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9-4

ー/ー



「ひどいヨ、ムサシ〜。僕を置いてくなんテ〜!」

 僕の名を呼んでいた正体が、大荷物を抱えて河川敷へと姿を現しました。小走りで来たのか少々息は荒めで、ほんのりと頬を紅潮させています。
 彼がぷぅとその頬を膨らませると茶金の髪色も相まって、頭の中にゴールデンハムスターが浮かんでしまったことは、黙っておきましょう。

「純君……!」
「やっと来ましたか。置いていくも何も、寝坊した君の失態で、僕は待たされていた側なのですが?」

 彼の登場で驚いている和泉ちゃんとは対照的に、僕は盛大な溜め息を一吐き。自分の不始末を棚に上げて〝ひどい〟とは心外です。そう言うと純君は、今度は子犬のようにシュンと俯きました。――もはや、小動物にしか見えなくなってきましたねぇ。
 まぁ、クラシック療養でモーツァルトを聴いていた効果もあり、疲れのせいもあってすっかり熟睡してしまったようです。その甲斐あってか、彼は疲労と怪我を完治させていました。

 ちなみに僕は疲労こそ日頃の鍛錬もあって残ってはいないですが、傷のほうは実はまだ少し痛みが残っているのです。負傷した身体に鞭を打って心体増強(モジュレーション)で酷使したのですから、そう簡単に回復するものではありません。
 本来なら病院での治療が必要のレベルでしょうが、あいにく時間が惜しいので行く気は毛頭ないです。

 あと二日もすれば治りますので、ご心配には及びません。
 しかし、痛みを感じさせることなく振る舞っている気丈な僕を、誰かに褒めてもらいたいものですねぇ。

「その荷物ってことは……、もしかして純君も帰っちゃうの?」
「えぇ、彼は長期滞在できるほどの資金を持っていませんし。どうやら、かなり無計画に大阪へ出てきたようです」

 ねぇ? と彼を横目に見やれば、純君は肩を跳ね上げてバツが悪そうに顔を顰めました。

「Oh、仕方ないネ~。ダディと喧嘩(ファイト)して、そのまま飛び出しタンだからサ」
「えっ!? ってことはもしかして、家出……ッ!?」

 和泉ちゃんは元々くっきりした大きな瞳を、零れるのではと思うほど更に見開いて純君を凝視。
 彼女の言葉に、彼は左右の人差し指を付き合わせて唇を尖らせます。

「だってダディ、オーディションで失敗(フェイル)した僕ニ『 You lack talent ,(お前には才能が)so it’s time(足りないん)to let go of your(だから、そろそ)dream(ろ芸人)of being a(になる夢)comedian .(を手放せ) 』ナンテ言うんダヨ? 僕、家族(ファミリー)だけはミカタと思ってたネ」

 純君の衝撃発言で呆気に取られている和泉ちゃんは、不安そうに僕の表情を伺いました。まるで〝本当の話?〟と聞いているような視線を受け、僕は言葉が拙い彼の代わりに、昨日シェアハウス(日向君たちの家)でご一緒した時に聞いた話を彼女に聞かせ始めました。

 オーディションに落ち、父親と喧嘩して家を飛び出し、傷心の彼が向かった先は……仲間が待っているであろう、大阪。
 そこは、芸人を目指す人なら誰もが憧れる聖地。――無論。純君にとっても、いつかは足を踏み入れたい場所でした。

「……ッ! じゃあ、もしかして純君が近江君の誘いを断ったのって……」
「ソウデース。大阪(ココ)には芸人になってカラ来たかったンダ。オーミには悪いと思ったヨ~」

 言葉を詰まらせる和泉ちゃんに、純君は肩を落とし自ら答えを述べました。自身の夢を叶えてから堂々と上陸するはずだった地に、やむを得ず彼は向かうしかなかったのです。前世より科せられた、使命を果たすために。
 しかし夢を引きずりながら憧れの地を踏んだ純君は、素直に和泉ちゃんの元に向かうことができず、とあるお笑いのライブ会場へ足を運びます。

「本場のお笑い見てきたネ、とても楽しかったヨ。でも、テレビと違ってお客サンの表情(フェイス)も見られて、ショック受けちゃったンダ。僕のギャグを、あんな風に笑ってもらえたコトはなかったカラ」

 純君は補足をしてくれるたび、寂しそうに眉を下げていました。彼のギャグはクセがかなり強いので、好感を持つ人は限定的なのでしょう。
 それは彼の父親も例外ではなく、イギリス人をネタにして考えられたギャグであるにも関わらず、笑ってもらえたことは一度もないそうです。

 すっかり自信をなくした純君は芸人の夢に蓋をして、ようやく仲間探しを開始しました。幸い翌日には趣味の城巡りをしながら、コンタクトを取っていた近江君の形跡を追い、無事に再会を果たしています。
 そこでもまた渾身のギャグを披露しましたがウケず……と話すと、和泉ちゃんは気まずそうに苦笑を浮かべました。

 でもその後、落ち込む彼の前に思わぬ救世主が現れます。
 ――ご察しのとおり、僕です。えぇ、僕はその〝限定的な好感を持つ人〟の一人なのです。

「ムサシは僕のギャグを、オセジじゃなく笑ってくれたんだヨ。だから僕、ムサシみたいな人もいるって信ジテ、やっぱり芸人を諦めたくないネ~」
「……ということでヤル気はあるみたいですが、『僕らに合流した以上、まずはこっちの使命をしっかり果たすこと』と説得して、今に至るわけです」

 でも純君は僕へ、なかなか打ち明けられずにいたことが1つありました。
 それが〝剣を持ったら人格が変わる〟ということ。

 戦闘中、どうやら本人には性格が変わっている自覚があるようですが、剣を握るとどうしても強気になってしまい制御できないそうです。結果、気合いが空回りして上手くいかないことが多いのだとか。それを告白しようか迷っているうちに、商との戦いが始まってしまいました。
 クレイモアという大剣を操る体力と筋力はあるのに、技術に難があることは僕もこの目で見ています。……あの衝撃は忘れられませんねぇ。日向君たちは自主的に訓練をしていましたが、彼がそれをしていないことは一目瞭然でしょう。いくら前世で扱えていようと、現在の身体能力は本人の努力次第でしかないのですから。

 ならば今後の戦闘に備えて、全速力で鍛える必要があります。
 当然、スパルタです。

「随分と前置きが長くなりましたが、つまり何が言いたいのかというと……、僕は()()()()()()東京へ帰ります、ってことなんです」

 ようやくの結論を笑顔で述べると、それまで小刻みに頷いたり感心しながら聞いていた和泉ちゃんは、目を点にしてポカンと口を開けたのでした。



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「ひどいヨ、ムサシ〜。僕を置いてくなんテ〜!」
 僕の名を呼んでいた正体が、大荷物を抱えて河川敷へと姿を現しました。小走りで来たのか少々息は荒めで、ほんのりと頬を紅潮させています。
 彼がぷぅとその頬を膨らませると茶金の髪色も相まって、頭の中にゴールデンハムスターが浮かんでしまったことは、黙っておきましょう。
「純君……!」
「やっと来ましたか。置いていくも何も、寝坊した君の失態で、僕は待たされていた側なのですが?」
 彼の登場で驚いている和泉ちゃんとは対照的に、僕は盛大な溜め息を一吐き。自分の不始末を棚に上げて〝ひどい〟とは心外です。そう言うと純君は、今度は子犬のようにシュンと俯きました。――もはや、小動物にしか見えなくなってきましたねぇ。
 まぁ、クラシック療養でモーツァルトを聴いていた効果もあり、疲れのせいもあってすっかり熟睡してしまったようです。その甲斐あってか、彼は疲労と怪我を完治させていました。
 ちなみに僕は疲労こそ日頃の鍛錬もあって残ってはいないですが、傷のほうは実はまだ少し痛みが残っているのです。負傷した身体に鞭を打って|心体増強《モジュレーション》で酷使したのですから、そう簡単に回復するものではありません。
 本来なら病院での治療が必要のレベルでしょうが、あいにく時間が惜しいので行く気は毛頭ないです。
 あと二日もすれば治りますので、ご心配には及びません。
 しかし、痛みを感じさせることなく振る舞っている気丈な僕を、誰かに褒めてもらいたいものですねぇ。
「その荷物ってことは……、もしかして純君も帰っちゃうの?」
「えぇ、彼は長期滞在できるほどの資金を持っていませんし。どうやら、かなり無計画に大阪へ出てきたようです」
 ねぇ? と彼を横目に見やれば、純君は肩を跳ね上げてバツが悪そうに顔を顰めました。
「Oh、仕方ないネ~。ダディと|喧嘩《ファイト》して、そのまま飛び出しタンだからサ」
「えっ!? ってことはもしかして、家出……ッ!?」
 和泉ちゃんは元々くっきりした大きな瞳を、零れるのではと思うほど更に見開いて純君を凝視。
 彼女の言葉に、彼は左右の人差し指を付き合わせて唇を尖らせます。
「だってダディ、オーディションで|失敗《フェイル》した僕ニ『 |You lack talent , 《お前には才能が》|so it’s time《足りないん》| to let go of your《だから、そろそ》| dream 《ろ芸人》|of being a 《になる夢》|comedian .《を手放せ》 』ナンテ言うんダヨ? 僕、|家族《ファミリー》だけはミカタと思ってたネ」
 純君の衝撃発言で呆気に取られている和泉ちゃんは、不安そうに僕の表情を伺いました。まるで〝本当の話?〟と聞いているような視線を受け、僕は言葉が拙い彼の代わりに、昨日|シェアハウス《日向君たちの家》でご一緒した時に聞いた話を彼女に聞かせ始めました。
 オーディションに落ち、父親と喧嘩して家を飛び出し、傷心の彼が向かった先は……仲間が待っているであろう、大阪。
 そこは、芸人を目指す人なら誰もが憧れる聖地。――無論。純君にとっても、いつかは足を踏み入れたい場所でした。
「……ッ! じゃあ、もしかして純君が近江君の誘いを断ったのって……」
「ソウデース。|大阪《ココ》には芸人になってカラ来たかったンダ。オーミには悪いと思ったヨ~」
 言葉を詰まらせる和泉ちゃんに、純君は肩を落とし自ら答えを述べました。自身の夢を叶えてから堂々と上陸するはずだった地に、やむを得ず彼は向かうしかなかったのです。前世より科せられた、使命を果たすために。
 しかし夢を引きずりながら憧れの地を踏んだ純君は、素直に和泉ちゃんの元に向かうことができず、とあるお笑いのライブ会場へ足を運びます。
「本場のお笑い見てきたネ、とても楽しかったヨ。でも、テレビと違ってお客サンの|表情《フェイス》も見られて、ショック受けちゃったンダ。僕のギャグを、あんな風に笑ってもらえたコトはなかったカラ」
 純君は補足をしてくれるたび、寂しそうに眉を下げていました。彼のギャグはクセがかなり強いので、好感を持つ人は限定的なのでしょう。
 それは彼の父親も例外ではなく、イギリス人をネタにして考えられたギャグであるにも関わらず、笑ってもらえたことは一度もないそうです。
 すっかり自信をなくした純君は芸人の夢に蓋をして、ようやく仲間探しを開始しました。幸い翌日には趣味の城巡りをしながら、コンタクトを取っていた近江君の形跡を追い、無事に再会を果たしています。
 そこでもまた渾身のギャグを披露しましたがウケず……と話すと、和泉ちゃんは気まずそうに苦笑を浮かべました。
 でもその後、落ち込む彼の前に思わぬ救世主が現れます。
 ――ご察しのとおり、僕です。えぇ、僕はその〝限定的な好感を持つ人〟の一人なのです。
「ムサシは僕のギャグを、オセジじゃなく笑ってくれたんだヨ。だから僕、ムサシみたいな人もいるって信ジテ、やっぱり芸人を諦めたくないネ~」
「……ということでヤル気はあるみたいですが、『僕らに合流した以上、まずはこっちの使命をしっかり果たすこと』と説得して、今に至るわけです」
 でも純君は僕へ、なかなか打ち明けられずにいたことが1つありました。
 それが〝剣を持ったら人格が変わる〟ということ。
 戦闘中、どうやら本人には性格が変わっている自覚があるようですが、剣を握るとどうしても強気になってしまい制御できないそうです。結果、気合いが空回りして上手くいかないことが多いのだとか。それを告白しようか迷っているうちに、商との戦いが始まってしまいました。
 クレイモアという大剣を操る体力と筋力はあるのに、技術に難があることは僕もこの目で見ています。……あの衝撃は忘れられませんねぇ。日向君たちは自主的に訓練をしていましたが、彼がそれをしていないことは一目瞭然でしょう。いくら前世で扱えていようと、現在の身体能力は本人の努力次第でしかないのですから。
 ならば今後の戦闘に備えて、全速力で鍛える必要があります。
 当然、スパルタです。
「随分と前置きが長くなりましたが、つまり何が言いたいのかというと……、僕は|純《・》|君《・》|と《・》|一《・》|緒《・》|に《・》東京へ帰ります、ってことなんです」
 ようやくの結論を笑顔で述べると、それまで小刻みに頷いたり感心しながら聞いていた和泉ちゃんは、目を点にしてポカンと口を開けたのでした。