第76話 地下宮殿
ー/ー
「トルコに『バシリカ・シスタン』っていう地下宮殿があるの、知ってる?」
「名前は聞いたことがあるな。確かイスタンブールにある、巨大貯水槽ではなかっただろうか?」
「そうそう。それをそっくりそのまま模した地下遺跡が、何十年前だっけ? ともかく、イスタンブールからもうちょっと北にいった郊外にも作られたんだ。作った人の趣味もあるだろうけど、水害が酷かったからその対策に。
そこにねー、20年前に穴が空いた。地震か何かで。何度か穴を埋めようとしたみたいだけど、穴大きいし深いし、いざ重機を入れたら事故が沢山起きるしで、危ないから今は封鎖されてる」
20年前。24世紀が始まった年。珊瑚症の感染爆発が起きた年。
「って、このフランチェスコって人が教えてくれたんだ」
「えぇ? 知っていた上で遺跡の入り口を探していたのですか?」
「不思議だよねー。てか俺よりずっと詳しいんだから、自力で行けそうなものなんだけど」
「それで君は、どうしたんだ」
「んー。断ったよ?」
ミックスはあっさりと言った。
「いや多分ねー。この人、俺のことウミヘビって知っていたと思う。どっから聞き付けたか知らないけど。そして遺跡の入り口なんて知っている。ただそこに、何か居たんだと思う」
「何か、とは……」
「ステージ5感染者みたいな、危ない何か。この人の空気、張り詰めていたから、ねぇ」
だから戦闘力の高いウミヘビに同行して貰おうと目論んでいたのでは、とミックスは読んでいるようだ。
「変な事に巻き込まれたら俺が怒られるからね。困り事なら警察を頼るとか人を雇うとかしなーってアドバイスしたら、すごすご引き下がって行ったよ。それ以上はわからない」
「その、覚えていたら教えて欲しいのだが、彼の顔立ちはどうだった? 私のように皮膚の一部が赤みがかっていたか?」
「いいや。めちゃくちゃ顔色よくて、健康そのものって感じだったなぁ? 彼も珊瑚症っていうなら、精々ステージ2じゃない?」
ミックスの見立てに、モーズはどっと力が抜け落ちる。3年前時点では、進行はさほど進んでいないようだ。
何なら後から珊瑚症に感染したモーズよりも遅い進行、とわかっただけでも、安堵から脱力してしまう。
「民間人がウミヘビの事を知っていたと、クスシに報告はしたのですか? 私はそのような話、ペガサス教団を除き聞きませんが」
「いやー? あくまで何となーく俺がそう思っただけで確証はなかったからね。あとクスシが戻ってくるまで拘束しておくの面倒だったし」
「最後のそれが本音では?」
マイペースなミックスに、セレンは眉を下げて呆れている。
「情報提供、感謝する。セレンも、フランチェスコを描き上げてくれて、ありがとう」
「いえいえ、この程度お茶の子さいさいですっ!」
「しかしトルコか。纏った休みがなければ、行くのが厳しい場所だな。だが機会が訪れたら必ず、向かおう」
少しでもフランチェスコの痕跡を探す為に。モーズは決意を固めた。それと同時に蓄積していた疲労が襲ってきて、がくんと身体が揺れてしまう。
「あああっ! 先生、処分で無茶をしたのですから、ラボに着くまで休んでくださいっ!」
「そうだね。人間、寝て回復するのが一番」
「そう、だな。すまない、少し、眠る……」
セレンとミックスに座席に横になるよう促されて、モーズは靴を脱ぐと素直に横たわった。
そのまま目を閉じれば意識は直ぐに落ちていって、夢の中へ誘われてゆく。
◆
『ねぇ、モーズ見て見て。すごい発見をしたよ』
モーズが10歳になった頃。
孤児院の書庫で掃き掃除をしていたモーズに、窓を拭いていた筈のフランチェスコが雑巾を片手に駆け寄ってきた。
『何を発見したの? カマキリの卵?』
『あれもすごい発見だったね!』
『後でシスターから雷が落ちたけどね?』
フランチェスコは初めて見るカマキリの卵が付いた枝を迷う事なく持ち帰り、観察し、案の定孤児院の共同部屋で孵化をさせてしまい部屋中小さなカマキリだらけにし、シスターの悲鳴と叱声が響き渡った事件は記憶に新しい。
『今回は生き物の卵じゃない発見だよ』
『今回は……』
『ほら、これ』
フランチェスコは雑巾を持っていない方の手で、埃を被った本を見せてきた。表紙も痛んでいて中の紙は黄ばんでいて、随分と年季が入っている。
その本のタイトルは、。何故だか薬と関係のない魔法陣も描かれている。
『万能薬辞典……? あやしい』
『でも興味深いよ、コレ』
表紙の印象に違わず、中身もヘンテコであった。
賢者の石。エリクサー。ポーション。ユニコーンの角。仙丹。ユグドラシルの葉。ネクター。アムリタ。ソーマ。変若水。テリアカ……。
現実味が薄いものばかりで、どちらかと言うとファンタジー小説やバーチャルゲームを作る際に活用する、アイデア辞典に思える。効果の説明もどれも不老不死になれるだとか、どんな毒でも解毒するだとかあやゆる病を治すだとか、それが簡単に叶えば苦労しないと子供ながら呆れてしまうレベルの荒唐無稽さ。
『決めた! 僕はこの辞典にのっている万能薬を、現実にしてみせるっ』
『薬剤師になるってこと?』
『うん。医者でもいい。お薬を作るにはまず人の体を理解しなきゃだから』
しかし《万能薬》という概念を初めて知ったフランチェスコは、この本をキッカケに将来の夢を決めていた。
『これを作れたらきっと、珊瑚症で苦しむ人もいなくなるよ』
ここ数年、フランチェスコを皮切りに孤児院には珊瑚症で親を亡くした孤児が沢山集っていた。毎晩泣いている子供もいた。悪夢にうなされる子供もいた。フランチェスコも明るく振る舞っているが、時折り礼拝堂に一人でこもっている事を、モーズは知っている。
兄弟のように過ごしている彼の苦痛を、苦悩を、ただ見ているだけでいるのは、モーズは何だか嫌だった。
『じゃあ、ぼくも手伝うよ』
『本当? 多分、茨の道だよ?』
『キコに任せてたら、本筋から脱線して戻ってこなさそうだからね』
『信用ないなぁ』
『今だって窓ふきほっぽり出しているじゃないか』
『むぐぐっ』
図星を突かれたフランチェスコは変な声をあげ、本を抱きかかえ身体を小さくしている。
『2人でならきっと頑張れるよ。いつもみたく、競えばいい』
『競争ってこと?』
『そう。どっちが先に、『珊瑚』をやっつけられるか』
『……うん、うん! じゃあ今日から、よーいドンだねっ!』
――この夢は、モーズが医者を志した日の記憶。
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「名前は聞いたことがあるな。確かイスタンブールにある、巨大貯水槽ではなかっただろうか?」
「そうそう。それをそっくりそのまま模した地下遺跡が、何十年前だっけ? ともかく、イスタンブールからもうちょっと北にいった郊外にも作られたんだ。作った人の趣味もあるだろうけど、水害が酷かったからその対策に。
そこにねー、20年前に穴が空いた。地震か何かで。何度か穴を埋めようとしたみたいだけど、穴大きいし深いし、いざ重機を入れたら事故が沢山起きるしで、危ないから今は封鎖されてる」
20年前。24世紀が始まった年。珊瑚症の|感染爆発《パンデミック》が起きた年。
「って、このフランチェスコって人が教えてくれたんだ」
「えぇ? 知っていた上で遺跡の入り口を探していたのですか?」
「不思議だよねー。てか俺よりずっと詳しいんだから、自力で行けそうなものなんだけど」
「それで君は、どうしたんだ」
「んー。断ったよ?」
ミックスはあっさりと言った。
「いや多分ねー。この人、俺のことウミヘビって知っていたと思う。どっから聞き付けたか知らないけど。そして遺跡の入り口なんて知っている。ただそこに、|何《・》|か《・》居たんだと思う」
「何か、とは……」
「ステージ5感染者みたいな、危ない何か。この人の空気、張り詰めていたから、ねぇ」
だから戦闘力の高いウミヘビに同行して貰おうと目論んでいたのでは、とミックスは読んでいるようだ。
「変な事に巻き込まれたら俺が怒られるからね。困り事なら警察を頼るとか人を雇うとかしなーってアドバイスしたら、すごすご引き下がって行ったよ。それ以上はわからない」
「その、覚えていたら教えて欲しいのだが、彼の顔立ちはどうだった? 私のように皮膚の一部が赤みがかっていたか?」
「いいや。めちゃくちゃ顔色よくて、健康そのものって感じだったなぁ? 彼も珊瑚症っていうなら、精々ステージ2じゃない?」
ミックスの見立てに、モーズはどっと力が抜け落ちる。3年前時点では、進行はさほど進んでいないようだ。
何なら後から珊瑚症に感染したモーズよりも遅い進行、とわかっただけでも、安堵から脱力してしまう。
「民間人がウミヘビの事を知っていたと、クスシに報告はしたのですか? 私はそのような話、ペガサス教団を除き聞きませんが」
「いやー? あくまで何となーく俺がそう思っただけで確証はなかったからね。あとクスシが戻ってくるまで拘束しておくの面倒だったし」
「最後のそれが本音では?」
マイペースなミックスに、セレンは眉を下げて呆れている。
「情報提供、感謝する。セレンも、フランチェスコを描き上げてくれて、ありがとう」
「いえいえ、この程度お茶の子さいさいですっ!」
「しかしトルコか。纏った休みがなければ、行くのが厳しい場所だな。だが機会が訪れたら必ず、向かおう」
少しでもフランチェスコの痕跡を探す為に。モーズは決意を固めた。それと同時に蓄積していた疲労が襲ってきて、がくんと身体が揺れてしまう。
「あああっ! 先生、処分で無茶をしたのですから、ラボに着くまで休んでくださいっ!」
「そうだね。人間、寝て回復するのが一番」
「そう、だな。すまない、少し、眠る……」
セレンとミックスに座席に横になるよう促されて、モーズは靴を脱ぐと素直に横たわった。
そのまま目を閉じれば意識は直ぐに落ちていって、夢の中へ|誘《いざな》われてゆく。
◆
『ねぇ、モーズ見て見て。すごい発見をしたよ』
モーズが10歳になった頃。
孤児院の書庫で掃き掃除をしていたモーズに、窓を拭いていた筈のフランチェスコが雑巾を片手に駆け寄ってきた。
『何を発見したの? カマキリの卵?』
『あれもすごい発見だったね!』
『後でシスターから雷が落ちたけどね?』
フランチェスコは初めて見るカマキリの卵が付いた枝を迷う事なく持ち帰り、観察し、案の定孤児院の共同部屋で孵化をさせてしまい部屋中小さなカマキリだらけにし、シスターの悲鳴と叱声が響き渡った事件は記憶に新しい。
『今回は生き物の卵じゃない発見だよ』
『|今《・》|回《・》は……』
『ほら、これ』
フランチェスコは雑巾を持っていない方の手で、埃を被った本を見せてきた。表紙も痛んでいて中の紙は黄ばんでいて、随分と年季が入っている。
その本のタイトルは、《万能薬辞典》。何故だか薬と関係のない魔法陣も描かれている。
『万能薬辞典……? あやしい』
『でも興味深いよ、コレ』
表紙の印象に違わず、中身もヘンテコであった。
賢者の石。エリクサー。ポーション。ユニコーンの角。|仙丹《せんたん》。ユグドラシルの葉。ネクター。アムリタ。ソーマ。|変若水《おちみず》。テリアカ……。
現実味が薄いものばかりで、どちらかと言うとファンタジー小説やバーチャルゲームを作る際に活用する、アイデア辞典に思える。効果の説明もどれも不老不死になれるだとか、どんな毒でも解毒するだとかあやゆる病を治すだとか、それが簡単に叶えば苦労しないと子供ながら呆れてしまうレベルの荒唐無稽さ。
『決めた! 僕はこの辞典にのっている万能薬を、現実にしてみせるっ』
『薬剤師になるってこと?』
『うん。医者でもいい。お薬を作るにはまず人の体を理解しなきゃだから』
しかし《万能薬》という概念を初めて知ったフランチェスコは、この本をキッカケに将来の夢を決めていた。
『これを作れたらきっと、珊瑚症で苦しむ人もいなくなるよ』
ここ数年、フランチェスコを皮切りに孤児院には珊瑚症で親を亡くした孤児が沢山集っていた。毎晩泣いている子供もいた。悪夢にうなされる子供もいた。フランチェスコも明るく振る舞っているが、時折り礼拝堂に一人でこもっている事を、モーズは知っている。
兄弟のように過ごしている彼の苦痛を、苦悩を、ただ見ているだけでいるのは、モーズは何だか嫌だった。
『じゃあ、|ぼ《・》|く《・》も手伝うよ』
『本当? 多分、茨の道だよ?』
『キコに任せてたら、本筋から脱線して戻ってこなさそうだからね』
『信用ないなぁ』
『今だって窓ふきほっぽり出しているじゃないか』
『むぐぐっ』
図星を突かれたフランチェスコは変な声をあげ、本を抱きかかえ身体を小さくしている。
『2人でならきっと頑張れるよ。いつもみたく、競えばいい』
『競争ってこと?』
『そう。どっちが先に、『珊瑚』をやっつけられるか』
『……うん、うん! じゃあ今日から、よーいドンだねっ!』
――この夢は、モーズが医者を志した日の記憶。