「いたぞ! あそこだ!!」
俺たちを捜索していた雑魚どもに見つかり、思わず舌打ちをする。まぁ、匂いに敏感な闇犬がウロついてりゃ、見つかるのも時間の問題なのは承知の上。だが僅かなこの時間で、大体の経路は確認できた。
当然、事前に武蔵が送ってきた内部地図は見ていたが、奴らの手によって地形が変わっている可能性も考えられた。しかしここまで見る限り小穴などは増えているものの、地図上にある大きな空間はそのまま使っていると思って良いだろう。
予定どおり、奥の方にある大空間へ向かう。そこは主が居座るに最適な場所だと俺たちは読んでいる。
――今メストを統括している、アンリがいる部屋だと。
「走れッ、和泉!」
俺はそう呼びかけ、アイツの手を引いて洞穴を飛び出した。
ここまで丸腰で乗り込んできたが、流石に何か身を守るモンが欲しいよな……。そう思っていた矢先、行く手に置かれたスコップを見つけると、シメたとばかりに蹴り上げて、集団で襲い来るメストに振り回して応戦した。ないよりはマシってもんだ。
「このまま奥の広間まで突っ切る! 手ぇ離すんじゃねぇぞ!?」
「わっ、分かった……!」
背負ったチェロ越しに見たアイツの目は、不安と緊張で揺れていた。それでも俺の手を握り返す力に、自らを奮い立たす覚悟を感じる。
そうだ、それでいい。お前は何も心配せずに、お前の使命を果たすんだ。俺たちが全力で支えるから。
あとのことは奴が――安芸が全て上手くやってくれるだろう。
ふと、数秒前の和泉との会話が蘇る。……俺、何で〝安芸のことどう思ってる〟なんて聞いちまったんだ? んな会話してる場合じゃなかっただろうが。
けど和泉の奴、マジで安芸のアプローチに何も気づいてねぇんだな。一緒にいるのも、茶の趣味が合うのも、全てアイツが自ら仕込んでやってることなのに。流石にちょっと同情した。
きっと今後、俺がどれだけ和泉を想っても、安芸の気持ちを上回ることはできないだろう。和泉は残念なほど鈍感だが、アイツの優しさに包まれていることは分かってるし、自分にとってアイツがどれほど大きな存在かも感じ取っている。
〝やっぱ、お前に必要なのは安芸だな〟
さっき自分を諭すためにそう言った。和泉には聞こえてねぇだろうけど。
そう、〝今の〟お前に必要なのは俺じゃねぇ。影でいいんだよ、俺は。和泉が安芸といることで笑っていられるなら構わない。
だが、せめて今だけは、お前の華奢な手だけでも手中に収めることを許してくれ。
まだ俺の中には「高杉君のチェロ好きだよ」と言ってくれた、お前の真っ直ぐな眼差しが輝いているから――。
◇
次第に増えてくる周りの敵の影。
前を走る日向君がスコップを使って近づくメストを撃退しながら、私の手を引き駆け抜ける。息が上がって苦しいけれど、右手から伝わってくる彼の温もりに浮かされて、どれだけでも走れる気がした。
「ッオラ!」
なんという見事な剣捌き――ならぬ、スコップ捌き。敵に当たるたび、洞窟内には聞き慣れない鈍い音が響く。
でも両側から闇犬が一斉に飛び掛かってくると、流石に彼は「ちょっと離すぞ」と言って私の手を解放した。両腕でスコップを大きく振った彼は、カウンター攻撃を交えて鮮やかに闇犬を撃破。しかし間髪入れず、後方から三人のメストが剣を掲げて飛び込む。
私は咄嗟に、反対の手で握っていたランタンの照度を最大にし、迫りくるメストに突き出した。
「ぐ……ッ、目っがぁ……!」
「っぎゃぁあ!」
強い光に彼らは目を押さえて後退する。思った以上の効果を発揮して自分でも少し驚いてしまった。もしかして、夕方以降にしかメストが現れないのは、光が関係しているのだろうか? そうなら洞窟内が薄暗いままなのも納得できる。
「ははっ、やるじゃねぇか!」
そう言って彼は不敵な笑みを浮かべると、再び私の手を取って走り始めた。日向君の頭には地図が完璧に入っているのか、彼は迷うことなく枝分かれする坑道を突き進んだ。
足音は剥き出しの岩肌へと吸収され、段々と音の響きが鈍くなってくるのを感じる。緩やかな下りで地下へ向かっているからだろう。
スコップとランタンのダブル攻撃を繰り出しながら、更に200メートルほど進んだ頃だ。突き当りで一層暗闇に包まれてる空間が見えてきた。
恐らく、その先が私たちの目指す場所。行かなきゃいけないのは分かっているけど、まるで全てを飲み込むブラックホールのように見え、思わず右手を強く握った。
刹那、ふわりと急に体が軽くなる。
そして右手にあった温もりと懐かしい香りが、全身を包んだ。
「飛び込むぞ……!」
さっきまでより耳元に近い場所から日向君の声が聞こえて、抱えられていることを悟った。高く飛び上がった彼の腕から落ちないよう、首筋にしがみつく。
着地後、飛び込みの勢いを殺すように足を滑らせて、彼は停止した。ランタンの明かりで見える範囲よりも広い空洞の中で、聞こえるのは自分と日向君の荒い息遣いだけ。しばらくして彼は慌てて私を解放した。
「……急に悪かったな」
「ううん!? あっ、ありがとう」
ランタンからお互いに顔を背けて会話する。暗くて良かった、いま顔を見られたら恥ずかしいから。
でも、ここは敵地の中枢。そんなほんのりと甘い余韻が長く続くはずもない。
突然に暗闇の一点に小さな炎が上がり、その両隣に同じように炎が上がると、リレーのように壁際を一周した。洞窟を縁取るように環状に並べられた松明へ火が灯ったのだ。
幕が上がったように広がる視野。そこで初めてメストの集団に取り囲まれていることを知った。怪しい笑みを浮かべる者、敵意を剥き出しにして興奮する者、涎を垂らして指示を待ちわびる闇犬――その全員の視線が、私たちに注がれている。
「くっ……!」
日向君が私を背後に回して周囲を睨みつけた。
ここまで
わざと武器を使ってこなかった私たちだけど、流石にこの数をスコップとランタンで相手にはできない。
万事休す……、そう思った時。
「ようこそ、金剛玄洞へ。国守護楽団の総長和泉。そして日向国首領の日向」
頭上から落ちてきた声に導かれ、私たちは振り向く。
その先に見たのは、右目を長い前髪で覆い隠した男の人だった。