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9-6

ー/ー



 和泉と武蔵、純が即興演奏をしていた頃。
 俺・安芸・近江の三人は、早朝からとある雑木林の中にいた。

 それぞれで三角形を作るような位置に立ち、手には変化した持ち武器を握っている。俺たちがこれからやることに、本来は実際の武器である必要はない。だが変化(ヴァリエ)中なら受けた負傷はクラシック療法で治癒ができることから、敢えて竹刀などに頼らない実戦を選んだのだ。
 打撃を受けた瞬間の激痛さえ我慢すれば、あとはどうにもなるという力業である。

 三人が各々の出方に留意しており、まだ誰もその一歩を踏み出そうとしない。その場にあるのは只ならぬ緊張感と、対照的な新緑から感じる朝の清々しい空気のみ。

 ――パキ、という小枝を踏む音がどこからか聞こえた。

 刹那。その音に一瞬の気が取られた俺を、二人は見逃さなかった。まずは安芸が俺を目がけて突進を開始。瞬きした直後に奴はもう目の前に迫っていた。得意とするレイピアでの刺突を間一髪に剣の柄で阻止すると、畳みかけて背後から近江の気配を察知した。
 咄嗟にレイピアを振り払い、腰を落として近江のサーベルを回避する。奴の湾曲した刃はそのまま、カウンターを食らわそうとした安芸の右腕の薄皮を僅かに裂いた。しかし流石は安芸、倒れる一歩手前でガラ空きになった近江の胸に、神速の一太刀を浴びせ返す。

 舌打ちする近江に向かって、今度は俺が下からロングソードで一気に切り上げた。奴のサーベルがそれを許すはずもなく、甲高い金属音が静寂の雑木林に響き渡る。
 剣術では一二を争う俺と近江だが、実際それは前世での話だ。俺だって、その功績に傷をつけないよう鍛えているが、正直現世では近江のほうが一枚上手と言えるかもしれねぇ。

 一度剣を払うも、旋回して戻ってくるその刃を再び受ける。
 交差した刃の向こう側で、近江は微かに笑みを浮かべた。

 〝鍛錬〟とはいえ、小馬鹿にされると向かっ腹は立つもので。

「テンメ……ッ!」
「おらおら、どうした。もっと本気でかかってこいよ」

 まんまと挑発に乗らされていたが、俺と近江は揃って急に足を取られ転倒した。犯人はもちろん、頭のキレるアイツだ。

「僕だって負けるつもりはないよ」

 雑木林の腐葉土が舞い、湿った土と枯れ葉の匂いが漂う。状態を低くしたままの安芸が、足技で俺たちをすっ転ばしてきたのだ。更に倒れた大の大人を問答無用で刺そうとする安芸の目には、一切の迷いも見受けられなかった。

 横に転がって回避したが、安芸(コイツ)マジで殺す気じゃねぇだろうな!?

「バ……安芸ッ、危ないだろうが!」
「本気でいくんだろ? 君も今、日向にそう言ってたじゃないか、近江。大丈夫、死なない程度にするさ」

 そう言って不敵な笑みを浮かべながら、安芸は淡々とレイピアで空を八の字に切り裂き、改めて切っ先を前方に向ける構えを取った。コイツの腹黒さは時々マジで笑えねぇから、油断は禁物だ。

 ――あぁ。端から見ればちょっとヤバめの大喧嘩に見えるが、そうじゃねぇ。
 これは正真正銘、修行の一環。

 武蔵との一件で実力の弱さを思い知らされた俺たちは、あの男に〝心体増強(モジュレーション)を使わずとも戦えるよう、強くなりなさい〟と命令されていた。()とはいえ副長だった奴からの指示に、俺たちは素直に従っている。それは他でもない俺たちに『和泉を守る』という使命があるからだ。

 その副長サマは、ここへ来るより早い時間にシェアハウスを尋ねてきて「東京へ帰る」と言い出した。しかもあの、お調子者代表・純を連れていくらしい。奴は商との決着を押しつけることを申し訳ないと話していたが、それより俺たちが心配したのは家賃のことだったから、アイツはかなり消沈していた。……安芸には怒られたが、大事なことだろ。
 確かに武蔵ほどの実力者を失うのは痛手だが、俺たちだって頼ってばかりはいられねぇ。いつまた現れるか分からない商に「貴様らじゃ話にならん」と鼻で笑われないためにも、早急に腕を磨くことが求められている。

 それに――。

〝商……。もう良い、一旦戻ってこい〟

 地に響くようなその声の直前、商を覆い放たれた黒い稲妻が脳裏に蘇る。いずれはあの稲妻を操っているであろう『アンリ』と呼ばれる奴らの指揮官は勿論、復活が阻止できなければ黒使とも戦わなければならない。武蔵にすら勝てない俺たちが、その脅威にどう立ち向かえようか。

 だから生温い修行じゃ意味がねぇ。
 多少危険を冒しても、実戦で経験を積まなければ。

 とはいえ、重症を負えばクラシック療法でも治癒に時間がかかっちまう。俺たちはこの後、楽団の練習が控えているのだ。大怪我を負って支障をきたさないためにも、全力で集中しなければ……最悪、死ぬ。

 俺と近江も再び体勢を整え、互いの動きを警戒した。
 張り詰めた空気が苦しく、思わず息を飲む。

「……来ないのか? なら次も、僕から行くよ……ッ!」
「――――!」

 先ほどと同じように、安芸はまず俺に狙いを定めて突進を仕掛けてきた。素早い動きを苦手とする俺が相手なら、安芸にとって圧倒的に有利だからだ。
 おまけに奴の武器であるレイピアはその細身さ故、剣先が通常の剣と違って()にしか見えず、視界に捉えた時には目前にまで迫っていて恐怖を突きつけた。

 安芸の強みは、この攻撃と反応の速さ。迂闊に大きく振りかぶれば、鋭い突きの餌食となるだろう。ロングソードはレイピアのように、小回りが利かないから厄介だ。

 閃光のように風を切る、華麗な剣捌き。
 反撃を試みても護拳付きの柄(スウェプト・ヒルト)でガードされる始末。

 そんな安芸を斜め後方から斬撃で奇襲したのは、奴と同等の敏捷性を持つ近江。瞬時に身を翻した安芸は寸前でサーベルの刃を交わし、不機嫌に眉を顰めた。
 続けて近江は常に細かいステップを刻み、サーベルを回して絶え間ない連撃を繰り出した。容赦ない猛攻にも怯まず安芸は突きを撃つが、謀ったようにサーベルが力で叩き落としてカット。パワーに劣る安芸の手からレイピアが転げ落ちた。

 瞬間。近江の渾身の回し蹴りが、安芸の脇腹へ突き刺さった。奴は咄嗟に受け身を取ったが、細身の体は軽々と弾き飛ばされ、大木へと勢いよく突っ込んだ。

「ぐぅ……っ!」

 衝撃で飛び立った鳥たちの鳴き声に混じり、安芸の呻き声が響いた。



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 和泉と武蔵、純が即興演奏をしていた頃。
 俺・安芸・近江の三人は、早朝からとある雑木林の中にいた。
 それぞれで三角形を作るような位置に立ち、手には変化した持ち武器を握っている。俺たちがこれからやることに、本来は実際の武器である必要はない。だが|変化《ヴァリエ》中なら受けた負傷はクラシック療法で治癒ができることから、敢えて竹刀などに頼らない実戦を選んだのだ。
 打撃を受けた瞬間の激痛さえ我慢すれば、あとはどうにもなるという力業である。
 三人が各々の出方に留意しており、まだ誰もその一歩を踏み出そうとしない。その場にあるのは只ならぬ緊張感と、対照的な新緑から感じる朝の清々しい空気のみ。
 ――パキ、という小枝を踏む音がどこからか聞こえた。
 刹那。その音に一瞬の気が取られた俺を、二人は見逃さなかった。まずは安芸が俺を目がけて突進を開始。瞬きした直後に奴はもう目の前に迫っていた。得意とするレイピアでの刺突を間一髪に剣の柄で阻止すると、畳みかけて背後から近江の気配を察知した。
 咄嗟にレイピアを振り払い、腰を落として近江のサーベルを回避する。奴の湾曲した刃はそのまま、カウンターを食らわそうとした安芸の右腕の薄皮を僅かに裂いた。しかし流石は安芸、倒れる一歩手前でガラ空きになった近江の胸に、神速の一太刀を浴びせ返す。
 舌打ちする近江に向かって、今度は俺が下からロングソードで一気に切り上げた。奴のサーベルがそれを許すはずもなく、甲高い金属音が静寂の雑木林に響き渡る。
 剣術では一二を争う俺と近江だが、実際それは前世での話だ。俺だって、その功績に傷をつけないよう鍛えているが、正直現世では近江のほうが一枚上手と言えるかもしれねぇ。
 一度剣を払うも、旋回して戻ってくるその刃を再び受ける。
 交差した刃の向こう側で、近江は微かに笑みを浮かべた。
 〝鍛錬〟とはいえ、小馬鹿にされると向かっ腹は立つもので。
「テンメ……ッ!」
「おらおら、どうした。もっと本気でかかってこいよ」
 まんまと挑発に乗らされていたが、俺と近江は揃って急に足を取られ転倒した。犯人はもちろん、頭のキレるアイツだ。
「僕だって負けるつもりはないよ」
 雑木林の腐葉土が舞い、湿った土と枯れ葉の匂いが漂う。状態を低くしたままの安芸が、足技で俺たちをすっ転ばしてきたのだ。更に倒れた大の大人を問答無用で刺そうとする安芸の目には、一切の迷いも見受けられなかった。
 横に転がって回避したが、|安芸《コイツ》マジで殺す気じゃねぇだろうな!?
「バ……安芸ッ、危ないだろうが!」
「本気でいくんだろ? 君も今、日向にそう言ってたじゃないか、近江。大丈夫、死なない程度にするさ」
 そう言って不敵な笑みを浮かべながら、安芸は淡々とレイピアで空を八の字に切り裂き、改めて切っ先を前方に向ける構えを取った。コイツの腹黒さは時々マジで笑えねぇから、油断は禁物だ。
 ――あぁ。端から見ればちょっとヤバめの大喧嘩に見えるが、そうじゃねぇ。
 これは正真正銘、修行の一環。
 武蔵との一件で実力の弱さを思い知らされた俺たちは、あの男に〝|心体増強《モジュレーション》を使わずとも戦えるよう、強くなりなさい〟と命令されていた。|元《・》とはいえ副長だった奴からの指示に、俺たちは素直に従っている。それは他でもない俺たちに『和泉を守る』という使命があるからだ。
 その副長サマは、ここへ来るより早い時間にシェアハウスを尋ねてきて「東京へ帰る」と言い出した。しかもあの、お調子者代表・純を連れていくらしい。奴は商との決着を押しつけることを申し訳ないと話していたが、それより俺たちが心配したのは家賃のことだったから、アイツはかなり消沈していた。……安芸には怒られたが、大事なことだろ。
 確かに武蔵ほどの実力者を失うのは痛手だが、俺たちだって頼ってばかりはいられねぇ。いつまた現れるか分からない商に「貴様らじゃ話にならん」と鼻で笑われないためにも、早急に腕を磨くことが求められている。
 それに――。
〝商……。もう良い、一旦戻ってこい〟
 地に響くようなその声の直前、商を覆い放たれた黒い稲妻が脳裏に蘇る。いずれはあの稲妻を操っているであろう『アンリ』と呼ばれる奴らの指揮官は勿論、復活が阻止できなければ黒使とも戦わなければならない。武蔵にすら勝てない俺たちが、その脅威にどう立ち向かえようか。
 だから生温い修行じゃ意味がねぇ。
 多少危険を冒しても、実戦で経験を積まなければ。
 とはいえ、重症を負えばクラシック療法でも治癒に時間がかかっちまう。俺たちはこの後、楽団の練習が控えているのだ。大怪我を負って支障をきたさないためにも、全力で集中しなければ……最悪、死ぬ。
 俺と近江も再び体勢を整え、互いの動きを警戒した。
 張り詰めた空気が苦しく、思わず息を飲む。
「……来ないのか? なら次も、僕から行くよ……ッ!」
「――――!」
 先ほどと同じように、安芸はまず俺に狙いを定めて突進を仕掛けてきた。素早い動きを苦手とする俺が相手なら、安芸にとって圧倒的に有利だからだ。
 おまけに奴の武器であるレイピアはその細身さ故、剣先が通常の剣と違って|・《点》にしか見えず、視界に捉えた時には目前にまで迫っていて恐怖を突きつけた。
 安芸の強みは、この攻撃と反応の速さ。迂闊に大きく振りかぶれば、鋭い突きの餌食となるだろう。ロングソードはレイピアのように、小回りが利かないから厄介だ。
 閃光のように風を切る、華麗な剣捌き。
 反撃を試みても|護拳付きの柄《スウェプト・ヒルト》でガードされる始末。
 そんな安芸を斜め後方から斬撃で奇襲したのは、奴と同等の敏捷性を持つ近江。瞬時に身を翻した安芸は寸前でサーベルの刃を交わし、不機嫌に眉を顰めた。
 続けて近江は常に細かいステップを刻み、サーベルを回して絶え間ない連撃を繰り出した。容赦ない猛攻にも怯まず安芸は突きを撃つが、謀ったようにサーベルが力で叩き落としてカット。パワーに劣る安芸の手からレイピアが転げ落ちた。
 瞬間。近江の渾身の回し蹴りが、安芸の脇腹へ突き刺さった。奴は咄嗟に受け身を取ったが、細身の体は軽々と弾き飛ばされ、大木へと勢いよく突っ込んだ。
「ぐぅ……っ!」
 衝撃で飛び立った鳥たちの鳴き声に混じり、安芸の呻き声が響いた。