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8-3

ー/ー



 安芸君と一緒に洗い物を済ませ、食後のコーヒーまで出してもらったところで、武蔵さんがテーブル上にノートパソコンを広げ始めた。
 皆が興味津々に注目する中、電源が入れられたモニターには懐かしい姿が映されていた。

『皆さん、お久しぶりです!』
『なのだ!』

 青みがかった黒のサラサラの髪を揺らし、天才少年が爽やかな笑みを浮かべて手を振る。その傍らには彼の大親友と二人の相棒の姿もしっかりと見ることができて、胸の奥から嬉しさが込み上がった。

「和矢君! それに広君とソプラ、テナーも! 元気そうで良かった。でも、どうして?」
「凄い、リモートってやつだね。初めて見たよ。広島で日向と連絡取ってた時は、スマホしか使ってなかったからなぁ」
『昨晩、武蔵さんに連絡をもらって共同開発をしていたんです。急な相談でとても驚きましたが……』

 和矢君の言葉に、皆の視線が再び武蔵さんに集中する。どうやら和矢君の連絡先は安芸君から聞いたみたいだ。
 武蔵さんは得意げに咳払いをすると、先ほど取り出した補聴器のような装置を改めて手に取って見せた。両耳に付けるのか数は2つだ。

「えぇ、和矢君の力なしには不可能と思いましたから。この、和泉ちゃんを音の不快現象から守るための装置を作るには、ね」
「流石です、武蔵さん。でもまさか昨晩の相談で、翌朝に出来上がるとは思いませんでしたよ。和矢も協力ありがとう」

 安芸君の御礼の言葉に、武蔵さんと和矢君はニッコリと微笑む。他の皆も、彼らが話す内容を把握している様子だ。
 最初こそ私は何の話をしているのか全く分からなかったけれど、武蔵さんの説明でようやく腑に落ちた。

 〝和泉ちゃん(私)を音の不快現象から守るため〟

 昨晩の出来事を覚えていないわけじゃない。高杉君と帰宅途中、ズレていた音が突然消えたこと。それが聞き間違いではないと理解した時、悪寒が体中を駆け巡り、全身が震えるのを感じた。息が苦しくなり、高杉君が何かを叫ぶ声も、恐怖が私の意識を支配する中で遠ざかっていった。

 そこから後のことは記憶にない。例によって目が覚めたら、このハウスで朝を迎えていたのだから。
 あんな重要な事態が起きたのに、何も気にすることなく私は朝食を楽しめた。それが〝仲間の皆が発する音は影響しない〟という特質と、テレビなどの外部の音を彼らがシャットアウトしてくれたからだと、今更に気づく。……皆のさりげない配慮に、いつも心を震わされるばかりだ。

 思えば私はしょっちゅう気を失い、皆に迷惑ばかりかけている。高杉君にここへ運んでもらったのだって三度目なのだ。もっと胸を張って総長らしく、仲間に頼られる存在でありたいのに。

「――ずみ。和泉、大丈夫? 気分が悪いなら休んでていいよ」

 隣に座っていた安芸君が、心配そうに私の顔を覗き込む。しまった……自分のことばかりで、すっかり話を聞いていなかった。

「ありがとう、気分は大丈夫なんだけど……」
「そう? ならいいんだけど。昨日、日向から話を聞いて何とかしなきゃと思って、僕が武蔵さんに相談したんだ。二人で作ったコレが、ズレた音や足りない音を補正してくれるそうだよ」

 そう言って安芸君は、コロンと手の平に小さな補聴器を置いてくれた。
 この中にそんな機能が備わっているだなんて驚きだ。これをたった一晩で作れたのは、既に和矢君が音のズレについ調査・解析を進めていたお陰だと、安芸君は続けた。

 実は、和矢君も音の消失にいち早く気づき、私を案じて連絡をしようとしていたらしい。でも、それより先に武蔵さんからの協力要請が届き、すぐに分析データを提供したという。それを基に武蔵さんが自動補正システムをプログラミングし、補聴器を完成させたのだ。
 ……と二人は簡潔に説明をしてくれたけれど、それって簡単にできることなのだろうか。私には、かなりハイレベルなことをやっているとしか思えないのですが。

「つーか、データ解析できる和矢がヤバイ奴なのは勿論だけど……、それでシステムを構築できる武蔵。アンタも一体何者?」

 同じく渋い表情を浮かべる近江君が尋ねる。
 良かった、私だけじゃなかった。

「いやいや、何者でもないですよ。ちょーっとプログラミングができる、ただのIT企業経営者です~」
「あ、そ。…………はぁ!? 経営者って、アンタ社長かよ!? てかずっと気になってたけど、IT企業ならその白衣は何なんだよ!」

 一度は呑み込んだものの、〝経営者〟というワードに反応してツッコむ近江君。それに対し武蔵さんは涼しい顔で「似合うからです」と答えた。
 まるで自分の美を自慢するような発言に近江君は肩を落とし、私と安芸君は苦笑した。武蔵さんってナルシスト気質なのかな。……あ、高杉君も顔が引き攣ってるし。

 するとこのやり取りを見ていた和矢君が、画面越しに真顔で口を挟んだ。

『白衣は、武蔵さんが着るには最適の衣装だと思います。白は清潔感や専門性を主張できますし、人々に信頼感を与える効果があるんですよ。医者や科学者が白衣を着るのも同じ理由です。僕たちが武蔵さんと気兼ねなく話せるのは、その効果もあるのでしょう』

 さすがの論理的思考に、武蔵さんは得意げに微笑み、近江君は黙り込んでしまった。皆、改めて和矢君の前でツッコんではいけないと認識する。
 和矢君の隣にいる広君はそれがもう分かりきっていたようで、笑いを堪えているのか肩が震えていた。

『さて、和泉さん。早速ですがその補聴器がちゃんと機能するか、試してみてもらえませんか? 音の不調を感じられるのは和泉さんだけなので、テストだけは僕らにもできなくて……』
「分かった、少し待ってて」

 和矢君に促されるまま、私は受け取った補聴器を耳に装着した。小型で色も肌に馴染んでいるから、よく見なければ周りの人には付けていることが気づかれにくそうだ。幸い、髪型でも耳はあまり見えないし。
 リビングに移動し、テレビのリモコンを手にする。スイッチを入れる瞬間、少しの不安が過ぎった。もしこれでダメだったら……? 私から全ての音が失われてしまうのだろうか。そんな気持ちに心が揺らぐ。

 否。大丈夫、皆の力を信じよう。
 改めて意を決し、私は赤いボタンを強く押し込んだ。



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 安芸君と一緒に洗い物を済ませ、食後のコーヒーまで出してもらったところで、武蔵さんがテーブル上にノートパソコンを広げ始めた。
 皆が興味津々に注目する中、電源が入れられたモニターには懐かしい姿が映されていた。
『皆さん、お久しぶりです!』
『なのだ!』
 青みがかった黒のサラサラの髪を揺らし、天才少年が爽やかな笑みを浮かべて手を振る。その傍らには彼の大親友と二人の相棒の姿もしっかりと見ることができて、胸の奥から嬉しさが込み上がった。
「和矢君! それに広君とソプラ、テナーも! 元気そうで良かった。でも、どうして?」
「凄い、リモートってやつだね。初めて見たよ。広島で日向と連絡取ってた時は、スマホしか使ってなかったからなぁ」
『昨晩、武蔵さんに連絡をもらって共同開発をしていたんです。急な相談でとても驚きましたが……』
 和矢君の言葉に、皆の視線が再び武蔵さんに集中する。どうやら和矢君の連絡先は安芸君から聞いたみたいだ。
 武蔵さんは得意げに咳払いをすると、先ほど取り出した補聴器のような装置を改めて手に取って見せた。両耳に付けるのか数は2つだ。
「えぇ、和矢君の力なしには不可能と思いましたから。この、和泉ちゃんを音の不快現象から守るための装置を作るには、ね」
「流石です、武蔵さん。でもまさか昨晩の相談で、翌朝に出来上がるとは思いませんでしたよ。和矢も協力ありがとう」
 安芸君の御礼の言葉に、武蔵さんと和矢君はニッコリと微笑む。他の皆も、彼らが話す内容を把握している様子だ。
 最初こそ私は何の話をしているのか全く分からなかったけれど、武蔵さんの説明でようやく腑に落ちた。
 〝和泉ちゃん(私)を音の不快現象から守るため〟
 昨晩の出来事を覚えていないわけじゃない。高杉君と帰宅途中、ズレていた音が突然消えたこと。それが聞き間違いではないと理解した時、悪寒が体中を駆け巡り、全身が震えるのを感じた。息が苦しくなり、高杉君が何かを叫ぶ声も、恐怖が私の意識を支配する中で遠ざかっていった。
 そこから後のことは記憶にない。例によって目が覚めたら、このハウスで朝を迎えていたのだから。
 あんな重要な事態が起きたのに、何も気にすることなく私は朝食を楽しめた。それが〝仲間の皆が発する音は影響しない〟という特質と、テレビなどの外部の音を彼らがシャットアウトしてくれたからだと、今更に気づく。……皆のさりげない配慮に、いつも心を震わされるばかりだ。
 思えば私はしょっちゅう気を失い、皆に迷惑ばかりかけている。高杉君にここへ運んでもらったのだって三度目なのだ。もっと胸を張って総長らしく、仲間に頼られる存在でありたいのに。
「――ずみ。和泉、大丈夫? 気分が悪いなら休んでていいよ」
 隣に座っていた安芸君が、心配そうに私の顔を覗き込む。しまった……自分のことばかりで、すっかり話を聞いていなかった。
「ありがとう、気分は大丈夫なんだけど……」
「そう? ならいいんだけど。昨日、日向から話を聞いて何とかしなきゃと思って、僕が武蔵さんに相談したんだ。二人で作ったコレが、ズレた音や足りない音を補正してくれるそうだよ」
 そう言って安芸君は、コロンと手の平に小さな補聴器を置いてくれた。
 この中にそんな機能が備わっているだなんて驚きだ。これをたった一晩で作れたのは、既に和矢君が音のズレについ調査・解析を進めていたお陰だと、安芸君は続けた。
 実は、和矢君も音の消失にいち早く気づき、私を案じて連絡をしようとしていたらしい。でも、それより先に武蔵さんからの協力要請が届き、すぐに分析データを提供したという。それを基に武蔵さんが自動補正システムをプログラミングし、補聴器を完成させたのだ。
 ……と二人は簡潔に説明をしてくれたけれど、それって簡単にできることなのだろうか。私には、かなりハイレベルなことをやっているとしか思えないのですが。
「つーか、データ解析できる和矢がヤバイ奴なのは勿論だけど……、それでシステムを構築できる武蔵。アンタも一体何者?」
 同じく渋い表情を浮かべる近江君が尋ねる。
 良かった、私だけじゃなかった。
「いやいや、何者でもないですよ。ちょーっとプログラミングができる、ただのIT企業経営者です~」
「あ、そ。…………はぁ!? 経営者って、アンタ社長かよ!? てかずっと気になってたけど、IT企業ならその白衣は何なんだよ!」
 一度は呑み込んだものの、〝経営者〟というワードに反応してツッコむ近江君。それに対し武蔵さんは涼しい顔で「似合うからです」と答えた。
 まるで自分の美を自慢するような発言に近江君は肩を落とし、私と安芸君は苦笑した。武蔵さんってナルシスト気質なのかな。……あ、高杉君も顔が引き攣ってるし。
 するとこのやり取りを見ていた和矢君が、画面越しに真顔で口を挟んだ。
『白衣は、武蔵さんが着るには最適の衣装だと思います。白は清潔感や専門性を主張できますし、人々に信頼感を与える効果があるんですよ。医者や科学者が白衣を着るのも同じ理由です。僕たちが武蔵さんと気兼ねなく話せるのは、その効果もあるのでしょう』
 さすがの論理的思考に、武蔵さんは得意げに微笑み、近江君は黙り込んでしまった。皆、改めて和矢君の前でツッコんではいけないと認識する。
 和矢君の隣にいる広君はそれがもう分かりきっていたようで、笑いを堪えているのか肩が震えていた。
『さて、和泉さん。早速ですがその補聴器がちゃんと機能するか、試してみてもらえませんか? 音の不調を感じられるのは和泉さんだけなので、テストだけは僕らにもできなくて……』
「分かった、少し待ってて」
 和矢君に促されるまま、私は受け取った補聴器を耳に装着した。小型で色も肌に馴染んでいるから、よく見なければ周りの人には付けていることが気づかれにくそうだ。幸い、髪型でも耳はあまり見えないし。
 リビングに移動し、テレビのリモコンを手にする。スイッチを入れる瞬間、少しの不安が過ぎった。もしこれでダメだったら……? 私から全ての音が失われてしまうのだろうか。そんな気持ちに心が揺らぐ。
 否。大丈夫、皆の力を信じよう。
 改めて意を決し、私は赤いボタンを強く押し込んだ。