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Later Prayer

ー/ー



 春になると、真人の具合はすっかりとよくなった。あの日以降、移植された心臓は拒絶反応を起こしていたことが嘘のように、胸の中、休むことなく拍動を続けている。
 だから、約束を果たそうとする真人のことは、私が心配する間でもない。彼は息を切らすこともなくしっかりと、灯台の中階段を登っていた。
「真人。あなた、本当に元気ね。死にかけていただなんて、信じられないくらいに」
 呆れて見る私に、彼は片目を瞑った。
「そりゃあね。だって、美咲さんにあんなに泣かれちゃったら、死ぬに死ねないじゃん」
「なっ……別に、泣いてなんか、なかったし」
「泣いてたじゃん。へなへな〜って座りこんで」
「なっ……何よ。そりゃあ、心配したんだもの。当たり前でしょ!」
 そんないつも通りの会話をしながら、私はいつの間にか、彼が自分をきちんと名前で呼んでくれていることに気が付いて、この顔は熱ってしまった。
「あれ、美咲さん。何を赤くなっているの?」
「いや、別に……それよりもあなた、意外に勉強家だったのね」
 照れ隠しに話題を変えると、真人は「えっ?」と不思議そうに首を傾げた。
「だって、あなたの病室。難しい本があったじゃない。遡及因果みたいな」
 そう……まるで、海斗がそうだったように。
 すると、螺旋状の階段を登っていた彼は、もうすぐ到着する頂を見上げて口を開いた。
「そうだね。手術してから、何故かそういう本が読みたくなったんだ」
「えっ……手術してから?」
「うん。それで、読んでみたらすごく面白かったんだ」
「…………」
 心臓移植の手術をしてから、真人は遡求因果に興味を抱いた。そして、海斗の心臓は誰かの胸の中で動いていて……私にはそのことが、ただの偶然だとは思えなかった。しかし、考えを巡らせる私には構わずに、真人の弾んだ声が響いた。
「あ! ほら! 着いたよ、頂上に」
「えっ……」
 顔を上げて、遥かな風景を眺めた。真人の隣に並ぶと、私達の目の前には陽を受けてどこまでもきらきらと輝く、海面が広がっていた。
「すごい!」
「綺麗……」
 真人の驚きの声と、私の感嘆符が見事に重なった。それほどまでに、その風景は……海の煌めきは美しくて、私達の心を奪っていた。
「私は、この景色をあなたと見るために……」
 そのために、ずっと祈っていたのだ。
 海斗が帰らぬ人となってからも、ずっと、ずっと。約束の場所を見詰めて……神に祈っていた。
 こんなの『後の祭り』ならぬ『後の祈り』だ。無意味なことだと、口には出していたけれど。それでも、心の奥底では、あなたとの約束が果たせると信じて、祈り続けていた。
「この煌めきが……見せたかったんだ」
 呟いた……隣にいる彼が、確かにその言葉を口にした。

-春になったら、二人で行こうよ。海が見渡せる、あの灯台に。僕達の海のあの煌めきを見せたい-
 私を縛り付ける呪いとなっていたその言葉は、今では航路を照らす灯台のように、心を明るくしてくれた。
-ありがとう、海斗。とっても、とっても綺麗な海ね-
 約束を果たしてくれて、ありがとう。
 その想いは確かに、海斗の心にも届いてくれた。春の夕陽が射してきた海は、私達の約束の場所に向けて、どこまでも美しく輝いていた。


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 春になると、真人の具合はすっかりとよくなった。あの日以降、移植された心臓は拒絶反応を起こしていたことが嘘のように、胸の中、休むことなく拍動を続けている。
 だから、約束を果たそうとする真人のことは、私が心配する間でもない。彼は息を切らすこともなくしっかりと、灯台の中階段を登っていた。
「真人。あなた、本当に元気ね。死にかけていただなんて、信じられないくらいに」
 呆れて見る私に、彼は片目を瞑った。
「そりゃあね。だって、美咲さんにあんなに泣かれちゃったら、死ぬに死ねないじゃん」
「なっ……別に、泣いてなんか、なかったし」
「泣いてたじゃん。へなへな〜って座りこんで」
「なっ……何よ。そりゃあ、心配したんだもの。当たり前でしょ!」
 そんないつも通りの会話をしながら、私はいつの間にか、彼が自分をきちんと名前で呼んでくれていることに気が付いて、この顔は熱ってしまった。
「あれ、美咲さん。何を赤くなっているの?」
「いや、別に……それよりもあなた、意外に勉強家だったのね」
 照れ隠しに話題を変えると、真人は「えっ?」と不思議そうに首を傾げた。
「だって、あなたの病室。難しい本があったじゃない。遡及因果みたいな」
 そう……まるで、海斗がそうだったように。
 すると、螺旋状の階段を登っていた彼は、もうすぐ到着する頂を見上げて口を開いた。
「そうだね。手術してから、何故かそういう本が読みたくなったんだ」
「えっ……手術してから?」
「うん。それで、読んでみたらすごく面白かったんだ」
「…………」
 心臓移植の手術をしてから、真人は遡求因果に興味を抱いた。そして、海斗の心臓は誰かの胸の中で動いていて……私にはそのことが、ただの偶然だとは思えなかった。しかし、考えを巡らせる私には構わずに、真人の弾んだ声が響いた。
「あ! ほら! 着いたよ、頂上に」
「えっ……」
 顔を上げて、遥かな風景を眺めた。真人の隣に並ぶと、私達の目の前には陽を受けてどこまでもきらきらと輝く、海面が広がっていた。
「すごい!」
「綺麗……」
 真人の驚きの声と、私の感嘆符が見事に重なった。それほどまでに、その風景は……海の煌めきは美しくて、私達の心を奪っていた。
「私は、この景色をあなたと見るために……」
 そのために、ずっと祈っていたのだ。
 海斗が帰らぬ人となってからも、ずっと、ずっと。約束の場所を見詰めて……神に祈っていた。
 こんなの『後の祭り』ならぬ『後の祈り』だ。無意味なことだと、口には出していたけれど。それでも、心の奥底では、あなたとの約束が果たせると信じて、祈り続けていた。
「この煌めきが……見せたかったんだ」
 呟いた……隣にいる彼が、確かにその言葉を口にした。
-春になったら、二人で行こうよ。海が見渡せる、あの灯台に。僕達の海のあの煌めきを見せたい-
 私を縛り付ける呪いとなっていたその言葉は、今では航路を照らす灯台のように、心を明るくしてくれた。
-ありがとう、海斗。とっても、とっても綺麗な海ね-
 約束を果たしてくれて、ありがとう。
 その想いは確かに、海斗の心にも届いてくれた。春の夕陽が射してきた海は、私達の約束の場所に向けて、どこまでも美しく輝いていた。