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7-9

ー/ー



 安芸君が曲紹介を終えて、ゆっくりと着席する。それにしても、こんな大勢のお客さんの前でよく堂々と話せるなぁ。

 そんなことを思いながら〝良いカルテットにしよう〟と空を仰ぎ見て、もう一度大きく息を吸った。
 そして左側に並ぶ三人と頷き合う。合図はこれだけで十分だ。

 最初は高杉君のチェロ。いつものように、彼の隠された優しさが滲み出るような、柔らかい音が会場を包む。その音に乗せて私のヴァイオリン、安芸君のクラリネット、近江君のファゴットと続いて楽器を奏で始めた。
 バラバラなはずの3つのメロディーが、まるで手品のように1つの美しいハーモニーを作り上げていく。まさにパッヘルベルのカノンマジック。実際に見ていないのに観客たちが息を飲むのが伝わり、私たちの音以外が一切シャットアウトされたように感じるほど、会場の空気そのものが1つになっていた。

 私たちの演奏を、皆が目を輝かせて聴いてくれている。老若男女関係なく誰もが楽しむことのできる音楽は、なんて素晴らしい存在なのだろう。やっぱりこの美しさを失ってはいけない。

 ――メストなんかに奪われちゃ、いけないんだ。

 そんな思いに答えるようにクライマックスに差し掛かった時、高杉君の足元から突然虹色の光が放出された。
 光は四方に広がり、演奏が後半の山場へ入るに連れて一番の輝きを放ち、まるでシャワーのように砕け散る。まさかそれが音の小玉が浄化された合図ということなど観客が知るはずもなく、演出だと思っている彼らからは歓喜の声が上がった。

 そして締めのフェードアウトに合わせるように、光も同じように徐々に弱まっていき、私たちは無事にカノンを演奏し終えたのだ。

 会場が一瞬、シンと静まりかえる。
 でも次の瞬間。

「ブラボーッ!!」

 誰かの一言に続くように、大勢の観客から大歓声と拍手が巻き起こった。
 私たちは一斉に立ち上がり、深く頭を下げる。足元を見ている私の目からは、感激のあまり涙が零れ落ちた。

 楽しかった。
 最高のカルテットだった。

「『Luminous Quartet(ルミナス・カルテット)』の皆さんに改めて盛大な拍手を!」

 司会者の声に答えるように、より一層大きくなった拍手に見送られながら、名残惜しく屋外ステージを後にした。



「や~……、最高のステージだったねぇ」
「あぁ、意外といいもんだ」
「音の小玉も無事に浄化できたしな」

 ライブの余韻に浸りながら、演奏を終えた私たちは公園内を散策してから帰ることにした。ステージ上では次のバンドグループがパフォーマンスをしているけれど、「私たちの方が盛り上がってたな……」なんて優越感を抱いてしまった。

 いけない、いけない。すっかり調子に乗ってるな、私。

「和泉、どうかした?」
「ううん、あそこに変なオジサンがいるなと思――」

 邪な考えを持った自分を誤魔化すために、適当に前方に見つけた男性を指さした……はずだった。
 偶然にもその人はどこか見覚えのある人で、何かチラシのようなものを歩く人に配っていた。嫌な予感がして見なかったことにしようと思ったけれど、残念ながらその前に気づかれてしまった。

「おぉ! 和泉ちゃんら、お疲れさん。えぇステージやったなぁ、感動したわ~!」

 この馴れ馴れしい口調、この陽気さ。
 そういえば聞きに行くって言ってたな、この人……。

「……団長、何やってるんですか」
「なんや、見て分からんか? 今日のライブを最高に盛り上げはった『ルミナス・カルテット』が所属する、我が楽団のコンサートの宣伝やで! この機会を利用せな、勿体ないやん」

 なんの躊躇もなく宣言した団長を見て他の三人がドン引く中、私だけが思わずツッコミを入れそうになった。これぞ関西魂というか、何というか。それ以前に、こんなところでビラ配りなんてして大丈夫なんだろうか。

 でも問題はここからだった。彼が盛大に宣伝したお陰で目立ってしまった私たちは、ライブを見ていた人たちにあっという間に囲まれてしまったのだ。なにせイケメン三人組の集客力が半端ない。握手にサインなど、色々な要求を受けている彼らを「大変そうだなぁ」なんて軽い気持ちで見ていたら、いつの間にか自分の周りでも男性が取り囲んでいた。
 同じように質問攻めにされ、挙げ句にお茶でも行こうと誘う人も現れた。流石に対応に困っていると、人混みを掻き分けてきた人物に両腕を引っ張られ、そこから連れ出されてしまう。

 ところが私は全然怖くなかった。だって、それはきっと彼らの誰かだと分かっていたから。人の波を抜けて広い場所に出ると、私の目に飛び込んできた思ったとおりの姿に、心が震えるくらいの恥ずかしさと嬉しさが込み上げた。

 けれど予想は半分当たりで、半分ハズレだった。
 一人だと思っていたその救世主は、なんと二人いたのだから。


 近江君の先導で無事に公園の敷地内を抜け、全力で走り続けていた私たちは人気の少ない裏通りに出ると、ようやくその足を止めることができた。
 右手を引いていた高杉君が照れくさそうに離れていき、左手を掴んでいた安芸君が安堵したように微笑む。

「あ、ありがとう。二人とも」
「は~、良かった。和泉に何かあったら、どうしようかと思ったよ」
「……とりあえず、あのクソ団長(オヤジ)は次に会ったら説教だな」

 皆、息も切れ切れだ。この騒動で楽器ケースを落とさなかったのは奇跡だろう。高杉君は流石に近江君へ預けていたようで、二人はチェロの受け渡しをしている。連携プレーもお見事だ。

 すっかり予定は狂ってしまったけど、今日はゆっくり帰ろうと話していた直後だった。どこからともなく、ある楽器の音色が聞こえてきたのは。

「ねぇ、この音」

 私がそう口にすると、三人も耳を澄ましてその音に集中する。
 それは金管楽器の花形、トランペットの音だった。でも私が驚いたのは空高く響く、そのメロディー。

「音のズレが、ない……!」
「え……。じゃあ、まさか!?」

 その意味を理解した安芸君が、音がする方向へ駆け出す。その後ろをすぐに近江君が追い、私も二人を追いかける。
 そして数メートルほど走った先の空き地で、唖然と立ち往生する二人の隙間から見えたのは……アッシュグレーの髪を風に靡かせる姿がとても絵になる、背の高い白衣の男性だった。



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 安芸君が曲紹介を終えて、ゆっくりと着席する。それにしても、こんな大勢のお客さんの前でよく堂々と話せるなぁ。
 そんなことを思いながら〝良いカルテットにしよう〟と空を仰ぎ見て、もう一度大きく息を吸った。
 そして左側に並ぶ三人と頷き合う。合図はこれだけで十分だ。
 最初は高杉君のチェロ。いつものように、彼の隠された優しさが滲み出るような、柔らかい音が会場を包む。その音に乗せて私のヴァイオリン、安芸君のクラリネット、近江君のファゴットと続いて楽器を奏で始めた。
 バラバラなはずの3つのメロディーが、まるで手品のように1つの美しいハーモニーを作り上げていく。まさにパッヘルベルのカノンマジック。実際に見ていないのに観客たちが息を飲むのが伝わり、私たちの音以外が一切シャットアウトされたように感じるほど、会場の空気そのものが1つになっていた。
 私たちの演奏を、皆が目を輝かせて聴いてくれている。老若男女関係なく誰もが楽しむことのできる音楽は、なんて素晴らしい存在なのだろう。やっぱりこの美しさを失ってはいけない。
 ――メストなんかに奪われちゃ、いけないんだ。
 そんな思いに答えるようにクライマックスに差し掛かった時、高杉君の足元から突然虹色の光が放出された。
 光は四方に広がり、演奏が後半の山場へ入るに連れて一番の輝きを放ち、まるでシャワーのように砕け散る。まさかそれが音の小玉が浄化された合図ということなど観客が知るはずもなく、演出だと思っている彼らからは歓喜の声が上がった。
 そして締めのフェードアウトに合わせるように、光も同じように徐々に弱まっていき、私たちは無事にカノンを演奏し終えたのだ。
 会場が一瞬、シンと静まりかえる。
 でも次の瞬間。
「ブラボーッ!!」
 誰かの一言に続くように、大勢の観客から大歓声と拍手が巻き起こった。
 私たちは一斉に立ち上がり、深く頭を下げる。足元を見ている私の目からは、感激のあまり涙が零れ落ちた。
 楽しかった。
 最高のカルテットだった。
「『|Luminous Quartet《ルミナス・カルテット》』の皆さんに改めて盛大な拍手を!」
 司会者の声に答えるように、より一層大きくなった拍手に見送られながら、名残惜しく屋外ステージを後にした。
「や~……、最高のステージだったねぇ」
「あぁ、意外といいもんだ」
「音の小玉も無事に浄化できたしな」
 ライブの余韻に浸りながら、演奏を終えた私たちは公園内を散策してから帰ることにした。ステージ上では次のバンドグループがパフォーマンスをしているけれど、「私たちの方が盛り上がってたな……」なんて優越感を抱いてしまった。
 いけない、いけない。すっかり調子に乗ってるな、私。
「和泉、どうかした?」
「ううん、あそこに変なオジサンがいるなと思――」
 邪な考えを持った自分を誤魔化すために、適当に前方に見つけた男性を指さした……はずだった。
 偶然にもその人はどこか見覚えのある人で、何かチラシのようなものを歩く人に配っていた。嫌な予感がして見なかったことにしようと思ったけれど、残念ながらその前に気づかれてしまった。
「おぉ! 和泉ちゃんら、お疲れさん。えぇステージやったなぁ、感動したわ~!」
 この馴れ馴れしい口調、この陽気さ。
 そういえば聞きに行くって言ってたな、この人……。
「……団長、何やってるんですか」
「なんや、見て分からんか? 今日のライブを最高に盛り上げはった『ルミナス・カルテット』が所属する、我が楽団のコンサートの宣伝やで! この機会を利用せな、勿体ないやん」
 なんの躊躇もなく宣言した団長を見て他の三人がドン引く中、私だけが思わずツッコミを入れそうになった。これぞ関西魂というか、何というか。それ以前に、こんなところでビラ配りなんてして大丈夫なんだろうか。
 でも問題はここからだった。彼が盛大に宣伝したお陰で目立ってしまった私たちは、ライブを見ていた人たちにあっという間に囲まれてしまったのだ。なにせイケメン三人組の集客力が半端ない。握手にサインなど、色々な要求を受けている彼らを「大変そうだなぁ」なんて軽い気持ちで見ていたら、いつの間にか自分の周りでも男性が取り囲んでいた。
 同じように質問攻めにされ、挙げ句にお茶でも行こうと誘う人も現れた。流石に対応に困っていると、人混みを掻き分けてきた人物に両腕を引っ張られ、そこから連れ出されてしまう。
 ところが私は全然怖くなかった。だって、それはきっと彼らの誰かだと分かっていたから。人の波を抜けて広い場所に出ると、私の目に飛び込んできた思ったとおりの姿に、心が震えるくらいの恥ずかしさと嬉しさが込み上げた。
 けれど予想は半分当たりで、半分ハズレだった。
 一人だと思っていたその救世主は、なんと二人いたのだから。
 近江君の先導で無事に公園の敷地内を抜け、全力で走り続けていた私たちは人気の少ない裏通りに出ると、ようやくその足を止めることができた。
 右手を引いていた高杉君が照れくさそうに離れていき、左手を掴んでいた安芸君が安堵したように微笑む。
「あ、ありがとう。二人とも」
「は~、良かった。和泉に何かあったら、どうしようかと思ったよ」
「……とりあえず、あのクソ|団長《オヤジ》は次に会ったら説教だな」
 皆、息も切れ切れだ。この騒動で楽器ケースを落とさなかったのは奇跡だろう。高杉君は流石に近江君へ預けていたようで、二人はチェロの受け渡しをしている。連携プレーもお見事だ。
 すっかり予定は狂ってしまったけど、今日はゆっくり帰ろうと話していた直後だった。どこからともなく、ある楽器の音色が聞こえてきたのは。
「ねぇ、この音」
 私がそう口にすると、三人も耳を澄ましてその音に集中する。
 それは金管楽器の花形、トランペットの音だった。でも私が驚いたのは空高く響く、そのメロディー。
「音のズレが、ない……!」
「え……。じゃあ、まさか!?」
 その意味を理解した安芸君が、音がする方向へ駆け出す。その後ろをすぐに近江君が追い、私も二人を追いかける。
 そして数メートルほど走った先の空き地で、唖然と立ち往生する二人の隙間から見えたのは……アッシュグレーの髪を風に靡かせる姿がとても絵になる、背の高い白衣の男性だった。