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8-13

ー/ー



 激闘を繰り広げていたとは信じがたいほど、満天の星空が頭上に広がっていた。穏やかさが戻った空間には、彩り豊かなヴァイオリンの音色が響き渡っている。
 バッハのガヴォット――私が一番大好きで、もうすっかりお馴染みとなった曲だ。

 戦い後の疲れを癒やすように、他の皆は私の調べに耳を傾けながら、目を閉じてそれぞれに思いを馳せていた。皆、立ちはだかる壁の高さに、恐怖と闘争の気持ちが交差して湧き上がっている。あんなものを見せられたら、誰だって震え上がりたくもなるだろう。
 そんな中、気を失って眠っていた武蔵さんがクラシックの治癒力で回復したのか、ゆっくりと目を開いた。ちなみに彼の眼鏡は、高杉君がロータリーの隅で見つけて、そっと掛け直した。

「武蔵! 良かった、無事か?」
「日向君……、それに皆も。すみません、無様な姿をお見せしましたね」
「無様だなんて。あなたは身を挺して商と戦いましたよ」

 誰かと違って、とでも言いたげに安芸君は冷たい視線を純君に投げた。私たちは商との戦いの片鱗を、彼の語る限りで知っているのだ。
 肩身を狭くした純君がビクリと肩を跳ね上げると、申し訳なさそうに人差し指同士を突き合わせながら、武蔵さんの顔を覗き込んだ。

「ムサシ……、ゴメンネ。僕、何の役にも立てなかったヨ」
「もう気にしないでください、君もよく頑張りましたし。……それより、奴はどうなったのですか?」

 決死の作戦を失敗させた純君を攻めることなく、武蔵さんは労いの言葉を口にした。しかし彼が気になるのは当然、ご自身が心体増強(モジュレーション)の反動で倒れた後のこと。
 私たちは苦々しい表情を浮かべて顔を見合わせると、高杉君が重いその口を開いてくれた。

「すまねぇ……。商は、取り逃がした」

 神妙な面持ちで告げると、武蔵さんは軽く息を吐いて「そうですか」と呟いた。

 高杉君と安芸君による、団長へのお説教タイムから始まった楽団の練習を終え、私たちは四人でいつもの帰路に就いていた。ファンの集団は団長の話術によって一掃されており、帰りはスムーズに道を行くことができる……と思っていたのだけれど、途中で他の三人がメストの気配を察知したのだ。それも、今までのものとは比べものにならないという。
 私たちは皆、持っていた楽器を変化させながら、急いでその気配を追って街を疾走。道中、倒れている街の人々の姿を目にしながら、今にも武蔵さんにトドメが刺されようとしている窮地に遭遇した。

 咄嗟に高杉君が武蔵さんを救い、近江君がメストと思われる老人と対峙。純君は安芸君が引き取った。そして商という名の五音衆の威圧に圧倒されながらも、近江君が難なく敵の腕を跳ね落とす。でもその失った腕から、謎の霧が吹き上がったのだ。
 私は思考を巡らせて、この霧を止めるためにも、今こそ商を封印すべきと判断。無謀とは思えど、高杉君の援護を受けて封印の矢を放った。矢は無事に商を射貫くと思われたのに、その直前で彼は黒い稲妻に包まれて矢を弾き返した。

「何なんですか、その黒い稲妻というのは」
「恐らく、その術を出現させたヤツこそ〝アンリ〟。奴らの現状の指揮官だ」

 得体の知れない脅威から安芸君に守られていると、どこからともなく、複数の声色が入り交じった不気味な声が響き渡った。

『商……。もう良い、一旦戻ってこい』

 それは地に響き、振動が足の裏からも伝わった。それを聞いた瞬間、それまで狂気を放出して果敢に立ち塞がっていた商が、稲妻の中で顔を真っ青にして震え上がったように見えた。

『しっ……、しかし暗里様! 私はまだ、奴らを始末で――』
『えぇい、黙れ! 私が戻れと言ったら、戻るのだ!』
『何だと? 待てよ、コラ……!』

 慌てて近くにいた近江君が稲妻の玉を切り裂こうとするも、その怒号に商は悲鳴を上げながら承諾の言葉を口にし、稲妻諸共に消え失せてしまった。
 こうして商との戦いは、後味の悪さだけを残して〝一旦は〟終局した。

「なるほど……。日向君、〝アンリ〟という名に聞き覚えは?」
「ない。安芸や近江、純も同じだ」

 どうやら誰も〝アンリ〟という人物のことは知らないらしい。前世の頃には存在しなかった者なのか、何かの理由で記憶に残されなかったのか。肝心の()()()()が退却してしまった以上、その話題についての議論は無意味だろう。
 話が一段落したところを見計らい、武蔵さんは「さてと」と皆に聞こえるよう声をかけた。

「皆、今日のところは解散しましょう。和泉ちゃんのお陰で、僕も動けるまでには回復しましたし。あとは純君に部屋まで肩を貸してもらえば大丈夫です。さすがに皆も警察のご厄介には、なりたくないでしょう?」

 ニッコリと悪い満面の笑みを浮かべる武蔵さんの言葉で、一気に周囲の様子が視界へ鮮明に映った。今まで気にもならなかったのは、すっかり戦うことが日常と化し慣れてしまった証だろうか。
 ヒビ入って隆起したコンクリートのロータリー、無残に穴が開いた壁や駐車場の車……。派手な戦闘の爪痕を私たちに元へ戻す術などあるはずもなく、じきに意識を取り戻した従業員や宿泊客たちが目にすれば、どんな天災が起きたのかと大騒ぎになることは必至だ。

 私たちにできることは、騒動となる前に姿を消すこと。
 ――かなり良心は痛むけれど、それ以外に方法はない。

「わっ、悪ぃ武蔵! あとは頼んだ!」
「えぇ。いざとなったら僕が何とかしますから、ご心配なく」

 〝何とか〟とは具体的にどうするのか、など聞く暇もなく、高杉君のお詫びの言葉を最後に、私たちは逃げるようにその場を後にした。




「イテテ……。強がりましたが、まだかなり痛みますねぇ」
「ホントにゴメンネ、ムサシ。僕のせいデ」

 僕に肩を貸す純君は眉を八の字に下げて、叱られた子供のように落ち込んでいた。そんな彼を慰めようと背中を叩こうとした刹那、外部からこちらを睨むような視線を感じた気がした。

「――ッ!?」

 振り返るも姿はない。メストの一味か、気のせいか、それとも……。
 一瞬で消えたそれは、二度と感じることはなかった。

「ムサシ?」
「……いえ、行きましょう」

 不思議そうに僕を見上げる純君を促し、後ろ髪を引かれながらも、僕らはホテルの中へと入っていった。



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 バッハのガヴォット――私が一番大好きで、もうすっかりお馴染みとなった曲だ。
 戦い後の疲れを癒やすように、他の皆は私の調べに耳を傾けながら、目を閉じてそれぞれに思いを馳せていた。皆、立ちはだかる壁の高さに、恐怖と闘争の気持ちが交差して湧き上がっている。あんなものを見せられたら、誰だって震え上がりたくもなるだろう。
 そんな中、気を失って眠っていた武蔵さんがクラシックの治癒力で回復したのか、ゆっくりと目を開いた。ちなみに彼の眼鏡は、高杉君がロータリーの隅で見つけて、そっと掛け直した。
「武蔵! 良かった、無事か?」
「日向君……、それに皆も。すみません、無様な姿をお見せしましたね」
「無様だなんて。あなたは身を挺して商と戦いましたよ」
 誰かと違って、とでも言いたげに安芸君は冷たい視線を純君に投げた。私たちは商との戦いの片鱗を、彼の語る限りで知っているのだ。
 肩身を狭くした純君がビクリと肩を跳ね上げると、申し訳なさそうに人差し指同士を突き合わせながら、武蔵さんの顔を覗き込んだ。
「ムサシ……、ゴメンネ。僕、何の役にも立てなかったヨ」
「もう気にしないでください、君もよく頑張りましたし。……それより、奴はどうなったのですか?」
 決死の作戦を失敗させた純君を攻めることなく、武蔵さんは労いの言葉を口にした。しかし彼が気になるのは当然、ご自身が|心体増強《モジュレーション》の反動で倒れた後のこと。
 私たちは苦々しい表情を浮かべて顔を見合わせると、高杉君が重いその口を開いてくれた。
「すまねぇ……。商は、取り逃がした」
 神妙な面持ちで告げると、武蔵さんは軽く息を吐いて「そうですか」と呟いた。
 高杉君と安芸君による、団長へのお説教タイムから始まった楽団の練習を終え、私たちは四人でいつもの帰路に就いていた。ファンの集団は団長の話術によって一掃されており、帰りはスムーズに道を行くことができる……と思っていたのだけれど、途中で他の三人がメストの気配を察知したのだ。それも、今までのものとは比べものにならないという。
 私たちは皆、持っていた楽器を変化させながら、急いでその気配を追って街を疾走。道中、倒れている街の人々の姿を目にしながら、今にも武蔵さんにトドメが刺されようとしている窮地に遭遇した。
 咄嗟に高杉君が武蔵さんを救い、近江君がメストと思われる老人と対峙。純君は安芸君が引き取った。そして商という名の五音衆の威圧に圧倒されながらも、近江君が難なく敵の腕を跳ね落とす。でもその失った腕から、謎の霧が吹き上がったのだ。
 私は思考を巡らせて、この霧を止めるためにも、今こそ商を封印すべきと判断。無謀とは思えど、高杉君の援護を受けて封印の矢を放った。矢は無事に商を射貫くと思われたのに、その直前で彼は黒い稲妻に包まれて矢を弾き返した。
「何なんですか、その黒い稲妻というのは」
「恐らく、その術を出現させたヤツこそ〝アンリ〟。奴らの現状の指揮官だ」
 得体の知れない脅威から安芸君に守られていると、どこからともなく、複数の声色が入り交じった不気味な声が響き渡った。
『商……。もう良い、一旦戻ってこい』
 それは地に響き、振動が足の裏からも伝わった。それを聞いた瞬間、それまで狂気を放出して果敢に立ち塞がっていた商が、稲妻の中で顔を真っ青にして震え上がったように見えた。
『しっ……、しかし暗里様! 私はまだ、奴らを始末で――』
『えぇい、黙れ! 私が戻れと言ったら、戻るのだ!』
『何だと? 待てよ、コラ……!』
 慌てて近くにいた近江君が稲妻の玉を切り裂こうとするも、その怒号に商は悲鳴を上げながら承諾の言葉を口にし、稲妻諸共に消え失せてしまった。
 こうして商との戦いは、後味の悪さだけを残して〝一旦は〟終局した。
「なるほど……。日向君、〝アンリ〟という名に聞き覚えは?」
「ない。安芸や近江、純も同じだ」
 どうやら誰も〝アンリ〟という人物のことは知らないらしい。前世の頃には存在しなかった者なのか、何かの理由で記憶に残されなかったのか。肝心の|手《・》|が《・》|か《・》|り《・》が退却してしまった以上、その話題についての議論は無意味だろう。
 話が一段落したところを見計らい、武蔵さんは「さてと」と皆に聞こえるよう声をかけた。
「皆、今日のところは解散しましょう。和泉ちゃんのお陰で、僕も動けるまでには回復しましたし。あとは純君に部屋まで肩を貸してもらえば大丈夫です。さすがに皆も警察のご厄介には、なりたくないでしょう?」
 ニッコリと悪い満面の笑みを浮かべる武蔵さんの言葉で、一気に周囲の様子が視界へ鮮明に映った。今まで気にもならなかったのは、すっかり戦うことが日常と化し慣れてしまった証だろうか。
 ヒビ入って隆起したコンクリートのロータリー、無残に穴が開いた壁や駐車場の車……。派手な戦闘の爪痕を私たちに元へ戻す術などあるはずもなく、じきに意識を取り戻した従業員や宿泊客たちが目にすれば、どんな天災が起きたのかと大騒ぎになることは必至だ。
 私たちにできることは、騒動となる前に姿を消すこと。
 ――かなり良心は痛むけれど、それ以外に方法はない。
「わっ、悪ぃ武蔵! あとは頼んだ!」
「えぇ。いざとなったら僕が何とかしますから、ご心配なく」
 〝何とか〟とは具体的にどうするのか、など聞く暇もなく、高杉君のお詫びの言葉を最後に、私たちは逃げるようにその場を後にした。
「イテテ……。強がりましたが、まだかなり痛みますねぇ」
「ホントにゴメンネ、ムサシ。僕のせいデ」
 僕に肩を貸す純君は眉を八の字に下げて、叱られた子供のように落ち込んでいた。そんな彼を慰めようと背中を叩こうとした刹那、外部からこちらを睨むような視線を感じた気がした。
「――ッ!?」
 振り返るも姿はない。メストの一味か、気のせいか、それとも……。
 一瞬で消えたそれは、二度と感じることはなかった。
「ムサシ?」
「……いえ、行きましょう」
 不思議そうに僕を見上げる純君を促し、後ろ髪を引かれながらも、僕らはホテルの中へと入っていった。