8-8
ー/ー
和泉と楽しい会話をしている僕だけれど、心の片隅ではずっと日向のことが気に掛かっていた。
確かに、口論になって出て行った彼が戻ってきた辺りから、少し目の色が違うようには感じていた。何というか、少し曇りが晴れたという印象。後になってあの時、日向は武蔵と一緒にいたことを知った。恐らくそこで何らかの助言を受けたと考えるのが妥当だろう。
団長の勝手で集まったファンを前にし、その危険性を察知した日向は怒りを露わにした。そしてその勢いで口にした〝俺らはともかく、大事な和泉に何かあったら困る〟というのは彼の本心だろう。
日向にとっても、和泉は大切な存在であると認識しているのだ。
……なんだよ。
何だかんだで君の中でも、大きな存在になってるじゃないか。
そう心で呟くと胸の奥が強く締め付けられ、息が詰まるのを感じた。日向の中で和泉は『前世の和泉』ではなく『今、目の前にいる和泉』として変わり始めている。
「――きくん。ねぇ、安芸君。どうかした?」
「っあ、ごめん。大丈夫だよ、聞いてる」
悶々としすぎて、和泉の話に集中していなかった。せっかくの彼女とのひとときなのに、他事考えるなんて勿体ないことを……。
彼女のこんなに穏やかな表情を見るのは初めてだ。髪型で隠れて見えないけれど、音の不具合を解決する補聴器を用意できて、本当に良かったと思う。武蔵さんと和矢には感謝しなければ。
僕の願いはいつだって、大好きな君が笑顔でいることだ。今はまだ、僕が一番に君のことを想っていると自負できる。
でももうすぐ、そうではなくなるだろう。アイツが過去の呪縛から解き放たれ、己の心に向き合えたというなら、僕は逃げも隠れもしない。
だって君は好敵手である前に、記憶が戻ってから苦楽を共にしてきた戦友だ。僕にとっては和泉と同じくらい、アイツも大切な存在であることに偽りはない。だからこそ、彼とは正々堂々と勝負したいんだ。
だが、日向の口から直接聞くまでは、僕は一歩も譲る気はないし、まだアイツを認めるつもりもない。
彼が自分から宣言して初めて、ようやく同じスタートラインに立てるのだと、そう思っているから。
◇
「じゃあじゃあムサシ、次のギャグいくヨ!? 『君、イギリス人がどうやってスーツを選ぶか聞いたカイ? タキシードよりも、タクシーを選ぶんダ。流石だよネ』」
「~~っ、ブフッ! ハハハハッ! アハハハハハ……」
純君が日向君たちのシェアハウスに来てから、かれこれ3時間以上が経ちました。彼のギャグはもう、これで34個目でしょうか。こんなに笑ったのは久しぶりかもしれませんねぇ。思わず涙まで出てきちゃいました。いやぁ、仲間にこんな面白い子がいるとは思いませんでしたよ。
「今のも秀逸ですよ、純君。これは高級服であるタキシードよりタクシー……つまり、交通手段の利便性に重点を置くことを茶化しているのですね。Tuxedo と Taxi の言葉遊びも絶妙です」
「Oh! サスガ良く分かってるネ! もうムサシ大好き、一生ついてくヨ~!」
「いや、野郎と一生は勘弁してほしいですけどねぇ」
一生添い遂げることは遠慮しましたが、初対面の時に比べたら純君とは随分と打ち解けたでしょう。連絡を受けて駅まで迎えに行った時、彼は怯えて目も合わせてくれませんでしたから。
前世の僕は、マイペースな純君こと但馬にかなり厳しかったようですので、無理もありません。副長という立場に責任を感じるあまり、思いやりの心を持つ余裕がなかったのでしょう。今の僕とて彼の意思は尊重しますが、厳しく当たることは違うと思っています。……あぁ、安芸君たちを襲ったことは別ですけどね。
それでまずは、美味しい昼食(安芸君が作り置きしていたもの)をご馳走し、香り豊かなフレーバーティー(安芸君が和泉ちゃんのために買ってあったもの)を振る舞い、彼と真摯に会話することで緊張を解してあげましたよ。大丈夫です、後で代金は支払います。
そして純君の夢を聞き、彼にギャグを披露してもらってからはもう、あっという間に距離が縮まった次第。
こんなに面白いのに、日向君たちは一切笑わなかったそうですね。まだまだ彼らも若いということでしょう。
「ところでムサシは、さっきカラ何を調べているのですカ?」
「あぁ、これですか。和矢君から送られてくる、異常電波のデータ分析をしているのですよ。メストがこれをどうやって生成しているのか、非常に興味深いですからね。君が笑わせてくるので、なかなか進んでいませんが」
「オーゥ、僕のせいですカ~?」
不服そうに頬を膨らませる純君。歳は19とのことですが、何だか広君と錯覚しそうですね。
彼はパソコンの画面を覗き込んだものの、電波の波長を表す波形モニターや、無数の英数字が並ぶコードエディタの画面が広がっていて、脳内が一気にパンクしたようです。その証拠に頭から煙が出ていますし。
それにしてもこの電波、なかなかの曲者です。波形や信号を構成する周波数成分1つ1つにしても、見たことがありません。自然界では通常見られない数値です。我々に音として認識できないのは、人間の聴覚帯域を超えているからでしょう。
腕を組んで画面と睨めっこするように唸っていると、生気を取り戻した純君が「あ。」と思い出したように呟きました。
「そーいえばムサシ、〝アンリ〟もしくは〝アンリサ〟という単語に聞き覚えはありますカ?」
「アン……? 何ですか、それは」
唐突に投げられた質問に、僕は首を傾げました。どうやら彼は安芸君から、それを僕に尋ねてくれと頼まれていたようです。もう会ってから随分時間は経ってますが……。まぁ安芸君自身も、直接に聞く機会を逃していたみたいですけれど。
〝カクハ、ヤリマシタ! イトシノ、アンリサ――〟
安芸君の伝言によれば、それが以前に彼らが倒した五音衆の一人が、断末魔と共に残した台詞とのこと。〝愛しの〟という文節から名前であると推測できるでしょう。命が尽きる時に呼ぶ名なら、相当の人物であるに違いありません。
「残念ながら……。しかし重要な手がかりです、覚えておきましょう」
僕はメストに関する情報ファイルに、その名前を付け加えたのでした。
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確かに、口論になって出て行った彼が戻ってきた辺りから、少し目の色が違うようには感じていた。何というか、少し曇りが晴れたという印象。後になってあの時、日向は武蔵と一緒にいたことを知った。恐らくそこで何らかの助言を受けたと考えるのが妥当だろう。
団長の勝手で集まったファンを前にし、その危険性を察知した日向は怒りを露わにした。そしてその勢いで口にした〝俺らはともかく、大事な和泉に何かあったら困る〟というのは彼の本心だろう。
日向にとっても、和泉は大切な存在であると認識しているのだ。
……なんだよ。
何だかんだで君の中でも、大きな存在になってるじゃないか。
そう心で呟くと胸の奥が強く締め付けられ、息が詰まるのを感じた。日向の中で和泉は『前世の和泉』ではなく『今、目の前にいる和泉』として変わり始めている。
「――きくん。ねぇ、安芸君。どうかした?」
「っあ、ごめん。大丈夫だよ、聞いてる」
悶々としすぎて、和泉の話に集中していなかった。せっかくの彼女とのひとときなのに、他事考えるなんて勿体ないことを……。
彼女のこんなに穏やかな表情を見るのは初めてだ。髪型で隠れて見えないけれど、音の不具合を解決する補聴器を用意できて、本当に良かったと思う。武蔵さんと和矢には感謝しなければ。
僕の願いはいつだって、大好きな君が笑顔でいることだ。今はまだ、僕が一番に君のことを想っていると自負できる。
でももうすぐ、そうではなくなるだろう。アイツが過去の呪縛から解き放たれ、己の心に向き合えたというなら、僕は逃げも隠れもしない。
だって君は好敵手である前に、記憶が戻ってから苦楽を共にしてきた戦友だ。僕にとっては和泉と同じくらい、アイツも大切な存在であることに偽りはない。だからこそ、彼とは正々堂々と勝負したいんだ。
だが、日向の口から直接聞くまでは、僕は一歩も譲る気はないし、まだアイツを認めるつもりもない。
彼が自分から宣言して初めて、ようやく同じスタートラインに立てるのだと、そう思っているから。
◇
「じゃあじゃあムサシ、次のギャグいくヨ!? 『君、イギリス人がどうやってスーツを選ぶか聞いたカイ? タキシードよりも、タクシーを選ぶんダ。流石だよネ』」
「~~っ、ブフッ! ハハハハッ! アハハハハハ……」
純君が日向君たちのシェアハウスに来てから、かれこれ3時間以上が経ちました。彼のギャグはもう、これで34個目でしょうか。こんなに笑ったのは久しぶりかもしれませんねぇ。思わず涙まで出てきちゃいました。いやぁ、仲間にこんな面白い子がいるとは思いませんでしたよ。
「今のも秀逸ですよ、純君。これは高級服であるタキシードよりタクシー……つまり、交通手段の利便性に重点を置くことを茶化しているのですね。|Tuxedo《タキシード》 と |Taxi《タクシー》 の言葉遊びも絶妙です」
「Oh! サスガ良く分かってるネ! もうムサシ大好き、一生ついてくヨ~!」
「いや、野郎と一生は勘弁してほしいですけどねぇ」
一生添い遂げることは遠慮しましたが、初対面の時に比べたら純君とは随分と打ち解けたでしょう。連絡を受けて駅まで迎えに行った時、彼は怯えて目も合わせてくれませんでしたから。
前世の僕は、マイペースな純君こと但馬にかなり厳しかったようですので、無理もありません。副長という立場に責任を感じるあまり、思いやりの心を持つ余裕がなかったのでしょう。今の僕とて彼の意思は尊重しますが、厳しく当たることは違うと思っています。……あぁ、安芸君たちを襲ったことは別ですけどね。
それでまずは、美味しい昼食(安芸君が作り置きしていたもの)をご馳走し、香り豊かなフレーバーティー(安芸君が和泉ちゃんのために買ってあったもの)を振る舞い、彼と真摯に会話することで緊張を解してあげましたよ。大丈夫です、後で代金は支払います。
そして純君の夢を聞き、彼にギャグを披露してもらってからはもう、あっという間に距離が縮まった次第。
こんなに面白いのに、日向君たちは一切笑わなかったそうですね。まだまだ彼らも若いということでしょう。
「ところでムサシは、さっきカラ何を調べているのですカ?」
「あぁ、これですか。和矢君から送られてくる、異常電波のデータ分析をしているのですよ。メストがこれをどうやって生成しているのか、非常に興味深いですからね。君が笑わせてくるので、なかなか進んでいませんが」
「オーゥ、僕のせいですカ~?」
不服そうに頬を膨らませる純君。歳は19とのことですが、何だか広君と錯覚しそうですね。
彼はパソコンの画面を覗き込んだものの、電波の波長を表す波形モニターや、無数の英数字が並ぶコードエディタの画面が広がっていて、脳内が一気にパンクしたようです。その証拠に頭から煙が出ていますし。
それにしてもこの電波、なかなかの曲者です。波形や信号を構成する周波数成分1つ1つにしても、見たことがありません。自然界では通常見られない数値です。我々に音として認識できないのは、人間の聴覚帯域を超えているからでしょう。
腕を組んで画面と睨めっこするように唸っていると、生気を取り戻した純君が「あ。」と思い出したように呟きました。
「そーいえばムサシ、〝アンリ〟もしくは〝アンリサ〟という|単語《ワード》に聞き覚えはありますカ?」
「アン……? 何ですか、それは」
唐突に投げられた質問に、僕は首を傾げました。どうやら彼は安芸君から、それを僕に尋ねてくれと頼まれていたようです。もう会ってから随分時間は経ってますが……。まぁ安芸君自身も、直接に聞く機会を逃していたみたいですけれど。
〝カクハ、ヤリマシタ! イトシノ、アンリサ――〟
安芸君の伝言によれば、それが以前に彼らが倒した五音衆の一人が、断末魔と共に残した台詞とのこと。〝|愛しの《イトシノ》〟という文節から名前であると推測できるでしょう。命が尽きる時に呼ぶ名なら、相当の人物であるに違いありません。
「残念ながら……。しかし重要な手がかりです、覚えておきましょう」
僕はメストに関する情報ファイルに、その名前を付け加えたのでした。