「モーズは何をやっているんだ!!」
モーズがオフィウクス・ラボに帰る為に車で出立した頃と時同じくして、ラボの共同研究室ではユストゥスの怒号が響き渡っていた。
彼の眼前には宙に浮かぶホログラム画面。その画面にはモーズが独断で鼠型感染者及び菌床を処分したニュースが、繰り返し流れている。
「うわー、やったな〜。指名手配犯が1日で
英雄に早替わりとかすげ〜」
「言った側から無茶をするなんて、帰ってきたらモーズくんを注意しないとね」
「そういう問題ではない! ラボの指示を待たずに処分作業に当たるなど言語道断だと言いたいのだ! ましてや許可なくメディアに乗るとは前代未聞!! そもそも彼はまだ研修中の身だぞ!?」
ユストゥスと同じく共同研究室に居たフリーデンとフリッツは肯定的にニュースを眺めているが、規則を無視した行動にユストゥスはカンカンである。
「騒がしいわねぇ。別にいいじゃない菌床の一つや二つ」
その時、共同研究室の実験台に腰を下ろし、長い足を組んでいた水銀が話に割って入ってくる。
「よくない! あと貴様はそこから降りろと何度言えば……っ!」
「それよりフリッツ、出来たわよ」
ユストゥスをまるっと無視をして、水銀は『お絵描きモード』ホログラム画面に描いた絵をフリッツの眼前まで移動をさせた。
水銀が描いたのは以前スペイン北部の洋館で遭遇した、澄んだ海に似た水色の瞳をした男……ペガサス教団の信徒の肖像画であった。その絵は写真と遜色ないレベルで、髪の毛一本一本まで緻密に描かれている。
「ありがとう。これでデータベースに登録できる」
「いきなり思い出して描けだなんて、びっくりしたわ」
「ペガサス教団の人間は毒を吸っても、体に穴が空いても生きている可能性が出てきたからね。見付けられたら尋問できるよう、情報を共有しておいて損はない。助かったよ、水銀くん」
「ま、ボクもネグラに居たくなかったし、用事が出来て丁度よかったかしら」
水銀もまたセレンと同じく、卓越した記憶力とそれを絵に起こす技術を持っている。この能力はカメラの材料となる毒素を宿すウミヘビが持つ傾向にある特技だ。
尤も水銀は数日前から頼まれていたものの、やる気が起きず今まで放置をしていた。しかし今日になって彼はネグラから逃げるようにラボへやって来て、ユストゥスに圧をかけられたのもありようやくペガサス教団の信徒を描きあげた。
そう。ネグラでは今、水銀的に非常に面倒な事が起きているのである。
「そういやフリッツさん、テトラミックスが出先で暴れたみたいだけどアレ大丈夫なんですかね〜」
「う〜ん、あぁ〜……。映像が乱れて断片的にしかわからないけど、違法車を駆使してなるべく自分の毒素を使ってなさそうではある、かな。僕としては緊急事態だったし彼が行動しなきゃモーズくん死んでいただろうし、口頭注意で済ませたいんだけどねぇ」
「そもそもあんな街中でステージ5て。感染病棟ならまだしも不可解ですよねぇ。菌糸を四肢代わりにして暴れるのも異常だし、毒素の効きも悪すぎる。本来ならあの規模程度、セレンだけで対処できるレベルなのに」
「ふん、愚か者。監視カメラに映ってはいないようだが、ステージ6が近くに居たんだろう」
ニュース映像を巻き戻して見直しながら、ユストゥスが断言をする。
「城で遭遇したオニキスは作為的にバイオテロを引き起こしていた。人間と同じレベルの知性を持つ感染者となると、一人だけをピンポイントでステージを進ませる事も、菌糸や感染者を無理矢理強化し操る事も可能。つまり鼠型を放った首謀者が別に居ると見ていい」
「そうだね、ユストゥス。でも何でモーズくんの借りていたアパートに出没させたんだろう? 風通しも日当たりもいい場所で菌床を作っても、『珊瑚』としてはそんなに旨みはないと思うのだけれど」
「別の目的があったのだろう。それが何なのかまでは、わからん。……ええい忌々しいっ!」
理解が及ばない感染者の動向に、ユストゥスが苛立ちから実験台を拳で叩き付けた。
ガンと固い音が研究室内に響く。
「『珊瑚』に熱心なのは仕方ないでしょうが、今は別の心配をした方がいいんじゃない?」
絵を描き終えた水銀は、実験台の上にごろんと横たわって怠惰な姿勢で喋る。
「これだけ騒動になったら恐らく動くでしょ、アイツら」
「アイツら?」
「あら、フリーデンは会ったことなかったかしら? 所長の築き上げた城、オフィウクス・ラボにいちいち小言を言ってくるボクが常日頃締め殺したい人間共……」
ガリと、彼は爪の先を噛み美しい顔を歪ませ、忌々しげにこう言った。
「」
◇
「ル、ル、ルル〜ル♪」
森の奥。廃墟となった教会の瓦礫に腰を下ろしたルチルが、上機嫌に歌を口遊みながら新聞の号外記事を読んでいる。
号外の内容は、街の危機を救った一人の医師について。
菌床になりかけたアパートはその医師が借りていた部屋もあり、インタビューを受けた大家の女性は「私はわかっていたよ! あのクソ真面目な人がテロの首謀者なんかじゃないって!」と答えている内容や(小さく載っている写真の中では少々調子に乗ってピースポーズをしている)、その医師が先週まで勤務をしていた感染病棟の院長からは「彼は真面目で直向きで、患者に心血を注ぐ心優しい人だよ」といった回答を得たと書かれている。
「何を一人でニヤニヤしているんだ、ルチル」
「おや、ラリマー」
見知った顔、ラリマーに話しかけられたルチルは新聞を閉じ、人の良い笑みを浮かべる。
「実はワタクシの配慮が足りず思った以上に悪名を被ってしまった方がいらっしゃったもので、どうにか汚名返上の機会をと策を巡らせたのですよ。それが期待以上の成果を発揮したようで、嬉しいのです」
「それってお前が執着している医者の事か? あんなひょろひょろした奴の何処がいいのやら」
ラリマーはルチルの座る瓦礫の隣に腰をおろし、ぶっきらぼうに言う。
「その方はとても優秀ですから。それにあらかじめ名声があった方が入団後の影響力も強くなる。世論を動かしたい教団にとっても、悪い話ではないでしょう?」
「どうだか。俺にはただ単に、ルチルが執着しているだけに見えるが?」
「そうですかねぇ。『執着』という感情が、この体に宿っているのか甚だ疑問ですが……」
ルチルはじっと自身の右手の平を見詰めて、浮かんだり消えたりする赤い斑点を眺める。
「次はどのようなアプローチをしかけるか考えるのは楽しい、ですかね」
▼△▼
次章より『恋する乙女大作戦編』、開幕。
ここまでお読みいただき誠にありがとうございます。
『一時帰宅編』これにて完結です。この章は元々、写真を取りに帰り、その際に再会したルチルと会話して幾らかの情報提供(前章の一部答え合わせ)を受ける。
それだけの話で、菌床やら戦闘や挟む予定はなかった平和回だった筈なのに、途中からルチルが好き勝手暗躍しやがりました。どうしてこうなった。
次章からは筆者念願の女の子が! 恋する乙女が! 出ます! やったね!!
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