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【2】

ー/ー



 受験を終えて、春から真理愛は大学生になる。
 この家から楽に通学できる大学のため、生活そのものは大きくは変わらないかもしれない。

「まあここならいくらでも通える大学はあるけど、そこに拘る必要なんてないんだ。こう見えてもパパ、真理愛のためにちゃんと貯金してるから! 自宅通学できなくても、学費も一人暮らしの費用も心配いらないから遠慮なんかするなよ」
「ありがと。でもあたし、遠くの大学で『ここでどうしてもこれやりたい!』みたいなのないし。家から通える範囲でも十分希望に合う学校あるから」
 父に告げた通り、妥協して諦めたわけでも何でもない。
 自分でよく考えて、その結果選んだ大学なのだ。

 父はまだ四十過ぎだが、祖父母はもう七十代だ。
 真理愛の大切な家族が、この先いつまでも若く元気でいてくれるとまでは楽観していない。
 父とも、一生傍で暮らせるかどうかわからなかった。
 まだ高校生で十八歳の真理愛には想像もつかないが、この先家族以上に愛して共に過ごしたい相手ができる、かもしれないのだ。
 だからこそ、せめて今だけでも離れたくはなかった。

「もしいつかこの家を出るとしても、これだけは持ってく。──あ、あとアルバムも!」
 まだ本棚に戻せないままの『きらきらをさがしに』をそっと胸に抱き締める。
 この絵本の中の満天の星空が、幼い真理愛の希望のすべてだった。
 そこから派生した、父と並んでベランダで白い息を吐きながら見上げた夜空も、部屋に入った真理愛の冷えた身体に対する祖父母の気遣いも纏めて全部。

「真理愛ちゃん、ご飯よ~」
「あ、はーい! いま行く」
 祖母の声に改めて我に返り、真理愛は絵本をそっと本棚に戻して部屋を出ると階下のダイニングに向かった。

「お部屋の掃除してたんでしょ? 今日は全然降りて来なかったわねえ」
「うん。ご飯の用意手伝わなくてごめんね、おばあちゃん。──あたし、掃除の途中で絵本見つけて読んでたの。『きらきらをさがしに』って、おじいちゃんが最初に買ってくれたんだよね」
 土曜の夜に家族四人で囲む食卓で、食事を終えた真理愛は祖母の言葉に返す。

「真理愛、あれ好きだったよな。おじいちゃんが他にもいっぱい買って来てパパ全部順に読んだけど、あの星の絵本が一番好きで『もう一回』っていつも言われてた。もっとお姫様のとか絵がカラフルで可愛いのとか、子どもが好きそうなのあったのにさ」
「そうだったわねえ。絵本が良かったのかおじいちゃんがお遊戯みたいにしてたのが可笑しかったのか、真理愛ちゃんが初めて笑って……。おばあちゃん、何年経ってもそれだけは忘れないわ」
 この話になると、祖父母の表情は昔からまったく変わらない。
 嬉しそうな笑みを浮かべる祖母と、真理愛を想って喜びを表したいのか、揶揄うような祖母に怒りたいのか複雑そうな祖父。

「その『笑った』のは覚えてないんだけど、あの絵本はあたしの『家族の始まり』に繋がってるみたいなもんだから。ぼろぼろになっても絶対捨てらんない」
「おじいちゃんもその時はそこまで考えてなかったんだよ。『本屋さんで絵が綺麗だからって薦められた』って言ってたくらいで。なあ、父さん? ──でも『運命』ってそういうものなのかもしれないな」
 父の言葉は本質を言い当てている気がした。
 
 間違いなく、あの絵本は真理愛の、──真理愛と家族の歴史に大きな意味を持つ一冊だ。
 どれだけ古くなっても、だからこそ誰も「汚いから新しい本に買い替えよう」とは言い出すこともなかった。

 自室に戻り、真理愛は本棚の前にしゃがみ込んで立てた絵本の背表紙を見つめる。
 絵の具が滲んだようなフォントの平仮名で記された『きらきらをさがしに』という文字を、何度も視線でなぞった。
 世の中に同じ本はそれこそ星の数ほどあるだろう。きっと今も版を重ねているこの絵本なら。
 けれど真理愛の大切な『きらきらをさがしに』は、数多の中でも目の前にある擦り切れたたった一冊きりなのだ。

 ──「育ててありがとう」なんて言ったら、たぶんパパもおじいちゃんとおばあちゃんも怒る。ううん、哀しむかもしれない。

 だから敢えて声には出さない。
 どんなにみすぼらしくなっても、この絵本が真理愛にとっては変わらず煌めく宝物であるのと同様に、家族もまた何にも代え難い大切なものなのだ。

 ~END~
『孵化』パパと真理愛・十年後



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 受験を終えて、春から真理愛は大学生になる。
 この家から楽に通学できる大学のため、生活そのものは大きくは変わらないかもしれない。
「まあここならいくらでも通える大学はあるけど、そこに拘る必要なんてないんだ。こう見えてもパパ、真理愛のためにちゃんと貯金してるから! 自宅通学できなくても、学費も一人暮らしの費用も心配いらないから遠慮なんかするなよ」
「ありがと。でもあたし、遠くの大学で『ここでどうしてもこれやりたい!』みたいなのないし。家から通える範囲でも十分希望に合う学校あるから」
 父に告げた通り、妥協して諦めたわけでも何でもない。
 自分でよく考えて、その結果選んだ大学なのだ。
 父はまだ四十過ぎだが、祖父母はもう七十代だ。
 真理愛の大切な家族が、この先いつまでも若く元気でいてくれるとまでは楽観していない。
 父とも、一生傍で暮らせるかどうかわからなかった。
 まだ高校生で十八歳の真理愛には想像もつかないが、この先家族以上に愛して共に過ごしたい相手ができる、かもしれないのだ。
 だからこそ、せめて今だけでも離れたくはなかった。
「もしいつかこの家を出るとしても、これだけは持ってく。──あ、あとアルバムも!」
 まだ本棚に戻せないままの『きらきらをさがしに』をそっと胸に抱き締める。
 この絵本の中の満天の星空が、幼い真理愛の希望のすべてだった。
 そこから派生した、父と並んでベランダで白い息を吐きながら見上げた夜空も、部屋に入った真理愛の冷えた身体に対する祖父母の気遣いも纏めて全部。
「真理愛ちゃん、ご飯よ~」
「あ、はーい! いま行く」
 祖母の声に改めて我に返り、真理愛は絵本をそっと本棚に戻して部屋を出ると階下のダイニングに向かった。
「お部屋の掃除してたんでしょ? 今日は全然降りて来なかったわねえ」
「うん。ご飯の用意手伝わなくてごめんね、おばあちゃん。──あたし、掃除の途中で《《あの》》絵本見つけて読んでたの。『きらきらをさがしに』って、おじいちゃんが最初に買ってくれたんだよね」
 土曜の夜に家族四人で囲む食卓で、食事を終えた真理愛は祖母の言葉に返す。
「真理愛、あれ好きだったよな。おじいちゃんが他にもいっぱい買って来てパパ全部順に読んだけど、あの星の絵本が一番好きで『もう一回』っていつも言われてた。もっとお姫様のとか絵がカラフルで可愛いのとか、子どもが好きそうなのあったのにさ」
「そうだったわねえ。絵本が良かったのかおじいちゃんがお遊戯みたいにしてたのが可笑しかったのか、真理愛ちゃんが初めて笑って……。おばあちゃん、何年経ってもそれだけは忘れないわ」
 この話になると、祖父母の表情は昔からまったく変わらない。
 嬉しそうな笑みを浮かべる祖母と、真理愛を想って喜びを表したいのか、揶揄うような祖母に怒りたいのか複雑そうな祖父。
「その『笑った』のは覚えてないんだけど、あの絵本はあたしの『家族の始まり』に繋がってるみたいなもんだから。ぼろぼろになっても絶対捨てらんない」
「おじいちゃんもその時はそこまで考えてなかったんだよ。『本屋さんで絵が綺麗だからって薦められた』って言ってたくらいで。なあ、父さん? ──でも『運命』ってそういうものなのかもしれないな」
 父の言葉は本質を言い当てている気がした。
 《《運命》》。
 間違いなく、あの絵本は真理愛の、──真理愛と家族の歴史に大きな意味を持つ一冊だ。
 どれだけ古くなっても、だからこそ誰も「汚いから新しい本に買い替えよう」とは言い出すこともなかった。
 自室に戻り、真理愛は本棚の前にしゃがみ込んで立てた絵本の背表紙を見つめる。
 絵の具が滲んだようなフォントの平仮名で記された『きらきらをさがしに』という文字を、何度も視線でなぞった。
 世の中に同じ本はそれこそ星の数ほどあるだろう。きっと今も版を重ねているこの絵本なら。
 けれど真理愛の大切な『きらきらをさがしに』は、数多の中でも目の前にある擦り切れたたった一冊きりなのだ。
 ──「育てて《《もらって》》ありがとう」なんて言ったら、たぶんパパもおじいちゃんとおばあちゃんも怒る。ううん、哀しむかもしれない。
 だから敢えて声には出さない。
 どんなにみすぼらしくなっても、この絵本が真理愛にとっては変わらず煌めく宝物であるのと同様に、家族もまた何にも代え難い大切なものなのだ。
 ~END~