「ひどいヨ、ムサシ〜。僕を置いてくなんテ〜!」
僕の名を呼んでいた正体が、大荷物を抱えて河川敷へと姿を現しました。小走りで来たのか少々息は荒めで、ほんのりと頬を紅潮させています。
彼がぷぅとその頬を膨らませると茶金の髪色も相まって、頭の中にゴールデンハムスターが浮かんでしまったことは、黙っておきましょう。
「純君……!」
「やっと来ましたか。置いていくも何も、寝坊した君の失態で、僕は待たされていた側なのですが?」
彼の登場で驚いている和泉ちゃんとは対照的に、僕は盛大な溜め息を一吐き。自分の不始末を棚に上げて〝ひどい〟とは心外です。そう言うと純君は、今度は子犬のようにシュンと俯きました。――もはや、小動物にしか見えなくなってきましたねぇ。
まぁ、クラシック療養でモーツァルトを聴いていた効果もあり、疲れのせいもあってすっかり熟睡してしまったようです。その甲斐あってか、彼は疲労と怪我を完治させていました。
ちなみに僕は疲労こそ日頃の鍛錬もあって残ってはいないですが、傷のほうは実はまだ少し痛みが残っているのです。負傷した身体に鞭を打って
心体増強で酷使したのですから、そう簡単に回復するものではありません。
本来なら病院での治療が必要のレベルでしょうが、あいにく時間が惜しいので行く気は毛頭ないです。
あと二日もすれば治りますので、ご心配には及びません。
しかし、痛みを感じさせることなく振る舞っている気丈な僕を、誰かに褒めてもらいたいものですねぇ。
「その荷物ってことは……、もしかして純君も帰っちゃうの?」
「えぇ、彼は長期滞在できるほどの資金を持っていませんし。どうやら、かなり無計画に大阪へ出てきたようです」
ねぇ? と彼を横目に見やれば、純君は肩を跳ね上げてバツが悪そうに顔を顰めました。
「Oh、仕方ないネ~。ダディと
喧嘩して、そのまま飛び出しタンだからサ」
「えっ!? ってことはもしかして、家出……ッ!?」
和泉ちゃんは元々くっきりした大きな瞳を、零れるのではと思うほど更に見開いて純君を凝視。
彼女の言葉に、彼は左右の人差し指を付き合わせて唇を尖らせます。
「だってダディ、オーディションで
失敗した僕ニ『
You lack talent ,so it’s timeto let go of yourdreamof being acomedian . 』ナンテ言うんダヨ? 僕、
家族だけはミカタと思ってたネ」
純君の衝撃発言で呆気に取られている和泉ちゃんは、不安そうに僕の表情を伺いました。まるで〝本当の話?〟と聞いているような視線を受け、僕は言葉が拙い彼の代わりに、昨日
シェアハウスでご一緒した時に聞いた話を彼女に聞かせ始めました。
オーディションに落ち、父親と喧嘩して家を飛び出し、傷心の彼が向かった先は……仲間が待っているであろう、大阪。
そこは、芸人を目指す人なら誰もが憧れる聖地。――無論。純君にとっても、いつかは足を踏み入れたい場所でした。
「……ッ! じゃあ、もしかして純君が近江君の誘いを断ったのって……」
「ソウデース。
大阪には芸人になってカラ来たかったンダ。オーミには悪いと思ったヨ~」
言葉を詰まらせる和泉ちゃんに、純君は肩を落とし自ら答えを述べました。自身の夢を叶えてから堂々と上陸するはずだった地に、やむを得ず彼は向かうしかなかったのです。前世より科せられた、使命を果たすために。
しかし夢を引きずりながら憧れの地を踏んだ純君は、素直に和泉ちゃんの元に向かうことができず、とあるお笑いのライブ会場へ足を運びます。
「本場のお笑い見てきたネ、とても楽しかったヨ。でも、テレビと違ってお客サンの
表情も見られて、ショック受けちゃったンダ。僕のギャグを、あんな風に笑ってもらえたコトはなかったカラ」
純君は補足をしてくれるたび、寂しそうに眉を下げていました。彼のギャグはクセがかなり強いので、好感を持つ人は限定的なのでしょう。
それは彼の父親も例外ではなく、イギリス人をネタにして考えられたギャグであるにも関わらず、笑ってもらえたことは一度もないそうです。
すっかり自信をなくした純君は芸人の夢に蓋をして、ようやく仲間探しを開始しました。幸い翌日には趣味の城巡りをしながら、コンタクトを取っていた近江君の形跡を追い、無事に再会を果たしています。
そこでもまた渾身のギャグを披露しましたがウケず……と話すと、和泉ちゃんは気まずそうに苦笑を浮かべました。
でもその後、落ち込む彼の前に思わぬ救世主が現れます。
――ご察しのとおり、僕です。えぇ、僕はその〝限定的な好感を持つ人〟の一人なのです。
「ムサシは僕のギャグを、オセジじゃなく笑ってくれたんだヨ。だから僕、ムサシみたいな人もいるって信ジテ、やっぱり芸人を諦めたくないネ~」
「……ということでヤル気はあるみたいですが、『僕らに合流した以上、まずはこっちの使命をしっかり果たすこと』と説得して、今に至るわけです」
でも純君は僕へ、なかなか打ち明けられずにいたことが1つありました。
それが〝剣を持ったら人格が変わる〟ということ。
戦闘中、どうやら本人には性格が変わっている自覚があるようですが、剣を握るとどうしても強気になってしまい制御できないそうです。結果、気合いが空回りして上手くいかないことが多いのだとか。それを告白しようか迷っているうちに、商との戦いが始まってしまいました。
クレイモアという大剣を操る体力と筋力はあるのに、技術に難があることは僕もこの目で見ています。……あの衝撃は忘れられませんねぇ。日向君たちは自主的に訓練をしていましたが、彼がそれをしていないことは一目瞭然でしょう。いくら前世で扱えていようと、現在の身体能力は本人の努力次第でしかないのですから。
ならば今後の戦闘に備えて、全速力で鍛える必要があります。
当然、スパルタです。
「随分と前置きが長くなりましたが、つまり何が言いたいのかというと……、僕は
純君と一緒に東京へ帰ります、ってことなんです」
ようやくの結論を笑顔で述べると、それまで小刻みに頷いたり感心しながら聞いていた和泉ちゃんは、目を点にしてポカンと口を開けたのでした。