表示設定
表示設定
目次 目次




3話

ー/ー



「おい」
 仕事の後、雪が降る並木道を一人歩いていた斉藤を捕まえると。
「あ、先輩」
 こいつは私から明らかに目を逸らしてきてくる。何も悪いことしてないのに、バカだな。
 そして、私が傘を持っていないのを見て、差し出してきた。
 前は入れてくれたのに、この変わりよう。
「彼女に見られたら、誤解されるもんな?」
 初雪が降った日に迎えに来ていたのを見かけたと言ったら、こいつはただ口を抑えていた。
 あの子の前には私が居たのに、それにすら気付かないなんて、こいつは物理的にも彼女しか見えていないんだな。
 話を聞くと、彼女は父親も亡くし、夏の終わりにこっちに帰ってきたらしい。家庭の柵から、解放されたのだろうか?

「付き合ってるんだよな?」
「あ、いえ。……ただの幼馴染です」
「けじめつけろよ。彼女、お前の言葉を待っているんじゃないのか?」
「……」
 こいつは黙り込んでしまう。
 私の目から、ポロポロと落ちてゆくものを見て。

 そんなこいつの姿に、私は一人雪の中を駆け出す。
 すると強く吹き付ける風にマフラーを持っていかれて、慌てて来た道を引き返すと、目の前にはそのマフラーと傘を差し出してくる斉藤が居た。
「……俺、彼女とどうにかなる気ありませんから」
 壊れそうな笑顔と共に去っていった。

 私は最低だ。一番ずるい手を使ってこいつを縛り付けてしまった。女の涙を武器にするなんて、一番卑怯なことを。
 でも抑えられなかった。
 あいつが彼女の前で、私に見せない男の顔になっているのが耐えられなくて。

『嘘を吐くことは相手を傷付けることであり、そして信頼を失うことでもある。だから、絶対に嘘を吐く人間になるな』
 お父さん、お母さん。
 本当にそうだった。
 人の心を試すようなことをしたから。自分を守る為に嘘を吐いたから信頼を失くして、嘘で返された。
 結果私は勘違いをしてしまい、優しいあいつを傷付けてしまった。
 これは嘘を吐いた天罰なの?
 もう嘘は吐かない。だから助けて。

 だけど、そんな私の願いは届かなかった。
 あいつとはよりギクシャクし、関わりは仕事のみ。何でも話せる先輩の立場まで、私は失くしてしまった。
 あいつはこの先、あの約束を守り彼女とは幼馴染の関係を貫くだろう。
 己の幸せより、他人のことを考えてしまうバカヤロウ。
 自分の言動に責任を感じてしまう、バカ真面目。
 私を勘違いさせたのは自分だと、苦しんでいるのだろう。
 違う。私が全て悪かったんだ。
 もう、あいつに嘘は吐かない。

 ……違う。今、私が出来るのは嘘を吐くことだ。
 あのお人好しを安心させる為の嘘。
 縛ってた鎖から解き放つ、そんな。

 失敗は許されない。
 悟らせる訳にはいかない。
 嘘で始めた話は嘘で終わらせる。
 だって、来月は。
 私は、カレンダーを静かに捲った。


「私さ、彼氏出来たんだ。お前はどうなんだよ?」
 夜勤明けの寝不足な目に、太陽のキラキラとした光が染みる。
 丁度いい。これなら太陽のせいに出来るから。
「本当ですか?」
 気遣いの声をかけてくるこいつを、納得させなければならない。だから、私は。
「今から電話するから」
 スマホを操作し、本当に電話を始める。
 
「もしもし和也ー?」
『茜、仕事終わったのか?』
 私はこいつに見せつけるように電話を続けるが、にやにやした顔が収まらない。
 嘘を吐くときの癖が、これで良かった。
「仲良いだろ?」
「はい。とても」
「だから、お前もさっさと彼女作れよ?」
「……はい!」
 こいつの隠しきれていない、溢れんばかりの笑顔に。
「彼が来るから、邪魔だ。帰れ」
 私は、さっさと追い払う。
「お疲れ様でした!」
 そう言い、駆け出していくあいつ。

「ふう」
 その姿を見届けて、思わず大きな溜息を吐く。
 終わった。
 私は、「和也さん」にもう一度電話をする。だって、彼は来ないのだから。
「ありがとうございました」
『本当に電話だけで良いのですか?』
「はい。おかげで踏ん切りつきました」
『今度はデートしましょう?』
「はは。ありがとうございます」
 そう言って電話を切り、番号を削除する。
 今のは、俗に言うレンタル彼氏ってやつだ。私一人の小芝居で欺ける自信もなく、電話に出て欲しいと頼んでおいた。
 傷心デートとか勧められたが全く興味ない。やばいな。斉藤のことしか考えられない。
 私はあいつの一番にはなれないが、あいつの一番信頼おける先輩にはなれる。それを嘘によって取り戻した。
 これだけは誰にも譲らない。私だけの特権。
 だから、結婚報告は真っ先にしろよ。その時は心から祝福できるようにするから。
 空を見上げれば散りゆく桜に青空。そして煌めく太陽。
 ああ。やはり目に染みるな。




みんなのリアクション

「おい」
 仕事の後、雪が降る並木道を一人歩いていた斉藤を捕まえると。
「あ、先輩」
 こいつは私から明らかに目を逸らしてきてくる。何も悪いことしてないのに、バカだな。
 そして、私が傘を持っていないのを見て、差し出してきた。
 前は入れてくれたのに、この変わりよう。
「彼女に見られたら、誤解されるもんな?」
 初雪が降った日に迎えに来ていたのを見かけたと言ったら、こいつはただ口を抑えていた。
 あの子の前には私が居たのに、それにすら気付かないなんて、こいつは物理的にも彼女しか見えていないんだな。
 話を聞くと、彼女は父親も亡くし、夏の終わりにこっちに帰ってきたらしい。家庭の柵から、解放されたのだろうか?
「付き合ってるんだよな?」
「あ、いえ。……ただの幼馴染です」
「けじめつけろよ。彼女、お前の言葉を待っているんじゃないのか?」
「……」
 こいつは黙り込んでしまう。
 私の目から、ポロポロと落ちてゆくものを見て。
 そんなこいつの姿に、私は一人雪の中を駆け出す。
 すると強く吹き付ける風にマフラーを持っていかれて、慌てて来た道を引き返すと、目の前にはそのマフラーと傘を差し出してくる斉藤が居た。
「……俺、彼女とどうにかなる気ありませんから」
 壊れそうな笑顔と共に去っていった。
 私は最低だ。一番ずるい手を使ってこいつを縛り付けてしまった。女の涙を武器にするなんて、一番卑怯なことを。
 でも抑えられなかった。
 あいつが彼女の前で、私に見せない男の顔になっているのが耐えられなくて。
『嘘を吐くことは相手を傷付けることであり、そして信頼を失うことでもある。だから、絶対に嘘を吐く人間になるな』
 お父さん、お母さん。
 本当にそうだった。
 人の心を試すようなことをしたから。自分を守る為に嘘を吐いたから信頼を失くして、嘘で返された。
 結果私は勘違いをしてしまい、優しいあいつを傷付けてしまった。
 これは嘘を吐いた天罰なの?
 もう嘘は吐かない。だから助けて。
 だけど、そんな私の願いは届かなかった。
 あいつとはよりギクシャクし、関わりは仕事のみ。何でも話せる先輩の立場まで、私は失くしてしまった。
 あいつはこの先、あの約束を守り彼女とは幼馴染の関係を貫くだろう。
 己の幸せより、他人のことを考えてしまうバカヤロウ。
 自分の言動に責任を感じてしまう、バカ真面目。
 私を勘違いさせたのは自分だと、苦しんでいるのだろう。
 違う。私が全て悪かったんだ。
 もう、あいつに嘘は吐かない。
 ……違う。今、私が出来るのは嘘を吐くことだ。
 あのお人好しを安心させる為の嘘。
 縛ってた鎖から解き放つ、そんな。
 失敗は許されない。
 悟らせる訳にはいかない。
 嘘で始めた話は嘘で終わらせる。
 だって、来月は。
 私は、カレンダーを静かに捲った。
「私さ、彼氏出来たんだ。お前はどうなんだよ?」
 夜勤明けの寝不足な目に、太陽のキラキラとした光が染みる。
 丁度いい。これなら太陽のせいに出来るから。
「本当ですか?」
 気遣いの声をかけてくるこいつを、納得させなければならない。だから、私は。
「今から電話するから」
 スマホを操作し、本当に電話を始める。
「もしもし和也ー?」
『茜、仕事終わったのか?』
 私はこいつに見せつけるように電話を続けるが、にやにやした顔が収まらない。
 嘘を吐くときの癖が、これで良かった。
「仲良いだろ?」
「はい。とても」
「だから、お前もさっさと彼女作れよ?」
「……はい!」
 こいつの隠しきれていない、溢れんばかりの笑顔に。
「彼が来るから、邪魔だ。帰れ」
 私は、さっさと追い払う。
「お疲れ様でした!」
 そう言い、駆け出していくあいつ。
「ふう」
 その姿を見届けて、思わず大きな溜息を吐く。
 終わった。
 私は、「和也さん」にもう一度電話をする。だって、彼は来ないのだから。
「ありがとうございました」
『本当に電話だけで良いのですか?』
「はい。おかげで踏ん切りつきました」
『今度はデートしましょう?』
「はは。ありがとうございます」
 そう言って電話を切り、番号を削除する。
 今のは、俗に言うレンタル彼氏ってやつだ。私一人の小芝居で欺ける自信もなく、電話に出て欲しいと頼んでおいた。
 傷心デートとか勧められたが全く興味ない。やばいな。斉藤のことしか考えられない。
 私はあいつの一番にはなれないが、あいつの一番信頼おける先輩にはなれる。それを嘘によって取り戻した。
 これだけは誰にも譲らない。私だけの特権。
 だから、結婚報告は真っ先にしろよ。その時は心から祝福できるようにするから。
 空を見上げれば散りゆく桜に青空。そして煌めく太陽。
 ああ。やはり目に染みるな。


おすすめ小説


おすすめ小説