「……あのね、悠斗」
今言うことではない。そう感じつつも言葉が溢れて止まらなかった。
「うん?」
「中学の卒業式の日。……裏門に呼び出したのも覚えてる?」
あの日、私は誰もいない裏門で彼を待っていた。
けれどやって来た彼は、私の顔を見るなりただ「ごめん」とだけ呟いて去った。
「ああ。覚えてる」
少し強張った彼の顔。やっぱりやめておけばよかった。だからと言って、ここで不自然に話題を変えるわけにもいかない。
「私、あのとき伝えたかったことがあるの。だけど、何も言えなかった。悠斗がすぐに『ごめん』って帰っちゃったから」
「……あれは」
彼が口を開く。
「俺さ、わかってたよ。たぶんお前が何を言いたかったか。でも……、怖かった。自信がなかったんだ」
「何に?」
「お前の気持ちに応える資格が、俺にあるのかってこと」
私は少しの間、彼の目を見つめた。
ガラス越しのように濡れたその瞳に、いろんな感情が混ざって揺れていた。
「私も、呼び出しはしたけどきっと何も言えなかったと思う。……でも今なら言えるよ。悠斗のこと、あのときも今も、……好きだよ」
心臓が跳ねるのがわかった。
言葉は震えていたけれど、それでも私は想い人から目を逸らさなかった。
今言わなければ、これっきり二人で話す機会など来ないかもしれない。四月からは住む場所さえ遠く離れてしまうのだから。
悠斗は一瞬、何かを飲み込むように黙り込む。そして、ゆっくりと頷いた。
「……ありがとう。俺も、たぶんずっと……、気づかないふりしてたけどお前のこと、特別だと思ってた」
時が止まる気がした。
けれどそれは冷たい静止ではなく、どこか温かい、雨が生んだ透明な静寂だった。
「お、雨止みそうだな」
彼が空を見上げた。雲の切れ間から、夕方の光がほんのり差している。
「じゃあ行こう」
「うん……。ねぇ、最後にひとつだけいい?」
「ん?」
私は小さく笑って、手を差し出した。
「また会おうね、ちゃんと。時間が経っても、お互い変わっても。約束ね」
彼は一瞬驚いたように目を丸くしたが、すぐに表情を和らげて、そっと手を重ねてきた。
「ああ、約束する。──東京行っても休みには帰って来るから。連絡する」
その手は少し湿っていて、でもとても温かかった。
あの
梯子を二人で登ったら、そこには何があるのかな?
家までの道を、私たちはゆっくりと歩いた。終わりの足音ではなく、始まりの一歩のように。
空にはまだ雲が残っていたけれど、その向こうには確かに光が差していた。
~END~