その晩、重信は夢を見た。それは、幼い頃の自分が家族で仲良く暮らしている頃の夢だ。
子供の頃の自分が、燕のヒナの成長する姿を見て喜んでいる。ああ、それは子供の頃できなかったことだ。本当は、大きくなっていく燕を見たかった。それを家族で共有したかった。それがもう出来ないのだと知り涙を流した。
いつの間にか家族は消え、重信の横には奈津美がいた。泣いている自分の頭を何も言わずそっと撫でてくれていた。
そして、重信は夢から覚め、目を開いた。
奈津美が目を覚ますと、横で寝ていたはずの重信はいつの間にか消えていた。
「しげのぶ?」名前を呼んでみたが、既に寝室にはいないようで奈津美は首を傾げた。時間を確認すると短針はまだ朝の六時をさしている。カーテンは外からの光を吸い込み、淡い光を放っていた。
小さく欠伸をしながら家の中を探してみるも重信の姿はどこにもなく、どこに行ったのかをまだ寝起きの回らない頭で考えて、外にいるのかな? という結論を出した。
奈津美はスリッパを履き外に出る。すると、裏手から物音が聞こえてくる。やっぱり外にいたんだという気持ちと、何をやっているのだろうという二つの思考が奈津美の頭に浮かんだ。
物音がするところまで近づき、そうっと壁から覗き込んでみる。するとそこには重信が燕の巣の下にブルーシートを引いている姿があった。それを見て、奈津美の表情はにんまりとした笑みに変わっていく。
「重信、おはよう」
奈津美の声に、重信はびくりと大きく体を震わせた。突然の声にびっくりしてしまったのだろう。ややぎこちなく顔を奈津美の方に向かせながら、「おはよう、なつ」と短く挨拶をした。
「何してるの? って、見たらわかるんだけどさ」
「まぁ、そういうことだよ」
「なに、燕の巣にトラウマがあるんじゃなかったの?」
「いや、まぁ、色々と思うところがあってな」
重信は奈津美の方を見ないまま作業を続ける。時折、燕の巣を見ながら目を細くして。それは、子供の頃に燕を見ていた時の目に似ていた。
奈津美は重信の横まで歩きながら「そっか」とつぶやく。重信の心境の変化に少しだけ戸惑うも、すぐに受け入れた。
「実は、子供の頃さ家に燕の巣があったんだよ」
重信はゆっくりと自分の過去のことを語りだす。それを奈津美はうんうんと頷きながら聞いている。重信は言葉を選ばずに、あったことを全部洗いざらい奈津美にぶち撒けた。それは、自分が前を向くために必要なことだと思ったからだった。
重信の過去を聞いて、奈津美は無言になった。なんと言葉を掛ければいいのかわからずにいた。そんな奈津美に重信は笑って話を続ける。
「でもさ、俺思ったんだよ、こいつらに非はないなって。卵が無くなったのは他の動物のせいだし、家庭をぶち壊したのは俺が原因だ。むしろ、俺がこいつらを嫌っていたら可哀そうだ」
「うん」
「それにさ、今度は本当に言い伝え通りにしてやろうと思ったんだ」
「それって、どういう……」
「この家を笑いのたえない幸せな家庭にするんだ。俺と、奈津美でさ」
重信は夢に気付かされた。過去はあくまでも過去、引きずることはないと。それよりも、横に立っている人を幸せにしなければいけないのだと強く思った。
「もう、大丈夫だから。奈津美、待たせてごめんな」
重信の言葉に、奈津美は無言で重信を抱き締めた。奈津美の頬に涙が一滴だけ伝う。それは愛している者がようやく前を向いてくれたのだという安堵の涙だった。
二羽の燕が抱き締め合う二人の頭上を飛んでいた。祝福するかのように、さえずりの声をあげながら。