表示設定
表示設定
目次 目次




最後の商談 さすらいのおっさん

ー/ー



「うぅ〜〜気持ち悪い……」
 俺は今、東京・横芝発の汽船に乗って太平洋上を航行している。昨晩から波に揺られて、船酔いしているところだ。
 秋子曰く近年の汽船は大型化が進み、海上でも船体が安定しやすくなっているとのこと。けれど、その割には船の縦揺れが激しいように思う。
 ……あぁそうだった。俺の後日談、ここで話しておいた方が良さそうだな。それに、船酔いの気持ち悪さが紛れるかもしれない。
 まず結論から言わせてもらうと、俺は入間ホールディング次期社長を辞退した。熟考を重ねたものの、社長というのは俺の性に合わないと思ったからだ。
 それに、親父を弔ったことで俺自身も心の整理がついた。俺の人生は、ここから始まったのだと。
 叔父さんとしては、入間一族が守ってきた会社に他者を介入させたくないという意向があったようだ。けれど、それでは企業として衰退の一途を辿るだけだ。
 叔父さんは苦肉の策として、自身の右腕である岳山氏を次期社長へ据えた。彼は入間不動産時代から叔父さんとつうかあの仲であり、この人選は適任と思われる。
 とにかく、入間一族の将来は全て叔父さんへ一任した。無問題、これでいいのだ。
 これからの人生は、誰の意思にも翻弄されることなく自らの意思で歩んでいく。仕事柄、それでも津々浦々を放浪することに変わりないのだが。
 古都の賑わいを今に伝え、人々を魅了してやまない。天下の商家町であり、そして俺の故郷。その名は埼玉県利根越市。
 ……駄目だ! 気持ち悪さが極限を迎えようとしている!! すまない、ちょっとトイレへに行って来る!!
ーー
 ……さて、気分が良くなったところで甲板へ向かおうか。この絶景、久々に拝みたいところ。
 海面は澄んだエメラルドグリーン。海中の魚達が生き生きと泳いでいるのも容易に視認できる。
 そして、俺の正面には羽馴(はなれ)富士が悠然と(そび)えている。鹿児島の火竜と呼ばれた俺とも、いい勝負になりそうだ。
 ここは本島から片道10時間程の離島で、家族が俺の帰りを待つ街。その名は東京都羽馴島。
「ゆな、あそこにパパがいるよ!」
 港からは、遠目に秋子が指を差しているのが分かった。俺もまた、両手を大振りしながら応える。
「パパぁ、おかえりなさいっ!」
 秋子の傍らには、ゆなの姿も見えた。世界で一番可愛い、俺の愛娘だ。
 俺の帰りを待つ家族がいる。それが今の俺の生き甲斐。 
 人生とはさすらうことであり、そして生き方でもある。
 そう、俺は『さすらいのおっさん』だ!
ー完ー


スタンプを贈って作者を応援しよう!



みんなのリアクション



おすすめ作品を読み込み中です…



「うぅ〜〜気持ち悪い……」
 俺は今、東京・横芝発の汽船に乗って太平洋上を航行している。昨晩から波に揺られて、船酔いしているところだ。
 秋子曰く近年の汽船は大型化が進み、海上でも船体が安定しやすくなっているとのこと。けれど、その割には船の縦揺れが激しいように思う。
 ……あぁそうだった。俺の後日談、ここで話しておいた方が良さそうだな。それに、船酔いの気持ち悪さが紛れるかもしれない。
 まず結論から言わせてもらうと、俺は入間ホールディング次期社長を辞退した。熟考を重ねたものの、社長というのは俺の性に合わないと思ったからだ。
 それに、親父を弔ったことで俺自身も心の整理がついた。俺の人生は、ここから始まったのだと。
 叔父さんとしては、入間一族が守ってきた会社に他者を介入させたくないという意向があったようだ。けれど、それでは企業として衰退の一途を辿るだけだ。
 叔父さんは苦肉の策として、自身の右腕である岳山氏を次期社長へ据えた。彼は入間不動産時代から叔父さんとつうかあの仲であり、この人選は適任と思われる。
 とにかく、入間一族の将来は全て叔父さんへ一任した。無問題、これでいいのだ。
 これからの人生は、誰の意思にも翻弄されることなく自らの意思で歩んでいく。仕事柄、それでも津々浦々を放浪することに変わりないのだが。
 古都の賑わいを今に伝え、人々を魅了してやまない。天下の商家町であり、そして俺の故郷。その名は埼玉県利根越市。
 ……駄目だ! 気持ち悪さが極限を迎えようとしている!! すまない、ちょっとトイレへに行って来る!!
ーー
 ……さて、気分が良くなったところで甲板へ向かおうか。この絶景、久々に拝みたいところ。
 海面は澄んだエメラルドグリーン。海中の魚達が生き生きと泳いでいるのも容易に視認できる。
 そして、俺の正面には|羽馴《はなれ》富士が悠然と|聳《そび》えている。鹿児島の火竜と呼ばれた俺とも、いい勝負になりそうだ。
 ここは本島から片道10時間程の離島で、家族が俺の帰りを待つ街。その名は東京都羽馴島。
「ゆな、あそこにパパがいるよ!」
 港からは、遠目に秋子が指を差しているのが分かった。俺もまた、両手を大振りしながら応える。
「パパぁ、おかえりなさいっ!」
 秋子の傍らには、ゆなの姿も見えた。世界で一番可愛い、俺の愛娘だ。
 俺の帰りを待つ家族がいる。それが今の俺の生き甲斐。 
 人生とはさすらうことであり、そして生き方でもある。
 そう、俺は『さすらいのおっさん』だ!
ー完ー