8-1
ー/ー
ジャーマンカモミールをご存知でしょうか。
リンゴのような香りが特長で、苛立ちや不安などの昂ぶった精神を鎮めたい時に効果があるハーブです。僕はこれにジンジャーとペパーミントを少々加え、風呂上がりの飲みものにしています。疲れは取れますし、保温効果が高まってよく眠れるんです。肌トラブルや鎮静効果もあるので、女性の皆さんにもオススメですよ。
バスローブに身を包み、ハーブティーを嗜む僕。……あぁ、なんて絵になるんでしょう。まぁ、日向君の口には合わなかったようですが。
宿泊するホテルの一室で、ソファに座った僕はパソコンを開いて作業をしながら、今日の出来事を思い返してみました。
近江君と安芸君、思っていたよりちゃんと戦えるようで安心しましたねぇ。記憶が戻ってから、きちんと鍛錬していたとみて間違いないでしょう。前世では腕が立っても、能力が受け継がれているわけではないのです。
皆、己の意思なく与えられた運命に抗わず、エライものです。それでも、まだまだ足りない。少なくとも一人で僕くらい倒せるまでには、なっていただきませんと。心体増強を使いたくないのなら尚更です。黒使との戦いは、五音衆の比ではありませんから。
……日向君の実力、ですか? 残念ながら見なくても手に取るように分かりますよ。風呂上がりに見た筋肉の付き方から、剣の腕は他の二人同様に上々と思います。
しかし精神面は、恐らく他の二人より更に劣っているでしょう。本気の僕と戦ったところで、圧力に押されて手も足も出ないかと。それに少々タイミングも悪かったようですし。
<俺は和泉を、どう受け入れたら良いのか、分かんねぇんだ>
雨の中で彼を見つけた時は何事かと思いましたが、まさか転生してからも和泉様を引きずっているとは。一途であるのは感心しますが、驚きですねぇ。
あのままでは今後の任務遂行に支障がありそうでしたので、人生経験豊富なこの僕が少々アドバイスをさせていただきましたよ。帰り際は目の色が違いましたので、何かヒントを掴んでくれていると良いのですが。
しかし安芸君のあのご執心振りといい、相変わらず和泉様は現世でもモテモテのようですね。楽しそうで羨ましい限りです。
僕が横槍を入れたら、流石に怒られるでしょうか?
「さぁて。茶番はこれくらいにして……、ここからが本番ですね」
パソコンの画面には、メストに関したあらゆるデータが表示されています。これは僕がここへ来るまでに一人で集めた情報です。
あぁ、音のズレについても加えなければなりませんね。
僕自身には何の権限もないですが、前世より受け継いだ責任から逃れるつもりは毛頭ありません。仲間を襲うという暴挙に及んだのも、全ては僕の役目を果たすため。
和泉様の使命が黒使を封印することならば、僕の副長としての使命は……〝誰一人死なせないこと〟だと思っています。任務を終え、彼らが普通の人として暮らせる、その日まで。
おっと。今は和泉様と呼ばないんでしたね。
――それにしても。
あの時、僕と和泉ちゃん……もとい前世和泉が本気で渡り合ったのなら、どちらに軍配が上がっていたのでしょうか。
各首領たちを束ねていたのですから、それ相応の実力はあったに違いありません。彼女、とても良い目をしていましたし。相手は弓なのに勝てる自信が湧きませんが、興味は大いにありますねぇ。
いずれまた、手合わせ願いたいものです。
◇
シェアハウスに戻って早々、僕は頭を抱えた。
もう今日は、このままベッドにダイブしたい気分だったのに。
「……何で和泉が、ここで寝てるんだよ」
そう。日向が送ったはずの僕らのお姫様が、男所帯のシェアハウスで可愛らしい寝息を立てているのだ。
本来なら喜……いや、本来でも喜んじゃダメだ。それをさて置いても、今まで日向と二人きりだったことに嫉妬の二文字が沸くわけで。
やっぱり武蔵の制止を振り切ってでも、僕がきちんと送り届けるべきだった。
「一応聞くけど、彼女には何もしてないだろうね? もしもそんなことがあったら、今すぐ君を殺――」
「何もしてねぇよ、もうお前らを裏切るマネはしない。……今日のこと、本当に悪かったと思ってる」
物騒な言葉を発する前に、僕の問いへ食い気味に答える日向。
今日の疲労もあって苛立ちがピークに達していたけれど、彼の謝罪で呆気に取られてしまった。こんなにも素直に謝る日向を、出会ってから見たことがあっただろうか。意外すぎて頭に昇った血が冷めていくのを感じた。
「あぁ……まぁ。武蔵さんの意向も分かったし、そのことはもういいよ」
「それより早く和泉のことを説明しろ。俺もう眠さMAXなんだけど」
ふぁあ……と隣で近江が大欠伸をする。武蔵との戦闘は近江が一番健闘していたことだし、精神的にも疲弊していることだろう。それに僕たちはその前にライブという一大イベントをこなしているのだ。
すると日向は和泉が眠るカウチソファのあるリビングから、彼女を起こさないようにキッチン前のダイニングテーブルへ移動を促してきた。面倒くさそうな表情を浮かべる近江を宥めて、僕たちは日向に従った。
僕と近江が横並びに座り、対面に日向が腰掛ける。
まだ何も話を聞いていないのに、彼の神妙な面持ちが事の深刻さを物語っていた。
「音が、消えた」
そのたった一言に、僕は目を見開いた。
だが近江は〝よく分からない〟と怪訝な表情を浮かべる。
「どうゆうことだ?」
「言葉のとおりだ。アイツがズレていると感じていたD3とG3の音が、聞こえなくなったらしい」
……何てことだ。それは音楽家にとって多大なる致命傷であることは勿論、日常に溢れる音の節々が途切れてしか聞こえなくなってしまうということ。それがどんなに不快で苦しいことか、当たり前に体験したことがない僕らには分かるはずもない。
当然、和泉は強いショックを受け、過呼吸になってついに気を失ってしまった。それでやむを得ず日向がここへ運んだということだ。
奴らの〝音楽を奪う〟ということが、物理的に音を消すことだったとは。このまま全ての音を奪う気なのか? ――そんなこと、させるもんか。
僕は腹から湧き上がる怒りを抑えながら、携帯を取り出した。
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リンゴのような香りが特長で、苛立ちや不安などの昂ぶった精神を鎮めたい時に効果があるハーブです。僕はこれにジンジャーとペパーミントを少々加え、風呂上がりの飲みものにしています。疲れは取れますし、保温効果が高まってよく眠れるんです。肌トラブルや鎮静効果もあるので、女性の皆さんにもオススメですよ。
バスローブに身を包み、ハーブティーを嗜む僕。……あぁ、なんて絵になるんでしょう。まぁ、日向君の口には合わなかったようですが。
宿泊するホテルの一室で、ソファに座った僕はパソコンを開いて作業をしながら、今日の出来事を思い返してみました。
近江君と安芸君、思っていたよりちゃんと戦えるようで安心しましたねぇ。記憶が戻ってから、きちんと鍛錬していたとみて間違いないでしょう。前世では腕が立っても、能力が受け継がれているわけではないのです。
皆、己の意思なく与えられた運命に抗わず、エライものです。それでも、まだまだ足りない。少なくとも一人で僕くらい倒せるまでには、なっていただきませんと。|心体増強《モジュレーション》を使いたくないのなら尚更です。黒使との戦いは、五音衆の比ではありませんから。
……日向君の実力、ですか? 残念ながら見なくても手に取るように分かりますよ。風呂上がりに見た筋肉の付き方から、剣の腕は他の二人同様に上々と思います。
しかし精神面は、恐らく他の二人より更に劣っているでしょう。本気の僕と戦ったところで、圧力に押されて手も足も出ないかと。それに少々タイミングも悪かったようですし。
<俺は|和泉《アイツ》を、どう受け入れたら良いのか、分かんねぇんだ>
雨の中で彼を見つけた時は何事かと思いましたが、まさか転生してからも和泉様を引きずっているとは。一途であるのは感心しますが、驚きですねぇ。
あのままでは今後の任務遂行に支障がありそうでしたので、人生経験豊富なこの僕が少々アドバイスをさせていただきましたよ。帰り際は目の色が違いましたので、何かヒントを掴んでくれていると良いのですが。
しかし安芸君のあのご執心振りといい、相変わらず和泉様は現世でもモテモテのようですね。楽しそうで羨ましい限りです。
僕が横槍を入れたら、流石に怒られるでしょうか?
「さぁて。茶番はこれくらいにして……、ここからが本番ですね」
パソコンの画面には、メストに関したあらゆるデータが表示されています。これは僕がここへ来るまでに一人で集めた情報です。
あぁ、音のズレについても加えなければなりませんね。
僕自身には何の権限もないですが、前世より受け継いだ責任から逃れるつもりは毛頭ありません。仲間を襲うという暴挙に及んだのも、全ては僕の役目を果たすため。
和泉様の使命が黒使を封印することならば、僕の副長としての使命は……〝誰一人死なせないこと〟だと思っています。任務を終え、彼らが|普《・》|通《・》|の《・》|人《・》として暮らせる、その日まで。
おっと。今は和泉|様《・》と呼ばないんでしたね。
――それにしても。
あの時、僕と和泉ちゃん……もとい前世和泉が本気で渡り合ったのなら、どちらに軍配が上がっていたのでしょうか。
各首領たちを束ねていたのですから、それ相応の実力はあったに違いありません。彼女、とても良い目をしていましたし。相手は弓なのに勝てる自信が湧きませんが、興味は大いにありますねぇ。
いずれまた、手合わせ願いたいものです。
◇
シェアハウスに戻って早々、僕は頭を抱えた。
もう今日は、このままベッドにダイブしたい気分だったのに。
「……何で和泉が、ここで寝てるんだよ」
そう。日向が送ったはずの僕らのお姫様が、男所帯のシェアハウスで可愛らしい寝息を立てているのだ。
本来なら喜……いや、本来でも喜んじゃダメだ。それをさて置いても、今まで日向と二人きりだったことに嫉妬の二文字が沸くわけで。
やっぱり武蔵の制止を振り切ってでも、僕がきちんと送り届けるべきだった。
「一応聞くけど、彼女には何もしてないだろうね? もしもそんなことがあったら、今すぐ君を殺――」
「何もしてねぇよ、もうお前らを裏切るマネはしない。……今日のこと、本当に悪かったと思ってる」
物騒な言葉を発する前に、僕の問いへ食い気味に答える日向。
今日の疲労もあって苛立ちがピークに達していたけれど、彼の謝罪で呆気に取られてしまった。こんなにも素直に謝る日向を、出会ってから見たことがあっただろうか。意外すぎて頭に昇った血が冷めていくのを感じた。
「あぁ……まぁ。武蔵さんの意向も分かったし、そのことはもういいよ」
「それより早く和泉のことを説明しろ。俺もう眠さMAXなんだけど」
ふぁあ……と隣で近江が大欠伸をする。武蔵との戦闘は近江が一番健闘していたことだし、精神的にも疲弊していることだろう。それに僕たちはその前にライブという一大イベントをこなしているのだ。
すると日向は和泉が眠るカウチソファのあるリビングから、彼女を起こさないようにキッチン前のダイニングテーブルへ移動を促してきた。面倒くさそうな表情を浮かべる近江を宥めて、僕たちは日向に従った。
僕と近江が横並びに座り、対面に日向が腰掛ける。
まだ何も話を聞いていないのに、彼の神妙な面持ちが事の深刻さを物語っていた。
「音が、消えた」
そのたった一言に、僕は目を見開いた。
だが近江は〝よく分からない〟と怪訝な表情を浮かべる。
「どうゆうことだ?」
「言葉のとおりだ。アイツがズレていると感じていた|D3《レ》と|G3《ソ》の音が、聞こえなくなったらしい」
……何てことだ。それは音楽家にとって多大なる致命傷であることは勿論、日常に溢れる音の節々が途切れてしか聞こえなくなってしまうということ。それがどんなに不快で苦しいことか、当たり前に体験したことがない僕らには分かるはずもない。
当然、和泉は強いショックを受け、過呼吸になってついに気を失ってしまった。それでやむを得ず日向がここへ運んだということだ。
奴らの〝音楽を奪う〟ということが、物理的に音を消すことだったとは。このまま全ての音を奪う気なのか? ――そんなこと、させるもんか。
僕は腹から湧き上がる怒りを抑えながら、携帯を取り出した。