ようやく姿を現せたそいつは、深く被ったフードと全身をすっぽり覆う漆黒のマントのせいで、男か女かも判別がつかない。商を回収した時のように、声も複数の人間が重なったような加工を施す徹底ぶりだ。
単なる恥ずかしがり屋なら笑ってやるが、正体を明かせない何かがあるのか?
メストの主導者、暗里。
とにかく今、奴が目の前にいることは確かだ。
「初めまして、とでも言っておこうか。私は前世のお前たちを知っているが、お前たちは私のことを知らぬであろう。私はあの頃、表舞台に立っておらぬからな」
「っつーことは、お前は百年以上前から生き続けてるってか?」
そう尋ねると、奴は「そうだ」と答えた。
……おい。まさか老体を隠すための変装か?
「総長和泉。貴様、
宮に〝戦わない選択〟の交渉を持ちかけ
誑かそうとしたようだが……。その結論、私が答えてやる」
暗里はマントの隙間から、見覚えのある白く光る球体を差し出した。まるで静かに呼吸をするかの如く、その光は強弱をつけて輝きを放っている。
あれはメストを封印した証である『音の小玉』。五音衆の羽と角の小玉は、俺たちの音楽で浄化済みだ。小玉は和泉が封印しない限り出現しないものだから、例え暗里に殺されているとて商のものでもない。
あぁ、そうか。小玉のない〝奴〟がどうやって復活するのかと思っていたが……、コイツが奪っていたのか。
「百年前、貴様がこのような姿に変えた黒使様を、私はずっとお守りしてきた! そしてようやく封印の解かれる時が来るのだ! 愛しき黒使様の復活を妨害する限り、お前たちと戦わない選択など断じて有り得ぬわッ!!」
その叫びに、和泉は悲痛な表情を浮べた。それもそうだ、コイツが宮に言った「共に生きたい大切な人」が、暗里にとっては俺たちの最大の敵である黒使だというのだから。その願いは叶えるわけにいかない。黒使だけは、何としても倒さなきゃならねぇ存在なんだ。
黒使を狙う限り、暗里は敵。……つまり、交渉するまでもなく『戦わない選択』など、初めからなかったってわけだ。
ずっと握られていた左手に、僅かな震えが伝わる。俺はその手を強く握り返した。
〝よく頑張った〟という言葉を込めて。極度の重圧がかかっていたと思うが、コイツはよくやったと思う。
「何をしている、お前たち! さっさと
和泉を引っ捕らえろ! それ以外は構わず殺せ、他にも仲間はいるはずだ!」
「はっ!!」
暗里の命令を受け、俺たちを包囲していた手下たちが一斉に飛び掛かった。交渉が失敗した以上、もう武器の使用を制限する必要はない。
右手に握っていたスコップを最初に飛び掛かってきた雑魚に叩きつけ、俺は背中のケースに手を伸ばした。
「
変化ッ!」
中のチェロが神々しいまでの光を放ち、愛剣ロングソードが姿を現す。発言の瞬間、何故か暗里が関心したような表情を浮かべた。
だが奴を気にかける余裕はなく、立て続けに襲い掛かる手下たちを、剣を大きく振り回して一掃する。そこで俺は、いつもより剣が少し重く感じた。
これはスコップを振り回したせいなんかじゃねぇ。
立ち入った時から、音が響いてないと思ってたが、やはりこの空間……。
「
変化……ッ!」
続けて背後で、和泉がヴァイオリンを武器化させた。俺のチェロと同じように、光の中から現れる弓。するとまたしても暗里が、今度はニヤリと不敵な笑みを浮かべる。さっきから一体何なんだよ。
いや、それよりどうする? 作戦では奴らが交渉に応じない場合は、即撤退の予定だ。だが今回の目的は〝奪われた音の回収〟であり、何よりそれを成功させなければ全てが水の泡となる。
暗里たちの様子から察するに、俺たちの目的には気づいていないはずだ。他の仲間がいないか探していることから、安芸と近江の存在もまだ認識されていない。
二人は今、どこにいるんだ。音の回収はできたのか?
もしもまだなら、奴らを引き付ける役目は終わっちゃいねぇ。せめて回収できたのかさえ分かれば……。
――待て。確認する方法、あるじゃねぇか。
「和泉、
音を聞いてくれ!」
奴らに悟られない言葉で俺は叫んだ。アイツならこれでわかるはず。
案の定、懸命に矢を打ち込んで応戦していた和泉は、素早く片耳の補聴器を外した。その間、全方位から来る敵を撃退して彼女を守る。
目を閉じて音に意識を集中する和泉。すると何故か身体を硬直させ、顔面を蒼白させた。
そうか。アイツは補聴器のせいで、この空間の秘密に気づいてなかったのだ。恐らくそれを捉えたんだろうと思ったが、彼女は予想外の言葉を口にした。
「……消えてる」
「何!?」
マジかよ。音は回収されるどころか、
F3と
A3まで消失したという。
どうなってんだ、アイツら!? 思わず俺は歯噛みして、目の前の敵を下から思いっきり切り上げた。
「……宮、ここは手下どもに任せて行くぞ。奴らの狙いが分かった」
俺たちの会話から勘づいたらしく、暗里が立ち去ろうとしていた。
どうする、二人は間に合うのか!? だが、ここで奴らと戦うのは――。
~~~~、あぁクソ! 考えてる余裕なんてねぇ!
アイツらを信じて、やるしかねぇだろッ!!
「待てコラッ、暗里!」
俺は咄嗟に先ほど叩きつけたスコップを蹴り上げて拾い、暗里に向かってぶん投げた。いち早く気づいた宮が主を守るように刀を構えるが、奴を制して暗里は静かに前へ手をかざす。
スコップが届く僅か数秒前。空気が一瞬止まり、鼓膜を切り裂くような音と共に電撃が走った。以前に見せた黒い稲妻だ。
黒焦げになったスコップが、端から崩れながら落下した。
「ッ――――!」
「クク、どうやら私をここに留めておきたいようだな。安心しろ、貴様らの相手は私ではなく……あぁ、噂をすればお出ましのようだ」
そう言って暗里がほくそ笑んだと同時に、地響きのような轟音と揺れが洞窟内を襲った。俺たちはもちろん、襲いかかる手下たちですら、何事かと動きを止めて辺りを見渡す。
地響きは次第に大きくなり、それに伴って聞こえてくる不気味な咆哮。その音は確実にこちらへと向かってきていた。
そして、次の瞬間。
「ギ……、キシャァアア――ッ!」
粉砕された岩壁に大穴が空き、現れたのは身の毛もよだつ気色悪い巨大生物だった。