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18話(完結)

ー/ー



勇の父親は息子と似つかず大柄だ。向かい合うとつい気後れしてしまう。

 勇の母親から「ゆっくり休んでて」と言われ、僕はマンションの敷地にあるベンチで缶ジュースを飲んで休んでいた。申し訳なくなり、手伝おうとしたのだが、「大丈夫だから休んでて」と強く押し切られたため、作業風景を眺めているしかない。
手が空いたのだろうか、勇の父親が「今日は来てくれてありがとうな」と話しかけてきたのだ。

 僕の隣に腰掛け、「勇は俺のことを何か言ってたか?」と尋ねてきた。父親としても、息子のことは気になるのだろう。

 僕は「ええ、全国を渡り歩いてかっこいい父親だと言ってましたよ」と答えた。もし、僕の父親も生きていたら、このように心配をして気を揉んでいたのかな、と考える。

 勇は表面上、憎まれ口を叩いてはいるが、どう思っているかは僕にでも見当がついた。

 勇の父親自身も憎まれ口を叩かれていると思っていたのだろうか。勇の父親は目を丸くしている。その表情を見て「親子なのだな」と僕は改めて思う。

「そうか」勇の父親は言葉少なに、鼻を啜っている。

「離れてしまうけど、勇のことをたまには思い出してくれよ」と言い、腰を上げた。顔を背け、声が震えているような気がしたが、それもまた、気のせいなのだろう。
 
 荷物の準備を終え、引っ越しの時がやってきた。勇の両親は車に乗り、勇と僕は向き合っている。

「引っ越してしまうんだね」僕は今にも泣きそうだ。

「ああ、みんなによろしくな」と言うと「じゃあ行くな」勇は背を向け、車へと向かっていく。
 あっさりとした別れで僕は拍子抜けしてしまう。止めようとも思ったが、辞めた。

「なんて顔してんだよ」勇は振り返り、呆れた顔をしていた。

 気がついたら涙が僕の頬をつたっていた。以前だったら泣いているのを認めたくなかったが、隠す必要はもう、ない。それも勇のお陰だと思うとさらに涙が止まらなくなる。

「勇のこと、絶対に忘れないからな」僕の声は震えていたが、これだけは伝えておきたかった。転校を繰り返しているからこそ、淡白な一面が勇にはある。けれど裏を返せば悲しまないように()えて距離をとっているのだろう。

「手紙、書くからな。それと、夏休みに遊びに行くからな」途切れ途切れになりつつも、伝えたい事は伝えたと思う。

「夏休みって、数ヶ月後に会えるのなら、そこまで泣かなくてもいいじゃないか」勇は頭を掻き、呆れながらも、一筋の涙が見える。
「透、改めて、クラスのみんなによろしくな。俺、この学校に来れてよかったよ。俺も忘れないからな」

「ああ、伝えとく」僕は両手で涙を拭いながらそう答える。

「いつまで泣いてても仕方ないだろ、透も学校、戻らなきゃだろ?」

「あっ、そうだった」僕は鳩が豆鉄砲を食らったような表情を浮かべているだろう。すっかり忘れていた。
そして先生達に大目玉を喰らうであろうことを考えると涙が別な意味で流れそうになる。

 勇は噴き出し「透の表情は忙しいな」と言った後で「大丈夫。さっき母さんが学校に連絡をしたんだよ。そしたらびっくり、田中の母さんも同じことをしていたみたいなんだ。先生は呆れながらも大目に見てくれるってよ。よかったな」

「そうだったのか」僕は田中の母親を思い出し、心の中で感謝をする。自転車を返すときにしっかりお礼を伝えないと。

「これで戻ってからも、一安心だな」勇は僕に手を出してきた。僕は握り返し「向こうに行っても頑張れよ」と勇の目を見て伝えた。

「透、俺を誰だと思ってんだよ」勇は挑戦的な目つきをしている。
「そりゃあ」僕は敢えて間を開ける。
 その後に僕と勇の声は重なった。
  
 勇は振り返らずに車へと向かって行く。僕は遠ざかっていく小さな背中を目に焼き付けた。彼はこれからも、その正義感で困っている人に手を差し伸べ、共に立ち向かうのだろう。エンジンがかけられ、遠ざかっていく車を見送りながら、僕は手を振り続けていた。


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勇の父親は息子と似つかず大柄だ。向かい合うとつい気後れしてしまう。
 勇の母親から「ゆっくり休んでて」と言われ、僕はマンションの敷地にあるベンチで缶ジュースを飲んで休んでいた。申し訳なくなり、手伝おうとしたのだが、「大丈夫だから休んでて」と強く押し切られたため、作業風景を眺めているしかない。
手が空いたのだろうか、勇の父親が「今日は来てくれてありがとうな」と話しかけてきたのだ。
 僕の隣に腰掛け、「勇は俺のことを何か言ってたか?」と尋ねてきた。父親としても、息子のことは気になるのだろう。
 僕は「ええ、全国を渡り歩いてかっこいい父親だと言ってましたよ」と答えた。もし、僕の父親も生きていたら、このように心配をして気を揉んでいたのかな、と考える。
 勇は表面上、憎まれ口を叩いてはいるが、どう思っているかは僕にでも見当がついた。
 勇の父親自身も憎まれ口を叩かれていると思っていたのだろうか。勇の父親は目を丸くしている。その表情を見て「親子なのだな」と僕は改めて思う。
「そうか」勇の父親は言葉少なに、鼻を啜っている。
「離れてしまうけど、勇のことをたまには思い出してくれよ」と言い、腰を上げた。顔を背け、声が震えているような気がしたが、それもまた、気のせいなのだろう。
 荷物の準備を終え、引っ越しの時がやってきた。勇の両親は車に乗り、勇と僕は向き合っている。
「引っ越してしまうんだね」僕は今にも泣きそうだ。
「ああ、みんなによろしくな」と言うと「じゃあ行くな」勇は背を向け、車へと向かっていく。
 あっさりとした別れで僕は拍子抜けしてしまう。止めようとも思ったが、辞めた。
「なんて顔してんだよ」勇は振り返り、呆れた顔をしていた。
 気がついたら涙が僕の頬をつたっていた。以前だったら泣いているのを認めたくなかったが、隠す必要はもう、ない。それも勇のお陰だと思うとさらに涙が止まらなくなる。
「勇のこと、絶対に忘れないからな」僕の声は震えていたが、これだけは伝えておきたかった。転校を繰り返しているからこそ、淡白な一面が勇にはある。けれど裏を返せば悲しまないように|敢《あ》えて距離をとっているのだろう。
「手紙、書くからな。それと、夏休みに遊びに行くからな」途切れ途切れになりつつも、伝えたい事は伝えたと思う。
「夏休みって、数ヶ月後に会えるのなら、そこまで泣かなくてもいいじゃないか」勇は頭を掻き、呆れながらも、一筋の涙が見える。
「透、改めて、クラスのみんなによろしくな。俺、この学校に来れてよかったよ。俺も忘れないからな」
「ああ、伝えとく」僕は両手で涙を拭いながらそう答える。
「いつまで泣いてても仕方ないだろ、透も学校、戻らなきゃだろ?」
「あっ、そうだった」僕は鳩が豆鉄砲を食らったような表情を浮かべているだろう。すっかり忘れていた。
そして先生達に大目玉を喰らうであろうことを考えると涙が別な意味で流れそうになる。
 勇は噴き出し「透の表情は忙しいな」と言った後で「大丈夫。さっき母さんが学校に連絡をしたんだよ。そしたらびっくり、田中の母さんも同じことをしていたみたいなんだ。先生は呆れながらも大目に見てくれるってよ。よかったな」
「そうだったのか」僕は田中の母親を思い出し、心の中で感謝をする。自転車を返すときにしっかりお礼を伝えないと。
「これで戻ってからも、一安心だな」勇は僕に手を出してきた。僕は握り返し「向こうに行っても頑張れよ」と勇の目を見て伝えた。
「透、俺を誰だと思ってんだよ」勇は挑戦的な目つきをしている。
「そりゃあ」僕は敢えて間を開ける。
 その後に僕と勇の声は重なった。
 勇は振り返らずに車へと向かって行く。僕は遠ざかっていく小さな背中を目に焼き付けた。彼はこれからも、その正義感で困っている人に手を差し伸べ、共に立ち向かうのだろう。エンジンがかけられ、遠ざかっていく車を見送りながら、僕は手を振り続けていた。