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9-11

ー/ー



 サイハイヲ、フルノハ、イズミ――。

 その言葉が、改めて私の身にのし掛かる。
 日向君も深く息を吐き、落ち着いた様子で机の一点を見つめた。

「……分かった、お前の言うとおりだ。俺たちが決めることじゃねぇ」
「仕方ない、最初から武蔵もそう言っていたしな」

 ようやく静かになった犬猿の二人に、安芸君が小さく溜め息を吐く。
 自然と三人の視線が一斉に私へ集まり、緊張で心臓が飛び出そうだった。膝の上に置いた拳へ、無意識に力が込もる。

「というわけで和泉。重荷を背負わせて本当に申し訳ないけれど、君の判断を聞きたい。大丈夫、どんな結論でも僕たちは全力で支援するから」

 危険を回避し、万全を期して見送るか。
 それとも危険を承知で、乗り込むか。
 どちらかの判断を私が下す。

 ――ダメ。私には皆を危険に晒すような選択なんてできない。きっと彼らは自分を犠牲にしてでも、私を守ろうとするはずだから。
 考えただけでも震え上がりそうな結末を想像し、私は「回避」の答えを口にしようとした……、刹那。

<本当に、それでいいの?>

 ……えっ?

 頭の中を誰かの声が響き、反射的に顔を上げた。その時、リビングの一角に置かれた私たちの楽器ケースが目に入った。
 ヴァイオリン、チェロ、クラリネット、ファゴット……どれも私たちの相棒のような存在であり、見事な音楽を奏でてくれる。武器として手放せないことはさて置いても、もはや体の一部なのだ。

 私にとって音楽は、ずっと昔から掛け替えのないもの。それがいつからか音が変化し、果ては消失するという危機に陥っている。現に何もできないままD3()G3()は奪われ、F3(ファ)A3()も時間の問題まで迫っているのだ。

 いま逃げてしまえば、私はまた何もできず、音が奪われ続けるだけ。

 それだけは。
 それだけは、絶対に……嫌だ!

「私は――」

 声が震えそうになるのを堪え、その一声を発する。と同時に、武蔵さんと和矢君の苦労の結晶である補聴器を取り外した。
 守りがなくなった耳へ、発狂しそうな不協和音が容赦なく響き渡る。いずれは三人からも……ううん、この国の人が同じ目に遭うだろう。

「……和泉?」

 安芸君が心配そうに私の名を呼んだ。
 いつだって彼は私のことを案じてくれている。日向君も、近江君だって。彼らを危険な目に遭わせたくない気持ちは今も同じだ。

 でも、ごめんなさい……!

「私は〝音〟を取り返したい。これ以上メストに奪われ続けるなんて絶対に嫌。これがチャンスなら逃げずに戦いたい。今度のコンサートで、補聴器を付けずに皆の()()()()を聞くためにも」

 私の言葉を聞き、三人の目が大きく見開かれる。偉そうに紡ぐ自分が恥ずかしくて、本当は消えたいくらいだ。
 でも私は武蔵さんと別れる時、〝総長であると、もっと自信を持ってお答えできるようになります〟と誓った。資格があるないとかじゃなく、私自身が向き合わなければ何も変わらない。

 だからもっと自覚しなければいけない。総長としてブリッランテを導くことを。
 そして皆にとって大切な音楽を……、大切な人を守ることを――!

「だからごめん、皆。危険かもしれないけど、どうか力を貸して!」

 机に伏すように深々と頭を下げて、自分の決断を叫んだ。
 それは強く、自分が思うより大きく、その願いはリビングに響き渡った。

 しばしの沈黙が訪れる。いたたまれずに固く目を瞑った。

「……そうだな。奪われたモンは、ちゃんと取り返さねぇと」
「言ったはずだよ、和泉。君がどんな判断をしても、全力で支援するって」
「あぁ、一矢報いに行こうぜ」

 三人の声に顔を上げると、オレンジ色の夕日が窓の外から差し込み、穏やかな表情を浮かべる彼らを照らしていた。
 瞬間、張り詰めていた糸が切れたように、安堵と喜びで全身の力が抜けて、泣きたいわけでもないのに涙が零れてしまった。当然、彼らは騒然とするわけで。

「ごっ、ごめん和泉! こんな難しい決断、辛かったよね!?」
「あーあ、安芸が和泉泣かした~」
「ちがっ……! 僕だって困らせたくなかったよッ!」

 近江君に茶化されて、安芸君が狼狽えている。しまった、困らせているのは私のほうだ。

「違うの! 皆が受け入れてくれたから、安心しただけ」
「そう……、良かった」

 私の弁解を聞き、安芸君が安堵の溜め息を吐いた。そこへ騒いでいる私たちを制するように、日向君の「おい」というテノールが刺さる。

「安心するのは早いぜ、乗り込むなら相当の対策を練らねぇと」

 どちらかと言えば反対派だった彼だから、万全にという意識は変わらないのだろう。けど、それを否定する声は上がらなかった。

「もちろん、そのつもりさ。ノコノコ()られに行く気は最初からないよ」
「なら、ここからは作戦会議だな。今日は長くなるぜ?」

 不敵に笑う彼らの表情に、私も頬を叩いて気合いを入れ直した。
 そこからは私も会議へ参加するために、母に遅くなることを連絡し、私たちは20時ぐらいまで意見を出し合い論じた。途中、安芸君が武蔵さんに経過を報告し、彼からも助言を得ることができた。

 話し合いの結果、動くなら早いほうがいいと、実行は早速明日に決まった。


 ――そしていよいよ、運命の日がやって来る。




「――えぇ、そうです。行くことに決めたようですよ、彼女たち」

 スタジオの片隅で、アジト探索に大きく貢献した天才少年と話す僕。受話器の向こうからは納得するような、でも彼女たちの身を案じるような複雑な声色の返事が聞こえました。
 安芸君から受けた報告を一通り共有し、夜も遅いので僕は早めに電話を切り上げました。ツーツーという通信が切れた時の僅かな音が、静まり返ったスタジオではよく聞こえます。

 まぁ、行くだろうとは思っていましたけど。
 まさか明日に乗り込もうとは……。

 とりあえず、安芸君たちは言いつけを守って鍛錬に励んでいるようですし、僕からも助言はしました。でも心配がないといえば、それは嘘になりますね。
 和泉ちゃんは総長として、素晴らしい決断をしてくれました。なら僕も自らに課す〝彼らを死なせない〟という使命を果たさないと。

「さぁて、僕たちはどうしましょうか。……ねぇ、じゅ~ん君?」

 スパルタ修行で伸びている金髪の青年を見下ろし、僕は独り言ちるのでした。



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 サイハイヲ、フルノハ、イズミ――。
 その言葉が、改めて私の身にのし掛かる。
 日向君も深く息を吐き、落ち着いた様子で机の一点を見つめた。
「……分かった、お前の言うとおりだ。俺たちが決めることじゃねぇ」
「仕方ない、最初から武蔵もそう言っていたしな」
 ようやく静かになった犬猿の二人に、安芸君が小さく溜め息を吐く。
 自然と三人の視線が一斉に私へ集まり、緊張で心臓が飛び出そうだった。膝の上に置いた拳へ、無意識に力が込もる。
「というわけで和泉。重荷を背負わせて本当に申し訳ないけれど、君の判断を聞きたい。大丈夫、どんな結論でも僕たちは全力で支援するから」
 危険を回避し、万全を期して見送るか。
 それとも危険を承知で、乗り込むか。
 どちらかの判断を私が下す。
 ――ダメ。私には皆を危険に晒すような選択なんてできない。きっと彼らは自分を犠牲にしてでも、私を守ろうとするはずだから。
 考えただけでも震え上がりそうな結末を想像し、私は「回避」の答えを口にしようとした……、刹那。
<本当に、それでいいの?>
 ……えっ?
 頭の中を誰かの声が響き、反射的に顔を上げた。その時、リビングの一角に置かれた私たちの楽器ケースが目に入った。
 ヴァイオリン、チェロ、クラリネット、ファゴット……どれも私たちの相棒のような存在であり、見事な音楽を奏でてくれる。武器として手放せないことはさて置いても、もはや体の一部なのだ。
 私にとって音楽は、ずっと昔から掛け替えのないもの。それがいつからか音が変化し、果ては消失するという危機に陥っている。現に何もできないまま|D3《レ》と|G3《ソ》は奪われ、|F3《ファ》と|A3《ラ》も時間の問題まで迫っているのだ。
 いま逃げてしまえば、私はまた何もできず、音が奪われ続けるだけ。
 それだけは。
 それだけは、絶対に……嫌だ!
「私は――」
 声が震えそうになるのを堪え、その一声を発する。と同時に、武蔵さんと和矢君の苦労の結晶である補聴器を取り外した。
 守りがなくなった耳へ、発狂しそうな不協和音が容赦なく響き渡る。いずれは三人からも……ううん、この国の人が同じ目に遭うだろう。
「……和泉?」
 安芸君が心配そうに私の名を呼んだ。
 いつだって彼は私のことを案じてくれている。日向君も、近江君だって。彼らを危険な目に遭わせたくない気持ちは今も同じだ。
 でも、ごめんなさい……!
「私は〝音〟を取り返したい。これ以上メストに奪われ続けるなんて絶対に嫌。これがチャンスなら逃げずに戦いたい。今度のコンサートで、補聴器を付けずに皆の|本《・》|当《・》|の《・》|音《・》を聞くためにも」
 私の言葉を聞き、三人の目が大きく見開かれる。偉そうに紡ぐ自分が恥ずかしくて、本当は消えたいくらいだ。
 でも私は武蔵さんと別れる時、〝総長であると、もっと自信を持ってお答えできるようになります〟と誓った。資格があるないとかじゃなく、私自身が向き合わなければ何も変わらない。
 だからもっと自覚しなければいけない。総長としてブリッランテを導くことを。
 そして皆にとって大切な音楽を……、大切な人を守ることを――!
「だからごめん、皆。危険かもしれないけど、どうか力を貸して!」
 机に伏すように深々と頭を下げて、自分の決断を叫んだ。
 それは強く、自分が思うより大きく、その願いはリビングに響き渡った。
 しばしの沈黙が訪れる。いたたまれずに固く目を瞑った。
「……そうだな。奪われたモンは、ちゃんと取り返さねぇと」
「言ったはずだよ、和泉。君がどんな判断をしても、全力で支援するって」
「あぁ、一矢報いに行こうぜ」
 三人の声に顔を上げると、オレンジ色の夕日が窓の外から差し込み、穏やかな表情を浮かべる彼らを照らしていた。
 瞬間、張り詰めていた糸が切れたように、安堵と喜びで全身の力が抜けて、泣きたいわけでもないのに涙が零れてしまった。当然、彼らは騒然とするわけで。
「ごっ、ごめん和泉! こんな難しい決断、辛かったよね!?」
「あーあ、安芸が和泉泣かした~」
「ちがっ……! 僕だって困らせたくなかったよッ!」
 近江君に茶化されて、安芸君が狼狽えている。しまった、困らせているのは私のほうだ。
「違うの! 皆が受け入れてくれたから、安心しただけ」
「そう……、良かった」
 私の弁解を聞き、安芸君が安堵の溜め息を吐いた。そこへ騒いでいる私たちを制するように、日向君の「おい」というテノールが刺さる。
「安心するのは早いぜ、乗り込むなら相当の対策を練らねぇと」
 どちらかと言えば反対派だった彼だから、万全にという意識は変わらないのだろう。けど、それを否定する声は上がらなかった。
「もちろん、そのつもりさ。ノコノコ|殺《や》られに行く気は最初からないよ」
「なら、ここからは作戦会議だな。今日は長くなるぜ?」
 不敵に笑う彼らの表情に、私も頬を叩いて気合いを入れ直した。
 そこからは私も会議へ参加するために、母に遅くなることを連絡し、私たちは20時ぐらいまで意見を出し合い論じた。途中、安芸君が武蔵さんに経過を報告し、彼からも助言を得ることができた。
 話し合いの結果、動くなら早いほうがいいと、実行は早速明日に決まった。
 ――そしていよいよ、運命の日がやって来る。
「――えぇ、そうです。行くことに決めたようですよ、彼女たち」
 スタジオの片隅で、アジト探索に大きく貢献した天才少年と話す僕。受話器の向こうからは納得するような、でも彼女たちの身を案じるような複雑な声色の返事が聞こえました。
 安芸君から受けた報告を一通り共有し、夜も遅いので僕は早めに電話を切り上げました。ツーツーという通信が切れた時の僅かな音が、静まり返ったスタジオではよく聞こえます。
 まぁ、行くだろうとは思っていましたけど。
 まさか明日に乗り込もうとは……。
 とりあえず、安芸君たちは言いつけを守って鍛錬に励んでいるようですし、僕からも助言はしました。でも心配がないといえば、それは嘘になりますね。
 和泉ちゃんは総長として、素晴らしい決断をしてくれました。なら僕も自らに課す〝彼らを死なせない〟という使命を果たさないと。
「さぁて、僕たちはどうしましょうか。……ねぇ、じゅ~ん君?」
 スパルタ修行で伸びている金髪の青年を見下ろし、僕は独り言ちるのでした。