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9-7

ー/ー



 ボールのように弾き飛んだ安芸は、苦しそうに浅い呼吸を繰り返していた。蹴られた脇腹と、打ち付けた背中を負傷したのだろう。顰め面がなんとも痛々しい。
 奴は己を吹っ飛ばした人物を睨み、奥歯を強く噛み締めた。『和泉を守るため』という名目で特訓しているだけに、あっさりと敗れた屈辱の思いが眼光に滲んでいる。

 安芸の様子を見て、吹き飛ばした本人――近江は気まずそうに視線を逸らした。互いに〝本気で〟と挑発し合ったのだから謝ることはしないが、身内を傷つけることは気分の良いものではないのだろう。だが今は、その感情をグッと押し殺している。

 スピードで近江と互角に渡り合っていた安芸に、もはや全速力は期待できない。よってパワーと併せて高い反射神経を持つ近江にとって、アイツは脅威でなくなったわけだ。
 とくれば、次の狙いは当然……。そう思った瞬間、近江の視線が俺へと突き刺さる。

 途端に全身が震え上がった。まさか怖いのか? 安芸を相手にした時も、俺はアイツの気迫に押されていた。こうしてコイツらと剣を交えるのは初めてだが、敵として対峙する親友に圧倒されっぱなしだ。
 ――否。考え方を改めろ、これは武者震いだ。もし近江が本当に敵ならば、仲間を傷つけられて許すはずがねぇ。実戦と捉えて怒りを力に変えるんだ! そう心を奮い立たせ、柄を握る両手に力を込める。

 そうだ。俺にだって、和泉(アイツ)を守る力は……ある!

「はぁあああああッ!」
「おぉおおおおお……ッ!」

 どちらともなく唸り声を上げ、互いの意志がぶつかるかのように踏み込んだ。
 俺は上段から切っ先を頭上で大きく旋回させての振り下ろし、近江は右下からスライドさせるような切り込みで衝突。鈍い金属音を轟かせた後、軽い火花が散った。

 近江が重心を引いたことで剣は離れるが、すぐに奴は前へ乗り出し突きの一撃。湾曲した剣先が肩口を狙って迫る。しかしロングソードを強く右へ引き直したことで、十字の鍔に引っかけて阻止。服の端を裂くに留まった。
 やるな、と言わんばかりに近江の目が細められ、俺も微笑を返す。刹那、右足のスネへ近江の蹴りを受け、地味な痛みに思わず後退。だがサーベルが光の弧を描き追撃をしてくる。

 痛みを堪えて歯噛みした俺は、後方へ一歩滑りながら片足で体勢を踏み直した。正面突破してくる近江は、真っ直ぐにサーベルを突き出している。それなら力業で弾き返してやるまでと、右へ大きく振りかぶ――。

「ッ……!?」

 俺の剣は虚しく空を切った。〝突き〟と読んだ切っ先は僅かに揺れ、一歩手前で急停止。近江は華麗にサイドステップへ切り替えた。
 真横へ飛び出た奴は右足を軸に旋回し、刃で俺の背中を強打したのだ。

「あがっ――」

 くそ、フェイントか……! まんまと引っかかっちまった。

 幸い峰打ちにされ胴体が分かれることはなかったが、息もできない衝撃と激痛に襲われた。軽く吹き飛んだ俺は腐葉土の上へ俯せで転がり、酸素を求めて大きく呼吸を繰り返す。あのヤロ、力いっぱい殴りやがって。

「アホか、()の動きを信用しすぎだ。今頃死んでるぞ、日向」

 背後で呆れたように吐き捨てる近江。当然イラッとしたが、その声に荒い呼吸が混ざっているのを俺は逃さなかった。
 安芸との一戦から奴は常に動きっぱなしだ。息が上がるのも無理はねぇ。

 唯一、そこに勝機を見出す。

 なかなか起き上がらない俺を心配したのか、近江の足音が徐々に近づいてくる。実際、息をするたび背中は悶絶しそうに痛ぇ。
 ギリギリまで引き寄せ……痛みを押し殺して飛び起き、剣の柄で奴の額を打ち抜いた。

「ゴッ……!?」
「おぉおおおッ!」

 皮膚が裂け、近江の顔面に一筋の血が伝う。それでも顔色も変えず、冷静な奴は構えることを忘れなかった。
 罪悪感を振り切るように気合の声を張り、ロングソードの長さを活かした距離で一気に攻める。近江が安芸との戦いで魅せた、息つく間もない連撃だ。しかも俺のは一撃が重く、受ける相手の手首に負担を掛ける。振り回すこっちも体力を消耗するが、持久力だけは負けない自信があった。つまりスタミナ勝負だ。

 反撃の機会を狙う近江だが、なかなか斬撃の構えを見せないのは、手を切られるリスクを懸念しているからだろう。得意のステップにもキレがなくなってきた。この辺が潮時か。

 激戦の末、ついに俺の剛剣がサーベルを叩き飛ばす。それは銀筋を描き、数メートル先の地面へと突き刺さった。

 この機を逃さず、奴の膝へお返しの蹴りを入れ、体勢を崩す。
 ロングソードを左へ構え。
 バックハンドで、風を切る――!

 一瞬、瞳へ敗北の影を映した近江の表情が目に入った。剣は奴の首元を見事に切り裂……くと死んじまうから、直前で止める。
 どうだ、完封だろ? と得意げに見下ろしたが、何故か奴の鋭い眼光に睨まれた。よく見れば、顔面と同じ赤い雫が首にも流れている。

「げっ、悪ぃ!」
「……お前、ブチ殺されたいのか?」

 悍ましい言葉を吐く近江。終わったと思ったのに、一気に緊張感が引き戻る。
 だが奴は、すぐに苦笑を浮かべて両手を挙げながら、その場に座り込んだ。どうやら負けを認めてくれたらしい。

 午前9時。鍛錬として始まった同士との戦いは、無事に終局を迎えた。
 何より大きな怪我がなかったことに、俺は安堵の溜め息を吐く。次は真剣じゃなくて、ダミーを使うことにしよう。手加減が難しすぎる。

 かなり濃い試合だったが、開始からまだ1時間ほどしか経っていなかった。これなら楽団の練習までに治癒の時間も十分あるだろう。場所を移動しようと近江に提案し、大木の麓で座りっぱなしの安芸にも声をかけた。
 すると安芸は返事をしたが、動こうとした瞬間に苦痛の表情を浮かべた。もしかして、コイツは重症なんじゃ……。

「安芸、大丈夫か?」

 不安になりアイツの目の前でしゃがむ。
 ――と。

「!?」

 急に視界が反転し、気づいたらまた腐葉土に転がされていた。顎が痛く、頭がクラクラする。……何が起こった?
 霞んだ景色にキラリと湾曲の切っ先が映る。それは〝安芸の傍に突き刺さっていた〟近江のサーベル。

「これで僕の勝ちだね、日向」

 そう言って安芸は満面の笑顔を浮かべた。


 ――やっぱ、真剣で鍛錬なんてするもんじゃねぇ。



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 ボールのように弾き飛んだ安芸は、苦しそうに浅い呼吸を繰り返していた。蹴られた脇腹と、打ち付けた背中を負傷したのだろう。顰め面がなんとも痛々しい。
 奴は己を吹っ飛ばした人物を睨み、奥歯を強く噛み締めた。『和泉を守るため』という名目で特訓しているだけに、あっさりと敗れた屈辱の思いが眼光に滲んでいる。
 安芸の様子を見て、吹き飛ばした本人――近江は気まずそうに視線を逸らした。互いに〝本気で〟と挑発し合ったのだから謝ることはしないが、身内を傷つけることは気分の良いものではないのだろう。だが今は、その感情をグッと押し殺している。
 スピードで近江と互角に渡り合っていた安芸に、もはや全速力は期待できない。よってパワーと併せて高い反射神経を持つ近江にとって、アイツは脅威でなくなったわけだ。
 とくれば、次の狙いは当然……。そう思った瞬間、近江の視線が俺へと突き刺さる。
 途端に全身が震え上がった。まさか怖いのか? 安芸を相手にした時も、俺はアイツの気迫に押されていた。こうしてコイツらと剣を交えるのは初めてだが、敵として対峙する親友に圧倒されっぱなしだ。
 ――否。考え方を改めろ、これは武者震いだ。もし近江が本当に敵ならば、仲間を傷つけられて許すはずがねぇ。実戦と捉えて怒りを力に変えるんだ! そう心を奮い立たせ、柄を握る両手に力を込める。
 そうだ。俺にだって、|和泉《アイツ》を守る力は……ある!
「はぁあああああッ!」
「おぉおおおおお……ッ!」
 どちらともなく唸り声を上げ、互いの意志がぶつかるかのように踏み込んだ。
 俺は上段から切っ先を頭上で大きく旋回させての振り下ろし、近江は右下からスライドさせるような切り込みで衝突。鈍い金属音を轟かせた後、軽い火花が散った。
 近江が重心を引いたことで剣は離れるが、すぐに奴は前へ乗り出し突きの一撃。湾曲した剣先が肩口を狙って迫る。しかしロングソードを強く右へ引き直したことで、十字の鍔に引っかけて阻止。服の端を裂くに留まった。
 やるな、と言わんばかりに近江の目が細められ、俺も微笑を返す。刹那、右足のスネへ近江の蹴りを受け、地味な痛みに思わず後退。だがサーベルが光の弧を描き追撃をしてくる。
 痛みを堪えて歯噛みした俺は、後方へ一歩滑りながら片足で体勢を踏み直した。正面突破してくる近江は、真っ直ぐにサーベルを突き出している。それなら力業で弾き返してやるまでと、右へ大きく振りかぶ――。
「ッ……!?」
 俺の剣は虚しく空を切った。〝突き〟と読んだ切っ先は僅かに揺れ、一歩手前で急停止。近江は華麗にサイドステップへ切り替えた。
 真横へ飛び出た奴は右足を軸に旋回し、刃で俺の背中を強打したのだ。
「あがっ――」
 くそ、フェイントか……! まんまと引っかかっちまった。
 幸い峰打ちにされ胴体が分かれることはなかったが、息もできない衝撃と激痛に襲われた。軽く吹き飛んだ俺は腐葉土の上へ俯せで転がり、酸素を求めて大きく呼吸を繰り返す。あのヤロ、力いっぱい殴りやがって。
「アホか、|俺《敵》の動きを信用しすぎだ。今頃死んでるぞ、日向」
 背後で呆れたように吐き捨てる近江。当然イラッとしたが、その声に荒い呼吸が混ざっているのを俺は逃さなかった。
 安芸との一戦から奴は常に動きっぱなしだ。息が上がるのも無理はねぇ。
 唯一、そこに勝機を見出す。
 なかなか起き上がらない俺を心配したのか、近江の足音が徐々に近づいてくる。実際、息をするたび背中は悶絶しそうに痛ぇ。
 ギリギリまで引き寄せ……痛みを押し殺して飛び起き、剣の柄で奴の額を打ち抜いた。
「ゴッ……!?」
「おぉおおおッ!」
 皮膚が裂け、近江の顔面に一筋の血が伝う。それでも顔色も変えず、冷静な奴は構えることを忘れなかった。
 罪悪感を振り切るように気合の声を張り、ロングソードの長さを活かした距離で一気に攻める。近江が安芸との戦いで魅せた、息つく間もない連撃だ。しかも俺のは一撃が重く、受ける相手の手首に負担を掛ける。振り回すこっちも体力を消耗するが、持久力だけは負けない自信があった。つまりスタミナ勝負だ。
 反撃の機会を狙う近江だが、なかなか斬撃の構えを見せないのは、手を切られるリスクを懸念しているからだろう。得意のステップにもキレがなくなってきた。この辺が潮時か。
 激戦の末、ついに俺の剛剣がサーベルを叩き飛ばす。それは銀筋を描き、数メートル先の地面へと突き刺さった。
 この機を逃さず、奴の膝へお返しの蹴りを入れ、体勢を崩す。
 ロングソードを左へ構え。
 バックハンドで、風を切る――!
 一瞬、瞳へ敗北の影を映した近江の表情が目に入った。剣は奴の首元を見事に切り裂……くと死んじまうから、直前で止める。
 どうだ、完封だろ? と得意げに見下ろしたが、何故か奴の鋭い眼光に睨まれた。よく見れば、顔面と同じ赤い雫が首にも流れている。
「げっ、悪ぃ!」
「……お前、ブチ殺されたいのか?」
 悍ましい言葉を吐く近江。終わったと思ったのに、一気に緊張感が引き戻る。
 だが奴は、すぐに苦笑を浮かべて両手を挙げながら、その場に座り込んだ。どうやら負けを認めてくれたらしい。
 午前9時。鍛錬として始まった同士との戦いは、無事に終局を迎えた。
 何より大きな怪我がなかったことに、俺は安堵の溜め息を吐く。次は真剣じゃなくて、ダミーを使うことにしよう。手加減が難しすぎる。
 かなり濃い試合だったが、開始からまだ1時間ほどしか経っていなかった。これなら楽団の練習までに治癒の時間も十分あるだろう。場所を移動しようと近江に提案し、大木の麓で座りっぱなしの安芸にも声をかけた。
 すると安芸は返事をしたが、動こうとした瞬間に苦痛の表情を浮かべた。もしかして、コイツは重症なんじゃ……。
「安芸、大丈夫か?」
 不安になりアイツの目の前でしゃがむ。
 ――と。
「!?」
 急に視界が反転し、気づいたらまた腐葉土に転がされていた。顎が痛く、頭がクラクラする。……何が起こった?
 霞んだ景色にキラリと湾曲の切っ先が映る。それは〝安芸の傍に突き刺さっていた〟近江のサーベル。
「これで僕の勝ちだね、日向」
 そう言って安芸は満面の笑顔を浮かべた。
 ――やっぱ、真剣で鍛錬なんてするもんじゃねぇ。