8-2
ー/ー
機械室では次なる音を獲得する準備が進んでいた。昨日、我々はついに地上から2つの音を吸収することに成功し、私は高い優越感に浸っている。
お前たちが呑気に遊んでいる間に、遠慮なく奪ってやったぞ。恐らく奴らは、自分たちの力の源ともいうべき大切な音が、消えていることにすら気づいていないだろう。我々が特殊な電波を発生させて奪った音を偽装しているから、人間どもには何の違和感もなく聞こえているはずだ。
例え我々の計画に気づいたとて、お前たちにどうする手立てもあるとは思えぬがな。せいぜい何もできぬ己らの非力さを思い知ることぐらいか。
「暗里様、次の音は如何いたしましょうか」
「次はF3とA3だ。休む暇はないぞ、早急に始めろ」
私の一言で、部下たちは一層精力的となり作業に励む。その様子を満足げを眺めながら、私は奪った音を閉じ込めている装置に目を向けた。
音のパワーは凄まじく、装置越しにもその波動の強さを肌に感じてゾクゾクした。……これを黒使様に捧げれば、あの方は更に偉大なる力を得るはず。最も、音を失った国守護楽団なんてあの方の敵にもならぬだろうが。
封印が解けるタイムリミットは近づいている。
それまでに、邪魔な虫けらは少しでも排除しておかなければ。
「五音衆・商、お前の出番だ! 奴らには副長の武蔵も加わった。我々の計画を阻止されぬよう、和泉以外は始末しろ。もう羽や角のような無様な結果は許さぬ、生きて帰ったとてお前の命はないと思え」
「――はっ。麗しき暗里様のために」
跪いた男は、痩せ細った老体に似つかわしくない大鎌を背負うと、塒を巻くようにして姿を消した。
◇
柔らかな朝の陽射しに促されて、ゆっくりを目を開く。見上げた天井は私の部屋のものではなく、でも見覚えがない様子でもない。不思議に思うも、状況を認識するにはまだ脳が覚醒していないようだ。それなのに私の体は、どこからか漂う芳醇な匂いに誘われて起き上がった。
数メートル離れた先のキッチンを見ると、一人の男性が立っている。鍋からお玉で何かを掬い取って小皿に移し、口に含むと彼は満足そうに頷いた。
あれは安芸君……、だよね? そう思った途端に目が合い、彼は安堵したように微笑んだ。
「やぁ、和泉。おはよう、気分はどう?」
「おは、よう……。えっと、私……」
「覚えてない? 昨晩和泉は、日向と帰る途中で気を失ってしまったんだ。だからここで休ませたんだよ」
……ってことは、私。安芸君たちのシェアハウスで、一晩明かしたってこと?
それを理解した瞬間、急に恥ずかしい気持ちが湧き上がり、顔中が熱くなった。今まで外泊すらしたことないのに、しかも男の人の家にだなんて!
「わっ、ごっ……!?」
「い、一応言っておくけどッ! 疚しいことは何もしてないから、安心して!? それより、まずは携帯を見てもらった方がいいかと……」
私につられてか、安芸君の顔も真っ赤になる。何もないのは分かっているけれど、口にされると変に意識してしまうもので。
反射的に自分が被っていた毛布をたくし上げ、言われたとおり机に置かれた自分のスマホを手にした。そして画面を見た直後、今度は体中から血の気が引いていくのを感じた。
〝お母さん〟という着信とメールが鬼のように溜まってる。
……そりゃあ、そうだよね。
「ごめん、僕らが電話に出るわけにもいかなかったから。だからって君を無理に起こすのも悪くて……怒られる?」
「気にしないで、私の方こそ迷惑掛けてごめんね。大丈夫、なんとか誤魔化してみる」
作り笑いをして答えると、私は意を決して着信ボタンを押した。
ダイニングテーブルに並べられた朝食は、定食屋に来たのかと思うほどの完璧さだった。脂の乗ったアジの干物、ネギとシラスが入った卵焼き。ホウレン草や根菜が入った具沢山のお味噌汁からは、寝起きに誘われた出汁が香って食欲をかき立てる。他にも納豆や梅干しなどのご飯のお供が用意されていた。
安芸君が腕を振るって作ってくれた朝食を頂かないわけにはいかず、ご馳走になってから帰ることにした。ちなみに母には「気分が悪くなったから友達の家に泊めてもらった」という説明でどうにか納得してもらったけれど、「連絡くらいしなさい」としっかり怒られた。心配させてしまったことは、申し訳なく思っている。
「ほぅ! 美味しいですねぇ、この卵焼き。甘さが僕の好みです」
「本当。お味噌汁のお出汁もすごく効いてる。安芸君、お料理も得意なんだね」
「だろ? 俺、安芸はいい奥さんになれると思う」
朝食が出来上がる頃には他の皆も次々と姿を見せ、テーブルを囲んでその味に舌鼓を打った。最後の近江君の言葉には「奥さんはヤメろ馬鹿」というツッコミが入る。それにしても美味しい料理を口にすると、人はどうしてこんなに幸せな気持ちになれるのか。
ただ一人、ランニング後のシャワー上がりに食卓へ付いた高杉君は、とても不服そうな表情を浮かべていた。恐らくそれは、先ほどの会話に何故か馴染んでいる、普段ならいることのないこの人のせいだろう。
「……で。なーんでお前までここにいるんだよ、武蔵」
「え、僕ですか? だって、美味しい朝食にありつけると聞いたものですから」
何の悪気もなく平然と答える武蔵さんは、相変わらず白衣を着用し大人の色気を醸し出していた。彼の様子に高杉君はガックリと頭を垂れる。昨日のことが嘘みたいに、こんなに穏やかに食卓を共にしているなんて不思議な感じ。
「武蔵さんは僕が呼んだんだ。ほら、昨晩に電話しただろう? その時に流れで、朝食の話をしてたら――」
「安芸君がお誘いをしてくれたんですよ。優しいですねぇ」
「〝優しいですねぇ〟じゃねぇよ、なに便乗してやがる!」
高杉君も激しいツッコミをお見舞いし、食卓は朝からとても騒々し……賑やかだ。
すると武蔵さんは渋い表情を浮かべてカバンを漁り始めた。チラリと目に入った彼のお皿には、干物が綺麗に骨だけ残されている。お魚食べるの上手だな、この人。
「酷い言われようですね。折角僕は、君たちが要望するものを一晩で仕上げたというのに」
淹れたての玄米茶を啜りながら彼が取り出したのは、補聴器のような2つの小さな装置だった。
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お前たちが呑気に|遊《・》|ん《・》|で《・》|い《・》|る《・》間に、遠慮なく奪ってやったぞ。恐らく奴らは、自分たちの力の源ともいうべき大切な音が、消えていることにすら気づいていないだろう。我々が特殊な電波を発生させて奪った音を偽装しているから、人間どもには何の違和感もなく聞こえているはずだ。
例え我々の計画に気づいたとて、お前たちにどうする手立てもあるとは思えぬがな。せいぜい何もできぬ己らの非力さを思い知ることぐらいか。
「暗里様、次の音は如何いたしましょうか」
「次は|F3《ファ》と|A3《ラ》だ。休む暇はないぞ、早急に始めろ」
私の一言で、部下たちは一層精力的となり作業に励む。その様子を満足げを眺めながら、私は奪った音を閉じ込めている装置に目を向けた。
音のパワーは凄まじく、装置越しにもその波動の強さを肌に感じてゾクゾクした。……これを黒使様に捧げれば、あの方は更に偉大なる力を得るはず。最も、音を失った国守護楽団なんてあの方の敵にもならぬだろうが。
封印が解けるタイムリミットは近づいている。
それまでに、邪魔な虫けらは少しでも排除しておかなければ。
「五音衆・|商《しょう》、お前の出番だ! 奴らには副長の武蔵も加わった。我々の計画を阻止されぬよう、和泉以外は始末しろ。もう羽や角のような無様な結果は許さぬ、生きて帰ったとてお前の命はないと思え」
「――はっ。麗しき暗里様のために」
跪いた男は、痩せ細った老体に似つかわしくない大鎌を背負うと、|塒《とぐろ》を巻くようにして姿を消した。
◇
柔らかな朝の陽射しに促されて、ゆっくりを目を開く。見上げた天井は私の部屋のものではなく、でも見覚えがない様子でもない。不思議に思うも、状況を認識するにはまだ脳が覚醒していないようだ。それなのに私の体は、どこからか漂う芳醇な匂いに誘われて起き上がった。
数メートル離れた先のキッチンを見ると、一人の男性が立っている。鍋からお玉で何かを掬い取って小皿に移し、口に含むと彼は満足そうに頷いた。
あれは安芸君……、だよね? そう思った途端に目が合い、彼は安堵したように微笑んだ。
「やぁ、和泉。おはよう、気分はどう?」
「おは、よう……。えっと、私……」
「覚えてない? 昨晩和泉は、日向と帰る途中で気を失ってしまったんだ。だからここで休ませたんだよ」
……ってことは、私。安芸君たちのシェアハウスで、一晩明かしたってこと?
それを理解した瞬間、急に恥ずかしい気持ちが湧き上がり、顔中が熱くなった。今まで外泊すらしたことないのに、しかも男の人の家にだなんて!
「わっ、ごっ……!?」
「い、一応言っておくけどッ! 疚しいことは何もしてないから、安心して!? それより、まずは携帯を見てもらった方がいいかと……」
私につられてか、安芸君の顔も真っ赤になる。何もないのは分かっているけれど、口にされると変に意識してしまうもので。
反射的に自分が被っていた毛布をたくし上げ、言われたとおり机に置かれた自分のスマホを手にした。そして画面を見た直後、今度は体中から血の気が引いていくのを感じた。
〝お母さん〟という着信とメールが鬼のように溜まってる。
……そりゃあ、そうだよね。
「ごめん、僕らが電話に出るわけにもいかなかったから。だからって君を無理に起こすのも悪くて……怒られる?」
「気にしないで、私の方こそ迷惑掛けてごめんね。大丈夫、なんとか誤魔化してみる」
作り笑いをして答えると、私は意を決して着信ボタンを押した。
ダイニングテーブルに並べられた朝食は、定食屋に来たのかと思うほどの完璧さだった。脂の乗ったアジの干物、ネギとシラスが入った卵焼き。ホウレン草や根菜が入った具沢山のお味噌汁からは、寝起きに誘われた出汁が香って食欲をかき立てる。他にも納豆や梅干しなどのご飯のお供が用意されていた。
安芸君が腕を振るって作ってくれた朝食を頂かないわけにはいかず、ご馳走になってから帰ることにした。ちなみに母には「気分が悪くなったから友達の家に泊めてもらった」という説明でどうにか納得してもらったけれど、「連絡くらいしなさい」としっかり怒られた。心配させてしまったことは、申し訳なく思っている。
「ほぅ! 美味しいですねぇ、この卵焼き。甘さが僕の好みです」
「本当。お味噌汁のお出汁もすごく効いてる。安芸君、お料理も得意なんだね」
「だろ? 俺、安芸はいい奥さんになれると思う」
朝食が出来上がる頃には他の皆も次々と姿を見せ、テーブルを囲んでその味に舌鼓を打った。最後の近江君の言葉には「奥さんはヤメろ馬鹿」というツッコミが入る。それにしても美味しい料理を口にすると、人はどうしてこんなに幸せな気持ちになれるのか。
ただ一人、ランニング後のシャワー上がりに食卓へ付いた高杉君は、とても不服そうな表情を浮かべていた。恐らくそれは、先ほどの会話に何故か馴染んでいる、普段ならいることのないこの人のせいだろう。
「……で。なーんでお前までここにいるんだよ、武蔵」
「え、僕ですか? だって、美味しい朝食にありつけると聞いたものですから」
何の悪気もなく平然と答える武蔵さんは、相変わらず白衣を着用し大人の色気を醸し出していた。彼の様子に高杉君はガックリと頭を垂れる。昨日のことが嘘みたいに、こんなに穏やかに食卓を共にしているなんて不思議な感じ。
「武蔵さんは僕が呼んだんだ。ほら、昨晩に電話しただろう? その時に流れで、朝食の話をしてたら――」
「安芸君がお誘いをしてくれたんですよ。優しいですねぇ」
「〝優しいですねぇ〟じゃねぇよ、なに便乗してやがる!」
高杉君も激しいツッコミをお見舞いし、食卓は朝からとても騒々し……賑やかだ。
すると武蔵さんは渋い表情を浮かべてカバンを漁り始めた。チラリと目に入った彼のお皿には、干物が綺麗に骨だけ残されている。お魚食べるの上手だな、この人。
「酷い言われようですね。折角僕は、君たちが要望するものを一晩で仕上げたというのに」
淹れたての玄米茶を啜りながら彼が取り出したのは、補聴器のような2つの小さな装置だった。