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7-12

ー/ー



 武蔵に拾われた俺は、奴が宿泊している近くのホテルに誘われて転がり込んだ。
 部屋へ入るなりシャワールームへ押し込まれ、冷えた身体を温めた。お湯の有り難さがあんなに身に染みたことはない。

 髪を乾かし、着ろと渡された武蔵の私物であるシンプルなシャツとズボンを着用して客室に戻ると、ベッドの上でスマホをイジっていた武蔵に座るように促された。
 ハーブティーなんてシャレたもんまで用意され、あまりの厚意に見返りが怖かったのは言うまでもない。

 案の定、そこからは根掘り葉掘り色々なことを聞かれ、相手が一応元上官という立場もあり、俺はこれまでの状況を素直に話した。
 俺と安芸で和泉を探し出したこと、和泉には記憶復活(アウフレーベント)が働いてなかったこと、アイツが感じる音のズレのこと。近江と合流し、五音衆の復活を知ったこと。和矢、広と繋がりができたこと。

「んで、今度の金曜に俺たちの野外ライブがあるって話を聞いて、武蔵は今日の作戦を思いついたんだ」
「えぇ。君たちのライブ、とても素晴らしかったですよ」
「よく言う。ライブの余韻ブチ壊しといて」

 近江のツッコミに、安芸が首を数回縦に振った。

 もちろんコイツらには悪いことしたと思っている。俺だってライブは楽しかったし、この後に武蔵がやってくると分かっていたことに罪悪感はあった。
 だが俺も、武蔵があそこまで本気に一戦交えるとは思っていなかったのだ。ほんの少しの手合わせでも、相手がどれだけ強いのか見抜く力くらいあるのに。

「言ったはずだ。僕たちは兎も角、和泉を危険な目に遭わせたら許さないって。いい加減、君は約束を守ってくれると思っていたよ。それなのに」

 〝どうして武蔵を止められなかった?〟という言葉が、安芸の視線から痛いほど伝わる。そりゃ俺も止めたかった。和泉を襲うことも、ましてや仲間同士で戦うなど。
 けれど、できなかったのには理由がある。武蔵が元上官で逆らえなかったというのは否定しないが、そうじゃない別の理由が。

 無論、コイツらには言えないが。

「……安芸君、もうやめよう。高杉君だってきっと辛かったはずだよ。それに武蔵さんも考えがあって、そうしたんだよ」

 俺たちの会話に割って入ってきたのは和泉だった。それまで黙っていた人物の突然の声に、全員の視線が彼女へ向く。和泉はまだ落ち込んでいるような雰囲気で、目の焦点も虚ろだ。ライブが終わった直後は幸せそうに笑っていたのに。
 そう思うと、急に体の中心がキュッと萎んだ気がした。あの笑顔を奪うことに加担したことを、今更になって後悔する。

「そうかもしれないけど……。もしかして和泉は、それが分かってて武蔵さんに立ち向かったの?」

 いつものように、真っ先に安芸が和泉の傍らに寄り添った。
 その問いかけに彼女は「ううん」と否定する。

「私、近江君が倒れてから少しの記憶がないの。高杉君の声が聞こえて、気づいたら弓を構えてた。だから自分が無意識に武蔵さんを殺そうとしていたんだと思ったら、怖くて」
「和泉が負い目を感じることないよ!? 仲間が仲間に倒されたのを目の当たりにして、平気でいられるはずないじゃないか!」

 小さく震えて今にも壊れそうな和泉の肩を、正面から両手で包み込む安芸。
 その姿にも、また体の中心が萎む。

「うん、そう。……だから」

 和泉は安芸の手をそっと離すと、自ら二人の間を抜けて武蔵と対峙した。
 自分を真っ直ぐに見下ろす和泉の視線を、武蔵は反らすことなく受け止めている。

「武蔵さん。貴方が副長として私たちのためにしてくれたなら、これ以上は咎めません。ですがそれなら、私も総長の立場として忠告させていただきます。もう二度と仲間を試すような真似は止めてください。あんな苦しい思い、私はもうしたくない」
「和泉……」

 堂々と宣言する和泉の姿を、俺たちは呆然と見つめていた。アイツが総長としてハッキリ物を言うのは、これが初めてだった。
 明らかに和泉の中で何かが変化している。まさか武蔵の狙いはこれだったのか?

 それを裏付けるように、強く非難を受けた武蔵は一瞬目を見開いた後、満足そうに笑みを浮かべる。

「……承知しました、我らが和泉様。貴女の仰せのままに」

 奴は胸に手を当て、軽く頭を下げた。

 和泉の忠告のお陰で仲間争いはひとまず一件落着し、俺と武蔵は説教からようやく解放された。こんなフォーマルな格好で、正座させられるとは思っていなかった。
 公園を散策することも、武蔵の奇襲で余韻に浸ることもできなかった俺たちは、盛大に打ち上げをしたい気分だった。だが今日は和泉の精神面を考慮し、このまま解散することにした。

 いつものように、安芸が和泉を家まで送ると名乗り出た……のだが。

「待ってください、その役は日向君にお願いします」

 何故か武蔵からそう言われ、安芸は不機嫌そうに顔を顰めた。……コイツ、内心はまだ武蔵のことを許してねぇな。
 俺も想定外の指示をされ少し動揺している。いやいや、このタイミングで和泉を託されても困るんだが。俺は安芸のように、気の利いたことを言える自信もない。

 それに俺はまだ自分の気持ちを、ちゃんと整理しきれてねぇのに。

「何故でしょう、そこまで貴方に指示される筋合いありませんが」
「そこをどうにか頼みますよ。僕が話をしたいのです、安芸君と近江君と」

 武蔵が必死に頼み込んだ結果、安芸は渋々了承をした。こうなると俺も断るわけにいかず、仕方なく和泉の送迎を引き受ける。
 安芸の恨めしそうな視線を受けながら俺は、まだ意気消沈気味な和泉を連れ、住宅地のほうへ向かって歩き始めた。




 次第に小さくなる和泉と日向の背中を不安な面持ちで見送り、残された僕と近江は武蔵を警戒した。たった数分前に襲ってきた奴を、易々と信じられるわけがない。

「それで話とは? わざわざ和泉を遠ざけて、まだ僕たちを試したいのですか?」
「すっかり嫌われたようですねぇ。ご安心を、僕はそんな鬼ではありませんよ」

 武蔵はわざとらしく困ったように肩を竦めた。しかし次の瞬間、その表情が引き締まる。そして彼の質問に僕と近江は固まった。

「君たちは覚えていますか? 黒使が封印される瞬間を。……そして我々ブリッランテの、最期の時を」



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 部屋へ入るなりシャワールームへ押し込まれ、冷えた身体を温めた。お湯の有り難さがあんなに身に染みたことはない。
 髪を乾かし、着ろと渡された武蔵の私物であるシンプルなシャツとズボンを着用して客室に戻ると、ベッドの上でスマホをイジっていた武蔵に座るように促された。
 ハーブティーなんてシャレたもんまで用意され、あまりの厚意に見返りが怖かったのは言うまでもない。
 案の定、そこからは根掘り葉掘り色々なことを聞かれ、相手が一応元上官という立場もあり、俺はこれまでの状況を素直に話した。
 俺と安芸で和泉を探し出したこと、和泉には|記憶復活《アウフレーベント》が働いてなかったこと、アイツが感じる音のズレのこと。近江と合流し、五音衆の復活を知ったこと。和矢、広と繋がりができたこと。
「んで、今度の金曜に俺たちの野外ライブがあるって話を聞いて、武蔵は今日の作戦を思いついたんだ」
「えぇ。君たちのライブ、とても素晴らしかったですよ」
「よく言う。ライブの余韻ブチ壊しといて」
 近江のツッコミに、安芸が首を数回縦に振った。
 もちろんコイツらには悪いことしたと思っている。俺だってライブは楽しかったし、この後に武蔵がやってくると分かっていたことに罪悪感はあった。
 だが俺も、武蔵があそこまで本気に一戦交えるとは思っていなかったのだ。ほんの少しの手合わせでも、相手がどれだけ強いのか見抜く力くらいあるのに。
「言ったはずだ。僕たちは兎も角、和泉を危険な目に遭わせたら許さないって。いい加減、君は約束を守ってくれると思っていたよ。それなのに」
 〝どうして武蔵を止められなかった?〟という言葉が、安芸の視線から痛いほど伝わる。そりゃ俺も止めたかった。和泉を襲うことも、ましてや仲間同士で戦うなど。
 けれど、できなかったのには理由がある。武蔵が元上官で逆らえなかったというのは否定しないが、そうじゃない別の理由が。
 無論、コイツらには言えないが。
「……安芸君、もうやめよう。高杉君だってきっと辛かったはずだよ。それに武蔵さんも考えがあって、そうしたんだよ」
 俺たちの会話に割って入ってきたのは和泉だった。それまで黙っていた人物の突然の声に、全員の視線が彼女へ向く。和泉はまだ落ち込んでいるような雰囲気で、目の焦点も虚ろだ。ライブが終わった直後は幸せそうに笑っていたのに。
 そう思うと、急に体の中心がキュッと萎んだ気がした。あの笑顔を奪うことに加担したことを、今更になって後悔する。
「そうかもしれないけど……。もしかして和泉は、それが分かってて武蔵さんに立ち向かったの?」
 いつものように、真っ先に安芸が和泉の傍らに寄り添った。
 その問いかけに彼女は「ううん」と否定する。
「私、近江君が倒れてから少しの記憶がないの。高杉君の声が聞こえて、気づいたら弓を構えてた。だから自分が無意識に武蔵さんを殺そうとしていたんだと思ったら、怖くて」
「和泉が負い目を感じることないよ!? 仲間が仲間に倒されたのを目の当たりにして、平気でいられるはずないじゃないか!」
 小さく震えて今にも壊れそうな和泉の肩を、正面から両手で包み込む安芸。
 その姿にも、また体の中心が萎む。
「うん、そう。……だから」
 和泉は安芸の手をそっと離すと、自ら二人の間を抜けて武蔵と対峙した。
 自分を真っ直ぐに見下ろす和泉の視線を、武蔵は反らすことなく受け止めている。
「武蔵さん。貴方が副長として私たちのためにしてくれたなら、これ以上は咎めません。ですがそれなら、私も総長の立場として忠告させていただきます。もう二度と仲間を試すような真似は止めてください。あんな苦しい思い、私はもうしたくない」
「和泉……」
 堂々と宣言する和泉の姿を、俺たちは呆然と見つめていた。アイツが総長としてハッキリ物を言うのは、これが初めてだった。
 明らかに和泉の中で何かが変化している。まさか武蔵の狙いはこれだったのか?
 それを裏付けるように、強く非難を受けた武蔵は一瞬目を見開いた後、満足そうに笑みを浮かべる。
「……承知しました、我らが和泉様。貴女の仰せのままに」
 奴は胸に手を当て、軽く頭を下げた。
 和泉の忠告のお陰で仲間争いはひとまず一件落着し、俺と武蔵は説教からようやく解放された。こんなフォーマルな格好で、正座させられるとは思っていなかった。
 公園を散策することも、武蔵の奇襲で余韻に浸ることもできなかった俺たちは、盛大に打ち上げをしたい気分だった。だが今日は和泉の精神面を考慮し、このまま解散することにした。
 いつものように、安芸が和泉を家まで送ると名乗り出た……のだが。
「待ってください、その役は日向君にお願いします」
 何故か武蔵からそう言われ、安芸は不機嫌そうに顔を顰めた。……コイツ、内心はまだ武蔵のことを許してねぇな。
 俺も想定外の指示をされ少し動揺している。いやいや、このタイミングで和泉を託されても困るんだが。俺は安芸のように、気の利いたことを言える自信もない。
 それに俺はまだ自分の気持ちを、ちゃんと整理しきれてねぇのに。
「何故でしょう、そこまで貴方に指示される筋合いありませんが」
「そこをどうにか頼みますよ。僕が話をしたいのです、安芸君と近江君と」
 武蔵が必死に頼み込んだ結果、安芸は渋々了承をした。こうなると俺も断るわけにいかず、仕方なく和泉の送迎を引き受ける。
 安芸の恨めしそうな視線を受けながら俺は、まだ意気消沈気味な和泉を連れ、住宅地のほうへ向かって歩き始めた。
 次第に小さくなる和泉と日向の背中を不安な面持ちで見送り、残された僕と近江は武蔵を警戒した。たった数分前に襲ってきた奴を、易々と信じられるわけがない。
「それで話とは? わざわざ和泉を遠ざけて、まだ僕たちを試したいのですか?」
「すっかり嫌われたようですねぇ。ご安心を、僕はそんな鬼ではありませんよ」
 武蔵はわざとらしく困ったように肩を竦めた。しかし次の瞬間、その表情が引き締まる。そして彼の質問に僕と近江は固まった。
「君たちは覚えていますか? 黒使が封印される瞬間を。……そして我々ブリッランテの、最期の時を」