金剛玄洞に侵入して以降、入口付近で徘徊する手下たちを散らしながら、奥へと続く道を走っていた私と日向君。でもあまりの数の多さに、通路の一角に隙間を見つけた日向君が、私をその中へと引きずり込んだ。
悲鳴を上げそうになったけど、彼の手によって口が塞がれ押し黙る。近くを騒々しく捜索する手下たちの声や足音は、やがて小さくなり消えていった。
「……どうやら奴らも、ここの地形を全て把握はしてねぇようだな」
そう言いながら日向君は、色んな意味で緊張しまくりの私を解放した。走ったせいなのか何なのか、身体がとにかく熱い。
滑り込んだ空間は少し狭いけど、二人で座り込んでも余裕があるくらいだった。彼は騒ぎが落ち着くまでここで待機しようと言う。……私の心臓、持つかな。
洞窟の中は明かりがほとんどない。それを見越して、私たちはキャンプなどで使う調光式のランタンを用意していた。身を潜める今は一番低い明るさにしているけど、手元に光があるだけで安心感がある。
そんな呑気な考えで気を紛らわす私の隣で、日向君はスマホと睨めっこ中だ。画面に映っているのは洞窟の内部を展開する地図。アジトが判明した時、武蔵さんと和矢君はこの場所についても調べてくれていた。
二人によるとこの洞窟は、古くに金剛砂の採掘が行われていた場所だという。入り口の崩落がきっかけで封鎖されて以来、長きに渡って人々の記憶から忘れ去られ、地元でも存在を知る人はいないそうだ。
誰も近づく者がいなければ、アジトとして潜伏するには打ってつけだろう。入り口の崩落だけなら、既に封印した
羽などの力によって補修できるし、中はそのまま活用できる洞穴の宝庫なのだから。
その古い地図を武蔵さんが入手してくれたお陰で、私たちは安心して進める……というわけ。
それにしても恐ろしいまでの情報収集力。何か悪いことをしていないだろうか、と不安になるレベルだ。
――不安、といえば。
「……安芸君と近江君、大丈夫かな」
数刻前に別れた二人のことを思い、呟く。
安芸君は戦略家だし、近江君の腕は確かだ。私が心配する必要なんてないのは分かっているけど、身を案じられずにはいられない。
「あぁ、今頃上手くやってんだろ」
「でもっ、今日の安芸君なんか変っていうか……。元気がないっていうか」
別れる前の、安芸君の不自然な行動が脳裏に浮かぶ。あれは私を心配していると思えばそれまでだけど、何かが違う気もした。昨日の彼には余裕すら感じたのに、今日はどこか切羽詰まっていると言ったらいいのか。
するとそれまでスマホと向き合っていた日向君が、その手を止めて切れ長の瞳で私を見つめた。薄明りのせいか、クールな雰囲気がいつもより際立っている。
「……お前、安芸のことどう思ってんだよ」
それはまさに、思ってもいない問いだった。一瞬どうゆう意味か分からず、私と彼の間に沈黙が訪れる。
「えっ? ど、どうって?」
「だって、やけに気にかけてるじゃねぇか。……ま、聞くまでもねぇか。お前ら仲いいし、デュオだって組んでるもんな」
「ちっ、ちが……! 私と安芸君はそんな関係じゃ……ッ」
とんでもない勘違いをされているようで、体中の熱が顔面に集まる。確かに仲はいいほうだと思う。気がつくと一緒にいるし、話してるとすごく楽しいし、お茶の趣味だって合う。でも彼が良くしてくれるのは、私が総長であり〝僕が
和泉を守る〟という約束を果たしてくれているからに他ならない。さっきの抱擁はその象徴だろう。
今朝のことだってそうだ。実は私たちは、今朝も楽団の練習にちゃんと顔を出している。それを中退して今ここにいられるのも安芸君のお陰だった。
練習開始前、彼は団長に「次のコンサートで、ルミナス・カルテットに演奏させてほしい」という相談を持ち掛けた。団長は青天の霹靂だったに違いない。大阪城で一躍人気を博した私たちをもっとPRしたい団長だけど、日向君の逆鱗に触れ禁止されてしまったから。
それが解禁されたも同然であり、彼は喜んで承諾した。
――安芸君の掌の上で転がされているとも知らずに。
<でしたら今日から毎週日曜は、僕たちの練習のために中退させて頂けませんか? 春休みも終わったので、僕たちも休日しか集まれないんです。土日のうち日曜だけでも譲っていただければ、最高の演奏を披露します>
〝ルミナス・カルテット〟の再演が待ち遠しい団長は、もう首を縦に振るしかない。そんなわけで私たちは反感を買うことなく、練習を抜け出すことに成功した。しかも彼は毎週日曜に時間が取れるようにも仕向けたのだ。……コンミスが毎週不在なのは申し訳ないけれど。
でも安芸君にとってルミナス・カルテットは特別だったはず。口実の材料になんてしたくなかっただろう。そう聞くと、彼は苦笑してこう言った。
『気にしないで。僕が組んだのは〝和泉のためのカルテット〟なんだからさ。それにまた演奏できるチャンスが増えたなら本望だよ』
これに対し私は「ありがとう」と「そうだね」しか返せなかった。
まるで彼が奏でるクラリネットの音色のように、柔らかく、それでいて芯の強い優しさで包んでくれる安芸君。もし彼に想われる
女性がいるなら、その人は幸せだと思う。
でも今の彼は、自ら課した〝
和泉のため〟という枷に縛られているだけなんだ。その優しさに私が甘えていることも否定できない。
「安芸君は私にとって大切な
仲間だよ。だからこそ……彼が私のために危険なことを考えているなら、そうならないよう私も彼のために何かしたい! ねぇ日向君、何か知ってるなら教えて?」
私の主張に日向君は押し黙ると、再び視線をスマホに落としてしまった。
サラサラの前髪が被さり、薄暗さも相まって表情は分からない。
「……やっぱ、――――――だな」
地図を操作しながら彼は何かを呟いたけれど、私には聞き取れなかった。
「え、何……?」
「何でもねぇ。安心しろ、アイツはお前が心配するようなことはしねぇよ。それより今は自分の――」
「いたぞ! あそこだ!!」
会話を裂いて飛び込んできた叫び声に、私たちは弾かれるように顔を上げる。そこで声に反応した捜索隊が続々と集まるのを目にし、日向君は小さく舌打ちした。