表示設定
表示設定
目次 目次




9-5

ー/ー



 時刻は9時半になろうとしていた。楽団の練習時間が近づく中、私は最後にもう一曲、武蔵さんと演奏をしたいと願った。
 それが叶い私たちは今、武蔵さんと初めて会った時に彼が演奏していたアメイジング・グレイスを合奏している。

 本当は互いに知っているクラシックを……と思ったんだけど、純君が「僕も入れてクダサーイ!」と自身の楽器をここぞとばかりに取り出したのだ。
 彼の持ち楽器は黄金に輝くホルンだった。大きなベルに渦巻状の管が特徴的な、中間音の金管楽器だ。咆哮の如くパワフルな音を作り出す一方で、柔らかく包み込むような音も出せる万能さ故、木管との相性もいい。だから木管アンサンブルに、金管のホルンが仲間入りすることも珍しくない。

 純君と対面した時、彼は楽器を駅のロッカーに入れたと言い、安芸君を戦慄させていた。よって彼の楽器を知ったのは今日が初めてだ。
 そして彼が、楽器演奏はあまり得意でないということも、同時に知った次第。

 それで純君も吹ける曲を模索した結果、アメイジング・グレイスなら……ということで今に至る。主旋律は言わずもがな純君が担当し、先ほどガヴォットを演奏した時のように第2主旋律を武蔵さんが。私はヴァイオリンの重奏を活かして伴奏を引き受けた。
 純君の演奏は楽器を始めたばかりの子が奏でるものに近かったけれど、一生懸命さがすごく伝わってきている。それに応えるように、武蔵さんと私で主旋律が演奏しやすいようサポートしたため、彼はかなり気持ちよさそうにホルンの優しい音を響かせていた。

 演奏が終わると純君は、興奮気味にキラキラとした眼差しを私に向けた。

Bravoooo(ブラヴォーーゥ)! ズーミッ、最高(サイッコー)でしたネ!! こんなに楽しい演奏(プレイ)は初めてデースッ」
「ふふ、それは良かった。私もとても楽しかったよ、純君」

 即興のアレンジだったけれど、純君が喜んでいる姿を見て〝やって良かった〟と私も嬉しくなった。やはり音楽は、皆で楽しんで作り上げるのが一番の醍醐味だ。
 続けて純君は昂ぶる感情を武蔵さんにもぶつけ、もっと演奏したいとワガママを言っていた。当初純君は前世の記憶から、副長である武蔵さんにかなり怯えていたけれど、すっかり打ち解けたようだ。そんな彼らの姿を見て、心の片隅にほんの少しの寂しさが芽生えた。

 今日この後、二人は東京へ帰ってしまうという。
 武蔵さんは経費削減のためだけど、彼と一緒に家出中の純君も連れていくそうだ。

 お父さんと喧嘩をして家を飛び出してきた純君は、なけなしの資金しか持っていなかった。でも彼はまだどうしても兵庫の実家には帰りたくないようで、見かねた武蔵さんが一緒に帰って、ついでに彼を鍛え直すと名乗り出たのだ。確かに商戦を振り返れば、今後の戦いを考えて彼の鍛錬が必須と武蔵さんが懸念するも無理はない。
 本当は家に帰って仲直りしたほうが良いと思うけど……。それは彼次第のことであり、他人が口出しすることではないだろう。幸い純君は19歳で成人済みのため、武蔵さんが未成年者を連れ回すという罪に問われる心配もない。まぁ、実家で捜索願を出されている可能性はあるけれど。

「Oh、楽器演奏がこんなに楽しいと思わなかったネ~。もっと早くやれば良かったヨ」
「大丈夫。これから練習しても、純君なら上手くなれるよ。そしたらほら! ホルンを使ったギャグなんてできるかも」

 それは何気なく冗談交じりに言った軽い提案だった。「ズーミ、それはナイネ~」なんて笑い飛ばされて終わりだと。
 でも予想外に彼は雷を受けたような表情を浮かべ、早歩きで私の元へ寄り両手を掴まれた。

「ズーミ、天才(ジーニアス)ネッ! Why、ナンデ思い付かなかったのでショウ!? なかなか(That was a)ヤルネ(clever move)!」

 興奮のあまりか、純君の言葉にイギリス英語が混じり始める。何を言っているのか分からず苦笑している私を差し置いて、彼は鼻息も荒く更に続けた。

君のアイデアで(I'll give my dream)もう一度(of being a)、芸人の夢に(comedian another go)挑戦するヨ(with your idea)! 僕たちみたいに辛い過去を歩んできた人を(We’ll bring beaming smiles to those who’ve)満面の笑顔にするためにネ(endured hardships like us)!」
「……え?」

 何て言ったの? と問うより早く、純君の英語を理解したらしい武蔵さんが、背後から彼を羽交い締めにして口を塞いでしまった。驚いて藻掻き暴れる純君に構わず、怪しく眼鏡を光らせた青年は、どこか黒いオーラを放ちながら笑顔で彼を制していた。

「はーい、お喋りはそこまでですよ純君。そろそろ新幹線に乗り遅れてしまいますから、我々はこの辺りでお暇しましょう」

 それでもモガモガと声にならない声を発していた純君だけれど、耳元で武蔵さんに何かを囁かれると一瞬で大人しくなった。シュンと唇を尖らせて渋々ホルンの片付けを始める。
 純君の様子を見て軽く溜め息を吐き、武蔵さんは改めて私に向き合い、右手を静かに差し出した。〝別れの握手〟だ。

「またお会いしましょう、和泉ちゃん。商との決着をつけられないのは悔しいですが……、君たちなら大丈夫だと思っています」
「――はい。必ず、私たちで倒します」

 何となく、純君が言ってはいけないことを言って武蔵さんが口止めしたように見えたけれど、気にしないよう私は武蔵さんと握手を交した。純君とは海外らしく軽い抱擁をし合った。
 そして彼らに和矢君たちの時と同じように、封印の矢を小さくした〝転移術(ダル・セーニョ)の矢〟を手渡す。緊急の際、すぐに皆を招集できるように――。

「じゃ、バイバイねズーミ! ホルンのギャグ、楽しみにしててヨ~!」
「日向君たちに、よろしくです~」

 大きく全力で手を振ってくれる彼らに、私も笑顔で応えた。武蔵さんの真っ白な白衣と、純君の朝焼けのような茶金髪がゆっくりと遠ざかっていくのを見送り、私も楽団の練習室へ向かい始める。
 また出会いの後の別れが過ぎていった。でもきっと近い将来、また会える日が来ることだろう。できればその日は最悪の時ではなく、全てが終わって笑顔の集合となれば、そんなに嬉しいことはない。それは私の切なる願いだった。


 ――でも現実はそう甘くないことを、私は痛いほど思い知らされることになる。



スタンプを贈って作者を応援しよう!

次のエピソードへ進む 9-6


みんなのリアクション



おすすめ作品を読み込み中です…



 時刻は9時半になろうとしていた。楽団の練習時間が近づく中、私は最後にもう一曲、武蔵さんと演奏をしたいと願った。
 それが叶い私たちは今、武蔵さんと初めて会った時に彼が演奏していたアメイジング・グレイスを合奏している。
 本当は互いに知っているクラシックを……と思ったんだけど、純君が「僕も入れてクダサーイ!」と自身の楽器をここぞとばかりに取り出したのだ。
 彼の持ち楽器は黄金に輝くホルンだった。大きなベルに渦巻状の管が特徴的な、中間音の金管楽器だ。咆哮の如くパワフルな音を作り出す一方で、柔らかく包み込むような音も出せる万能さ故、木管との相性もいい。だから木管アンサンブルに、金管のホルンが仲間入りすることも珍しくない。
 純君と対面した時、彼は楽器を駅のロッカーに入れたと言い、安芸君を戦慄させていた。よって彼の楽器を知ったのは今日が初めてだ。
 そして彼が、楽器演奏はあまり得意でないということも、同時に知った次第。
 それで純君も吹ける曲を模索した結果、アメイジング・グレイスなら……ということで今に至る。主旋律は言わずもがな純君が担当し、先ほどガヴォットを演奏した時のように第2主旋律を武蔵さんが。私はヴァイオリンの重奏を活かして伴奏を引き受けた。
 純君の演奏は楽器を始めたばかりの子が奏でるものに近かったけれど、一生懸命さがすごく伝わってきている。それに応えるように、武蔵さんと私で主旋律が演奏しやすいようサポートしたため、彼はかなり気持ちよさそうにホルンの優しい音を響かせていた。
 演奏が終わると純君は、興奮気味にキラキラとした眼差しを私に向けた。
「|Bravoooo《ブラヴォーーゥ》! ズーミッ、|最高《サイッコー》でしたネ!! こんなに楽しい|演奏《プレイ》は初めてデースッ」
「ふふ、それは良かった。私もとても楽しかったよ、純君」
 即興のアレンジだったけれど、純君が喜んでいる姿を見て〝やって良かった〟と私も嬉しくなった。やはり音楽は、皆で楽しんで作り上げるのが一番の醍醐味だ。
 続けて純君は昂ぶる感情を武蔵さんにもぶつけ、もっと演奏したいとワガママを言っていた。当初純君は前世の記憶から、副長である武蔵さんにかなり怯えていたけれど、すっかり打ち解けたようだ。そんな彼らの姿を見て、心の片隅にほんの少しの寂しさが芽生えた。
 今日この後、二人は東京へ帰ってしまうという。
 武蔵さんは経費削減のためだけど、彼と一緒に家出中の純君も連れていくそうだ。
 お父さんと喧嘩をして家を飛び出してきた純君は、なけなしの資金しか持っていなかった。でも彼はまだどうしても兵庫の実家には帰りたくないようで、見かねた武蔵さんが一緒に帰って、ついでに彼を鍛え直すと名乗り出たのだ。確かに商戦を振り返れば、今後の戦いを考えて彼の鍛錬が必須と武蔵さんが懸念するも無理はない。
 本当は家に帰って仲直りしたほうが良いと思うけど……。それは彼次第のことであり、他人が口出しすることではないだろう。幸い純君は19歳で成人済みのため、武蔵さんが未成年者を連れ回すという罪に問われる心配もない。まぁ、実家で捜索願を出されている可能性はあるけれど。
「Oh、楽器演奏がこんなに楽しいと思わなかったネ~。もっと早くやれば良かったヨ」
「大丈夫。これから練習しても、純君なら上手くなれるよ。そしたらほら! ホルンを使ったギャグなんてできるかも」
 それは何気なく冗談交じりに言った軽い提案だった。「ズーミ、それはナイネ~」なんて笑い飛ばされて終わりだと。
 でも予想外に彼は雷を受けたような表情を浮かべ、早歩きで私の元へ寄り両手を掴まれた。
「ズーミ、|天才《ジーニアス》ネッ! Why、ナンデ思い付かなかったのでショウ!? |なかなか《That was a》|ヤルネ《 clever move》!」
 興奮のあまりか、純君の言葉にイギリス英語が混じり始める。何を言っているのか分からず苦笑している私を差し置いて、彼は鼻息も荒く更に続けた。
「|君のアイデアで《I'll give my dream》|もう一度《 of being a》|、芸人の夢に《 comedian another go》|挑戦するヨ《 with your idea》! |僕たちみたいに辛い過去を歩んできた人を《We’ll bring beaming smiles to those who’ve》、|満面の笑顔にするためにネ《endured hardships like us》!」
「……え?」
 何て言ったの? と問うより早く、純君の英語を理解したらしい武蔵さんが、背後から彼を羽交い締めにして口を塞いでしまった。驚いて藻掻き暴れる純君に構わず、怪しく眼鏡を光らせた青年は、どこか黒いオーラを放ちながら笑顔で彼を制していた。
「はーい、お喋りはそこまでですよ純君。そろそろ新幹線に乗り遅れてしまいますから、我々はこの辺りでお暇しましょう」
 それでもモガモガと声にならない声を発していた純君だけれど、耳元で武蔵さんに何かを囁かれると一瞬で大人しくなった。シュンと唇を尖らせて渋々ホルンの片付けを始める。
 純君の様子を見て軽く溜め息を吐き、武蔵さんは改めて私に向き合い、右手を静かに差し出した。〝別れの握手〟だ。
「またお会いしましょう、和泉ちゃん。商との決着をつけられないのは悔しいですが……、君たちなら大丈夫だと思っています」
「――はい。必ず、私たちで倒します」
 何となく、純君が言ってはいけないことを言って武蔵さんが口止めしたように見えたけれど、気にしないよう私は武蔵さんと握手を交した。純君とは海外らしく軽い抱擁をし合った。
 そして彼らに和矢君たちの時と同じように、封印の矢を小さくした〝|転移術《ダル・セーニョ》の矢〟を手渡す。緊急の際、すぐに皆を招集できるように――。
「じゃ、バイバイねズーミ! ホルンのギャグ、楽しみにしててヨ~!」
「日向君たちに、よろしくです~」
 大きく全力で手を振ってくれる彼らに、私も笑顔で応えた。武蔵さんの真っ白な白衣と、純君の朝焼けのような茶金髪がゆっくりと遠ざかっていくのを見送り、私も楽団の練習室へ向かい始める。
 また出会いの後の別れが過ぎていった。でもきっと近い将来、また会える日が来ることだろう。できればその日は最悪の時ではなく、全てが終わって笑顔の集合となれば、そんなに嬉しいことはない。それは私の切なる願いだった。
 ――でも現実はそう甘くないことを、私は痛いほど思い知らされることになる。