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9-1

ー/ー



 和泉に明るく送り出されたものの、俺と安芸の間には無言の冷たい空気が流れていた。コイツが意図して帰宅の相方に俺を選んだことは分かりきっているが、恐らく相手もどう切り出すか腹を探っているのだろう。
 かく言う俺も、堂々といきなり宣言をするほど肝が据わっていない。それに俺はまだ、自分と()()()に向き合う覚悟を決めたばかりだ。

 「なぁ、安芸」と声をかけるべく口を開くが、結局その言葉を飲む。その繰り返しである。

「……バーカ。いつまでそうしてモジモジしてるんだよ」
「ッ、はぁ!?」

 唐突に相手のほうからそんな声がかかり、反射的に食ってかかった。ケンカを買うのだけは得意らしい自分に、我ながら情けないとしか言いようがねぇ。
 隣を歩く安芸の視線がこちらを向く。中性的な可愛らしい顔の中心には深い皺が刻まれており、どう見てもご立腹モードのスイッチが入っていた。

「なにが〝って近江が〟だよ、アイツが『打ち上げしよう』なんて言うわけないだろ。君の後ろで首を振って全力で困惑してたぞ。和泉が見る前にやめたけど」

 ……近江(アイツ)、そんな面白いパフォーマンスを俺の後ろでやってたのか。

「和泉が乗ったから良かったものの、遠慮されたらどうするつもりだったんだよ」
「し、知るかよ! いいじゃねぇか、結果は快諾してくれたんだから」
「ふーん。やっぱり和泉を引き留める口実だったんだ」

 ぐっ……。しまった、完全に誘導尋問に引っかかっちまった。
 しかしこれは多分、安芸なりの精一杯の優しさだ。なかなか自分から言い出せずにいる俺が、コイツの暴言に噛みついて、口を割るキッカケとできるように仕向けたのだろう。それは他ならない、コイツと長年を共にした俺だからこそ分かる。

 和泉に対してなら、そんな意地悪は絶対にやらねぇだろうが、コイツは……荒井安芸とはそうゆう(ヤツ)だ。
 安芸は端から、()()言葉を待っているのだ。

「安芸、俺は」

 その証拠に、そう切り出した俺の顔を、複雑そうな表情を浮かべながらも安芸は真っ直ぐに見つめていた。

「俺はまだ和泉のことを、どう思ってるかは、分からねぇ」
「……あ、そ。」
「けど、もう目の前のアイツから目を反らせたりしない。アイツの声も音も、意思もアイツ自身のものと理解してちゃんと向き合う。お前の言ったとおり、俺もアイツも〝今〟を生きてるんだからよ」

 いつの間にか、シェアハウスに向かっていたはずの俺たちの足取りは止まっていた。男同士が見つめ合うのも変な感じだが、俺は安芸の心の奥底を見抜こうとする鋭い視線を、真っ向から受け止めている。
 俺はコイツのこの視線からも逃げてきた。それももう辞めると伝えるために。

 暫しの沈黙を破ったのは、安芸による盛大な溜め息の調べだった。

「言っておくけど、僕は君に遠慮なんてしないからな。君がどう思おうが、彼女を一番に想っているのは僕だ。引き下がる気も毛頭ない」

 無論、全部承知だ。その気持ちも含めて肯定の返事をすると、安芸は面白くなさそうにプイとそっぽを向いて、また一人で歩き出してしまった。
 言わせておいて、そこで不機嫌になるのかよ……と思い慌てて追いかけたが、横目に見た安芸の表情に、俺は面を食らってしまう。

「……お前、なんで笑ってんだよ」
「は? 笑ってないし」
「いや笑ってただろ」

 そんなガキみたいな攻防を続けながら、俺と安芸はハウスを目指した。打ち上げの食料調達に向かわせたアイツらが帰ってくる前に、会場の準備を終わらせねぇと。
 ――まぁこの後、食い散らかされたキッチンと茶封筒に入った金の意味を理解して、安芸が発狂する恐ろしい時間を迎えるのだが。

 宣言をした今、なんだか肩がスッと軽くなったように感じた。だが俺は、過去の記憶と完全に決別できたわけじゃねぇ。まだ彼女に「日向」と呼ばれると、前世の和泉が一瞬だけ横切る。
 今の俺を支えているのは現世の和泉だが、()()()()()()を支えてくれたのは、紛れもなく前世の和泉である。恐らくこの繋がりはメストとの戦いが終わるまで、切り離すことはできないだろう。俺たちにはまだ〝彼女〟の力が必要なのだから。

 全ての任務を終えた時、俺にとってアイツがどんな存在なのか。
 それを見極めてから俺は初めて、自分の気持ちにケジメをつけられるのだと思う。




「この愚か者めが……!」

 怒号の余韻が消え去るより早く、老体が宙を舞って弾け飛んだ。怒号の声と彼を吹き飛ばした主は、共に私である。

「おっ、お許しください、暗里様」
「調子に乗りおって。武蔵を手中に収めておきながら、何故初手で殺しておかぬのだ。お前であれば、全力を出せば奴一人なら亡き者にできたはず」

 和泉を殺すのは黒使様のご所望である。だから我々はあの女には手を下さない。だが、あの女の守りを固める虫ケラどもは、黒使様の復活までに始末しておかなければ目障りである。特に武蔵は剣術のみならず、頭も相当キレる厄介者。
 商はそれを承知で狙いに行ったにも関わらず、己の力を誇示したいがために戯れで手を抜いた。あの間抜け面したクレイモアの使い手など、最初から商の眼中にはなかったはず。つまり、武蔵を殺すことだけに集中すれば良かったのだ。

「しかし私にはまだ勝機の可能性がございました」
「笑わせるな、封印されかけたくせに。あの状況で貴様に勝機などない」
「ですが何故(なにゆえ)に私を退却させたのですかっ!? 私は滅びることなど惜しくはありません。あのまま奴らごと――」

 キャンキャンと子犬のように吠える商だが、それ以上言葉を発することはなかった。代わりに体の自由を奪われた恐怖と、己の中に送り込まれる謎の力に、首を絞められたような呻き声を上げ始める。

 驚くことではない。私が奴の額辺りを右掌で覆い、奴に新しい力を与えているのである。

「当たり前のことを誇らしく言うな。身を捧げたとて、殺せた虫ケラの数が一匹や二匹では、もう私は満足せぬ」

 暫くして手を引くと、老体が揺らめいて地に伏した。一度に膨大な力を送られて体が悲鳴を上げたのだろう。近くの手下を呼びつけて、地下牢へ放り込むように指示をする。

 和泉(お前)は順調に本来の力を取り戻している。だからもう一切の手加減は無用。
 ――いい加減、私もお遊びは疲れたのだ。



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 和泉に明るく送り出されたものの、俺と安芸の間には無言の冷たい空気が流れていた。コイツが意図して帰宅の相方に俺を選んだことは分かりきっているが、恐らく相手もどう切り出すか腹を探っているのだろう。
 かく言う俺も、堂々といきなり宣言をするほど肝が据わっていない。それに俺はまだ、自分と|ア《・》|イ《・》|ツ《・》に向き合う覚悟を決めたばかりだ。
 「なぁ、安芸」と声をかけるべく口を開くが、結局その言葉を飲む。その繰り返しである。
「……バーカ。いつまでそうしてモジモジしてるんだよ」
「ッ、はぁ!?」
 唐突に相手のほうからそんな声がかかり、反射的に食ってかかった。ケンカを買うのだけは得意らしい自分に、我ながら情けないとしか言いようがねぇ。
 隣を歩く安芸の視線がこちらを向く。中性的な可愛らしい顔の中心には深い皺が刻まれており、どう見てもご立腹モードのスイッチが入っていた。
「なにが〝って近江が〟だよ、アイツが『打ち上げしよう』なんて言うわけないだろ。君の後ろで首を振って全力で困惑してたぞ。和泉が見る前にやめたけど」
 ……|近江《アイツ》、そんな面白いパフォーマンスを俺の後ろでやってたのか。
「和泉が乗ったから良かったものの、遠慮されたらどうするつもりだったんだよ」
「し、知るかよ! いいじゃねぇか、結果は快諾してくれたんだから」
「ふーん。やっぱり和泉を引き留める口実だったんだ」
 ぐっ……。しまった、完全に誘導尋問に引っかかっちまった。
 しかしこれは多分、安芸なりの精一杯の優しさだ。なかなか自分から言い出せずにいる俺が、コイツの暴言に噛みついて、口を割るキッカケとできるように仕向けたのだろう。それは他ならない、コイツと長年を共にした俺だからこそ分かる。
 和泉に対してなら、そんな意地悪は絶対にやらねぇだろうが、コイツは……荒井安芸とはそうゆう|友《ヤツ》だ。
 安芸は端から、|俺《・》|の《・》言葉を待っているのだ。
「安芸、俺は」
 その証拠に、そう切り出した俺の顔を、複雑そうな表情を浮かべながらも安芸は真っ直ぐに見つめていた。
「俺はまだ和泉のことを、どう思ってるかは、分からねぇ」
「……あ、そ。」
「けど、もう目の前のアイツから目を反らせたりしない。アイツの声も音も、意思もアイツ自身のものと理解してちゃんと向き合う。お前の言ったとおり、俺もアイツも〝今〟を生きてるんだからよ」
 いつの間にか、シェアハウスに向かっていたはずの俺たちの足取りは止まっていた。男同士が見つめ合うのも変な感じだが、俺は安芸の心の奥底を見抜こうとする鋭い視線を、真っ向から受け止めている。
 俺はコイツのこの視線からも逃げてきた。それももう辞めると伝えるために。
 暫しの沈黙を破ったのは、安芸による盛大な溜め息の調べだった。
「言っておくけど、僕は君に遠慮なんてしないからな。君がどう思おうが、彼女を一番に想っているのは僕だ。引き下がる気も毛頭ない」
 無論、全部承知だ。その気持ちも含めて肯定の返事をすると、安芸は面白くなさそうにプイとそっぽを向いて、また一人で歩き出してしまった。
 言わせておいて、そこで不機嫌になるのかよ……と思い慌てて追いかけたが、横目に見た安芸の表情に、俺は面を食らってしまう。
「……お前、なんで笑ってんだよ」
「は? 笑ってないし」
「いや笑ってただろ」
 そんなガキみたいな攻防を続けながら、俺と安芸はハウスを目指した。打ち上げの食料調達に向かわせたアイツらが帰ってくる前に、会場の準備を終わらせねぇと。
 ――まぁこの後、食い散らかされたキッチンと茶封筒に入った金の意味を理解して、安芸が発狂する恐ろしい時間を迎えるのだが。
 宣言をした今、なんだか肩がスッと軽くなったように感じた。だが俺は、過去の記憶と完全に決別できたわけじゃねぇ。まだ彼女に「日向」と呼ばれると、前世の和泉が一瞬だけ横切る。
 今の俺を支えているのは現世の和泉だが、|こ《・》|こ《・》|ま《・》|で《・》|の《・》|俺《・》を支えてくれたのは、紛れもなく前世の和泉である。恐らくこの繋がりはメストとの戦いが終わるまで、切り離すことはできないだろう。俺たちにはまだ〝彼女〟の力が必要なのだから。
 全ての任務を終えた時、俺にとってアイツがどんな存在なのか。
 それを見極めてから俺は初めて、自分の気持ちにケジメをつけられるのだと思う。
「この愚か者めが……!」
 怒号の余韻が消え去るより早く、老体が宙を舞って弾け飛んだ。怒号の声と彼を吹き飛ばした主は、共に私である。
「おっ、お許しください、暗里様」
「調子に乗りおって。武蔵を手中に収めておきながら、何故初手で殺しておかぬのだ。お前であれば、全力を出せば奴一人なら亡き者にできたはず」
 和泉を殺すのは黒使様のご所望である。だから我々はあの女には手を下さない。だが、あの女の守りを固める虫ケラどもは、黒使様の復活までに始末しておかなければ目障りである。特に武蔵は剣術のみならず、頭も相当キレる厄介者。
 商はそれを承知で狙いに行ったにも関わらず、己の力を誇示したいがために戯れで手を抜いた。あの間抜け面したクレイモアの使い手など、最初から商の眼中にはなかったはず。つまり、武蔵を殺すことだけに集中すれば良かったのだ。
「しかし私にはまだ勝機の可能性がございました」
「笑わせるな、封印されかけたくせに。あの状況で貴様に勝機などない」
「ですが|何故《なにゆえ》に私を退却させたのですかっ!? 私は滅びることなど惜しくはありません。あのまま奴らごと――」
 キャンキャンと子犬のように吠える商だが、それ以上言葉を発することはなかった。代わりに体の自由を奪われた恐怖と、己の中に送り込まれる謎の力に、首を絞められたような呻き声を上げ始める。
 驚くことではない。私が奴の額辺りを右掌で覆い、奴に新しい力を与えているのである。
「当たり前のことを誇らしく言うな。身を捧げたとて、殺せた虫ケラの数が一匹や二匹では、もう私は満足せぬ」
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 |和泉《お前》は順調に本来の力を取り戻している。だからもう一切の手加減は無用。
 ――いい加減、私もお遊びは疲れたのだ。