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7-13

ー/ー



「俺たちブリッランテの最期の時……だと?」
「えぇ、そうです。その前世の記憶は、お二人にはありますか?」

 武蔵は和やかに、しかし眼鏡のレンズ越しに見える目は至って真剣に尋ねた。
 僕と近江は顔を見合わせ、考える。

「んなもん、覚えてるに決まって――」

 近江がそう口にしたが、後の言葉は続かなかった。理由は僕にもすぐに分かった。
 どんなに思い出そうとしても、全くその光景が見えてこないのだ。黒使を封印する瞬間も、前世の僕たちがどう終局を迎えたのかも。記憶復活(アウフレーベント)で全ての記憶は取り戻されているはずなのに。

「その顔ですと、君たちにも思い出せないようですね」
「どうゆうことだ。お前は覚えているのか?」

 近江が聞き返すと、武蔵も残念そうに首を横に振った。

 妙だ。僕たちの最期を思い出せないのは兎も角としても、黒使を封印したことは事実のはず。封印の場面を直接は見ていないにしろ、話くらいは聞いているだろう。
 まぁ、封印という大業を成せるのは和泉しかいないから、彼女が封印した以外に考えようはないが。

 そこまで考えて僕はハッとした。
 そう。黒使を封印したのは、()()()()()()()なのだ。

「安芸君は、気づいたようですね」

 残酷にも聞こえる武蔵の言葉に、僕は静かに頷いた。

「黒使を封印したのは和泉。そんな当たり前の記憶を僕らに残さなかったのは、何か不測の事態が起き、敢えて抹消した可能性があるということ。そして和泉は記憶復活(アウフレーベント)自体が施されなかった……ということでしょうか」

 自分で口にしながら小さく震えた。記憶を消さなければならなかったほどの不測の事態なんて、よほどの大きな事が起こったという示唆にしかならない。恐らくは記憶を取り戻した僕たちの心に、深いダメージを与えないための処置。

「えぇ、そう考えるのが自然です。僕は黒使封印の瞬間を覚えていないことに、ずっと疑念を抱いていました。奴の封印は他のメストと同じ手法でいいのか、分からなければやりようがありませんし。ですが日向君に和泉様のことを聞いて、ようやく腑に落ちましたよ」
「おい! じゃあ、黒使は和泉の矢じゃ封印できない可能性があるってことか? なら俺たちに、どうやって戦えってんだよ!」

 近江が興奮気味に武蔵へ食ってかかるのを、僕は肩を引き寄せて制止した。現世の彼に詰め寄ったところで、なんの解決にもなるわけがない。
 だが近江の憤りも最もだ。僕らが転生させられた最大の目的は、復活する黒使を再び封印することなのだから。

「まだ可能性の段階に過ぎませんよ。封印もできないのに、後世に全てを託すなんてリスクは冒さないでしょう。だからこそ最大の〝鍵〟を握っている和泉様を、我々は()()()()()()守らなければならないのです」
「まさか、貴方が僕たちを襲った本当の理由って……」

 ドクン、と体の中心が揺れる。
 今、始めて目の前の漆黒の瞳に、強い恐怖を抱いた。

「はい。君たちの〝和泉様を守る〟という覚悟を、見させてもらいました」

 ……あぁ、そうか。武蔵は決してムキになっていたわけではなかったのだ。
 彼はその判定を静かに話し始める。

「前世より和泉様と一番近くにいる君たちが、彼女を守ることに最も尽力するのは間違いありません。お二人とも剣の腕は確かなようですので、僕との実力の差もすぐに分かったはずです。なのに心体増強(モジュレーション)を使わなかったせいで近江君は敗れ、安芸君は逆上してようやく発動しようとしました。僕、わざと圧力かけたんですけどねぇ……何が言いたいか、分かりますね?」

 僕と近江はぐうの音も出なかった。もし武蔵が本当に裏切っていたとしたら、最低でも近江は確実に命を落としていた。とすれば和泉を守るなんて到底不可能だ。
 今回の場合、襲撃された瞬間に彼を〝敵〟と判断し、力量を見極め心体増強(モジュレーション)で早々に倒す……これ以外の選択はなかったといえる。

 近江が倒れた直後について和泉は「記憶がない」と言った。恐らくそれは別の意識が彼女を支配したからだ。考えられるのは前世和泉の意識であり、雰囲気が違うように感じたのもそのため。
 つまり前世和泉の意識が眠っているなら、黒使封印の秘密――武蔵のいう最大の〝鍵〟を彼女が握っていることになる。その唯一の手がかりを失うわけにいかない。

 ……分かってるんだ、そんなことは。

「どうやら君たちは、和泉様に心体増強(モジュレーション)のトラウマを生んでしまったことを気にしているようですが、彼女に危害が及ぶ状況ならば迷わず――」
「仰りたいことは……ッ、分かります。僕は和泉のためなら命も惜しくありません。ですが彼女の笑顔も、失いたく、ないんです……!」

 最低だ。黒使封印の真相に近づいた今、僕は和泉に前世の記憶がなくて良かったとさえ思っている。僕にとって大切なのはあくまで現世の、一人の女性としての和泉。
 黒使封印なんて二の次だ。僕は和泉に、大好きなヴァイオリンと共に笑っていてほしいのだ。心体増強(モジュレーション)で仲間が傷つくのも、前世の記憶を引き出すのも、彼女にとっては辛いことになるから。

 ブリッランテの一員として失格でもいい。彼女が悲しむことは避けたい。
 強い思念のあまり固く拳を握った僕を見て、武蔵は小さく溜め息を吐いた。

「ならば君たちは心体増強(モジュレーション)なしの能力を高めて、もっと強くなりなさい。そして彼女に近づく者は今後、全て警戒しなければなりません。例えそれが仲間でもです」

 武蔵の重みのある言葉に、僕らは息を飲んだ。
 そう、強くなる以外に方法はない。僕一人で戦うことになっても彼女を守れるほどに。

 更に武蔵は黒使封印について、すぐに和泉に思い出させるつもりはないと言った。まだ合流していない三人が覚えている可能性が残っているからだ。
 それがダメでも、前世の意識が出ている間は和泉の自己意識がないことから、上手くいけば彼女へのダメージは回避できるかもしれない、と。

 武蔵はすでにそこまで考えている。流石の洞察力と判断力に舌を巻いた。

「しかし、安芸君の和泉様への思いは格別のようですねぇ?」

 怪しく微笑む武蔵と、笑いを堪える近江。
 いや、今までの言動で気づかない方が変だけど……、それでなくとも。


 ――ブリッランテ副長・今川(いまがわ)武蔵。
 どうやら彼は現世でも、一目置くべき存在のようだ。



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「俺たちブリッランテの最期の時……だと?」
「えぇ、そうです。その前世の記憶は、お二人にはありますか?」
 武蔵は和やかに、しかし眼鏡のレンズ越しに見える目は至って真剣に尋ねた。
 僕と近江は顔を見合わせ、考える。
「んなもん、覚えてるに決まって――」
 近江がそう口にしたが、後の言葉は続かなかった。理由は僕にもすぐに分かった。
 どんなに思い出そうとしても、全くその光景が見えてこないのだ。黒使を封印する瞬間も、前世の僕たちがどう終局を迎えたのかも。|記憶復活《アウフレーベント》で全ての記憶は取り戻されているはずなのに。
「その顔ですと、君たちにも思い出せないようですね」
「どうゆうことだ。お前は覚えているのか?」
 近江が聞き返すと、武蔵も残念そうに首を横に振った。
 妙だ。僕たちの最期を思い出せないのは兎も角としても、黒使を封印したことは事実のはず。封印の場面を直接は見ていないにしろ、話くらいは聞いているだろう。
 まぁ、封印という大業を成せるのは和泉しかいないから、彼女が封印した以外に考えようはないが。
 そこまで考えて僕はハッとした。
 そう。黒使を封印したのは、|間《・》|違《・》|い《・》|な《・》|く《・》|和《・》|泉《・》なのだ。
「安芸君は、気づいたようですね」
 残酷にも聞こえる武蔵の言葉に、僕は静かに頷いた。
「黒使を封印したのは和泉。そんな当たり前の記憶を僕らに残さなかったのは、何か不測の事態が起き、敢えて抹消した可能性があるということ。そして和泉は|記憶復活《アウフレーベント》自体が施されなかった……ということでしょうか」
 自分で口にしながら小さく震えた。記憶を消さなければならなかったほどの不測の事態なんて、よほどの大きな事が起こったという示唆にしかならない。恐らくは記憶を取り戻した僕たちの心に、深いダメージを与えないための処置。
「えぇ、そう考えるのが自然です。僕は黒使封印の瞬間を覚えていないことに、ずっと疑念を抱いていました。奴の封印は他のメストと同じ手法でいいのか、分からなければやりようがありませんし。ですが日向君に和泉様のことを聞いて、ようやく腑に落ちましたよ」
「おい! じゃあ、黒使は和泉の矢じゃ封印できない可能性があるってことか? なら俺たちに、どうやって戦えってんだよ!」
 近江が興奮気味に武蔵へ食ってかかるのを、僕は肩を引き寄せて制止した。現世の彼に詰め寄ったところで、なんの解決にもなるわけがない。
 だが近江の憤りも最もだ。僕らが転生させられた最大の目的は、復活する黒使を再び封印することなのだから。
「まだ可能性の段階に過ぎませんよ。封印もできないのに、後世に全てを託すなんてリスクは冒さないでしょう。だからこそ最大の〝鍵〟を握っている和泉様を、我々は|何《・》|と《・》|し《・》|て《・》|で《・》|も《・》守らなければならないのです」
「まさか、貴方が僕たちを襲った本当の理由って……」
 ドクン、と体の中心が揺れる。
 今、始めて目の前の漆黒の瞳に、強い恐怖を抱いた。
「はい。君たちの〝和泉様を守る〟という覚悟を、見させてもらいました」
 ……あぁ、そうか。武蔵は決してムキになっていたわけではなかったのだ。
 彼はその判定を静かに話し始める。
「前世より和泉様と一番近くにいる君たちが、彼女を守ることに最も尽力するのは間違いありません。お二人とも剣の腕は確かなようですので、僕との実力の差もすぐに分かったはずです。なのに|心体増強《モジュレーション》を使わなかったせいで近江君は敗れ、安芸君は逆上してようやく発動しようとしました。僕、わざと圧力かけたんですけどねぇ……何が言いたいか、分かりますね?」
 僕と近江はぐうの音も出なかった。もし武蔵が本当に裏切っていたとしたら、最低でも近江は確実に命を落としていた。とすれば和泉を守るなんて到底不可能だ。
 今回の場合、襲撃された瞬間に彼を〝敵〟と判断し、力量を見極め|心体増強《モジュレーション》で早々に倒す……これ以外の選択はなかったといえる。
 近江が倒れた直後について和泉は「記憶がない」と言った。恐らくそれは別の意識が彼女を支配したからだ。考えられるのは前世和泉の意識であり、雰囲気が違うように感じたのもそのため。
 つまり前世和泉の意識が眠っているなら、黒使封印の秘密――武蔵のいう最大の〝鍵〟を彼女が握っていることになる。その唯一の手がかりを失うわけにいかない。
 ……分かってるんだ、そんなことは。
「どうやら君たちは、和泉様に|心体増強《モジュレーション》のトラウマを生んでしまったことを気にしているようですが、彼女に危害が及ぶ状況ならば迷わず――」
「仰りたいことは……ッ、分かります。僕は和泉のためなら命も惜しくありません。ですが彼女の笑顔も、失いたく、ないんです……!」
 最低だ。黒使封印の真相に近づいた今、僕は和泉に前世の記憶がなくて良かったとさえ思っている。僕にとって大切なのはあくまで現世の、一人の女性としての和泉。
 黒使封印なんて二の次だ。僕は和泉に、大好きなヴァイオリンと共に笑っていてほしいのだ。|心体増強《モジュレーション》で仲間が傷つくのも、前世の記憶を引き出すのも、彼女にとっては辛いことになるから。
 ブリッランテの一員として失格でもいい。彼女が悲しむことは避けたい。
 強い思念のあまり固く拳を握った僕を見て、武蔵は小さく溜め息を吐いた。
「ならば君たちは|心体増強《モジュレーション》なしの能力を高めて、もっと強くなりなさい。そして彼女に近づく者は今後、全て警戒しなければなりません。例えそれが仲間でもです」
 武蔵の重みのある言葉に、僕らは息を飲んだ。
 そう、強くなる以外に方法はない。僕一人で戦うことになっても彼女を守れるほどに。
 更に武蔵は黒使封印について、すぐに和泉に思い出させるつもりはないと言った。まだ合流していない三人が覚えている可能性が残っているからだ。
 それがダメでも、前世の意識が出ている間は和泉の自己意識がないことから、上手くいけば彼女へのダメージは回避できるかもしれない、と。
 武蔵はすでにそこまで考えている。流石の洞察力と判断力に舌を巻いた。
「しかし、安芸君の和泉様への思いは格別のようですねぇ?」
 怪しく微笑む武蔵と、笑いを堪える近江。
 いや、今までの言動で気づかない方が変だけど……、それでなくとも。
 ――ブリッランテ副長・|今川《いまがわ》武蔵。
 どうやら彼は現世でも、一目置くべき存在のようだ。