8-11
ー/ー
「おぉおおおおッッッ!!」
臆することなく、再び自分に突進する僕を見て始めこそ商は落胆していたが、飛び上がった瞬間に奴は表情を僅かに歪ませた。現世がどうであれ、前世で副長という立場にあった僕が、果たして何の策もなく立ち向かったりするだろうか。
奴の頭の中には、恐らく『否』の文字が浮かんだはずだ。そんな無謀なことを、この男がするはずない、と。
「ヌゥウンッ!」
聡い商は考えを改めたようで、大鎌を左手へ渡して蛇酔拳の突きの体勢を取った。
そうです、それでいいんです。僕はこの勢いを殺さずにこのまま奴の懐に突っ込む。多少痛い思いをすることになるが、致し方がない。相打ちは覚悟の上だった。
「はぁあああッ……!」
「ッカァアアアア!!」
人差し指の第二関節を突き出して、蛇の頭に模した拳を食らわせる商。……と見せかけて奴は腰を回転し、後ろ手にした大鎌を大きく振り上げた。僕の斧の柄を粉砕するために。しかし僕が照準にしていたのは商ではなかったため、軌道が合わずに奴の攻撃は僕の左腕を深く切り上げて鮮血をまき散らした。
鈍い痛みが走るのも無視して、ガラ空きになった奴の足元に、飛び込んだ勢いのまま斧を渾身の力で振り下ろした。ピシという乾いた亀裂音が小さく響くと同時に、厚さおよそ20センチのコンクリートの地面にヒビが入る。
「なにぃ!?」
驚いた商はあの特有のステップで僕の傍から飛び退いた。
地面にはヒビが入ったものの、流石に20センチを厚さを大破させるまでには至らなかった。しかしそれも計算内。大破はせずとも周囲の地面の一部が隆起して、退避のために飛躍した商の着地を狂わせたのだ。
「くっ……!」
「うおぉおおおおおッ!!」
更に僕は、左腕の開いた傷口から血が吹き上がるのもお構いなしに、再び腕を振り上げ、奴の着地方向に向けて斧を振り下ろした。貧血に陥ったのか、今にも意識が飛びそうにクラクラする。
既にヒビが生じていた地面は、雷鳴のような轟音を立てて大地を割り、崩れた瓦礫が商の足に絡みついて奴の動きを封じた。
己の血と破片の雨が降る中、初めて顔に焦りの色が浮かんだ商を目にする。瓦礫の隙間に挟まった右足を懸命に引き抜こうとしていた。
この千載一遇のチャンスを彼が逃すはずもない。
「Wooooooh!!」
再度商の背後を取った純君が、次こそ逃すまいという鋭い眼光を放ち、クレイモアの一太刀を浴びせる。彼の重量ある斬撃は、捕えられていた商の右足側の膝裏を打ち、骨を砕いた。呻き声を上げて体を揺らす商に、純君は2打目の構えを取る。
激痛に耐えきれず両膝を着いた僕は、左腕を押さえながらその様子を息を呑んで見守った。今度こそ、いける……!
「GOooooo……ッ! のあぁアッ!?」
その何とも言えない間抜けな雄叫びの後、僕の目には信じられない光景が映った。隆起したコンクリートに、純君も足を取られて蹴躓いたのだ。彼は踏み潰されたカエルのように、ビターンと伸びたまま固まってしまった。
あまりのギャグ漫画的な展開に、時が止まったように全員が静まりかえる。……いや、彼がコメディアンとしてプロでも素人だとしても、この状況は笑えない。
「ッテテ……マジかヨ、俺」
それはこちらの台詞である。純君は己へ苦言を口にしながら、伸びた状態から起き上がって頭を掻いた。その顔面は蒼白しているが、事の重大さが分かっているのか、いないのか。
開いた口が塞がらないとは、こうゆうことか、などと呑気に脳内がそんな解説をした。しかし、そんな穏やかな状況は当然長く続かない。
「貴様ら……、この私をおちょくるのも大概にしろ」
顔を真っ赤に染めた商が、大地を震わすような低い声でそう吐き捨てた。足を取られる失態を犯したばかりでなく、そんな羞恥を晒して与えた好機を我々は無に帰したのだ。奴にとって屈辱以外の何でもない。
商は「ぬぅうん!」と気合いを入れると、骨を粉砕したはずの足に力を入れて、絡んでいたコンクリートの破片を弾き飛ばした。そして目にも留まらぬ速さで純君の背後を取り返し、大鎌を振り上げて容赦なくその刃を一直線に突き立てた。
金属と金属のぶつかる甲高い音が響き渡った。純君は間一髪でクレイモアをかざし胴体の分断を防いだが、その威力までは削ぐことはできず、石ころが弾かれたように吹き飛んだ。彼は、ホテルの駐車場に止まっていた車にぶつかってドアを大きく凹ませ、そのまま気を失った。
一方で商は、純君の行方を見届けるまでもなく、僕を振り返った。
歳相応の皺に包まれた瞳は血走り、凍り付くような視線が僕を突き刺す。
どう考えても、この状況は絶体絶命だ。
どうする。……どうする!?
「副長、武蔵! 我が蛇の毒牙の餌食となるがよい!!」
そう咆えると商は、今までのように独特なステップを踏み始めた。右へ左へ飛び移り、蛇のように腰をうねらせながら速度を上げていく。僕の間合いの外で旋回する奴は、まさしく獲物をジワジワと追い詰め、塒を巻く蛇そのもの。
腕を伝って滴り落ちる血が、コンクリの上に赤い池を作る。僕の体力も限界に近い。今アレを使えばどんな状態になるかは未知数だが、あれだけ安芸君たちに偉そうなことを言っておいて、自分がこの様では合わせる顔がない。
――腹は決まった。
「シネェエエッ!!」
「ッ心体増強、短3度……!!」
旋回の勢いをそのままに、商は刃を光らせて間合いを詰めてくる。目は白目を剥き、もはや常軌を逸していた。奴の動きから一瞬たりとも目を離さぬよう、僕はその呪文を高々と叫ぶ。
瞬間。体が金の光を放ち、ガタイが良いと言えない僕の腕や胸・足の筋肉が盛り上がり、心拍数の急上昇を感じた。血が全身を巡り、体が熱い。発達した筋肉のお陰で、左腕の出血は止まっていた。
これを使うのは初めてではありませんが、何度使っても慣れないものです。
「オォオオオオッ!!」
上昇した戦闘能力を全開にし、自身を軸にして斧の重量による遠心力を使い回転を始めた。掛けていた眼鏡が飛ぶほどに、常人では耐えられないほどの速度に達すれば、摩擦で足元から火花が散る。
回転対回転の強い勢いでぶつかった両者の刃は、強烈な衝撃波を生み出し周囲を一掃した。
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「おぉおおおおッッッ!!」
臆することなく、再び自分に突進する僕を見て始めこそ商は落胆していたが、飛び上がった瞬間に奴は表情を僅かに歪ませた。現世がどうであれ、前世で副長という立場にあった僕が、果たして何の策もなく立ち向かったりするだろうか。
奴の頭の中には、恐らく『否』の文字が浮かんだはずだ。そんな無謀なことを、この男がするはずない、と。
「ヌゥウンッ!」
聡い商は考えを改めたようで、大鎌を左手へ渡して蛇酔拳の突きの体勢を取った。
そうです、それでいいんです。僕はこの勢いを殺さずにこのまま奴の懐に突っ込む。多少痛い思いをすることになるが、致し方がない。相打ちは覚悟の上だった。
「はぁあああッ……!」
「ッカァアアアア!!」
人差し指の第二関節を突き出して、蛇の頭に模した拳を食らわせる商。……と見せかけて奴は腰を回転し、後ろ手にした大鎌を大きく振り上げた。僕の斧の柄を粉砕するために。しかし僕が照準にしていたのは商ではなかったため、軌道が合わずに奴の攻撃は僕の左腕を深く切り上げて鮮血をまき散らした。
鈍い痛みが走るのも無視して、ガラ空きになった奴の足元に、飛び込んだ勢いのまま斧を渾身の力で振り下ろした。ピシという乾いた亀裂音が小さく響くと同時に、厚さおよそ20センチのコンクリートの地面にヒビが入る。
「なにぃ!?」
驚いた商はあの特有のステップで僕の傍から飛び退いた。
地面にはヒビが入ったものの、流石に20センチを厚さを大破させるまでには至らなかった。しかしそれも計算内。大破はせずとも周囲の地面の一部が隆起して、退避のために飛躍した商の着地を狂わせたのだ。
「くっ……!」
「うおぉおおおおおッ!!」
更に僕は、左腕の開いた傷口から血が吹き上がるのもお構いなしに、再び腕を振り上げ、奴の着地方向に向けて斧を振り下ろした。貧血に陥ったのか、今にも意識が飛びそうにクラクラする。
既にヒビが生じていた地面は、雷鳴のような轟音を立てて大地を割り、崩れた瓦礫が商の足に絡みついて奴の動きを封じた。
己の血と破片の雨が降る中、初めて顔に焦りの色が浮かんだ商を目にする。瓦礫の隙間に挟まった右足を懸命に引き抜こうとしていた。
この千載一遇のチャンスを彼が逃すはずもない。
「Wooooooh!!」
再度商の背後を取った純君が、次こそ逃すまいという鋭い眼光を放ち、クレイモアの一太刀を浴びせる。彼の重量ある斬撃は、捕えられていた商の右足側の膝裏を打ち、骨を砕いた。呻き声を上げて体を揺らす商に、純君は2打目の構えを取る。
激痛に耐えきれず両膝を着いた僕は、左腕を押さえながらその様子を息を呑んで見守った。今度こそ、いける……!
「GOooooo……ッ! のあぁアッ!?」
その何とも言えない間抜けな雄叫びの後、僕の目には信じられない光景が映った。隆起したコンクリートに、純君も足を取られて|蹴躓《けつまづ》いたのだ。彼は踏み潰されたカエルのように、ビターンと伸びたまま固まってしまった。
あまりのギャグ漫画的な展開に、時が止まったように全員が静まりかえる。……いや、彼がコメディアンとしてプロでも素人だとしても、この状況は笑えない。
「ッテテ……マジかヨ、俺」
それはこちらの台詞である。純君は己へ苦言を口にしながら、伸びた状態から起き上がって頭を掻いた。その顔面は蒼白しているが、事の重大さが分かっているのか、いないのか。
開いた口が塞がらないとは、こうゆうことか、などと呑気に脳内がそんな解説をした。しかし、そんな穏やかな状況は当然長く続かない。
「貴様ら……、この私をおちょくるのも大概にしろ」
顔を真っ赤に染めた商が、大地を震わすような低い声でそう吐き捨てた。足を取られる失態を犯したばかりでなく、そんな羞恥を晒して与えた好機を我々は無に帰したのだ。奴にとって屈辱以外の何でもない。
商は「ぬぅうん!」と気合いを入れると、骨を粉砕したはずの足に力を入れて、絡んでいたコンクリートの破片を弾き飛ばした。そして目にも留まらぬ速さで純君の背後を取り返し、大鎌を振り上げて容赦なくその刃を一直線に突き立てた。
金属と金属のぶつかる甲高い音が響き渡った。純君は間一髪でクレイモアをかざし胴体の分断を防いだが、その威力までは削ぐことはできず、石ころが弾かれたように吹き飛んだ。彼は、ホテルの駐車場に止まっていた車にぶつかってドアを大きく凹ませ、そのまま気を失った。
一方で商は、純君の行方を見届けるまでもなく、僕を振り返った。
歳相応の皺に包まれた瞳は血走り、凍り付くような視線が僕を突き刺す。
どう考えても、この状況は絶体絶命だ。
どうする。……どうする!?
「副長、武蔵! 我が蛇の毒牙の餌食となるがよい!!」
そう咆えると商は、今までのように独特なステップを踏み始めた。右へ左へ飛び移り、蛇のように腰をうねらせながら速度を上げていく。僕の間合いの外で旋回する奴は、まさしく獲物をジワジワと追い詰め、塒を巻く蛇そのもの。
腕を伝って滴り落ちる血が、コンクリの上に赤い池を作る。僕の体力も限界に近い。今|ア《・》|レ《・》を使えばどんな状態になるかは未知数だが、あれだけ安芸君たちに偉そうなことを言っておいて、自分がこの様では合わせる顔がない。
――腹は決まった。
「シネェエエッ!!」
「ッ|心体増強《モジュレーション》、短3度……!!」
旋回の勢いをそのままに、商は刃を光らせて間合いを詰めてくる。目は白目を剥き、もはや常軌を逸していた。奴の動きから一瞬たりとも目を離さぬよう、僕はその呪文を高々と叫ぶ。
瞬間。体が金の光を放ち、ガタイが良いと言えない僕の腕や胸・足の筋肉が盛り上がり、心拍数の急上昇を感じた。血が全身を巡り、体が熱い。発達した筋肉のお陰で、左腕の出血は止まっていた。
これを使うのは初めてではありませんが、何度使っても慣れないものです。
「オォオオオオッ!!」
上昇した戦闘能力を全開にし、自身を軸にして斧の重量による遠心力を使い回転を始めた。掛けていた眼鏡が飛ぶほどに、常人では耐えられないほどの速度に達すれば、摩擦で足元から火花が散る。
回転対回転の強い勢いでぶつかった両者の刃は、強烈な衝撃波を生み出し周囲を一掃した。