8-9
ー/ー 純君が今夜泊まる場所をまだ決めていないというので、彼を僕が泊まっているホテルへ案内することにしました。
当然、相部屋にはしませんが、他の一室を準備するくらいならお安いご用です。朝食はまたこのシェアハウスにお邪魔すればいいんですし。
楽団の練習時間は16時までと言っていましたっけ。食い散らかしたことを攻められる前に、今日のところはお暇しましょう。
食べた分のおよその代金だけきっちり机の上に置き、16時に僕たちはハウスを後にしました。歩くと少し距離はありますが、PC作業で一日ほぼ座りっぱなしですので、良い運動になって丁度良いのです。
いつもなら夕食は取らないスタイルなのですが、純君が「お腹が空いたヨ~!」と泣き喚くので、仕方なくラーメン屋へ寄り道。まるで子供を連れてるようですね。
さすがにそこの代金は自分で支払わせ、再びホテルに向かったのが17時半頃でした。
この時期、日はだいぶん長くなりましたが、少し薄暗くなる時間帯です。早いところでは街灯が点き始め、もの寂しい雰囲気が漂います。
でもホテル周りは常に煌々として明るいので、それが目に入りホッと一息吐いたところでしたでしょうか。
……その、異様な空気を感じ取ったのは。
正面入り口の広い車寄せエリアに足を踏み入れた僕たちの影が、西日の影響にしては随分と長く伸びたのです。そこから蜷局を巻くような胴体の長い影が目に入るのと、僕が手にしていたトランペットのケースを手前に掲げたのは、恐らくほぼ同時。
「変化……ッ!」
「クク……、クハハハハハ……ッ!」
「ヒィイイ! 何事ォ~!?」
変化の強い閃光で良く見えなかったですが、長い影は大型の武器を振り回し、紫色の霧のようなものを放出したのです。反射的に〝浴びてはいけない〟と判断した僕は、出現した両刃斧をキャッチすると共に強めに大振り。周囲に旋風を巻き起こして、霧を吹き飛ばしました。
お陰で僕たちの身には何も起こりませんでしたが、霧は既に広範囲に充満しており、ホテルマンや道行く人などの一般人がバタバタと倒れていきました。これは……、やはり毒霧。
純君はまだ状況が掴めていないのか、僕の足元で体を小さくするようにしゃがみ込んで、荷物を抱えているのみ。……なるほど。これは前世の僕が多少イラッとしても、理解できますねぇ。
「純君! 立ってください、早く!」
「ウゥ~、だって僕は……」
そんな半べそで見られましても……、もしかして初めての戦闘なのでしょうか? 記憶が戻ったメンバーは皆、その数日後に闇犬を始めとする下僕部隊に襲撃されたと聞いているのですが。
ですが呆れている間もなく、風を切る音に反射的に斧で受け返すと、いつの間にか敵が目の前に迫っていることに少し驚いてしまいました。斧に力を込めて跳ね返すと、敵は一旦退避。どうやら純君に構っている暇はないようです。彼も戦士、いざとなったら自分で身を守れるはず。
もっと集中しなければ殺られてしまう――。
僕は一瞬目を閉じ、素早く深呼吸をした。
改めて鋭く見据えた相手の正体は、ボサボサな白髪を持つ細身のご老人。細身といえど鍛えられた筋肉が見事であり、似つかわしくない大鎌を担いで堂々とした風貌だ。そして極めつけが、奴の右手の甲に刻まれた五角形のマークに『商』の刻印。
……あぁ、ようやく僕の前にもお出ましということですか。
「こんばんは、五音衆の商さん。いきなりの毒霧とは、なかなかのご挨拶ではありませんか。彼らは死んでしまったんですかねぇ?」
「クク。そう聞く割りに冷静ではないか、武蔵殿。分かっているくせに悪い男よの。我々は貴様ら以外の人間を殺しはせん」
おや、どうやらこちらの自己紹介は不要のようで。確かに僕らはこれまでの傾向から、メストは人を無駄に殺生しないと8割は確信していた。奴の返答で10割の確証を得たが、肝心なのはその裏。
商は話している間、不自然に体を大きく揺らしながら、間合いを詰めてきている。まるで酔っぱらいの千鳥足だ。前後左右、進行方向が読みづらい。
「ほほぅ、そうでしたか。しかし何故でしょう、殺さない理由は」
「理由? クク、あの方のご命令だから殺さないだけよ。本当はこの大鎌の切れ味を、トクと味わせてやりたいがの。……こんな風に、のッ!」
商が口にした刹那、千鳥足が繊細なステップに変わって急接近してきた。奴の一打を許すまいと冷静に斬撃を加えたが、奴は体をうねらせて柔軟に回避。そのまま滑らかな動きで体勢を整えると、反動もなく大鎌を振り下ろした。
しかし僕も、商の攻撃を紙一重で斧の柄によって防御し、右に受け流した勢いで再度の一閃を与える。すると奴は、またも波打つような動きで僕の攻撃をかわし、鋭い一撃。この攻撃と防御を突くように交互で繰り返す動きは、例えるならば〝蛇〟。
「ッ……厄介ですね。蛇拳、ですか。それも酔拳の類を取り入れている」
「流石は国守護楽団の副長、詳しいの。言うなれば蛇酔拳よ。やはり和泉の前に、お主を潰すべきと判断して正解だった。だが、ちと骨が折れそうだ……先にもう一人を始末するかのッ」
そう言って奴は標的を僕から急遽純君に定めた。彼はまだ荷物を抱えてロータリーの真ん中で腰を抜かしている――はずだったが、慌てて視線を流すと、その姿は忽然と消えていた。
辺りを見渡しても姿はない。恐怖のあまりに逃げ出したのか? それとも……。
「俺を探しているのカ? 酔っ払い爺サン」
「ッなぬ……!?」
一時の静寂へ落とされた声は、彼のものにしては妙に冷めた印象だ。息つく間もなく商の頭上から落雷の如く現れた純君は、いつの間に変化させたのか大型の剣を上段に構えていた。
商は持ち前の俊敏性で大鎌をかざし、純君の攻撃を真正面から受け止めた。鈍い金属音が響き渡り、その衝動の強さが頬に伝わる。簡単に殺れると思っていた商は、想定外と言わんばかりに引き、再び僕たちと間合いを取った。
「出遅れて悪いナ、副長。さぁ、宴の始まりダ!」
雰囲気がどこか別人のように見える彼は、威勢よく咆えると大剣で商を指して、カッコよく決め込んだ。
純君。キミ、剣を握ると人格が変わるタイプなのですか。
……すごく面倒クサー。
当然、相部屋にはしませんが、他の一室を準備するくらいならお安いご用です。朝食はまたこのシェアハウスにお邪魔すればいいんですし。
楽団の練習時間は16時までと言っていましたっけ。食い散らかしたことを攻められる前に、今日のところはお暇しましょう。
食べた分のおよその代金だけきっちり机の上に置き、16時に僕たちはハウスを後にしました。歩くと少し距離はありますが、PC作業で一日ほぼ座りっぱなしですので、良い運動になって丁度良いのです。
いつもなら夕食は取らないスタイルなのですが、純君が「お腹が空いたヨ~!」と泣き喚くので、仕方なくラーメン屋へ寄り道。まるで子供を連れてるようですね。
さすがにそこの代金は自分で支払わせ、再びホテルに向かったのが17時半頃でした。
この時期、日はだいぶん長くなりましたが、少し薄暗くなる時間帯です。早いところでは街灯が点き始め、もの寂しい雰囲気が漂います。
でもホテル周りは常に煌々として明るいので、それが目に入りホッと一息吐いたところでしたでしょうか。
……その、異様な空気を感じ取ったのは。
正面入り口の広い車寄せエリアに足を踏み入れた僕たちの影が、西日の影響にしては随分と長く伸びたのです。そこから蜷局を巻くような胴体の長い影が目に入るのと、僕が手にしていたトランペットのケースを手前に掲げたのは、恐らくほぼ同時。
「変化……ッ!」
「クク……、クハハハハハ……ッ!」
「ヒィイイ! 何事ォ~!?」
変化の強い閃光で良く見えなかったですが、長い影は大型の武器を振り回し、紫色の霧のようなものを放出したのです。反射的に〝浴びてはいけない〟と判断した僕は、出現した両刃斧をキャッチすると共に強めに大振り。周囲に旋風を巻き起こして、霧を吹き飛ばしました。
お陰で僕たちの身には何も起こりませんでしたが、霧は既に広範囲に充満しており、ホテルマンや道行く人などの一般人がバタバタと倒れていきました。これは……、やはり毒霧。
純君はまだ状況が掴めていないのか、僕の足元で体を小さくするようにしゃがみ込んで、荷物を抱えているのみ。……なるほど。これは前世の僕が多少イラッとしても、理解できますねぇ。
「純君! 立ってください、早く!」
「ウゥ~、だって僕は……」
そんな半べそで見られましても……、もしかして初めての戦闘なのでしょうか? 記憶が戻ったメンバーは皆、その数日後に闇犬を始めとする下僕部隊に襲撃されたと聞いているのですが。
ですが呆れている間もなく、風を切る音に反射的に斧で受け返すと、いつの間にか敵が目の前に迫っていることに少し驚いてしまいました。斧に力を込めて跳ね返すと、敵は一旦退避。どうやら純君に構っている暇はないようです。彼も戦士、いざとなったら自分で身を守れるはず。
もっと集中しなければ殺られてしまう――。
僕は一瞬目を閉じ、素早く深呼吸をした。
改めて鋭く見据えた相手の正体は、ボサボサな白髪を持つ細身のご老人。細身といえど鍛えられた筋肉が見事であり、似つかわしくない大鎌を担いで堂々とした風貌だ。そして極めつけが、奴の右手の甲に刻まれた五角形のマークに『商』の刻印。
……あぁ、ようやく僕の前にもお出ましということですか。
「こんばんは、五音衆の商さん。いきなりの毒霧とは、なかなかのご挨拶ではありませんか。彼らは死んでしまったんですかねぇ?」
「クク。そう聞く割りに冷静ではないか、武蔵殿。分かっているくせに悪い男よの。我々は貴様ら以外の人間を殺しはせん」
おや、どうやらこちらの自己紹介は不要のようで。確かに僕らはこれまでの傾向から、メストは人を無駄に殺生しないと8割は確信していた。奴の返答で10割の確証を得たが、肝心なのはその裏。
商は話している間、不自然に体を大きく揺らしながら、間合いを詰めてきている。まるで酔っぱらいの千鳥足だ。前後左右、進行方向が読みづらい。
「ほほぅ、そうでしたか。しかし何故でしょう、殺さない理由は」
「理由? クク、あの方のご命令だから殺さないだけよ。本当はこの大鎌の切れ味を、トクと味わせてやりたいがの。……こんな風に、のッ!」
商が口にした刹那、千鳥足が繊細なステップに変わって急接近してきた。奴の一打を許すまいと冷静に斬撃を加えたが、奴は体をうねらせて柔軟に回避。そのまま滑らかな動きで体勢を整えると、反動もなく大鎌を振り下ろした。
しかし僕も、商の攻撃を紙一重で斧の柄によって防御し、右に受け流した勢いで再度の一閃を与える。すると奴は、またも波打つような動きで僕の攻撃をかわし、鋭い一撃。この攻撃と防御を突くように交互で繰り返す動きは、例えるならば〝蛇〟。
「ッ……厄介ですね。蛇拳、ですか。それも酔拳の類を取り入れている」
「流石は国守護楽団の副長、詳しいの。言うなれば蛇酔拳よ。やはり和泉の前に、お主を潰すべきと判断して正解だった。だが、ちと骨が折れそうだ……先にもう一人を始末するかのッ」
そう言って奴は標的を僕から急遽純君に定めた。彼はまだ荷物を抱えてロータリーの真ん中で腰を抜かしている――はずだったが、慌てて視線を流すと、その姿は忽然と消えていた。
辺りを見渡しても姿はない。恐怖のあまりに逃げ出したのか? それとも……。
「俺を探しているのカ? 酔っ払い爺サン」
「ッなぬ……!?」
一時の静寂へ落とされた声は、彼のものにしては妙に冷めた印象だ。息つく間もなく商の頭上から落雷の如く現れた純君は、いつの間に変化させたのか大型の剣を上段に構えていた。
商は持ち前の俊敏性で大鎌をかざし、純君の攻撃を真正面から受け止めた。鈍い金属音が響き渡り、その衝動の強さが頬に伝わる。簡単に殺れると思っていた商は、想定外と言わんばかりに引き、再び僕たちと間合いを取った。
「出遅れて悪いナ、副長。さぁ、宴の始まりダ!」
雰囲気がどこか別人のように見える彼は、威勢よく咆えると大剣で商を指して、カッコよく決め込んだ。
純君。キミ、剣を握ると人格が変わるタイプなのですか。
……すごく面倒クサー。
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