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10-2

ー/ー



 F3(ファ)A3()の音が回収できる周波数まで低下し、その作業に追われていた時だった。部屋の入り口である洞穴の外が騒がしくなったかと思えば、血相を変えて全力で走る手下が私の元へ転がり込んできた。

「あああああ暗里様ぁ~~ッ!」
「何事だ、騒々しい」

 音を回収する装置『ブレッサー』を起動しながら、私はその手下を見下ろした。汗だくで汚い顔が余計に醜い。

「こここっ、こくっ、こくす……ッ」
「落ち着け、喚くだけの無能なら切り捨てるぞ。忙しいから、さっさと用件を言え」

 私に冷たく睨みつけられた手下は「ハヒっ!」と妙な声を上げて気合いを入れ直し、胸を反らして背筋を伸ばし、改めて報告を始めた。

「こっ、国守護楽団の和泉・日向の二名が、この金剛玄洞に潜入した模様です……ッ! すぐに応援部隊を送りましたが、現在対象を見失い内部を捜索中であります!!」
「……何?」

 それは予想外の事態だった。私を含め、近くで助手をしていた側近の男女もピクリと反応を示し、周りの下僕どもはあたふたと喚き始める。

 ここに潜入した、だと? 奴ら、どうやってここを突き止めたのだ。この場所を知っている人間は、今や誰もいないはず。確かにあちらには頭のキレる輩が何人かいるが……、その腕を甘く見すぎていたか。
 侵入したのが和泉と日向だけというのも妙だ。奴らは前世と同様、安芸と近江を含めた四人で常に行動していると聞く。あとの二人は一緒ではないのか? それに他の輩どもだって。

 ……いや、私こそ落ち着くのだ。何人で来たとて、ここは私のテリトリー。和泉は黒使様の獲物ゆえ捕らえるとして、あとは全員返り討ちにしてやれば良いだけの話。
 しかし、ノコノコ殺されに来るほど命知らずではあるまい。何か我々を欺く策があるはずだ。

 面白い、受けて立とうではないか。タイミングは悪いが、これは寧ろチャンスとして有り難く利用してやろう。奴らから直接()()()の秘密を暴き、アレを利用するために――。

「潜入されただと? 偵察部隊からの報告は何もないぞ! 一体何をしていたのだ!?」

 こちらが珍しく冷静に考察しているというのに、私の変わりと言わんばかりにある人物の怒号が洞窟内に響き渡った。臙脂(えんじ)色のポニーテールを振り乱すその声の主は、手下を蹴飛ばしそのまま暴行を加え始める。まったく、美女が台無しの形相だ。

「ヒィイイイッ! ()様、お許しを……あんぎゃぁあッ!」

 手下は悲鳴を上げるも、抵抗することはない。徴と呼ばれた彼女は私の側近で、五音衆の一人であり彼よりも格上。刃向かったところで命が早く消えるだけである。
 徴は散々痛めつけた後、鋭い眼光で彼を見下ろした。左目は長い前髪で覆われているため、睨みつけているのは右目のみだが、それでも十分震え上がるような圧力だ。

 そんな様子を見て、もう一人の側近の男が肩を竦めて溜め息を吐いた。

「暴力は止めてあげなよ、チーちゃん。それに彼、偵察の者じゃないよ」
(きゅう)は黙ってろ! あと〝チーちゃん〟はヤメロと言ってるだろッ!」

 美女だというのに男勝りな口調で喚く徴より、ニコニコと話す宮のほうが余程女らしい、と思うのは私だけか。
 だが優男と思って侮るなかれ。この宮こそ五音衆で最強の男……今のところは、私の右腕である。

 宮は満面の笑みを浮かべたまま、徴に転がされた手下の前へしゃがんだ。そして徴とは逆の左だけ露わになった狐目で、彼をじーっと見下ろす。手下の顔は無残に腫れ上がり、元の容姿が分からなくなっていた。

「でも君、確かに何のための偵察かな? トイレにでも行っていたのかな?」
「ふぇっ、ふぇえ……。しょれが、先日(ふぇんじつ)より偵察部隊(てーひゃつぶふぁい)からの連絡が(ひょ)絶えてふぉりまして……、(やひゅ)らの様子が全く(まっひゃふ)――」
「ふーん、そっかそっか~」

 何言っているかほぼ分からない手下の説明を、一見すると親身に聞いている宮。だが、彼が話を最後まで聞くことはなかった。
 「無能」と言わんばかりに、宮は彼の身体を一瞬にしてバラバラに刻み、血飛沫で地面を真っ赤に染め上げた。徴に暴力はやめろと言っておいて、自ら八つ当たりで斬り殺すとはな。

 目にも止らぬ刀捌きは流石だ。正直、ここを汚してほしくはなかったが。

 キンと腰の鞘に光る鈍色の刀を納めると、宮は私へ丁寧に頭を下げた。濡羽(ぬれば)色の前下がりにカットされた髪が、さらりと目元を滑る。

「申し訳ございません、暗里様。ここは我にお任せください、すぐに奴らを片付けて参ります」
「はぁ? ズルイぞ宮! この私がガマンしていたのに先を越すなんて。ならば暗里様、ここは是非私に!」

 身を翻して、宮に対抗するように徴が声を張り上げた。
 ヤル気があるのは大いに結構だが、私は彼女を制す。

「徴。気持ちは分かるが、お前は商を起こしに行ってくれ。和泉たちの相手は宮に行かせる」

 私の一言に宮の口元が緩み、徴は顎が外れたように大口を開いた。

「ほーらね」
「んなっ……!? 何でですか暗里様!!」
「焦るな。あと、私は宮にも戦わせる気などないぞ」

 そう言うと、微笑みを浮べる宮の表情に少しだけ影が宿る。すると今度は徴の口元が嬉しそうに弧を描いた。何だかんだ息ぴったりな二人である。

「まだ奴らにお前たちの手の内を見せる時ではない、よって交戦は禁ずる。奴らをもてなすのは商に任せるのだ。宮は商が向かうまで、和泉たちから情報を引き出せ。奴ら、何か裏があるはずだ」

 私の命令に、宮は渋々承知して一礼する。そして周りの下僕たちに、和泉らを探すことを指示しながら出て行った。

 二人とやりとりする背後で、私がようやく始動したブレッサーに向かって深い溜め息を吐いたことなど、彼らは気づいていないだろう。莫大なエネルギーを吸収する反動で、この反応の鈍さは難点だ。……まるで徴の寝起きのよう。

 さて。折角だ、和泉たちが乗り込んできたことも〝アレ〟に教えてやるとしよう。助けに来たと喜んでくれるか、それとも奴らの身を案じて悲観するか――。
 どちらにしろアレには何も手出しできぬがな。

「商に伝えよ、徴。これがお前の最後のチャンスだと。……最も、マトモに会話ができればの話だが?」

 面白くなさそうに頬を膨らませる徴に笑みを浮べ、私は賑やかな洞穴を後にした。



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 |F3《ファ》と|A3《ラ》の音が回収できる周波数まで低下し、その作業に追われていた時だった。部屋の入り口である洞穴の外が騒がしくなったかと思えば、血相を変えて全力で走る手下が私の元へ転がり込んできた。
「あああああ暗里様ぁ~~ッ!」
「何事だ、騒々しい」
 音を回収する装置『ブレッサー』を起動しながら、私はその手下を見下ろした。汗だくで汚い顔が余計に醜い。
「こここっ、こくっ、こくす……ッ」
「落ち着け、喚くだけの無能なら切り捨てるぞ。忙しいから、さっさと用件を言え」
 私に冷たく睨みつけられた手下は「ハヒっ!」と妙な声を上げて気合いを入れ直し、胸を反らして背筋を伸ばし、改めて報告を始めた。
「こっ、国守護楽団の和泉・日向の二名が、この金剛玄洞に潜入した模様です……ッ! すぐに応援部隊を送りましたが、現在対象を見失い内部を捜索中であります!!」
「……何?」
 それは予想外の事態だった。私を含め、近くで助手をしていた側近の男女もピクリと反応を示し、周りの下僕どもはあたふたと喚き始める。
 ここに潜入した、だと? 奴ら、どうやってここを突き止めたのだ。この場所を知っている人間は、今や誰もいないはず。確かにあちらには頭のキレる輩が何人かいるが……、その腕を甘く見すぎていたか。
 侵入したのが和泉と日向だけというのも妙だ。奴らは前世と同様、安芸と近江を含めた四人で常に行動していると聞く。あとの二人は一緒ではないのか? それに他の輩どもだって。
 ……いや、私こそ落ち着くのだ。何人で来たとて、ここは私のテリトリー。和泉は黒使様の獲物ゆえ捕らえるとして、あとは全員返り討ちにしてやれば良いだけの話。
 しかし、ノコノコ殺されに来るほど命知らずではあるまい。何か我々を欺く策があるはずだ。
 面白い、受けて立とうではないか。タイミングは悪いが、これは寧ろチャンスとして有り難く利用してやろう。奴らから直接|あ《・》|の《・》|術《・》の秘密を暴き、アレを利用するために――。
「潜入されただと? 偵察部隊からの報告は何もないぞ! 一体何をしていたのだ!?」
 こちらが珍しく冷静に考察しているというのに、私の変わりと言わんばかりにある人物の怒号が洞窟内に響き渡った。|臙脂《えんじ》色のポニーテールを振り乱すその声の主は、手下を蹴飛ばしそのまま暴行を加え始める。まったく、美女が台無しの形相だ。
「ヒィイイイッ! |徴《ち》様、お許しを……あんぎゃぁあッ!」
 手下は悲鳴を上げるも、抵抗することはない。徴と呼ばれた彼女は私の側近で、五音衆の一人であり彼よりも格上。刃向かったところで命が早く消えるだけである。
 徴は散々痛めつけた後、鋭い眼光で彼を見下ろした。左目は長い前髪で覆われているため、睨みつけているのは右目のみだが、それでも十分震え上がるような圧力だ。
 そんな様子を見て、もう一人の側近の男が肩を竦めて溜め息を吐いた。
「暴力は止めてあげなよ、チーちゃん。それに彼、偵察の者じゃないよ」
「|宮《きゅう》は黙ってろ! あと〝チーちゃん〟はヤメロと言ってるだろッ!」
 美女だというのに男勝りな口調で喚く徴より、ニコニコと話す宮のほうが余程女らしい、と思うのは私だけか。
 だが優男と思って侮るなかれ。この宮こそ五音衆で最強の男……今のところは、私の右腕である。
 宮は満面の笑みを浮かべたまま、徴に転がされた手下の前へしゃがんだ。そして徴とは逆の左だけ露わになった狐目で、彼をじーっと見下ろす。手下の顔は無残に腫れ上がり、元の容姿が分からなくなっていた。
「でも君、確かに何のための偵察かな? トイレにでも行っていたのかな?」
「ふぇっ、ふぇえ……。しょれが、|先日《ふぇんじつ》より|偵察部隊《てーひゃつぶふぁい》からの連絡が|途《ひょ》絶えてふぉりまして……、|奴《やひゅ》らの様子が|全く《まっひゃふ》――」
「ふーん、そっかそっか~」
 何言っているかほぼ分からない手下の説明を、一見すると親身に聞いている宮。だが、彼が話を最後まで聞くことはなかった。
 「無能」と言わんばかりに、宮は彼の身体を一瞬にしてバラバラに刻み、血飛沫で地面を真っ赤に染め上げた。徴に暴力はやめろと言っておいて、自ら八つ当たりで斬り殺すとはな。
 目にも止らぬ刀捌きは流石だ。正直、ここを汚してほしくはなかったが。
 キンと腰の鞘に光る鈍色の刀を納めると、宮は私へ丁寧に頭を下げた。|濡羽《ぬれば》色の前下がりにカットされた髪が、さらりと目元を滑る。
「申し訳ございません、暗里様。ここは我にお任せください、すぐに奴らを片付けて参ります」
「はぁ? ズルイぞ宮! この私がガマンしていたのに先を越すなんて。ならば暗里様、ここは是非私に!」
 身を翻して、宮に対抗するように徴が声を張り上げた。
 ヤル気があるのは大いに結構だが、私は彼女を制す。
「徴。気持ちは分かるが、お前は商を起こしに行ってくれ。和泉たちの相手は宮に行かせる」
 私の一言に宮の口元が緩み、徴は顎が外れたように大口を開いた。
「ほーらね」
「んなっ……!? 何でですか暗里様!!」
「焦るな。あと、私は宮にも戦わせる気などないぞ」
 そう言うと、微笑みを浮べる宮の表情に少しだけ影が宿る。すると今度は徴の口元が嬉しそうに弧を描いた。何だかんだ息ぴったりな二人である。
「まだ奴らにお前たちの手の内を見せる時ではない、よって交戦は禁ずる。奴らをもてなすのは商に任せるのだ。宮は商が向かうまで、和泉たちから情報を引き出せ。奴ら、何か裏があるはずだ」
 私の命令に、宮は渋々承知して一礼する。そして周りの下僕たちに、和泉らを探すことを指示しながら出て行った。
 二人とやりとりする背後で、私がようやく始動したブレッサーに向かって深い溜め息を吐いたことなど、彼らは気づいていないだろう。莫大なエネルギーを吸収する反動で、この反応の鈍さは難点だ。……まるで徴の寝起きのよう。
 さて。折角だ、和泉たちが乗り込んできたことも〝アレ〟に教えてやるとしよう。助けに来たと喜んでくれるか、それとも奴らの身を案じて悲観するか――。
 どちらにしろアレには何も手出しできぬがな。
「商に伝えよ、徴。これがお前の最後のチャンスだと。……最も、マトモに会話ができればの話だが?」
 面白くなさそうに頬を膨らませる徴に笑みを浮べ、私は賑やかな洞穴を後にした。