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8-6

ー/ー



 俺たち三人の間に緊張感が走ったのは、俺が和泉へ「別に……」と動揺を隠しながら答えた直後だった。何者かが明らかにこちらへ全力で駆け寄る足音が聞こえたのだ。瞬時に俺たちは和泉の周りを囲み、戦闘態勢に入る。
 この即断に至ったのは他でもない、昨日の〝和泉に近づく者は、全て警戒すること〟という武蔵の忠告によるものだ。この話を知らない和泉は驚いているが、説明している余裕はない。

 背中に担いだチェロのケースに手を伸ばし、迫り来る危機に備えて構える。
 駅から流れてきたさっきの連中なら力尽くで制圧するとして、もしメストだとしたら……。こんな時間に奴らが現れたことはないが、可能性はゼロではない。万一を考えればやるしかねぇ。

(ヴァリ)――」
「オ~~~~ミ~~~~ッ!!」
「は……? ッ、ンごっ!?」

 先手を打つべく変化呪文を口にしようとしたが、緊迫した空気にそぐわない陽気な声で遮られてしまった。続けて背後から困惑と呻く声がし、驚いて振り返ると、近江が誰かに高速タックルを受けて倒れる瞬間を目の当たりにした。

「え……?」

 呆気に取られてフリーズする俺と安芸、和泉を差し置き、押し倒した近江をがっちりホールドしている人物は満面の笑みを浮かべていた。
 
「オーミ、会いたかったヨ~!」
「おまっ、純……! 突撃してくんな、離せコラ!」

 離すどころか近江の頬に自分の頬をすり寄せている相手は、可愛い女ではなく、俺たちと変わらない歳であろう男だ。
 髪は茶にしては色素が薄く、どちらかというと金に近い短髪。青い瞳と高い鼻、そして妙なイントネーションの口調からして、日本人ではない印象を受ける。

 とりあえず、こんな間抜けそうな奴がメストにいるわけねぇ。何より奇しくも、その顔には見覚えがあるのだ。

「まさか、お前……」
「Oh! ヒューガ、初めましてネェ! こっちはアッキー! そして……ズーミ! やっと会えたヨォ~~」

 謎の男が今度は和泉に躊躇なく抱きつこうとしたが、俺と安芸が左右から殴り飛ばして阻止をした。ある意味、これも和泉を守る一貫だ。
 赤くなった頬を押さえながら「ヒドイ~」と泣く男を見下ろし、俺たちは盛大に溜め息を吐く。まさかこんな風に再会する仲間がいるとは、予想したくもなかった。

「おい近江。できれば違うと言ってほしいが、このお調子者は但馬(たじま)か?」
「……そうだ」

 ようやく解放された近江が、肩を落としながら渋い顔で答える。
 何だか頭痛がするのは気のせいか。

 案の定、やたら馴れ馴れしいこの男こそ、ブリッランテの一員である但馬のようだ。近江は俺たちとコンタクトを取る前から、所在が近いであろう但馬と連絡を取っていた。
 当初、近江は俺と安芸に合流する際、但馬と一緒に来るはずだったが〝すぐに発てない〟と断られた経緯がある。結局近江は一人で大阪入りをし、それから但馬とは音信不通だと言っていたが……。

「現世のコイツの名は、但馬・オリバー・純。和矢たちと同じ首領名が名字だから、俺は〝純〟と呼んでいる。見た目でも分かると思うが、父親がイギリス人のハーフだそうだ」
「ハーイ、純デース! ヨロシクお願いシマース!」

 今までにないタイプの人柄に、俺たちは接し方に困っていた。ノリが軽そうなのは既にもう感じているが、顔はハーフなだけあってハリウッド俳優にいそうな、なかなかのハンサムだ。それが変なギャップを与え混乱させてきやがる。
 更に武器である楽器を持っていないことが気になったが、あろうことか駅のロッカーへ預けているらしい。

 恐る恐る真面目代表こと安芸の顔を見てみれば、表情が引きずっていた。楽器のことは勿論、外人の挨拶手段とはいえ、和泉に抱きつこうとしたことも悪印象だろう。絶対苦手なタイプだな、アイツ。

「じゅ、純……よろしく。和泉には前世の記憶がないから、彼女を困らせる行動は慎むようにね」
「オーゥ、そうですカー。ズーミ、僕のことは覚えてナイんだネ。ダイジョーブ、スグに友達(フレンド)になれるヨ~」
「う、うん。よろしくね、純君」

 〝抱きつくと殴られる〟という学習はできたのか、純は和泉の手を握り大振りの握手を交した。まぁ、握手ぐらいは勘弁してやろう。安芸はかなり不服そうだが。

「で、お前はいつ大阪(こっち)に来たんだ? オーディションがどうのとか言ってなかったか」
「Oh、そうネー。大阪に来たのは昨日ダヨ。僕、お城(キャッスル)が好きで今日は大阪城(オーサカジョー)に行ってたんダ。そしたら、オーミたちが載ってるポスターを見つけて驚いたヨ! 見てる人たちイッパイいたから、君たちは人気モノなんだネ」

 どこか羨ましそうに話す純の説明に、俺たちこそ驚いた。まさかここで団長(オッサン)の宣伝が役に立つとは思わなかった。っつーかポスターまで貼ってやがったとは、後で絶対に剥がさせなければ。
 そして純は同じくポスターを見ていた人から、SNSに上がっている楽団の情報を入手した。ハンサムが功を奏し、聞く女性は皆優しく答えてくれたらしい。それはそれで武蔵とは違う鼻のつき方だ。

 にしても、近江はよくコイツと普通に会話できてんな。

「それで、この辺りに楽団があるって聞いて来たら、皆を見て追いかけたワケ! まさに運命(デスティニー)ってやつカナ。……オーディションも失敗(フェイル)しちゃったし、きっと神様はオーミたちと戦えって言ってるんダネ」
「へぇ。オーディションって、何を受けてたんだ? きっと君ほどの容姿なら、モデルとかだろうけど」

 安芸が皮肉を込めて問う。だが純は「よく聞いてくれたネ!」と満面の笑みを浮かべているから、多分そうだとは気づいていない。

「実は僕、芸人になりたかったンデース!」
「……げ、芸人!?」
「Oh、疑ってますカ~? なら僕の、渾身のギャグを披露しまショウッ!!」

 仰天する俺たちに構わず、純は自信満々に踏ん反り返った。残念ながら初対面から面白いと感じた瞬間はないが……、オーディションを受けるくらいだから、もしかしたら意外な才能があるかもしれねぇ。俺たちは苦い視線を交しつつ、奴に注目した。

「知ってるカイ? イギリス人は驚く時、こう言うのサ。『Oh my tea !』……だって彼らは紅茶が命だからネ!」

 ――期待した俺たちがバカだった。もう春だってのに、その場が真冬のように凍り付いた。



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 俺たち三人の間に緊張感が走ったのは、俺が和泉へ「別に……」と動揺を隠しながら答えた直後だった。何者かが明らかにこちらへ全力で駆け寄る足音が聞こえたのだ。瞬時に俺たちは和泉の周りを囲み、戦闘態勢に入る。
 この即断に至ったのは他でもない、昨日の〝和泉に近づく者は、全て警戒すること〟という武蔵の忠告によるものだ。この話を知らない和泉は驚いているが、説明している余裕はない。
 背中に担いだチェロのケースに手を伸ばし、迫り来る危機に備えて構える。
 駅から流れてきたさっきの連中なら力尽くで制圧するとして、もしメストだとしたら……。こんな時間に奴らが現れたことはないが、可能性はゼロではない。万一を考えればやるしかねぇ。
「|変《ヴァリ》――」
「オ~~~~ミ~~~~ッ!!」
「は……? ッ、ンごっ!?」
 先手を打つべく変化呪文を口にしようとしたが、緊迫した空気にそぐわない陽気な声で遮られてしまった。続けて背後から困惑と呻く声がし、驚いて振り返ると、近江が誰かに高速タックルを受けて倒れる瞬間を目の当たりにした。
「え……?」
 呆気に取られてフリーズする俺と安芸、和泉を差し置き、押し倒した近江をがっちりホールドしている人物は満面の笑みを浮かべていた。
「オーミ、会いたかったヨ~!」
「おまっ、純……! 突撃してくんな、離せコラ!」
 離すどころか近江の頬に自分の頬をすり寄せている相手は、可愛い女ではなく、俺たちと変わらない歳であろう男だ。
 髪は茶にしては色素が薄く、どちらかというと金に近い短髪。青い瞳と高い鼻、そして妙なイントネーションの口調からして、日本人ではない印象を受ける。
 とりあえず、こんな間抜けそうな奴がメストにいるわけねぇ。何より奇しくも、その顔には見覚えがあるのだ。
「まさか、お前……」
「Oh! ヒューガ、初めましてネェ! こっちはアッキー! そして……ズーミ! やっと会えたヨォ~~」
 謎の男が今度は和泉に躊躇なく抱きつこうとしたが、俺と安芸が左右から殴り飛ばして阻止をした。ある意味、これも和泉を守る一貫だ。
 赤くなった頬を押さえながら「ヒドイ~」と泣く男を見下ろし、俺たちは盛大に溜め息を吐く。まさかこんな風に再会する仲間がいるとは、予想したくもなかった。
「おい近江。できれば違うと言ってほしいが、このお調子者は|但馬《たじま》か?」
「……そうだ」
 ようやく解放された近江が、肩を落としながら渋い顔で答える。
 何だか頭痛がするのは気のせいか。
 案の定、やたら馴れ馴れしいこの男こそ、ブリッランテの一員である但馬のようだ。近江は俺たちとコンタクトを取る前から、所在が近いであろう但馬と連絡を取っていた。
 当初、近江は俺と安芸に合流する際、但馬と一緒に来るはずだったが〝すぐに発てない〟と断られた経緯がある。結局近江は一人で大阪入りをし、それから但馬とは音信不通だと言っていたが……。
「現世のコイツの名は、但馬・オリバー・純。和矢たちと同じ首領名が名字だから、俺は〝純〟と呼んでいる。見た目でも分かると思うが、父親がイギリス人のハーフだそうだ」
「ハーイ、純デース! ヨロシクお願いシマース!」
 今までにないタイプの人柄に、俺たちは接し方に困っていた。ノリが軽そうなのは既にもう感じているが、顔はハーフなだけあってハリウッド俳優にいそうな、なかなかのハンサムだ。それが変なギャップを与え混乱させてきやがる。
 更に武器である楽器を持っていないことが気になったが、あろうことか駅のロッカーへ預けているらしい。
 恐る恐る真面目代表こと安芸の顔を見てみれば、表情が引きずっていた。楽器のことは勿論、外人の挨拶手段とはいえ、和泉に抱きつこうとしたことも悪印象だろう。絶対苦手なタイプだな、アイツ。
「じゅ、純……よろしく。和泉には前世の記憶がないから、彼女を困らせる行動は慎むようにね」
「オーゥ、そうですカー。ズーミ、僕のことは覚えてナイんだネ。ダイジョーブ、スグに|友達《フレンド》になれるヨ~」
「う、うん。よろしくね、純君」
 〝抱きつくと殴られる〟という学習はできたのか、純は和泉の手を握り大振りの握手を交した。まぁ、握手ぐらいは勘弁してやろう。安芸はかなり不服そうだが。
「で、お前はいつ|大阪《こっち》に来たんだ? オーディションがどうのとか言ってなかったか」
「Oh、そうネー。大阪に来たのは昨日ダヨ。僕、|お城《キャッスル》が好きで今日は|大阪城《オーサカジョー》に行ってたんダ。そしたら、オーミたちが載ってるポスターを見つけて驚いたヨ! 見てる人たちイッパイいたから、君たちは人気モノなんだネ」
 どこか羨ましそうに話す純の説明に、俺たちこそ驚いた。まさかここで|団長《オッサン》の宣伝が役に立つとは思わなかった。っつーかポスターまで貼ってやがったとは、後で絶対に剥がさせなければ。
 そして純は同じくポスターを見ていた人から、SNSに上がっている楽団の情報を入手した。ハンサムが功を奏し、聞く女性は皆優しく答えてくれたらしい。それはそれで武蔵とは違う鼻のつき方だ。
 にしても、近江はよくコイツと普通に会話できてんな。
「それで、この辺りに楽団があるって聞いて来たら、皆を見て追いかけたワケ! まさに|運命《デスティニー》ってやつカナ。……オーディションも|失敗《フェイル》しちゃったし、きっと神様はオーミたちと戦えって言ってるんダネ」
「へぇ。オーディションって、何を受けてたんだ? きっと君ほどの容姿なら、モデルとかだろうけど」
 安芸が皮肉を込めて問う。だが純は「よく聞いてくれたネ!」と満面の笑みを浮かべているから、多分そうだとは気づいていない。
「実は僕、芸人になりたかったンデース!」
「……げ、芸人!?」
「Oh、疑ってますカ~? なら僕の、渾身のギャグを披露しまショウッ!!」
 仰天する俺たちに構わず、純は自信満々に踏ん反り返った。残念ながら初対面から面白いと感じた瞬間はないが……、オーディションを受けるくらいだから、もしかしたら意外な才能があるかもしれねぇ。俺たちは苦い視線を交しつつ、奴に注目した。
「知ってるカイ? イギリス人は驚く時、こう言うのサ。『Oh my tea !』……だって彼らは紅茶が命だからネ!」
 ――期待した俺たちがバカだった。もう春だってのに、その場が真冬のように凍り付いた。