しい攻撃力が更に下がっているからだった。
「僕もトレーニングしていなければ、君を抱えて逃げることはできなかったよ」
「そんな……、じゃあどうすれば?」
 私の悲痛な声に、安芸君は悩むように眉を潜めてしまった。彼のレイピアを握る右手に力が込められる。
 どうする、なんて愚問だ。ここから脱出しない限り、商を倒すなんて不可能なのは明白だった。
 その時。近くで瓦礫が崩れ落ちて、僅かに舞う砂埃の中から、薄茶の前髪を赤く染めた〝彼〟が姿を現した。
「がはっ……! 〝じゃあどうすれば〟――お前はその答えを知ってるだろ、安芸」
「日向君!」
 額から血を滴らせながら、絞り出すような声で語りかけ、日向君は安芸君を見つめていた。彼がロングソードを杖代わりにして立ち上がろうとするので、慌てて支える。
 剣を握る手や腕、足も痣だらけだ。こんな痛々しい姿、見ているだけで辛い。
「……断る」
「ッ分かるだろ! もう|ソ《・》|レ《・》しかねぇんだよ!」
 安芸君の返答に、日向君は声を荒げた。私には二人の会話の内容が分からず、ただ彼らの顔を交互に見ることしかできなかった。
 でも、それが決して名案でないことは、安芸君の苦しそうな表情が物語っている。……嫌な予感しかしない。
 そんな中、商がまた呻き声を上げ始めた。よく見ればミシミシと両腕が裂け、何かが生えようとしている。この期に及んで、まだ変形しようというの?
 メストの手下は、いつの間にか安芸君と近江君が殆ど片付けてしまって、数人しか残っていない。その僅かな手下たちも、第三形態へ移ろうとする商の様子に、悲鳴を上げて退散していく。
 腕から生えた鋭利な切っ先が、松明の明かりで黒光る。
 あれは、彼が使っていた大鎌。
「ギシャァッ! シャ……、シャギュ……ッ、ギュラァアアア!!」
 咆哮にはもはや、蛇らしさすら感じられない。巨大な殺人兵器と化した商は、左右前後に体をくねらせ、不気味な残像を見せながら私たちへと迫った。今度は蛇酔拳の動きだ。更にスピードも上がっている。
 あっという間に目の前へ詰め寄った商は、得意の突きを繰り出した。私は再び安芸君に抱えられ、日向君も自力で飛び上がって回避する。でも日向君の着地を狙って、商は大きく腕を振り、生やした鎌の刃で光の線を描いた。
 咄嗟に日向君はロングソードで防御し、何とか胴体の切断を免れた。
 とはいえ、彼は歯を食いしばって商の圧倒的なパワーに堪えている。
「はぁあああッ!」
 そこへ安芸君がレイピアを構えて突進。商の脇腹へ刺突を食らわせた。しかし彼は蚊にでも刺されたような平然とした表情で、空いていた左手で安芸君をいとも簡単になぎ払った。
「ッ、わぁあっ」
「ぐっ……、安芸!」
「安芸君ッ!」
 無我夢中で飛んできた安芸君を受けるも、衝撃に堪えられず、二人でそのまま岩壁へ突っ込んだ。背中に激痛が走り、声も出ない。
「い、ず……み? ッごめん、大丈夫!?」
 安芸君の腕に優しく起こされながら、私は何とか頷いた。彼は悲痛な表情を浮べると、悔しそうに商と日向君を振り返る。
 状況はどう見ても最悪だ。簡単に事が進むと思っていなかったけど、こんなに追い詰められるなんて。
 責任は私にある。何とか皆を助けなきゃいけないのに、追い打ちをかけるように日向君の悲鳴が聞こえた。鎌との攻防に堪えていた彼だったけど、商の尻尾で鞭のように弾き飛ばされたのだ。
 でも彼は岩壁に突っ込まなかった。
 誰かが受け止め、私と違ってその手前で完全停止していたから。
「近江、無事だったか」
 安芸君が呟く。
 近江君から離れ、フラつきながらも自力で立った日向君。彼は近江君と顔を合わせた後、突然声を張り上げた。
「行けぇッ、安芸! 今すぐに!」
 その言葉に、安芸君が肩を震わせて反応を示す。私は不安げに彼を見上げた。
 表情は見えない。
「早く、頼む! 頼むから……、頼むから行ってくれ! 安芸――ッ!!」
「……っく!」
 必死の懇願に、安芸君は意を決したような声を上げ、何故か私を抱え上げた。そして二人とは真逆の、洞窟の入り口へと走り始める。
 ……何処へ行くの?
 どうして、二人は一緒じゃないの……!?
「あ、き君……嫌、だ。……イヤ」
 拒絶をしても彼は止らなかった。
 どんどん二人から離れていく私は、安芸君の腕から身を乗り出して彼らを見た。
 商の前に堂々と立ちはだかる日向君と近江君。
 二人がやろうとしていることは、安易に想像できる。
「いやっ。おーみ君、ひゅーがく……。日向君――ッ!」
 叫び声は響かず、二人の姿はついに見えなくなった。