8-12
ー/ー
瓦礫をまとって舞い上がった砂嵐が、ゆっくりと引いていく。
その中に、互いの武器を掲げて対峙する、二人の影が映し出された。
暫く硬直状態が続いた後、一方は金の光を失って次第に足元から崩れて倒れ込んだ。意識はなく、発達した筋肉は元のほどよい体格に戻っている。切り裂かれた左腕からは勿論、体中から出血をしており白衣は赤黒く汚れてボロボロだ。苦しいのか、時折呻くように咳をしている。
もう一方は満身創痍であるものの、大鎌を杖のようにして体を支え、何とかその意識を繋いでいた。見下ろした男のアッシュグレーの髪が、風を受けてフワフワと揺れている。彼は――商は、その姿に奥歯を噛みしめて舌打ちをした。
横たわる男の仲間で、金髪でアホ面をしたクレイモアの使い手は、思ったよりも大したことはなかった。逃したところで、次に会った時にも殺すことは容易いだろう。だがこの目の前の男だけは、いま殺らなければ後悔をする羽目になる。
朦朧とする意識の中で、不思議と冷静に判断した商は、よろめきながら街灯の光で鈍色に光る刃を振り上げた。
意識のない相手を手にかけるのは商にとって不服だが、手段を選んでいる場合ではない。彼はかざした大鎌を勢いよく振り下ろした。
「させるか……ッ!」
「ッ!?」
刹那、風を切るような音と共に聞き覚えのない声が響き、足元に転がっていたはずの男が姿を消した。かと思えば、別の気配が頭上から飛び込んできて、自身の大鎌を弾き返したのだ。
湾曲した刃の形状が、敵対する国守護楽団のある男が扱うサーベルだと理解するのに、時間はかからなかった。
「大丈夫か、武蔵!? 純もしっかりしろ!!」
「ダメだ、二人とも意識がない。武蔵さんは体の損傷具合から見て、恐らく心体増強を使っている」
「そんなっ……」
鋭い眼光で商を睨む男の背後には、武蔵と純を並べて寝かせ、その様子を心配そうに伺う三人の男女の姿があった。彼らもまた商が倒すべき敵の面々であり、内一人の女は上官に殺さず捕えよと命令されている人物だった。
「総長、和泉……! まさか、お主から姿を現して、くれるとは、の……」
「はぁ? 満身創痍で何言ってるんだ、爺サン。まさかこの状況で、俺たちと殺り合おうっていうんじゃないよな?」
強気を装うような商の発言に、サーベルの使い手である近江が小馬鹿にして薄ら笑った。
確かに、彼は国守護楽団の中でも剣の腕前は一二を争う存在だと名高い。それにその彼と腕を競う日向も、同じ空間に控えているのだ。万全ではない商が彼らを相手にするのは、得策ではないことは明らかである。
しかし商は狼狽えるどころか、片方の口角を吊り上げて怪しく笑った。
「クク……、クククク。フハハハハ! 私は暗里様より貴様らの抹殺を命令されている身! しくじり帰ればあの方に殺されるのだから、どのみち私にはもう逃げ場はないのだよ!!」
(アンリ……!)
商が口にした単語へ、日向・安芸・近江が反応を示した。それはまさしく、五音衆・角が死に際に残した〝アンリサ〟という単語の正体である。どうやらやはり、メストを率いる指揮官の名こそが〝アンリ〟のようだ。
そんな重大な情報を与えてしまったことにも気づかないほど、商は窮地に追い込まれていた。目は完全に血走り、虚空を見つめている。その狂気たる風貌に彼らは思わず背筋を凍らせた。どう考えても有利である状況のはずなのに、足が竦むようなこの恐怖心は何なのだろうか。
それは、五音衆として使命を華々しく果たそうとする商の、最後の足掻き。
それが極限まで彼の精神を高め、恐ろしいほどの威圧感を生み出していた。
「くっ……、ほざけッ!」
震える心を鼓舞し、近江が果敢に商へ斬りかかった。すると予想外というべきか、予想どおりというべきか……、商は無抵抗のまま近江の斬撃を受け、大鎌を握る手とは反対の左腕を吹き飛ばされてしまった。あまりに呆気なく、近江自身も驚いたほどだ。
「ハッ。やっぱりお前、抵抗する力も残ってな――」
「ッ!? 近江、退けぇ!!」
緊張の面持ちで様子を伺っていた安芸が、異変を目にして叫び声を上げる。当然それは安芸の目だけでなく、目の前にいる近江にも映っていた。商の切り落とした腕から、紫色の霧が濛々と放出されているのだ。彼が登場する時に放った毒霧である。
この霧に殺傷効果はないのだが、それを知らない彼らを混乱させるには十分の要素だった。
「マズいぞ、どうする!?」
口元を腕の部分の衣服で覆いながら、日向が安芸に問う。彼は四人の中でも頭の回転が速く、武蔵が再起不能の今は彼の頭脳が頼りだった。
しかし安芸が思考を巡らせてその答えを出すより早く、彼の隣で武蔵の介抱をしていた和泉が、音もなく凜とした佇まいで立ち上がった。
「い、和泉!?」
安芸が驚くのも無理はない。
彼女は弓を構えていた。ここへ来るまでに、彼らと同じタイミングで変化させておいたのだ。
言わずもがな。和泉は商を封印しようとしていた。
無謀に思えるが、確かに今は封印の好機ともいえる。それにこの霧を止めるには、商を消滅させるのが一番手っ取り早い手段だろう。
「和泉……っ、クソッ!」
なんて無茶しやがる! とでも言いたげな表情を浮かべながら、日向はロングソードを大きめに振った。それは敵を斬るためではなく、和泉に迫る毒霧を少しでも吹き飛ばすための援護だった。
和泉は日向へ心の中で感謝を述べつつ、鋭い眼光で商に狙いを定めて矢を放った。
「終幕の封じ矢ーーッ!!」
金の残像を描く矢は、吸い込まれるように真っ直ぐと商に向かい、老人を仕留める――はずだった。
突如として、真っ黒い稲妻が商の周囲を球状に囲い、辺り一帯を不気味に照らす。そして電撃のような轟音を放ち、和泉の矢を弾き返したのだ。
「きゃぁあッ!」
「な、にぃ……ッ!?」
近江と日向は自らの剣で顔面を防御し、安芸は咄嗟に和泉を腕の中に収めて庇う。
そのけたたましい衝撃音に驚かされて、気を失っていた純が飛び起きるように目を覚ました。
「Ooh! ななナニゴトォ!?」
剣を握っていないので、いつものお調子者の純である。
そんな彼に構う余裕などあるはずもなく、和泉たちは稲妻に包まれた商を見つめていた。
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その中に、互いの武器を掲げて対峙する、二人の影が映し出された。
暫く硬直状態が続いた後、一方は金の光を失って次第に足元から崩れて倒れ込んだ。意識はなく、発達した筋肉は元のほどよい体格に戻っている。切り裂かれた左腕からは勿論、体中から出血をしており白衣は赤黒く汚れてボロボロだ。苦しいのか、時折呻くように咳をしている。
もう一方は満身創痍であるものの、大鎌を杖のようにして体を支え、何とかその意識を繋いでいた。見下ろした男のアッシュグレーの髪が、風を受けてフワフワと揺れている。彼は――商は、その姿に奥歯を噛みしめて舌打ちをした。
横たわる男の仲間で、金髪でアホ面をしたクレイモアの使い手は、思ったよりも大したことはなかった。逃したところで、次に会った時にも殺すことは容易いだろう。だがこの目の前の男だけは、いま|殺《や》らなければ後悔をする羽目になる。
朦朧とする意識の中で、不思議と冷静に判断した商は、よろめきながら街灯の光で鈍色に光る刃を振り上げた。
意識のない相手を手にかけるのは商にとって不服だが、手段を選んでいる場合ではない。彼はかざした大鎌を勢いよく振り下ろした。
「させるか……ッ!」
「ッ!?」
刹那、風を切るような音と共に聞き覚えのない声が響き、足元に転がっていたはずの男が姿を消した。かと思えば、別の気配が頭上から飛び込んできて、自身の大鎌を弾き返したのだ。
湾曲した刃の形状が、敵対する国守護楽団のある男が扱うサーベルだと理解するのに、時間はかからなかった。
「大丈夫か、武蔵!? 純もしっかりしろ!!」
「ダメだ、二人とも意識がない。武蔵さんは体の損傷具合から見て、恐らく|心体増強《モジュレーション》を使っている」
「そんなっ……」
鋭い眼光で商を睨む男の背後には、武蔵と純を並べて寝かせ、その様子を心配そうに伺う三人の男女の姿があった。彼らもまた商が倒すべき敵の面々であり、内一人の女は上官に殺さず捕えよと命令されている人物だった。
「総長、和泉……! まさか、お主から姿を現して、くれるとは、の……」
「はぁ? 満身創痍で何言ってるんだ、爺サン。まさかこの状況で、俺たちと|殺《や》り合おうっていうんじゃないよな?」
強気を装うような商の発言に、サーベルの使い手である近江が小馬鹿にして薄ら笑った。
確かに、彼は国守護楽団の中でも剣の腕前は一二を争う存在だと名高い。それにその彼と腕を競う日向も、同じ空間に控えているのだ。万全ではない商が彼らを相手にするのは、得策ではないことは明らかである。
しかし商は狼狽えるどころか、片方の口角を吊り上げて怪しく笑った。
「クク……、クククク。フハハハハ! 私は暗里様より貴様らの抹殺を命令されている身! しくじり帰ればあの方に殺されるのだから、どのみち私にはもう逃げ場はないのだよ!!」
(アンリ……!)
商が口にした単語へ、日向・安芸・近江が反応を示した。それはまさしく、五音衆・角が死に際に残した〝アンリサ〟という単語の正体である。どうやらやはり、メストを率いる指揮官の名こそが〝アンリ〟のようだ。
そんな重大な情報を与えてしまったことにも気づかないほど、商は窮地に追い込まれていた。目は完全に血走り、虚空を見つめている。その狂気たる風貌に彼らは思わず背筋を凍らせた。どう考えても有利である状況のはずなのに、足が竦むようなこの恐怖心は何なのだろうか。
それは、五音衆として使命を華々しく果たそうとする商の、最後の足掻き。
それが極限まで彼の精神を高め、恐ろしいほどの威圧感を生み出していた。
「くっ……、ほざけッ!」
震える心を鼓舞し、近江が果敢に商へ斬りかかった。すると予想外というべきか、予想どおりというべきか……、商は無抵抗のまま近江の斬撃を受け、大鎌を握る手とは反対の左腕を吹き飛ばされてしまった。あまりに呆気なく、近江自身も驚いたほどだ。
「ハッ。やっぱりお前、抵抗する力も残ってな――」
「ッ!? 近江、退けぇ!!」
緊張の面持ちで様子を伺っていた安芸が、異変を目にして叫び声を上げる。当然それは安芸の目だけでなく、目の前にいる近江にも映っていた。商の切り落とした腕から、紫色の霧が濛々と放出されているのだ。彼が登場する時に放った毒霧である。
この霧に殺傷効果はないのだが、それを知らない彼らを混乱させるには十分の要素だった。
「マズいぞ、どうする!?」
口元を腕の部分の衣服で覆いながら、日向が安芸に問う。彼は四人の中でも頭の回転が速く、武蔵が再起不能の今は彼の頭脳が頼りだった。
しかし安芸が思考を巡らせてその答えを出すより早く、彼の隣で武蔵の介抱をしていた和泉が、音もなく凜とした佇まいで立ち上がった。
「い、和泉!?」
安芸が驚くのも無理はない。
彼女は弓を構えていた。ここへ来るまでに、彼らと同じタイミングで変化させておいたのだ。
言わずもがな。和泉は商を封印しようとしていた。
無謀に思えるが、確かに今は封印の好機ともいえる。それにこの霧を止めるには、商を消滅させるのが一番手っ取り早い手段だろう。
「和泉……っ、クソッ!」
なんて無茶しやがる! とでも言いたげな表情を浮かべながら、日向はロングソードを大きめに振った。それは敵を斬るためではなく、和泉に迫る毒霧を少しでも吹き飛ばすための援護だった。
和泉は日向へ心の中で感謝を述べつつ、鋭い眼光で商に狙いを定めて矢を放った。
「|終幕の封じ矢《フィーネラルショット》ーーッ!!」
金の残像を描く矢は、吸い込まれるように真っ直ぐと商に向かい、老人を仕留める――はずだった。
突如として、真っ黒い稲妻が商の周囲を球状に囲い、辺り一帯を不気味に照らす。そして電撃のような轟音を放ち、和泉の矢を弾き返したのだ。
「きゃぁあッ!」
「な、にぃ……ッ!?」
近江と日向は自らの剣で顔面を防御し、安芸は咄嗟に和泉を腕の中に収めて庇う。
そのけたたましい衝撃音に驚かされて、気を失っていた純が飛び起きるように目を覚ました。
「Ooh! ななナニゴトォ!?」
剣を握っていないので、いつものお調子者の純である。
そんな彼に構う余裕などあるはずもなく、和泉たちは稲妻に包まれた商を見つめていた。